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対性悪ひよちゃん蜜柑大量投入作戦決行! [葛飾慕情]

あっという間に卯月も終わり、226の雪の日ならぬ都内彼方此方ブロックのとーきょーマラソンという迷惑千万なイベントも済み、実質2週間程の環太平洋圏ツアーを終えて久しぶりに葛飾オフィスにプチお籠もりなのであーる。月末締め切りの原稿をやり、その後、今週いっぱいで国民の義務たる納税作業の続きを行うのでじゃぞ。やくぺん先生の日当がどの程度と換算出来るか判らぬが、実質5日分くらいの労賃を御上、いや、愛する同胞日本国民のために捧げているあたしを、なぜみんな愛国者と呼んでくれぬのかっ、納得いかんぞぉ!

さても、葛飾オフィスにあっては、単純作業の疲れた心を癒やしてくれる我が友シジュウカラさん、はたまたその性格の良し悪しはともかく姿形は愛らしいめじろんご夫婦、こぞってシジュウカラ・レストランで厳しい川向こうの新開地の冬を乗り切って下さっているのであろー…と信じ、数千キロ彼方を彷徨きまわっていたわけでありまするが
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-01-12
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-01-06
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2016-11-14
なんとまぁ、昨日の昼過ぎに葛飾オフィスに戻ってみたら、どうも様子がおかしいぞ。

まず、レストランの上に置いてあった水場が、影も形もありません。強風で飛ばされても、物干し台の上や下のどこかにありそうなものだが、まるで姿が見えぬ。シジュウカラのご飯も殆ど減っていない。それどころか、おおおお、なんと、ひよちゃんがこんな格好してレストラン客席を占拠してるじゃあないのぉ。
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まあ、確かに桜の枝に取り付いて麗しき花を喰らっている姿は毎度のことなので、これくらいの場所にもとまれるだろうとは思うけど、おいおい、そこはあんたの場所じゃない。シジュウカラさんたちが周囲のレストラン席で動き回ることで筒が揺れて、ひえあわなんぞ佃のグルメぶんちょうくんらの食べ残しがちょっとづつ物干し台に落ちて、スズメさんたちのご飯が毎日少しづつ提供される、という仕掛けの自動お食事配給システムなんだけど。そもそもひよちゃんはそういうもんは喰わんでしょーに、普通なら。

暫く眺めていると、このひよちゃん、特定のおひとりで、この柿の木の枝にはときおり蜜柑が実るとお考えになり、この場所をおれんちにしようと決め込んでいるようであります。で、蜜柑を出してやると吹っ飛んできて雄叫びを挙げ、めじろんがやってくると追いかけ回し、近寄らせない。それどころか、シジュウカラさんたちまで追いやっている。それどころかそれどころか、仲間の別のひよちゃんにも喧嘩を仕掛けてらぁ。

うううん、こいつはしょーわるだぞおおお。

とはいえ、どんなに性格が悪い奴であろうが、こいつにも冬を生きていく権利がある。暴力で他の奴らを追い払っているとはいえ、「きみきみ、暴力はいけないよ」と聖フランシスコのように説教するわけにもいかぬ。じゃあ、こいつに石を投げてやるとか、こちらも暴力を振るうわけにもいかぬ。なんせ相手は勝手に生きてる方々、あちらなりの秩序があって川向こうの新開地葛飾の空は成り立っている。いくらめじろんが可愛らしいからといえ、めじろんにしか蜜柑を提供しないというわけにはいかぬ。これだけ勝手なことやってるんだからね、わしら人間はさ。

さても、となると、どうするべーか。そー、相手の弱点を突くしかないわな。この悪辣性悪ジャイアンひよちゃんの最大の弱点は、奴がひとりだ、ということです。なんせ仲間のひよちゃんみんな追い払ってるんだから。それなら、ひとりではどうしようもない状況を現出すれば良い。そーじゃ、物量作戦じゃ。

てなわけで、佃の人間住民様から提供されている悪くなったりへこんじゃったりしてる蜜柑、あともう数はそれほどないのだけど、普段は1日ひとつなのだが、一気に大量に出す、それも、性悪ひよちゃんひとりで制圧出来る領域を越えた領域に一気に出すという、じり貧の同盟軍ヤン艦隊に対しラインハルト様が出して来た無限の薄い防衛陣での体力そぎ落としみたいな、物量作戦に出ることにしたのじゃよ、皆の衆。

今、普段の柿の枝にひとつ、いかな性悪ひよちゃんとて行動が著しく制約されるシジュウカラ・レストラン天井下、イゼルローン回廊の隅っこの辺りにひとつ
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そして外宇宙のようなやくぺん先生仕事部屋を挟んだ裏の窓の外にひとつ、総計3つの蜜柑を据えたのであーる。

おお、向かいの電線に陣取ったジャイアンひよ、早速、天の彼方は大銀河に向かい雄叫びを挙げておりまする。
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さても、対性悪ひよちゃん物量作戦、いかなる結果を迎えるか。期して(何を?)待てっ!

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ローカルな演出というもの [音楽業界]

今、香港国際芸術祭参加公演、ブルノ歌劇場プロダクションの《マクロプウロス事件》(この作品、日本語では《マクロプロス事件》と記されるようですが、やっぱり今日も「マクロプゥロス」と歌手さんは発音していたみたいなんで、Μακροπουροσなんだろうなぁ、ギリシャ語表記は)を見物して戻って参りました。
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先週からの短い環太平洋圏ツアーの最後に相応しい、充実した舞台でありましたです。ちなみに、香港の地下鉄ホームやらコンコースやらにめったやたらと出ている上の広告、舞台写真としては、ちょっとポイントを外してる絵ずらなんですよねぇ。だって、ここにでっかく出てる2人って、主人公でも中心となる歌手でもなく、脇役なんだもん。どうしてこーなった、って感じ。

この作品、有名なんだかどうだか、「《牝狐》を書き終えた晩年の充実したヤナーチェクが、あのチャペックの戯曲を舞台で眺めて、生と死の価値を巡る深遠な議論をサスペンス・ドラマに持ち込んだ」というお題目はそれなりに知られている作品だけど、《イエヌーファ》とか《カーチャ・カヴァノヴァ》みたいに判りやすい話じゃないんで、そんなにやられてるわけではない。《牝狐》とか《ブロウチェクさん》みたいに上手く舞台に出せればいろんなこと起きて面白いもんでもない。なんせ、ヤナーチェクの全ての作品、ってか、過去に「オペラ」という形で書かれた全ての作品の中でも、最も言葉で語られる内容が複雑な作品のひとつですからねぇ。ドイツ語とかイタリア語みたいなオペラの世界でのメイジャー言語ならまだしも、チェコ語です。この前の《ロジェ王》のポーランド語というのも困りものだったど、あれはまあぶっちゃけ言葉が分からんでもなんとかなるギリギリくらいだった。だけどこの作品は、その後に大流行となる所謂「文芸オペラ」の嚆矢といえるだけに、猛烈に台詞が重要になってる。普通に考えれば、とてもじゃないけどオペラにする必要があるとは思えない内容でありまする。

で、やっぱりドイツ語圏、フランス語圏なんかの尖った演出をする方々にしてみれば、余りにヘビーなチェコ語の奔流にどう対処するかが腕の見せ所になるんでしょう(本日は広東語と英語の字幕、もう読み取れないくらいの超高速でぶっ飛んでいました)。んで、ともかく家系を巡る複雑なやりとりなんかを横に置いて、「長すぎる人生は生きるに値しない」ってテーマを真っ正面に出すために、いろんな仕掛けをする。で、今、いちばん簡単に観られるザルツの数年前の演出みたいな、本来のト書きにはない別の芝居をやってみる、なーんて、演出家の自意識過剰一歩手前の荒技もありえちゃったりする。

さても、本日の舞台は、ブルノ歌劇場という、現在考えられる限り最もオーセンティックなプロダクションでありまする。とはいえ、ブルノ歌劇場は普通の意味での世界のメイジャー劇場ではない。正直、オケはまあ、いろんな突拍子もない音たりしていることもあるし、何よりも所謂ブランドオケに比べれば全然音量がなかったりします。でも、実質上のレシタティーヴォとそうじゃない箇所の区別、コミックなシークエンスでの空気の変化などなど、ポイントは滅茶苦茶押さえてるなぁ、という演奏。

ブルノ歌劇場のこのプロダクションって、今時の世界のメイジャー歌劇場やオペラカンパニー、音楽祭のほぼ全てが行っているような、制作資金を出し合ってみんなで新しいプロダクションをつくる、という作業をしているようには思えませんでした(そういう情報は一切プログラムにもなし)。田舎のカンパニーだからね、と皮肉を言えばそれまでなんでしょうが、結果として、完全に「チェコ語を母国語とする人を前提にしたプロダクション」になっている。ぶっちゃけ、言葉が分からないことのいろんな手仇助を他のことでするつもりなど毛頭無い。妙な小細工をすることなく、ホントにストレートに中身を舞台にする。それで、へんなところにひっかかることなく、この作品のパワーがきっちり伝わる。

そういうことが出来るのは、外国の歌劇場との提携もなければ、外国に持ち出すことなどを考えていないからなんでしょう。その意味で、猛烈にローカルな舞台。香港に持ってきて、言葉が分からない聴衆の前で披露するにしても、もうこれはこれだから仕方ない、って割り切るっかない。

久々にとても潔い舞台だなぁ、と思ったですよ。

ちなみに、中身的な「演出」というか「解釈」でも、極めて面白いこともしています。ネタバレになるからこれから眺める人は読んじゃダメなことだけど…最後の最後、300年生きる秘薬のレシピは破棄されないまま、放り出されてオシマイになります。ヒロインが300年を越える人生を終えた後、舞台に残された人々がどういう行動を取るのか、オープンなままで終わっている。チャペックの原作とも、ヤナーチェクの改定とも違う結末、ってことでんな。

つまり、今時の「演出家の解釈」はちゃんとやってるんですよ、この舞台。でも、あくまでもローカルなプロダクション。ローカルに徹したからこそ出て来る説得力。

恐らく、このプロダクションが映像パッケージになって世の中に流れることはないのでしょう。でも、これは観るに値する舞台です。お暇がある方は、明後日の午後7時半からもう1公演あるので、いらっしゃる価値はあります。まだチケット、あるみたいだし。

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人の動きを否定する舞踏 [現代音楽]

これはやっぱり「現代音楽」カテゴリーだわね、ホントの意味で。

第45回香港国際芸術祭参加公演、「バイエルン州立劇場バレエ団Ⅱ」の公演を、香港芸術院の大きい方のホールで眺めてまいりましたです。オイストラフQとブルノ歌劇場《マクロプウロス事件》の間の日。

バレエなんて無縁なやくぺん先生がなんでそんな若手舞踏団(バイエルン州立劇場バレエ団引っ越し公演にしてはお安いなぁ、と思ってたら、「Ⅱ」、即ちベルリンフィルと信じて客席に座ればなんとまぁベルリンフィル・アカデミーだった、みたいなもんですわ)を日本円で8000円以上なんて大枚叩いて2階正面1列目なんて立派この上ない場所で見物するかといえば、もうひとえに演目故です。なんせメインとなるのが、あのロボコンのロボット群みたいな着ぐるみで有名なバウハウスの巨匠オスカー・シュレンマーの《トリアディック・バレエ》の本気のリプロダクションだというのだから、これはもう指をくわえて宿でボーッとしてるわけにはいかんでしょうに。
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現代舞踏関係の方なら説明なんぞ不要、衣装デザインだけなら、そうねぇ、フリッツ・ラング監督『メトロポリス』のマリア様くらいに有名な、20世紀前半大戦間時代のアイコンでもあるようなもんたち。こんなもん羽織って舞台の上をクルクルひらひら舞うのかいな、って呆れること必至の奴でんな。舞踏なんぞの世界は幼稚園生並の知識しかないやくぺん先生としても、「20世紀に舞踏の意味を問う3つの作品を挙げよ」と質問されたら、《春の祭典》(総合的な意味で)、《紅色娘子軍》(舞踏芸術が20世紀というコンテクストの中でどうやってリアリティを持つのかという意味で)、そしてこの《トリアディック・バレエ》、と答えるだろうなぁ。ま、バッテン貰いそうな解答だろうけどさ。

どんなもんか知りたい方は、YouTubeで「Triadic ballet」と引っ張ればゴロゴロ映像が出て来ますので、勝手に眺めて下さいな。

さても、本日の公演、無論、残念ながら今時のように「ステージをライブでネット配信」なんてない、映像収録なんぞ夢物語、音の収録だってままならなかった頃。舞踏譜というものは様々な試みが世に存在しているようだけど、いずれにせよ、今に判っているのは様々な制作側の資料と実演に接した観客なんぞが残した文字情報であります。
1970年代の終わり頃、前衛が終焉し、所謂「新ロマン主義」やら「表現主義再興」が叫ばれるようになった頃、バウハウスも随分と復興してきた。そんな中で、このコスチュームばかり有名な舞台作品を再現してみようという動きがベルリンとミュンヘンで出て来て、ま、当時の舞踏家さんなんぞが寄って集ってやった。音楽はぶっちゃけ、初演時にはありものが使われたそうですが、ゲルハルト・ボーナーという方が再生させたときには、なんとまぁヘスポス御大(当時は御大じゃなくて、バリバリの前衛崩れだったんだろうが)に曲を書いてもらった。で、再演され、20年近くそのプロダクションで上演されていたのだが、基本は再生初演メンバーが踊るわけで、sろそろ無理ということでオシマイになった。それを、バイエルン・バレエの二軍チームが数年前に結成されたときに、これはなかなか良いレパートリーでないの、ってことで再々生されることになって…というのがこの舞台の経緯だそーな。ああつかれた。

なんであれ、このシュレンマーの衣装そのものは、もう世界中の彼方此方で「バウハウス展」なんてのが開催されれば目玉として展示されるもんで、「へえ、これで踊るんだぁ」とみんなビックリ、どうなってるか興味津々、ということになってる次第。

さても、そういう話はネットのあっちゃこっちゃに落ちているから、それはそれとして、ともかく、アホな感想をひとことだけ。

ええ、もの凄く誤解されそうな言い方を敢えてすれば、これって、「反舞踏」なんですね。

《春の祭典》以降のモダン舞踏が、人間の身体能力をどこまでいじり回せるか無茶をさせるものなのだとすれば(そうじゃなかったらスイマセン)、これ、その正反対。「無駄な拘束具をいっぱい付けて、身体をガチガチに押さえ込んで、それで何が出来るか」って実験でんがな。無論、オブジェとしての身体、という美術の方向に向けての関心もあるのだろうし、そっちから考えれば「今時大流行のインスタレーションの嚆矢」とも強引に言えるのかもしれないけど…ま、それはそれ。

舞踏というものをなーんにも知らぬやくぺん先生とすれば、ああああ、これって一種の《四分三十三秒》だわな、って眺めてた。いかにも重そうで動けなさそうな(この演出、敢えて初演時の素材を使い、今ならいくらでも軽く作れるだろう衣装はそれなりに重くしてあるそうな)アホみたいな被り物を付けたダンサーが出て来て、訳の判らぬ音楽が鳴って、なんだか古典バレエの無理なアナロジーみたいな動きをしたり(衣装が邪魔でダンサーが手を繋げない、抱え上げられない、それどころか自分の手を組めない!)、手の先だけを動かしたり、極端な場面ではただ出て来て立ってるだけ。もう、こーなると若手芸人さんの一発芸みたいなもんですわ。出て来た瞬間のインパクト勝負!

つまり、舞台の上で妙な格好した奴がノロノロのそのそ動いて、また暗転し、12のシーンがなんのかんの1時間くらい続く、ってもんです。音楽と動きの関係は、あるといえばあるし、ないといえばない。でも、所謂「ゲンダイオンガク」が鳴ってるんで、前半のバランシンが選りに選ってチャイコフスキーの第3ピアノ協奏曲なんて超駄曲に振り付けたもんみたいに、「ひでええ曲だなぁ、やっぱり」と聴いてれば時間が過ぎる、というわけにもいかぬ。

正直、途中でつまらなくなって帰っちゃう観衆もそれなりにいました。極めて正しい反応だと思いますです。

てなわけで、このバイエルン州立劇場舞踏団Ⅱのシュレンマー舞踏リプロダクション、そうですねぇ、一度は話のネタに観ておく価値はあるとは思います。だけど、《紅色娘子軍》みたいな圧倒的なリアリティとか、もの凄い説得力とか、そういうもんじゃなくて、もの凄い知的な興味と、それから…うううん、道行く人をボーッと眺めて、あいつはなんじゃ、とか、どうしてこいつこんなことしてるんだろー、とか考えて楽しめる人ならばええんでないでしょーかね。

ともかく、「あのシュレンマーの衣装を着て、可愛らしくクルクルまわってお茶目ぇ」ってもんではありません。そこは覚悟していくよーに。

いやぁ、ホント、勉強になるなぁ。

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成田第3ターミナル国際線所要時間は…~LCCは安くない…かも・やたび   [たびの空]

成田空港第3ターミナル国際線出発151番ゲート前にいます。搭乗予定時間まであと10分なのに、香辛料航空香港行きやくぺん号は未だ姿が見えません。まさか、ここって、バスゲートなんかい?

昨日は成田名物春先の猛烈な横風が吹き荒れ、夜11時のタイムリミット過ぎても次々に出発到着が相次いでいたそうで、本日はどうなることやらと思ったら、一夜明けた荒川放水路東の新開地葛飾は冷たい冬の静かな朝が広がっており、ああこれなら大丈夫、と安堵。悪辣ひよちゃんのために蜜柑を出して葛飾オフィス厄偏舎を出たのは午前6時50分くらいでありました。

最寄り駅まで歩き、京成成田空港第2ターミナル駅に向かいます。7時丁度発の本線快速で向かいます。
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アクセス線が7時6分にあるのだが、到着時間は15分くらい違うけど200円くらい安い本線に乗るのが、LCC利用貧乏人の責務なのであーるっ!この15分の差がどういう意味を持つか、このときにはまだ知らぬやくぺん先生なのであった。

あちこちにメールしたりするうちに、1時間とちょっとはあっという間に過ぎ、午前8時6分に成田空港第2ターミナル駅に到着。ビックリするくらい混雑した列車から、ビックリするくらい混雑したターミナル駅に降り、一路第3ターミナル行きバスに向かいます。おお、ひとつ行ってしまったぞ、だけど、このターミナルシャトルバス、フリクエンシーは多いので大丈夫さっ。んで、バス停まで行くと、なんと午前7時半までは3分に一本が、それから暫くは昼間タイムで5分に1本になるそうな。ま、それでももの凄く頻繁に走っているとは言えましょう。直ぐにやってきたバスに織り込むと、次から次へと若い人や巨大なベビーカー付きの子供連れ若夫婦とか、バックパックの老夫婦やら…ビジネスマンだけはいないバスは、一路第3ターミナルへと向かう。
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かくて第3ターミナルに到着したのは午前8時21分!出発時間まで1時間と59分を残すばかりと相成った次第でありまする。

昨今のやくぺん先生とすれば、香港だったら荷物預けがあったにしても、空港に到着し、プリントアウトした搭乗券もってANAさんのエリートカウンターに行き荷物預け、エリートラインでセキュリティを突破し、マシン出国をすれば、まあ、ぶっちゃけ、どんなに時間がかかっても空港駅に到着してから出国完了まで30分。上手くいけば20分を切る、というのが常識になってる。

おっとおおお、搭乗予定4分前に、「今、使用機材が到着しました」というアナウンスが入ったぞ。おいおいおい。搭乗時間は判りません…ってさ。ふうううう…

もとい。で、やくぺん先生は第3ターミナルに到着したのじゃよ。で、まずは香辛料航空さんのカウンターに並ばねばなりません。なんせ、LCCはみんな平等貧乏人、エリートラインなどありません。あれまぁ、黄色と青の香辛料さん(なるほど、さりげなく、JAL系ジェット★さんは赤、ANA系香辛料さんは青、なんだなぁ)の国際線チェックインカウンターらしきところから、通路に長蛇の列が出来ている。2時間前に来なさい、といわれると、ホントに2時間前に来ている真面目な若い人でいっぱいであります。
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ともかく、並ぶのじゃ。なんでこんな列なんじゃい、と訝しく思っていたら、なーるほど、やっと最初の関門、自動チェックインマシンのところに列が至れば、3台あるマシンのうち1台が壊れていることが判明。そりゃ、列になるわいな。
で、プリントアウトしたバーコードと、パスポートをマシンにかざせば、ぴらぴらっとでっかいレシートとしか思えない搭乗券が出て来る。預ける荷物がなければこれでそのままセキュリティに向かうわけだが、本日は時間もなかったのでオーストラリアからの荷物ほぼそのままなんで、預けねばなりません(今回利用しているANAのタダ券は、立派なことに20キロまでの手荷物は含まれてるのでありまする)。で、また長蛇の列が続きます。

手荷物カウンターに漸く到着
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おにーさんに「オタクさんは20ドルくらい払うとエリートラインみたいなものを使える、ってシステムはないの?」と訊ねると、ええ、仰ることは判りますが、人手不足で無理なんです、と苦笑なさってます。へええええ。で、カウンターの香辛料兄さんが言うに、「荷物のセキュリティチェックをしますので、10分の間この辺りでお待ち下さい。呼び出しがなければ、出国にお進み下さい」とのこと。

へえええええええ、なんとまぁ、ここでイヤでもあと10分加算になるだわさ。この段階で8時45分。8時55分までここから動けない訳ざんすぅ。じゃあその時間を利用し、目の前にある国際ルーター受け取りカウンターに行き(羽田の出国カウンター横だと殆どおねーちゃんが投げてよこすのだけど、慣れない客が多いからか、とても丁寧に説明しているので、ここにも列が出来ます)、続いてガラガラの両替屋さんで日本円1万円を香港ドルに替えます。で、ほぼこれで10分。「やくぺん様、あんたは危険物を入れてるので直ぐに来なさい」というアナウンスは日本語でも広東語でも聞こえなかったので(広東語だったら判らぬわい)、安心して、第3ターミナル名物の成田で最も充実したフードコート横をすり抜け、左側のいつもの国内線ではなく、右側の国際線セキュリティに向かうのであった。

おっと、これまた列…っても、国際線出発便は限られているので、今は全部香辛料航空香港行きの客ばかり。だからなのか、セキュリティ・マシンがひとつしか動いていない。列に並ぶことしばし、ベルトからサンダルから全て引っぱがされる日本の空港としてはかなり厳しいチェックを無事に済ませ、ガラガラなパスポート・コントールに到着。
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あれ、マシン出国はどこじゃ、とキョロキョロ。そのへんにいらっしゃった法務省の現場お役人さんに尋ねれば、このターミナルにはないんですよ、とのこと。今年になってパスポートに判子押されるのは初めてだなぁ、と思いつつ、大人しく数人しかない列に並び、無事に「成田第3ターミナル」という珍しい判子をいただく(…と思ったけど、よぉくみたら、スタンプには「成田空港第2ターミナル」とありました。法務省的には「第3ターミナル」というのは存在していないらしいぞ)。最近はどこの空港もマシンなんで、パスポートに判子押されるのはヤンゴン以来じゃわい。

てなわけで、全ての出国手続きを終え時間を見るに、9時6分。成田空港第2ターミナル京成駅ホームに到着して、丁度ぴったり1時間でありましたとさ。
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搭乗時間が10時20分とアナウンスしております。30分遅れ、でんがな。これって、昨日の大風の玉突きがまだ残ってるからなのかしら。

以上、ご教訓。成田第3ターミナルで国際線出国する場合は、レガシーエアの3倍の時間がかかると思うべし。2時間前には絶対に行かないとダメです。文句言ってもダメです、安いんだからね。

ボーディングブリッジらしきものがないなぁ。やっぱりバスゲートかしら。

[追記]
ボーディングブリッジ、やっぱ、ありません。搭乗券をぴぴっとチェックしたら、階段を3階から1階くらいまでグルグルと降りて、目の前にいる320香辛料やくぺん号のところまで数メートル歩き、タラップを上がります。
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本日は大枚1600円払って1列目通路側なんで、あとはもうLCCどころか、レガシーキャリアの貧乏人席よりも遙かに広い空間でゆったりさっ。ほれっ。
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今年のボルチアーニは受けやすい [弦楽四重奏]

帝都短期滞在注。本日は、明日朝に香港に向かう理由のひとつの準備というか、日本側の作業で某オケの事務所と連絡、場合によってはいかねばならないかも(現時点では明後日に香港の中央図書館で古い新聞を調べる予定なんだが、場合によっては香港フェスティバルの事務局に直接出向かねばならぬかも)。というわけで、夜のロイスダールQはちょっと無理そう。なんか、オルランドQやシェーンベルクQ以降のオランダのモダン楽器団体の動向はどうも良く判らないのだけど、ま、しょーがないわね。アンドリーセンやってたんだよぇ、先週は。ちょっと残念。

で、短期帰国の理由だった昨日のNPOエク総会、実質徹夜みたいな頭で恙なく終了し、必要なことだけはなんとかしゃべくったのでまあ、お仕事はした。その後の懇親会(ホントは雛壇に座ってる総会よりも、いろんな方々と喋れるこっちの方が大切)で弦楽四重奏を熱心に聴いていらっしゃる皆様と話をして、なるほど、こういうことは案外知られていないのか、とか、こういうことは流石に熱心に演奏会に足を運んでいらっしゃる方々にはかなわないなぁ、とか、いろいろ勉強になったです。

で、今年は大阪があるので殆どなんの準備作業もしていなかったその先のボルチアーニについて、既に参加者情報がファンの皆様の間で演奏家本人からの情報として流れていて、おっとこれはちゃんとフォローしておかないとマズいぞ、と今更ながらにボルチーアニ・コンクールのサイトを眺めたら、流石にまだ公式には参加団体の発表はないみたい。なんせ大阪の公式参加団体発表が来月8日だから、その3週間後の大会の詳細が発表されていないのは当然かもしれないけどさ。

かくて、あらためてボルチアーニの要項をつらつら眺めてみる。こちら。
http://www.iteatri.re.it/allegati/PPB-REGOLAMENTO%202016-IT.pdf
今年は審査委員長がエルベン御大で、まあ、あとは如何にもというメンツですな。前回はなぜかアルゲリッチが入るという極めて興味深いラインナップだったのだけど、妙に普通なのが逆に面白い。弁の立つハイメ氏なんぞを前に、ルーカス氏がどこまで発言するのかな、と心配しちゃったりしますが、ここの審査の仕方はいつもよく判らないので、なんともねぇ。どうやら大阪同様に今年も4次審査まであるらしく、ある意味で伝統的なコンクールの体裁はしっかり保たれている。1次でラズモのどれかの1楽章、ってのはもう伝統ですな。

それにしても、この演目を眺める限り、今回のレッジョ、大阪に比べると遙かに受けやすくしてるなぁ。無論、事務局は判ってやってるんだろうけどさ。いや、大阪はハードル高すぎかな、というべきなのかも。

1次予選は、《ラズモ》2番第1楽章と、ハイドンからルトスワフスキまで広いバラエティの中から1曲、というもの(これはサボっても良いかな、と思っちゃうぞ)。で、2次の演目が1次とほぼ重なっている。これはもう、どんなタイプの団体でもいいからいらっしゃい、と宣言してるようなもんですな。これならあたしらでも2次までは行ける、って気になるだろうなぁ、みんな。

客観的に見て、いちばん面白いのはやっぱり3次審査。ここで古典をひとつちゃんと弾かせ、《ラズモ》2番を全部弾かせ、それに現代曲。レッジョまで長く行けない、という方はこの3次審査の日だけ来ればだいたい判るでしょ。ファイナルは何でも良いというのだから、まあ、ショーみたいなもんですし。

わああ、すげええ楽だぞ、このコンクール。

ちなみに、大阪の3次は、これまた勝負のポイントとなりそうなんだけど、「西村朗第5番&出版されている楽譜なら何を弾いても良いフリーステージ」という、もの凄くキビシイ、でも本気で弦楽四重奏を商売としてやりたい団体なら燃え上がるようなステージであります。ここで自分らの全てが見せられる、ってね。逆に、学生時代に弦楽四重奏の勉強してきたからコンクールでも受けてみるか、というような団体には、このステージ突破はもの凄く厳しく見える筈。ってか、厳しく見えないとダメ。

もう一つ重要なポイントは、ボルチアーニは、3次の現代曲がラッヘンマン、細川、それにコラサンティーニ、と極めて限られていること。ラッヘンマンは特殊だから専門家以外は弾かないでしょうけど、細川はこの作曲家さんの弦楽四重奏群の中でもいちばん弾きやすい曲が挙がっているし、お手本もいっぱいあるので、そっち方面の専門家ではなくても練習時間さえきちんと取れればそう無理はない。つまり、このコンクール、その気になれば「全部古典派のみ+細川」でファイナルまで辿り着ける。ことによると、勝てるかもしれない。

要は、今、ヨーロッパのコンクールでいちばん大きな課題になってる「フランスやオランダ、イギリスを中心に若い団体に蔓延しているオーセンティック奏法というはしか」に罹っている真っ最中の連中が優勝する可能性がある、ってことです。前々回だっけ、あの審査員団を大分裂に陥れたベネヴィッツVSドーリックという大阪大会優勝両団体の真っ向勝負が、もっと先鋭的な形で顕わになる可能性があるですよ。なんか、ワクワクするでしょ。ハイメ氏とエルベン氏が、ハイドン演奏の在り方を巡って口から泡を飛ばして激論するかも、なんてさ。

うううん、やっぱりこれは眺めに行かないとマズいなぁ。今年はサントリーお庭はお休みといえ、その代わりみたいに鶴見でロータスQがベートーヴェン全曲やってる真っ最中、さらに、あの問題のアキロンQやら、我らがシューマンQもツアーをしているという困ったタイミング。ううううん…

ま、その前に、大阪。結果として性格が真逆の大会になったのは、有り難いと言えばありがたいです。はい。

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南洋のたびに寝台は楽なのじゃ [たびの空]

まるでどーでもいい話。

エクのNPO総会のために、東京に戻って来ました。これがなければまんま香港に向かうところだったのだが、ま、そういうもんでしょ。

シドニーから羽田へ、ニューカレドニア上空からグァム上空を抜けてくる大日本帝国儚き南方進出の夢を辿る路線、成田到着なら墓の中から見守ってくれる爺さんに「ここを9時間で超えてくるんですよ」などと言おうもんなら、敗軍の部下を纏めて誰ひとり殺さずにラバウルから本土に戻ってくるのにどれだけ大変だったか延々説教されそうな(てか、そういう説教を一切しない人だったのが問題なんだけど)路線でありまする。

で、今回、かなりキツい日程なので、無理をしないためにも、帰国便だけはアップグレードさせていただきました。ノースウェストがデルタに合併吸収されて以降、ミリオンマイラーも見えるところまで来ていたのを捨てて乗り換えることになったANAさん、払ってる額はともかくそれなりに実飛行マイルは稼いでいるので(ってか、ANAさんのマイレージって、乗った距離じゃなくて払った額に比例しているので、実マイルならことによるとミリオン行ってるかもなぁ)、「貧乏人ながらよく乗るようだから、まあ、モニターとして少しは優遇してやるか」ってくらいには思っていただいているようで、貧乏人なりにいろいろして下さいます。今回も、この値段でアップグレード出来るならええんでないの、というお値段でありました。

かくて、それなりに珍しい経験をして戻って来た昼、どっかボーッとする海胆頭で思うに、いまどきの所謂「ビジネスクラス」というのは、会社が金を出す短期間の出張なんだからきっちり成果を出してこい、という方々のためのシートというものでもなくなってるのであるなぁ。なんせ、アッパークラスの半分は熟年観光旅行の皆様でありました。夏のオーストラリアというビジネスというよりも観光の色が濃い路線だからだったこともあるでしょうが(だからこそ、この値段でアップグレードが出来たわけで、ホントはやりたいフランクフルト線やらニューヨーク線は、とてもアップグレード可能席は手が出ません、ましてやビジネス席を買うなど夢の夢)、へえええ、でありましたね。

実体に即した言い方をすれば、10時間以上のフライトになるレガシーキャリア(LCCじゃない、昔からある航空会社のこと)の大陸横断便は、「ビジネスクラス」と「エコノミークラス」というよりも、「スリーパー」と「コーチクラス」という表現の方がより正確なのでありましょう。アッパークラスは、夜遅くに離陸した直後にそれなりの飯が出て、あとはフルフラットになる実質超ミニ個室の空間できっちり寝て下さい、という席。
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本気で寝たい人は、空港ラウンジでそれなりにちゃんとした飯が食えるようになってるので、もう機内では喰わないと腹を据える。そうすれば、本日のフライトだったら実質8時間近くガッツリ寝られる。狭い空間で人がいっぱい寝ると人いきれで湿っぽくなって…という深夜バスの恐怖があるわけですが、幸か不幸か加湿されてる787でも湿度は真冬の東京程度が精一杯ですから、いやぁな脂汗をかくこともない(…って、やっぱり少しはかくけどさ)。昔のJRの3階建て2等寝台よりちょっといいかな、くらいの感じですけど、ともかく、ちゃんと寝られる。正に「寝台車」ですわ。

そう考えれば、だいたい世界のどこでも寝台型車両は普通のコーチ席夜行の倍くらいというのが相場ですから、まあ、所謂ビジネスクラスの値段設定は、納得出来ないものでもない。

ちなみに、木曜日にシドニー・メルボルンを昼間に11時間かけて走った「トワイライト・エクスプレス」号は、先頭車両がスリーパーでした。
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どうも、昼間は使ってないままで走ってたみたい。で、車内で話をしたご夫婦によれば、このスリーパー夜行便はとても人気があって、なかなか取れないとのこと。なるほどねぇ、そりゃそーだわなぁ。夜の8時にメルボルンを出て、寝台車でしっかり寝て、朝の7時にシドニーに到着するってのは、理想的だもん。

てなわけで、深夜便でも寝台ならなんとか大丈夫、というだけの今更ながらの爺の発言でありましたとさ。無論、条件もあって、なによりも「実質上時差がないオセアニア南洋路線」じゃないとダメなんですが(シベリア横断や太平洋、大西洋越えは、どうがんばっても時差がねえ…)。とはいえ、この先、またこんな楽が出来るの見込みはありません。しっかり寝ずに座ってアジア映画を何本も観ながら大陸を越えるべし――それが「飛行機」という遅すぎる転送器と貧乏人の付き合い方の基本。いやはや。

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《紅色娘子軍》はほぼ完璧な国民主義バレエなのだ [現代音楽]

一昨日、壁の向こうの1番線ホームに到着したメルボルン・サザン・クロス駅の空港バス乗り場におります。実質たった4日間の短い豪州滞在を終え、夜行便で極東の冬の島国に戻ります。火曜日にはまた香港で、普通なら戻ることはないのだが、日曜日にNPOエク総会があり、一応は顧問なる便利屋をさせていただいているので出席の義務があり、そのためだけに一時帰国です。

さても、今回のツアーの最大の目的、中国国立バレエ団《紅色娘子軍》、初演以来延々半世紀以上続く最もオーセンティックなヴァージョンによる上演、ここまで大枚叩いてくるだけの価値はあっていっぱいおつりが来る、もうこのネタだけで1年は酒が飲めるというものでありました。
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でっかい告知には「オーストラリア独占」とあり、どうやら過去はともかく最近はこの作品を外国のフェスティバルなんぞに持ち出したことはなかったみたい。やっぱりとっても貴重な機会だったんだなぁ。

以下、自分へのメモとして記すわけでありますが、なんといってもやくぺん先生、バレエというものは殆ど見物しません。この前舞台で眺めたのは…そう、初台のブリテン《パゴダの王》で、無論、踊りじゃなくて音を聴くため。ブリテン協会のオジサンとブーシーの広報のおねーさんに連れて行かれた、という感じだった。更にその前へと記憶を遡れば…そうそう、パイゾQと話をしにコペンハーゲンに行ったとき、ファーストのミッケルがコンマスを務める国立バレエ公演があり、《白鳥の湖》でミッケルのソロがガッツリあるからこれは行かぬわけにいかんでしょー、ってのかな。無論、音しか聴いてなかったようなもの。更に遡ると…記憶がないぞ。うううん。

ま、そんな程度の奴が言うことだから、以下の話を信じてはいけません。いいですかー、なんせそもそも「書いてあることはみんな嘘、信じるな」をモットーとする無責任私設電子壁新聞なんですから!

さて、バスも世界一閑散とした巨大空港アヴァロン(オーストラリア航空ショーの開催地としてのみ有名かな)に向けて走り出し、電源もアヤシいので、思い浮かぶままに箇条書き。

◆19世紀ロマン派バレエの語法が8割で、それにローカル舞踏などが加えられる。典型的な「国民主義バレエ」作品。悪辣資本家の私兵隊長やら補給部隊のオジサンなどには、中国雑伎団っぽい動きも感じさせるコミカルな細かい動きが満載。戦闘シーンには恐らくは京劇の剣舞も入ってるのであろうか。最終場の前の赤軍突撃シーンは、極めて様式化されたマスゲームのイメージも。ここで客席から拍手が上がっていたのは、この作品の観方を心得た観衆がそれなりにいる、ということなのだろう。ヒーロー、ヒロインが拳を握って踊るアイコンは、新たな語法の確立を目指したのかしら。

◆台本は些か長大な感はあるが、とても良く出来ていて、古典として生き残るだけのきっちりしたフォーマットを備えている。以下、「美少女ヒロインは理不尽な悪党の仕打ちから瀕死の状態で逃げ出す→ヒーロー率いる正義の軍団に偶然助けられたヒロインは、軍勢に加わる→最初の作戦行動でのヒロインの私的復讐欲のため、戦闘には勝利するもボスらは取り逃がす→ヒーローは闘いは私的な報復ではなく人民のためのものだとヒロインと娘らを再教育→美少女や海南島住民の平和な時を描く温泉回及び日常回→戦闘美少女としての自覚を得て成長したヒロインも加わり、赤軍と海南島解放軍連合の総攻撃開始→撤退戦の最中にヒーローは負傷、敵に捕らえられる→悪党との妥協を拒否したヒーローは、インターナショナルが高鳴る中に火炙りにされ壮絶な最期を遂げる→師匠を失った哀しみを堪え、紅色娘子軍と赤軍及び海南島解放軍の総攻撃開始→ヒロインの一撃で命乞いをするラスボスはあえなく最期を遂げる→インターナショナルが高鳴る中、革命に殉じたヒーローに祈りを捧げ、戦闘美少女軍は世界の開放のために前進を続けるのであった。そうだ、僕たちの闘いはこれからだ!」。これ、美少女アニメのストリーじゃありませんよ。要は、深夜アニメの戦闘美少女もの12本1クール分くらいに必要な要素は全て過不足なく詰め込まれ、「闘う美少女もの」アニメを一気見したときの感じまんまであります。正に古典中の古典。

1960年代人民中国の文脈に当て嵌めれば、「人民解放軍とは何か?」、「本当の敵は誰か?」のプロパガンダでありますな。それを、極めて技術的に高い舞踏で展開し、音楽はこれ以上「いかにも」なものはないもんがくっついてる。で、ストーリーのポイントは、「復讐を越え虐げられた人民の為に闘う戦士への哀しみを乗り越えての成長」。これって、どうなんでしょうかね、バレエの物語素としてはいくらでもあるものなんでしょうか。あたしゃ、よーわからんです。
19世紀に今の近代市民主義国家が形成されるとき、山のように出て来た国民オペラやバレエは、果たしてこんな風に見えたのかしら。国会議員ヴェルディ氏が作曲する《シモン・ボッカネグラ》はイタリア統一の融和を描いたものとしてこんな風に聴けたのかしら。《ローエングリン》や《マイスタージンガー》の「ドイツ」連呼は、こんな感情を搔き立てたのかしら。

この作品にリアリティがあるかとなると、うううん、少なくとも殆どの日本国民とすれば「イロモノ」という括りに入れて他人事として眺めたいでしょうし、それ以外に見方はないのかもしれんとは思うです。21世紀の今、「己の私欲を追求する資本家VS連帯した世界人民」というVS構造は、どうなんだろうなぁ、「貴方も私もみんな、大企業組織を前提にしないと生きられなかったり、大資本を支える株やったりしてるプチ資本家」となった資本家勢力勝利後の世界に生きる我々庶民は、この構造をアクチャルなものとして受け入れられるのでしょーかねぇ。お疲れ様のプリマドンナさん。
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「紅色娘子軍は前進する、前進、前進!」と舞台の上から戦闘美少女率いる赤軍や現地解放軍が歌いながら(ホントにダンサーさんが歌ってます!)客席へと永遠に進軍してくる終幕、やくぺん先生の隣に座った中年になったばかりくらいの中国人と思われるオッサンは、一緒になって歌ってました。少なくとも、その中身をどう思ってるのかは知らぬが、この舞台はこのオッサンや隣の嫁さんには明らかに生きている。「爆笑」で済ませ、「なかったこと」とする対象ではない。

もうすぐアバロン空港です。ま、ともかく、今、この瞬間に記憶している《紅色娘子軍》の感想は、これにてオシマイ。取り落としたこと数多、ホントに若くて北京語を基礎からきちんと勉強出来るだけの時間が残されていたら「俺、これで本を書きたい」と思ったろうなぁ。うううん、ホント、まだまだ生きてるといろいろ勉強になるもんだ。

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南の大陸に赤軍娘が舞う日 [たびの空]

メルボルン・アーツ・センターの地下ロビーに座っています。あと1時間とちょっとで、かの《紅色娘子軍》公演が始まります。隣に座ってるのは明らかに舞踏系の評論家さんで、ネイティヴ・イングリッシュの短髪金色のアジア系カッコイイお嬢さんと講演内容についていろいろ話をしています。「色彩がねぇ…」「オリジナルがこれでね…」って、まるっきりシンガポールかなんかの舞踏芸術祭開演前のロビーみたい。
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12月に《リング》見物に来たときに、2月にメルボルンでかなり規模の大きなアジア芸術祭「Asian-Pacific Triennale of Performing Arts」があり、その中国代表、ってか、まあ今の中国政府が送り込んでくるのがなんと《Red Detachment of Women》、そー、誰もが知ってるあの《紅色娘子軍》と知り、これはもうなにがなんでも来なければ、ということで本日に至った次第。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-02-08
目の前のモニターには、余りに有名なシーンが盛んに流され、夜に向けて盛りあげてます。
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ロビーに置かれたソファの向こう側には、関係者タグをぶら下げ杖を抱えたアジア系のご老人がスマホ弄ってる。スゴく綺麗な中国系女性が人を待っている。でも、ロビーはとりたてて中国大使館関係者が…って感じじゃあありません。この街に生活しているアジア系の人がそれなりに来てるな、という感じ。無論、多数決では所謂「白人」さん系の方が多いです。

数日前に何度目だかにこの大陸に足を踏み入れ、あちこちウロチョロしていると、アジアにとってこの大陸がとても重要になっているんだなぁ、とつくづく感じさせられます。無論、この大陸にとってアジアが重要になっている、ということでもある。だって、オーストラリアのオーケストラ関係者と話をすると、二言目には「中国のオーケストラとの交流、関係の強化」と仰る。日本のオケからこんな言葉、聞いたことないのにさ。

少なくとも都市部を歩く限り、この大陸はアジアの一部としか思えないくらいアジア系の方々が多い。これ、さっき撮影したバスの中の風景。なんの深い意味もありません。市内のバス停で降りようとしている3人のうちのふたりがアジア系でんな。なんか、これくらいの比率、珍しくないよーな。
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やくぺん先生としても、どうもこのところしばしば訪れることになってるこの大陸、なんだかとっても気が楽。そう、90年代の終わり頃まで、それこそ911の前まで、ニューヨークやボストンに滞在しているときに感じていた気楽さみたいな。今、ニューヨークの定宿に長逗留しても、あの頃に感じていたような開放感は、なぜかあんまり感じない。

なんなんだろーなー、そう、敢えて誤解を怖れずにいえば、「今、俺が20代くらいに戻れるなら、この街でまたやりなすのもありかな」って思わせてくれるような。日本列島で感じるもう先がない、ドン詰まりみたいな閉塞感とはまるでちがう、何が起こるか判んないけど、まあそれでもいいんじゃないの、って感じ。

きっと、住めば絶対にイヤなことだらけだろうし、社会は矛盾に満ちているのだろうし、政府は現日本政府とどっこいどっこいの酷さなんでしょう。でも、なんだか先が開けている感は、確かにある。

自分が生まれた土地を捨てて、ここに来て、生きる。そして、その根っこにあるものを「アート」なり「舞台作品」なりで再確認する、そんな作業が今、ここで行われつつある。

やくぺん先生にとっては、それは結局、たびの空。自分のことではない、他人事…

じゃあ、自分のことって、どこにあるのよ?

文化大革命の熱狂の中で「これが未来の芸術なのだ」と思った若者達は、今、老人の入口をこの街で過ごしたりしているのだろうか。あの時ちゃんは、あっちのばーさんは、1960年代の北京にいたのかしら。

当日件の販売が始まりました。20枚しかない、そこから後ろの方はキャンセル待ちになります、とチケットセンターのお姉さんが行列に説明しています。わあ、ロビーに北京語が溢れ始めたぞ。

誰が作曲したのか良く知らない20世紀半ばの中国を代表するバレエ、もうすぐ開幕。

[追記]

今、幕間です。なぜか2階より上の客席は売ってません。平土間だけ。こりゃ、4公演あっても満員になるわなぁ。ここじゃなくて、シドニーのオペラハウスでやれば丁度良かったかも。それにしても、「20世紀に於いて芸術とは何か」なんて大上段な議論をしたい方は、人生で一度はこの舞台をライブで観なきゃダメ。それも、中国国立バレエじゃなきゃダメかも。


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