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追悼長谷川武久氏 [弦楽四重奏]

ぶきゅー先生がお亡くなりになった、という連絡を受けたのは、スキポール空港で成田行きに登場する直前、嫁さんからのメール連絡だった。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0630/TKY200806300344.html
http://blog.goo.ne.jp/cellist-yoko/e/9a10dedd53cf2bbd2e4f3a48b38de973
それからずっと、せめて一言くらいなにか記しておかねば、と思いつつ、なんのかんのでここまで引っ張ってしまった。誠に申し訳ありません。

日本語文化圏で、過去に「室内楽」、とりわけ「弦楽四重奏」というジャンルをきっちり論じて、ある時代の世論を作り上げるに功績があった人物は、冷静に見て、ふたりしかいない。ひとりは大木正興氏。そしてもうひとりが、長谷川武久氏だった。この意見に異議のある方は、業界内にはまずいなかろう。

無論、日本語文化圏にはそれこそ野村あらえびす氏以降、影響力の強い評論家さんは幾人もいた。だが、例えば吉田秀和氏がジュリアードQを誉めたからジュリアードQが偉くなったわけではないし、遠山一行氏が誉めたからヴィーンQが偉くなったわけでもない。それらの団体は誰が誉めようが偉かったわけだし、あるいは偉くなかったわけである。

評論家の仕事とは、自らの責任に於いて、新たな価値を作り出すことにある。その意味で、大木正興氏と、その後を継ぐようにほぼ同じラインの価値観で論を展開した長谷川武久氏は、彼らの言論によって日本語文化圏だけの独特の室内楽趣味を作り上げた。これはもの凄いことである。恐らく、他のジャンルでは誰も出来てないんじゃないかしら。

もの凄く乱暴に言ってしまえば、「スメタナQこそ世界最高の室内楽団であり、ジュリアードQやアマデウスQ、ましてやグァルネリQなんぞのやってる音楽は、精神性の欠片もないロクでもないもんである」という1980年代末くらいまで日本語文化圏を支配した価値観が造られたのは、このふたりの評論家さんの御陰なのである。

正直、小生は大木正興氏に関しては何も知らない。皮肉だか尊敬だかよく判らない「東大美学系」という言い方をされた評論家の代表として活動した大木正興氏が、アメリカ系室内楽を徹底的に唾棄し、中欧系、とりわけチェコ系室内楽を至高のものとした理由は、いろいろ話は聞くものの、何故かはよく知らぬ。まあ、理由はどうであれ、その論を押し通したのだから、評論家としては立派だったと言えよう。

長谷川武久氏は、大木正興氏の中欧室内楽礼賛路線を、より具体的な形で定着させようとなさった方であった。なぜスメタナQの音楽が素晴らしいのか、理念や思い込み、はたまたイデオロギーではなく(今の若い人は信じられないかもしれないけど、大木正興氏の世代では、イデオロギーというのは音楽評論に於けるひとつの判断基準として存在したのである)、具体的な演奏の方法や解釈のレベルで説明しようとなさった。

つまり、ぶきゅー先生は、スメタナQのやる音楽がホントに好きだったのだ。

評論家は、自分が好きなものを徹底的に好きと言い張らねばならぬ。そして、その理由を、出来る限りきちんと説明せねばならぬ。ぶきゅー先生は、後者をちゃんとなされていた。嘘だと思うなら、この著書を手にとって貰いたい。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%B9%E3%81%A6-%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D-%E6%AD%A6%E4%B9%85/dp/4276203694

ぶきゅー先生は、スメタナQの団員と個人的に交際し、彼らの音楽を心から愛し、讃えた。そして、その価値を、最後まで変えなかった。流行にぶれることはなかった。

もうひとつ。ぶきゅー先生に対しては、日本各地の小さな市民会館などで「室内楽の楽しみ」などというレクチャーコンサートを数多く行い、若い団体を通じ己の室内楽観を伝えようとした「小ホール活性化のパイオニア」としての評価を忘れてはなるまい。室内楽の普及にこの方の果たしたプロデューサーとしての役回りは、決して小さなものではなかったろう。

長谷川武久氏没の連絡を受けてから、気になって仕方ないことがある。評論家長谷川武久氏は、アルバン・ベルクQをどのように論じていたっけ、特に70年終わり、ABQの出始めの頃は。

この疑問は、小生が今になって慌ててABQという団体を追いかけ回してる理由に直接繋がる。だってね、あんなにスメタナQが好きだった筈の日本の室内楽愛好家が、ホントにABQを好きになるなんて、小生にはどうしても信じられないんだもの。いったいみんなどうしちゃったんだぁあ!?

ねえ、ぶきゅー先生、どうなんでしょ。

ま、今頃は、天国でヴィオラを抱え、まだいらしてないシュカンパ御大に代わって、スメタナQの面々と幸せそうにモーツァルトを弾いてらっしゃるんだろう。小生のアホな疑問なんてどーでもいいですから、いつまでもそうしててくださいね。

個人的にはあまりお付き合いは無かったけど、「評論家」というものの在り方を小生にきっちり教えてくれた方であった。有り難う御座いました。

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コメント 3

Y.H

ご無沙汰しております、温かい文とトラックバックありがとうございました。
トラックバック返しが機械オンチなもので出来ず、
コメント欄で心からお礼申し上げます、ありがとうございましたm(_ _)m
by Y.H (2008-07-14 14:53) 

Yakupen

こちらこそ、このところバタバタしており、式にも顔を出すことが出来ず、大変に申し訳なく思っております。

でも、きっと今頃、お父様はあちらで楽しんでますよ。絶対。
by Yakupen (2008-07-14 17:05) 

くま

無粋と思いながらも、一言。
アマゾンのリンクは以下のように短く出来ます。

http://www.amazon.co.jp/dp/4276203694


by くま (2008-07-25 01:25) 

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