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期間限定レストラン「葛飾柿の木亭」オープン! [葛飾慕情]

毎年、葛飾オフィス巨大柿の木の葉っぱが落ちきった頃、冬季限定で開店する自由に生きる小さな飛ぶ方々専用レストラン「葛飾柿の木亭」が、今朝、賑々しくも目出度くも、オープンいたしましたです。
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数百メートルいったところに藪やらそれなりに食べるものやら、はたまた水場まであるA町平和公園という場所まであり、烏やらガーやら、ほーほー&どばやらはそこにいらっしゃって、小さな方々もその辺りを塒にだらしない川向こう新開地葛飾の冬を過ごすのでありましょう。カラ類などは数キロ北の水元公園にいけばいいわけで、わざわざこんなしょーもない街場に出て来る必要などは、皆目ない。普通に考えれば、葛飾オフィス巨大柿の木近辺は、それほどレストラン営業に適した立地では無いことは百も承知。ま、客が来ることは特に考えてない、趣味のレストランでありまする。

秋口にドイツや英国のスーパーに行く機会がなかったため、シジュウカラ・レストランのメインになるエナジーボールやらシジュウカラ輪っか飯の新しい在庫がありません。仕方なく、夏を越した古い食材で開店せざるを得ませんでした。申し訳ありませぬ、カラの皆様。1月にハイデルベルクのスーパーで仕入れて参りますので、ホントにこの場所が必要になる厳冬期には間に合うと思います。それまで、ご勘弁を。

とはいえ、まだ柿の実は4つ残っており、今年の柿の実制空権を奪取なさった皆様が、最後までしっかりいらしてくださっておりまする。
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更に開店記念特別セールとして富山の林檎を提供させていただきました。昨晩深夜に在庫を出し、冷たい曇り空の朝になってみると、もう既にお客様がいらしたらしい。誰じゃ、目敏い奴らは。多分、昨シーズンのレストランを実質占拠してしまったこいつらだろうなぁ。
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もうふたつがずっと開店を待っていらっしゃったようで、柿の実を巡ってもムク軍団と壮絶な争奪戦を繰り広げていらっしゃったみたいだし。

せっかく、佃のせれぶなブンチョウ様から譲り受けた食い残し、でもフィンチ系の皆様にはそれなりの御馳走がぶら下がっているのに、この方々はどうにも動きが判らない。
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どうやら、ムク軍団が去ったところに小さな集団でやってきて、柿の枝についた細かい食べ物やら柿の実そのものを召し上がっているようなんですが、もの凄く美味しい御馳走がそこにあるのは気付いていただけないよーじゃ。振ってやって、下にこぼしてやると、おっ、なんかあるぞ、と降りていらっしゃるんだけど。

無論、この方々はちっちゃい声でお喋りしながらご夫婦でやってきてますよ。
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凶悪狂暴ひよちゃんには追い立てられるのだけど、どうしてかムクは無視するみたいで、ムク軍団が柿の実を占拠していると、安心して「林檎、ぼくたちのでちちち」と嬉しそうにいくらでも喰らってはトイレをなさってます。

てなわけで、4時も過ぎれば暗くなる東経135度の冬の日、結局、本日はメインゲストのカラ類(っても、シジュウカラさんしかいなんだけどさ)はいらっしゃいませんでした。

飛ぶ方に 干し場とられて 乾燥器

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優勝団体に遭いにいく・その6:2015年ミュンヘンARDコンクール弦楽四重奏部門第1位アロドQ [弦楽四重奏]

秋の終わりから冬の初めの「世界の弦楽四重奏コンクール優勝団体に遭いにいく」シリーズ、この後も、1月のパリのビエンナーレではメルボルン大会優勝ノガQ、アムステルダムで新しく始まるビエンナーレではバンフ大会優勝ロルストンQ、はたまた恒例の「ハイデルベルクの春音楽祭」ではボルドー大会優勝のツェムリンスキーQと、来月にもバタバタ続きがあるのだけど、ま、当面はこれでちょっとお休み。なんか、年寄りが仕事を纏めにかかってるみたいな話だが…まあ、実際にそうなんだからしょーがないわね。

21世紀に入って「優勝団体を出します」という通達が審査員に出され、かつての「よっぽどのことがないと優勝は出さないミュンヘン」というイメージは様変わりしてしまったものの、3年に1度きっちり科目がまわってくるようになって、順当に優勝が出たり出なかったりしているミュンヘンARDコンクール、弦楽四重奏部門も、昨年はバンフと重なって「ヨーロッパ選手権」の色彩が濃かった中で天下のピヒラー御大を審査委員長に迎え開催され、以下のような結果になったのはまだ記憶に新しいところでありましょう。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2016-09-10
なんせドイツの放送局が自分のオケのためのポスト・オーディションとしてやってるようなところもあるこのコンクール、室内楽はぶっちゃけどう扱って良いか判らぬ、なんでもあるデパートだから並べてある商品みたいなところもあって、優勝団体へのこれといったアフターケアを主催のバイエルン放送が行ってるわけではない。無論、地元ミュンヘンでは「ARDコンクール優勝者はうちの子たち」みたいなファンの大事にしてくれ方、アドラーなどの大手主催者からの別格扱いなどあるものの、それは周囲が勝手にやってること。アポロ・ムサゲーテQもまだまだ出し、アルミダQに至っては存在すら知られていないやもしれぬ極東の島国ニッポンでありまするから、ほぼリアルタイムで優勝団体が紹介されるなんて、なんともラッキーな機会だったわけです。

このミュンヘン大会、エベーヌQというとてつもない、現実問題として21世紀のヨーロッパ大陸に於ける弦楽四重奏というジャンルの在り方に革命を起こしてしまったとんでもない逸材を出した後、どうにも「優勝」という意味ではやくぺん先生には今ひとつよく判らぬ結果が続いている。アポロ・ムサゲーテも「え、早すぎるだろー」という感は否めなかったし(実際、その後数シーズン、表に出ずに修行を続けて…というアルテミス型のやり方をしてきましたし)、ノブスが2位となったアルミダ優勝のときも「なんでザイーデじゃないんねん!」と怒りまくったわけだし、正直、昨年も「…ええええええぇ」と思わざるを得ない結果でした。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2016-09-10
てなわけで、このアロドQに関しても、関西の主催者さんから「チラシ裏やって」と言われて、「モーツァルトに関しては言えるけど、本選のベートーヴェンに関してはなんにも言うことはありませんけど、それでも良いんですね」と念を押した上でお仕事をさせていただいた次第。当電子壁新聞でも、敢えて事前盛りあげなどはしなかった。まあ、エラートなんてまだあったのかというレーベルが専属にしたりして、今時稀有な20世紀後半型レコード会社主導パブリシティが成されるだろうから(成されたのか、わしゃ知らん)まあいーじゃろ、と思ってたわけですわ。

とはいえ全く知らんぷりも出来ないわけで、ノブスQ10周年をソウルじゃなく水原で聴き、慌ててホンシュウ島に戻ってきた次第。

ま、なんの影響力も権威もないやくぺん先生のご感想なんてどーでもいい前振り話は、ホントにどーでも良いや。昨晩の鶴見について。演目はミュンヘンのセミファイナルでも賛否両論ながら「これはもしかして面白いかも」と一部からは圧倒的に評価が高かった(猛烈に怒っている人も少なくなかった)モーツァルトのニ短調、続いていかにも今時のフランスなイスラム圏に向けた作曲家の新作があり、最後はデビューCDで持ってきたメンデルスゾーンの作品44の2(敢えて同じCDに収められた作品13ではなく)、というもの。ベートーヴェンやハイドンなど、拒絶反応に遭いそうだったり、まだまだ手に入っていないレパートリーは避けて、今の彼らのキャラが真っ正面から出せ、勝てるものを並べてきている。なかなか賢い連中であることよ。

モーツァルトに関しては、ミュンヘンのときよりも随分と無茶の無いものになっていたとはいえ、決して大人しくなったわけではなく、無駄な騒ぎ方はしなくなった、という感じ。とはいえ、今のエベーネ以降のフランス、特にプロカルテットなんぞで切磋琢磨してる若い連中らしく、良くも悪くも攻めた演奏で、「際物ですね」と仰る愛好家の方も客席にはいらっしゃいました。無論、大受けだったわけですけど。メンデルスゾーンも同じやり方が通用する作品ということなんでしょう、細部をうんと強調し拡大鏡で見せて、それをオケのような勢いの中に落とし込んでいく音楽。

良く言えば、弦楽四重奏という文献にあまり馴染みは無いけど、オペラやオケなどは沢山聴いてる方は大喜びしそうな音楽。今や絶滅を待つばかりのコアな弦楽四重奏聴衆は、なんであんなことしなきゃいけないの、ってあたふたしてるうちに置いてきぼりにされちゃうような…

その意味で、ノブスQとは違った意味で、新たな聴衆を開拓する努力をしている団体であることは確かです。そこをどう評価するか、弦楽四重奏の趣味は時代や聴衆の変化と共に変化していくものなのだからこれもあり、と割り切れるかどうか、でしょう。それに、このやり方だとレパートリーが極めて限られる、きっちり手に入ったものだけを出すしか無いだろうから、フルタイムの常設弦楽四重奏としてやっていくにはっまだまだ基本レパートリーを作るためだけでも時間がかかるだろうなぁ、と思ってしまう。ま、それは彼らの問題で、こっちが心配するようなことじゃないけどさ。

いすれにせよ、優勝団体に遭いにいくツアーの最後を飾るに相応しい、「嗚呼、俺もそろそろ隠居だ」感漂う夜でありましたとさ。かくて、終演後、ARDで3位となったアマービレのセカンドさんと談笑、同期のリユニオンをなさる若者達であった。
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若い団体は、若い人に眺めていって貰おうではないか。なあ、婆さんや…

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優勝団体に遭いにいく・その5:第11回国際モーツァルト・コンクール第1位ノブスQ [弦楽四重奏]

朝っぱらに水原のバスターミナルを出て、国道一号線をソウルに向けて北上。なんでこの道はいつも混雑しているのだと呆れる仁川方向への支線に入り、金浦空港に到着し、ぼーっとしながら半島を出て、鳥取辺りでホンシュウ島に上陸、摂氏10度とうらうらの帝都湾岸に戻って参りました。そのまま都内某所まで急ぎひとつ野暮用を済ませ、今、京急鶴見駅下の喫茶でやっとパソコン開いてます。午後7時から前回のミュンヘンARDの覇者アロドQの演奏会。20日にハノイに向かうまでの1週間、師走の帝都滞在でありまする。

昨晩は水原市が発祥の地というSKグループが、不動産部門のフラッグシップたる45階建て高層マンションを林立させた水原市北の新興開発地区のど真ん中に建てられたSKアートリウムなる文化施設のかなり大きなオーディトリアムで、ノブスQ10周年記念演奏会シリーズのひとつが開催されたのを、遙々聴きに行ったのでありました。ちなみにソウル公演は14日で、すっかり売り切れだそうな。
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ノブスQに関しましては、当無責任電子壁新聞でも随分とフォローしてまいりましたので、ご存知の方は良くご存知でありましょう。そうそう、彼らの表記ですけど、大阪で3位になったときに「ノブース」と記されて、以降、それに従ってきたのだけどやっぱり気持ち悪い。だって、どう考えたって「ノーブス」だもんねぇ。で、ハングル表記ではどうやら「ノブス」らしいので、ま、それで行きますか、ってことにします。韓国語なんだ、と思えばそれまで…じゃないけどさぁ。

もとい、で、ノブスQであります。なんせ、アマデオ・モディリアーニQと並び、弦楽四重奏聴衆の裾野を特定方向にホントに広げちゃった稀有な連中。ソウル公演はでっかいアーツセンターのホールに千数百のお嬢さんらが集まり、終演後の韓国クラシック業界伝統のサイン会は終わるまで延々1時間近くかかるのが毎度、なーんてとてつもないことになってる。

これでやってることがやっつけ仕事や、はしにもぼーにもかからないルックス勝負のみなら「かってにしてちょーだいな」だけど、なんせレッジョを見限ったジメナウアー事務所が本格的にバックアップに入ることになった2014年のザルツブルクのモーツァルト・コンクールできっちり勝ってくるようなまともな(ポッペン先生なんぞにしっかり鍛えられた、押さえるべき所はちゃんと押さえた恣意的ならざる音楽、ってこと)古典を聴かせてくれる。ロマン派やらせれば、ハッタリではなく筋の通った「キメ顔」が出来る。すげええカッコイイんだわさ。

昨晩の演奏会でも、意外にクールでスタイリッシュなシューベルト《断章》に始まり、ファーストぶっとびには決してならない室内楽としてちゃんとしたメンデルスゾーンの作品80。そして、ソナタ形式の構築性をしっかり見せた第1楽章と、弱音中心の第2楽章の泣き節とを対比させるドヴォルザーク作品106。どれもとても立派で、ロビーで流される10周年の軌跡を描いたヴィデオクリップのコンクール受賞歴も当然でしょ、と納得させる堂々たる演奏でありました(結成翌年に大阪で3位になったのは韓国ベースの団体としては初の国際室内楽コンクール入賞で、これが彼らのその後の活動のきっかけになっている、という事実は触れて欲しかったなぁ)。個人的には、ドヴォルザーク第3楽章トリオのテンポに、へええええ、と思わされたのがとても印象的でありましたです。

そんなノブスQ、この故郷でのミニ記念ツアーを終え、来週はウィグモアでハイドンばかりのシリーズのひとつを弾き、それからイスタンブールで公演を行い、ひとつの時代を終えようとしております。

祖国を出て、ミュンヘンでずっと一緒にやってきたヴィオラのイくんが、今月をもって脱退。指揮者の修行を本格化させるとのことです。新しいヴィオラはもう決まっていて、やっぱりヴィジュアル系OKの伯林在住のコリアン・ボーイ。来年に入ると暫く移行期間でコンサートは休み、春前から再稼働とのこと。

それを知ってしまうと、ドヴォルザーク作品106の緩徐楽章は、10年のあれやこれ万感の思いを込めた涙なみだの音楽に聞こえてきてしまうのであーる。そういえば、セシリアQがチェロ脱退が決まって参加したバンフの本選で、いろいろあった苦難の時代を振り返り懐かしむ、すすり泣きが音楽になって響いてるような音楽をやって予想外の(失礼)優勝を飾っちゃった、なぁんてのを思い出すぞ。この曲、晩年の作品なんだけど、「我が青春よさらば」のテーマソングなのかしら。

ま、ここまできちんと作れていれば、ちゃんと弾ける奴が入ればアンサンブルは問題ないでしょう。ノブスQ、10年を過ぎての歩みを、これからも見守って行かねばならんし、なにか出来ることがあれば少しでもお手伝いをせねばならんだろうなぁ。

かくて、新しいメンバーが客席で「すげえよねぇ、今日の演奏」と手を叩く向こう、舞台の上の4人の姿。
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新メンバーを迎えた祖国の初公演は5月の「ソウルの春音楽祭」出演とのこと。11月3日には、なんとロッテホールという大空間でショスタコの3番と8番なんぞを披露する予定だそうな。

日本で聴ける予定は…残念ながら、現時点ではありません。ふううう…

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「優勝団体に遭いにいく」シリーズ4部作に改訂しました [お詫びと訂正]

先程、ノブスQ10年を祝う演奏会シリーズの水原公演で、極めて充実した音楽を聴かせていただき、氷点下10度に迫る厳冬の街を抜けて戻って参りました。それについては、また別に記すとして、この数週間ほどあちこちを動き回っている「(大阪国際室内楽コンクール第1部門)優勝団体に遭いにいく」シリーズ、考えてみたら一番最初は1ヶ月程前の琵琶湖の畔のヘンシェルQで始まってるんじゃないのさ。

一応、念のために第1回からの大阪国際優勝及び主要入賞団体を列挙すると、以下。

★第1回:優勝オルフェウスQ(解散)、第3位ロータスQ
★第2回:優勝ヘンシェルQ、第2位Qエクセルシオ
★第3回:優勝ベルチャQ、第2位シマノフスキQ、第3位Qプソフォス&Qアルコ
★第4回:優勝タンクストリームQ(後にオーストラリアQに改称)
★第5回:優勝ベネヴィッツQ
★第6回:優勝ドーリックQ、第2位セシリアQ、第3位ガラテアQ&ノブスQ
★第7回:優勝アタッカQ、第2位シューマンQ、第3位ウェールズQ
★第8回:優勝アルカディアQ、第3位ヴァスムートQ(現ヴェローナQ)
★第9回:優勝アイズリQ

さても、このメンツを眺めて、いかがお感じになりますでしょうか。優勝団体のうち、初回のオルフェウスQは数年後に第1ヴァイオリンが事故で急逝し、活動を停止。タンクストリームQはオーストラリアQに改称、ってか、実質上はオーストラリアQを運営する財団から丸ごと団体買い上げみたいな方で栄光のオージー室内楽界フラッグシップ・ネームを襲名し、祖国を代表する団体として数シーズン活動を続けたものの、「4人編成のオーケストラ」とも称すべき特殊な運営形態の難しさ、結局、現在はタンクストリームQだったメンバーはひとりも残っておらず、実質上消滅しています。

逆に考えれば、四半世紀のコンクールの歴史の中で、なくなってしまった優勝団体はふたつしかない、ということでもあります。これって、世界の弦楽四重奏専門コンクールの中にあっても、そこそこ上手くいってる方じゃないですかね。ロンドンはなんといってもヴェリンジャーQの解散が大きいし、バンフはティンアレーQやらセシリアQやら、今世紀になってから続けられない団体が続出しているわけだし。ま、続いている、といっても実体はいろいろではありますが…

話を戻せば、この1ヶ月ほどの間に生き残っている大阪優勝団体7グループのうちの4つを聴く、ということになったわけで、それらを纏めてシリーズに再編集いたしました。再編集とはいえ、中身はめんどーなんで弄ってませんけど。

てなわけで、以下が「優勝団体に遭いにいく」[大阪国際室内楽コンクール]ラインナップでありまする。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-11-10
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-12-01
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-12-04
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-12-09

なお、2020年の第10回大会に向け、来シーズンからその先のシーズンに、「大阪優勝団体がオーサカに戻ってくる!」シリーズが予定されているとかいないとか。詳細はまだ発表出来ませんが、請うご期待。

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優勝団体に遭いにいく・その4:第3回大阪国際室内楽コンクール第1部門ベルチャQ [大阪国際室内楽コンクール]

韓国の真ん中辺り、ソウルからKTXで1時間ほどのテジョン(大田)に来ています。半島が冬に入った猛烈に冷え込む土曜日の晩、1998年の万博で大発展した当地の立派なアーツセンターで
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ベルチャQとノブスQのオクテットを聴くため。
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ベルチャQと言えば、90年代に日本の若者達の間でなぜか巻き起こった弦楽四重奏ブームが最も盛りあがった頃、始まって3回目となる大阪国際室内楽コンクール第1部門にも過去最大の数の日本の弦楽四重奏団が参加したことで記憶される大会(やくぺん先生個人とすれば、ニッセル先生が審査員として参加なさった大会、という印象が強いのだけど)で優勝し、その直後には、エヴィアンから移った最初のボルドー大会へと転進、後にベネヴィッツQが成し遂げる史上初の国際メイジャー大会連覇という偉業を成し遂げ、現在の「イギリスでトップの弦楽四重奏団」に登り詰めるきっかけを作ったのでありました。ぶっちゃけ、下品な言い方をすれば、大阪大会出身で現時点でいちばん「売れてる」団体、でありまする。

調べてみると、初めて出会ったのは20年前のメニューイン御大がご存命だった最後のロンドン大会のようで、当時のメモには「K.465:音も綺麗だし、大穴かも。張りのある第1ヴァイオリン。丁寧で、好感が持てる。まだまだ押しが弱いけど。」なんてえらそーなことが書いてある。ロータスQがヨーロッパの大会に盛んに参戦していた頃で、アウアーQが優勝したこの大会ではベルチャは3位になっている。だけど、正直、20年経った今、参加20数団体の中でそのときから印象が明快なのは、ロータスQを除けばベルチャだけなんだわなぁ。やっぱり、最初からもの凄く光るものがあった、ということなのでありましょう。

その後、暫くメンバー交代などでバタバタしていたけど、その2年後の大阪の参加団体名に彼女らを眺めた時、あ、ちゃんとやれるようになったんだ、やっぱ、ベルチャで決まりしょ、と思ったもん。んで、大阪では堂々のぶっちぎり優勝を飾り、その数ヶ月のボルドーに乗り込み、横綱相撲をしようとおもったら意外な伏兵が出現し…ってストーリーが続くわけだが、ま、それはまた別の話。

その後、当時ヨーロッパで「歴史上最強の弦楽四重奏専門マネージャー」となりつつあったドイツの某事務所に所属し、あれよあれよと出世していったのは、弦楽四重奏好きの方ならご存知の通り。ファーストのコリーナも無事にイギリス人と結婚して英国に安定して定住できるようになり、EMIと契約し笑っちゃうほど作りに作り込んだシューベルトのディスクを世に出してイギリスの評論家筋が熱狂し大出世となり…

大阪メンバーのチェロのテイトくんが抜けて若くしてギルドホールの室内楽科の主任になったり、創設メンバーだった(と思う)セカンドちゃんも抜けてロンドンの某室内オケのトップになったりと、20年なりの波瀾万丈を経つつも、今に至ってるわけでありまする。

集客面で余り上手くいかなかった来日公演があったことで日本のマネージメントが切れてしまい、その間に彼女らがどんどん格上団体になっていき、日本とヨーロッパでのマーケットバランスが圧倒的に不均衡となってしまったという不幸もあり、日本では「幻の団体」になりつつあのが、ちょっと、というか、凄く残念。サントリーのベートーヴェン全曲でも、当然ながら候補にはなるのだけど…


ま、それはそれ。先程終わった演奏会、思えば3年前にロンドンでタネージの新作を聴いたとき以来なんだが
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2014-12-07
相変わらずの最良の意味での「作り込み、考え過ぎのベルチャQ」面目躍如でありました。

最初のハイドン作品20の4は、もう加わって10年くらいにはなるか、フランス人チェロくんのバロック弓で古楽弾きがやたらと目にも耳にも飛び込んでくる「今時のヨーロッパ中堅若手に大流行の時代演奏をモダン楽器に反映した古典」であります。アタッカQが続けているモダンの響きに古楽のいろんな在り方を必要なら加えていく、ってのとは正反対の、モダン楽器は古楽の響きだって作れるオールマイティなんだよ、って感じの音楽。ある意味、猛烈な力業ですわ。おかげで、続く《アメリカ》では第1楽章ではやたらとヴィブラートが耳についてしまうほどでありました。ま、終わってみれば、《アメリカ》もベルチャ流の作りに作った、イギリスの評論家が大喜びする類いの説得力あるものでありましたけど。
弟子のノブスQを加えてのメンデルスゾーン八重奏も、コリーナ姫を支える7人のやろーども、と言えばそれまでなんだが、なんせ御姫が頭が良くて周囲へのご配慮が出来る立派な方なものだから、ファーストのコンチェルトにはなりません。なるほどねぇ。

てなわけで、久しぶりのベルチャQを堪能し、終演後は毎度ながら、ヴィオラ君なんぞに「お前、どーしてこんなところにいるの」と呆れられたわけでありまする。

そうそう、ベルチャQ、全員がタブレットで演奏してます。もう1年くらい、そうしてるそうな。この写真で判るかなぁ。ちなみにハイテク立国韓国の若者達は、伝統の紙楽譜でありまする。
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コリーナはペダルばかりではなくかなり頻繁に演奏中の画面タッチもして、なるほど、そういう風にもやれるのね、って。ここまで普及してくると、電子楽譜の扱いが随分と演奏者により違うのが判って面白いですな。

日本ではいろんな事情で幻の団体になっているベルチャQ、2018-19シーズンの終わり頃に来日予定もあるとか。いよいよ極東の列島でも20年ぶりにブレイクするか、請うご期待。

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柿の実残すところ限定8個 [葛飾慕情]

超短期の北米滞在を終え昨日の午後3時過ぎに成田に到着、明日朝からの半島訪問の前、実質トーキョー・トランジットの慌ただしい1日、師走になって初めて、葛飾オフィスにおりました。メインの目的は作文作業とかではなく、立て替えが完了しお戻りになったお隣に、いつも柿の木の葉っぱやら落ちた実やらのお掃除をしてくださりありがとうございますの気持ちを込め、サンフランシスコ空港免税店で買い込んだクリスマス・ボックスに入ったシャンパンをお持ちすること。一応、ご近所づきあいも考えねばならぬ川向こうの新開地なのじゃよ。えっへん。

荷物抱えて葛飾オフィスに近付くと、巨大柿の木もすっかり葉っぱが落ち、枝には柿の実がぽつんぽつんと残るばかり。そのうちの半分以上は、下の方から小さな飛ぶ方々のご飯となって喰われ、もう「実」とは言えないような有様・勘定すると、9個残ってました。

眺めているうちに、きーーー、という声をたてながらムクくん団がやってくる。一斉に、というか、交代に柿の実に張り付いて、一生懸命くらっています。
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ひとしきり喰らって満足すると、また軍団でどっかに去って行く。と、じゅじゅじゅじゅじゅ、と声をたてながら雀たちがやってくる。わあああっと群れで来るのではなく、どうやら柿が極めてお好みな連中がいくつかやってきてるみたい。ひよちゃんたちが姿を見せないのが、ちょっと心配だなぁ。

夕方、ではまた来週半ばに、と葛飾オフィスを出て、すっかり枝ばかりになった巨大柿の木を眺め、あらためて実の数を勘定すると、おや、8個になってます。ムク群単、半日で1個消費する勘定なのかぁ。シジュウカラ・レストラン、今年は開設出来るのやら。

柿の実の 残り数えて 冬を知る

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アダムス&セラーズの「リアリティ」 [現代音楽]

昨晩、サンフランシスコの戦勝記念オペラハウスで、ジョン・アダムス&ピーター・セラーズの新作《西部の娘たち》世界初演の6回目の公演を見物して参りましたです。
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これから成田に向け、サンフランシスコ空港から戻るところ。今回の超短期渡米のメインイベントでありまするな。

ええ、この作品がどういうものか、プレゼンターのサンフランシスコ・オペラが詳細な関連記事を含めた当日配布されるA4版のプログラムを宣伝広告ページまでまるまるそのまんまでアップしたPDFファイルを置いてくださっているので、いろいろ説明するのもめんどーだから、そっちをご覧あれ。
http://devsf.encoreartssf.com/sites/default/files/programs/girls-of-the-golden-west-san-francisco-opera.pdf
この団体、前回の同チームに委嘱した《ドクター・アトミック》でも、現在も生きている(と思うのだが)もの凄く充実したwebサイトを作ってくれております。資料としても有り難いことでありまする。世界中で世界初演のプログラムが簡単に手に取れるわけですからねぇ。

作品の中身などは、上述の当日配布プログラム38ページにしっかりありますので、そちらをご覧あれ…ってのも乱暴だろーから、一応、最低限の「あらすじ」を記せば…

米墨戦争の勝利でアメリカ合衆国に加わったばかりのカリフォルニアで金が発見され、49ersと呼ばれる一攫千金を夢見る男達が集まって来た頃のサンフランシスコから奥に入ったシェラネバダ山脈の街に、ボストンからシャーレイ夫人がやってくる。彼女は、この地に集まって来た一癖も二癖もある連中と知り合うことになる。人口比では異常に男性偏重のこの場所で、一攫千金にぶち当たらない金鉱探しのヤンキー、誰よりも教養ある解放奴隷、かつてこの地を支配していたメキシコ人のカジノ経営者やそこで働く女たち、チリ人などの新興労働者、中国人売春婦、等々。第1幕ではそんなシェラネヴァダ山脈の金山街の様々な人々の姿を描く。第2幕では、7月4日の合衆国独立記念日に「マクベス」が上演され(当時、シェイクスピア演劇はヤンキー系に大人気な娯楽だったとのこと)、その裏でヤンキー連中が南米系やアジア系労働者を襲撃するという噂が流れ、チリ人やメキシコ人が逃げ出し、解放黒人奴隷が暴徒に殺されてしまうなど、騒然たる状況となる。そんな中で、カジノ経営者のパートナーの黒人系の女ジョセファが、愛人にしていた中国系売春婦との関係がもつれ自暴自棄になったヤンキーに強姦されかけ、殺してしまうという事件が勃発。ジョセファは正規な裁判もないままに、ヤンキーらによって実質リンチのように縛り首にされてしまう。シャーレイ夫人は、自分の眺めた現実を前に、東部に戻っていく。

って、全然粗筋になってないなぁ、と思うわけだが、実際、この舞台、普通の意味での「ストーリー」はありません。今から150年ほどまえのシェラネヴァダ山脈の街で起きたことの断片が、群像劇のように展開されるだけです。物語の主人公もおりません。シャーレイ夫人は彼女の目の前で起きていることを記述する役回りで、舞台の進行には関わらないといえばかかわらない。普通に考えれば主人公になって舞台を眺める聴衆に共感させ、同情を集める役回りになる筈のジョセファも、主人公ではない。中国人売春婦シンも、彼女に入れあげるもののその野心に付いていけず逃げ出してジョセファを襲う金鉱堀ジョー・キャノンも、主人公扱いではない。つまり、聴衆の目の前には、カリフォルニアの歴史のある瞬間が提示されるだけ。シャーリー夫人の「彼女がやって来てから去るまでに起きたこと」という時間を切り取る立ち位置には、ジョン・アダムスというカリフォルニアにやってきたボストニアンを連想しない方がムリだし。

考えてみれば、過去のアダムス&セラーズが制作した作品って、どれも普通の意味でのオペラ台本から考えれば、相当に特殊な作りになっていた。《中国のニクソン》に始まり、《クリングホッファーの死》、そして《ドクター・アトミック》と、「オペラティックな劇的盛りあげ」とか「緊迫した対話」とか、はたまた「対立する者たちの歌によるやり取りの結果の和解」とか、そんなものは一度として描かれたことはなかった。数年前にも、同じことを書いてるなぁ、この無責任電子壁新聞。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2014-11-14

どうしてそうなるかというと、《クリングホッファーの死》は例外として、他はどれも台本作成にあたってテーマとする歴史的な出来事の一次資料をあたりまくり、手紙やら手記やら可能な限り実際の言葉を引っ張り出し、それをつぎはぎしてキャラクターや台本とする、という作業をしているからなのでしょう。つまり、「このような状況ならいかにもこいつはこういう風に言うだろう」というような創作で台本を書いているのではない。

だから、台詞として歌われる中身は、言葉も話し言葉ではなくて書き言葉になり、客観的で、概念的になる。出所は違うとはいえ、《ドクター・アトミック》1幕最後のオッペンハイマーのアリアなど、恐らく過去に書かれたオペラアリアの中でも最も「言葉が難しい」もののひとつでしょう。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2007-06-30

毛沢東もニクソンも、はたまたオッペンハイマーもいない、誰ひとり歴史的な英雄などおらぬ150年前の庶民ばかりが登場人物であっても、やり方は変わらない。つまり、普通のオペラ台本から考えれば、もの凄くリアリティのない言葉が歌われることになるわけです。なお、今回の作品では、正当防衛の殺人を犯してからのジョセファはずっとスペイン語で歌う、という捻り技が使われています(多分、です。なんせリブレットはないもんで、一度聴いただけのいい加減な印象ですが)。

でも、この聴衆にとってのリアリティの無さこそが、ある種の「現実の異化」であり、「瞬時に状況を歴史化する」重要なテクニックでもある。あらゆる台詞が説明になっているような、不思議な距離感。ことによると、オペラという時代遅れの極めて非現実的な舞台だからこそあり得る、特殊な台本の在り方…なのかしら。少なくとも、初期のミニマリズムとはまるで違うところに至った、なによりも「オペラティックなノリノリ感」を自ら崩していくような変拍子が多用されるアダムスの音楽は、このような突き放し感満載の台本には極めて合っていることは確かでありましょう。

中身や音楽に関してあれこれ言い出せばキリがないので最低限の感想だけ述べれば…そーですねぇ、1幕最後の黒人解放奴隷のアリアとか、最後のシャーレイ夫人のモノローグとか、如何にもアダムスらしいここ一発のアリアはあるものの、全体に地味な「アダムス御大のご当地オペラ」であることは否定しようがない(考えてみれば、アダムスのオペラって、今回の作品も含め、どれも地味いいにフェイドアウトするみたいに終わりますねぇ)。オーケストラ版も既に出来ていて、あちこちで演奏も去れ始めている2幕の《スパイダー・ダンス》にしても、猛烈にパワフルでインパクトがある、という感じではなかった。敢えて派手なことは避けている、って感じすらしました。

ただ、2017年という年に出てきたこの作品が、メインの筋書きが「150年前の黎明期カリフォルニアで起きたヤンキー集団に拠る異文化住民の排除騒動を、正統的な西洋文化を背景とした者の視点から眺める」というものになっているのは、ある意味で、今のアメリカ合衆国という社会の在り方をまんま批判することになっている。なにしろ、アダムスに近しいアタッカQに拠れば今年の春にはもう作曲が終わっていたというこの作品、「トランプのアメリカ」を批判する意図など台本作成中にはまるで無かった筈。それが、結果として、まるで知的な民主党支持者が覚めた眼差しでトランプのアメリカのうさんくささを眺めている作品のように見えているのだから…

考えてみれば、《ドクター・アトミック》も、日本の一部で誤解されているような「ヒロシマ・ナガサキ」に対する批判ではなく、「人類が人知を越えたところに手を突っ込むことで、地球という生態系の在り方に何かが起こってしまうのではないか」という、敢えて言えば「エコロジカルな視点からのフクシマ批判」となっていた。あれも、フクシマが起きる遙か前に出て来てるわけですからねぇ。

ううん、アダムス&セラーズの切り取るテーマの「リアリティ」って、ちょっとオソロシイとすら感じてしまいますです。

なんだか全然感想にもなってないけど、ともかく、そういうモノを観た、というご報告でありました。関係者の皆様、お疲れ様です。特に、この2人。
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ちなみに、ほぼ満員の観客席から、唯一ブーが飛んでいたのが、セラーズでありました。中途半端に具体的な舞台がお気に召さなかったのか、それとも「ヤンキー」が悪者になる台本そのものに文句を言いたかったのかしら。

この公演、ダラス・オペラとネザーランド国立オペラとの共同制作になっているので、いずれ、アムステルダムの運河の畔でも観られるでしょう。1回眺めてどんなもんかはだいたい判ったんで、敢えて地元を離れたヨーロッパの空気の中でもういっぺん、じっくり眺めてみたいものであります。

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優勝団体に遭いにいく・その3:第7回大阪国際室内楽コンクール第1部門アタッカQ [大阪国際室内楽コンクール]

月曜の出勤時間にデカイに持つ引っ張ってかつてトスカニーニやホロヴィッツの住んだアパート前から地下鉄に乗り、ペン駅でガラガラなトレントン行き下りに乗りかえ、朝霧になにも見えぬアメリカゴジラが盛んに暴れては逃げていく湖沼地帯を抜け、「ニューヨークのひろおおい埼玉」たるニュージャージー州の入口ニューアークに到着。終点の、フィラデルフィアまでの「中途の街」(エラリー・クィーンが後期の人情ミステリーに転進するきっかけとなった名作の舞台でありまする)トレントンまでいけば、橫田へ向かうニホン国法務省あずかり知らぬ太平洋横断裏定期便でお馴染みのマクガイアー輸送部隊基地(先頃帝都上空を跋扈したマリーンワンも、ここから運ばれたはず)が広がっているのだが、まともな身のやくぺん先生が向かうのはニューアーク空港でありまする。これからアメリカ大陸を6時間以上かけて横断する大フライト、一気にサンフランシスコに向かいますです。

昨日は、NYC彼方此方でなんでこんなにいっぱい室内楽の演奏会があるんだ、という呆れるような日曜。なんのかんのあったけど、地下鉄の週末工事やバスの路線変更などにあれこれ巻き込まれ、結局、午後4時からブルックリン公共図書館で開催されたアタッカQの演奏会にしかいけませんでした。ま、それでお腹いっぱいになったから、結果としてはよかったんだけどさ。

普通なら、マンハッタンから赤の2,3番か、黄色のブルックリン方面行きに乗れば30分くらいで到着する場所なんだけど、なんのかんのでマンハッタン厄偏庵から1時間半もかかってやっと到着。頭の上をラグァーディア空港に向けて到着機がガンガン降りてくる辺り。
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どうやらこの図書館もレクチャーなんかと並んで演奏会シリーズもあるようで、エンソQなんぞが出てたりするようだけど、今日のアタッカQは主催はなんとなんとカーネギーホールです。カーネギーホールの教育部門が担当する「ご近所コンサート」というシリーズのひひとつ。
https://www.carnegiehall.org/Events/Neighborhood-Concerts
ニューヨーク・シティの各地を会場に、きちんとしたコンサートを無料で主催する。無料とはいえ「当日来て並びなさい」ではなく、聴きたい人が申し込んでチケットを貰うようになっているので、「図書館にいったらなんかやってたので覗いてみよう」というわけにはいきません。アタッカQのギャラはカーネギーが払っていて、コンサートの当日制作スタッフなどもカーネギーから派遣されてる。無論、会場となる場所も主催者ですから、いろいろ自分なりに人が動いていたりもしますけど。
https://www.carnegiehall.org/Calendar/2017/12/03/NEIGHBORHOOD-CONCERT-ATTACCA-QUARTET-0400PM
このシリーズ、いろんなものをやっていて、弦楽四重奏もいくつか入っているものの、ジャックQとかフリクションQとか、今時のもんが殆どで、ベートーヴェンの作品132なんてガチガチの古典を真っ正面からやるのはアタッカQくらい。つまり、敢えて言えば、「クラシック音楽の室内楽」をブルックリンの聴衆にきっちり聴かせる仕事を担当することになる、ということですわ。
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会場は、図書館地下のレクチャーなどをやったりする客席200くらいのオーディトリアム。アウトリーチとはいえ、ちゃんとした会場でのちゃんとした演奏会です。こんな。聴衆は、主に囮寄りの近隣の方がだけど、想像以上に客層は広かったです。
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ここで、彼らの友達の作曲家の短い弦楽四重奏作品をやり(音の聞こえるところと聞こえないところのギリギリを探るような、なかなか面白い作品でした。最近、録音もしたそうです)、そのまま作品132に突入する。国内をずっとこの曲をもってツアーしてきて、地元NYCに戻りこれを弾いてツアーはオシマイになるというアタッカQ、すっかり手に入った演奏を繰り広げる。特に第3楽章では和声を綺麗に響かせたゆっくりした祈りの歌の部分と、快癒への喜びを手放しで叫ぶような部分との対比を思いっきり大きくとり、「アタッカQに中庸なし」の言葉通り(←誰がいうんじゃ、そんな言葉…)の過激な、だけどものすごくまともな音楽を繰り広げてくれました。

終演後はロビーに出て、殆ど弦楽四重奏を聴いたことがないような人達から「すげぇええ」なんて感想を述べられ、是非来週の演奏会にも来て下さい、としっかりPRに勤しむアタッカの皆様でありました。
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アンドリュー君曰く、「この演奏会、どういう聴衆なのか僕たちにも良く判らないよ。でお、普段の僕らの演奏会に来てくれる人達とは違うことは確かで、そういう人達に弾けるのは有り難いことだと思ってます」。

大阪からはや6年、いろんなこがあり、この街での生活もそれぞれに安定し、それでもしっかり攻めてるアタッカQの姿は、とっても嬉しいものでありました。

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