館長の責任とは [指定管理者制度]
以下、なんの裏話も知りません。あくまでもニュースに接しての一般的な感想ですので、「こいつはホントは裏を知ってこんなことを書いているに違いない」などという不用意な深読みはしないよーに。
こんな報道がありました。全国規模での報道が為されているのか、知らない。恐らく、「北川フラム」と「更迭」でぐぐれば、いっぱい出てくるか、ちょっとだけ出るか、どっちかでしょう。
http://www.47news.jp/news/2010/03/post_20100309100245.html
http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001003090004
ちなみに、市美術館の発表はこちら。
http://www.ncam.jp/html/modules/news/article.php?=&storyid=373
新潟という場所は民主党の文化政策の中心となる演劇主導の劇場法による拠点作りでも、とても大事な場所になってくるところ。なんせ、ローカル文化活性化のネタではいつも話題になる舞踏団があるところです。音楽関係の方ならば、「金沢がオケでやってるようなことを、新潟は現代舞踏団でやってる」と思って下されば、そう間違いじゃない。
美術業界では有名人のスタープロデューサーさんが、地元の公立美術館の館長をやっていた。昨年も、「土と水の芸術祭」だっけ、中央でもとても評価されたイベントを仕掛けてた人ですね。無論、水戸芸術館なんかと同じで、スタープロデューサーなりスター指揮者なりがやってきて何かを始めれば、地元の文化利権と結びついた方々やら、所謂市民芸術団体などからは猛烈な批判を浴びることは目に見えている。そんなこと百も承知じゃないと、こういう仕事は引き受けられない。特に、県レベルじゃなくて市レベルの文化施設の場合、地元との軋轢はとっても大きくなる傾向があるような。今回も市美術館だしなぁ。
さても問題はそこじゃあなくて、「実質的にプロデューサーとして雇われていた館長さんが、維持管理の問題を理由に更迭された」という点です。
まあ、現代アートを外に出しておけば、当然、いろんなことが起きるわけで、維持管理なんて言い出したら恐らくはパブリックアートのかなりの部分はやれなくなるんじゃないかという気がする。その部分を理由に責任を取らされた、ということがどーにもよーわからぬ。
なんだかなぁ、誰がどう見ても、裏がいろいろあるけど表向きはこれを理由にしました、ってのがミエミエの話だなぁ。思うことはふたつ。
ひとつは、「プロデューサー型の館長さんは、任期を明快に区切るべきだろーに」ということ。オーケストラの音楽監督と同じで、どうせやってれば批判は絶対に出てくる。ってか、批判が出ないようなことをするんだったら、最初からそんな奴に頼んでも意味はない。となれば、まずは任期を決めておいてその間は任せる、それ以降はその時点で考える、という風にしておくのが当然でしょうに。なにをやろうが絶対に市民納税者から文句言われるんだから、公立である限りは綺麗に交代させられるシステムをきっちりつくっておくのがプロの地方行政官の責任なんじゃないでしょうかね。←あ、朝日の記事には、館長は任期が1年、ってしっかり書いてあるわ。
もうひとつは、「これって、最終的には館長が責任を取るべきなんだろうけど、指定管理で入ってる管理会社が問題なんじゃないの?」って素朴な疑問。新潟の美術館が直営なのか、県の財団なりが入ってるのか、調べりゃ直ぐに判ることだろうが面倒なんで調べずに言ってるんですけど、とにもかくにも、直接の責任者は別にいるように思える。そいつも更迭されているけど、有名人のネタじゃないんで記事になっていないだけなのかしら。判らん。
普通に考えれば、「こんなことをやっちゃったんだから、次の指定管理はいまのところは取れないな」という風になるのが、指定管理者制度の本来のあり方の筈。館長の任命を含めて指定管理者の責任、ってこと。そのあたり、どーなってるのか。
以上、いろいろ判らんことがあるぞ、まだまだいろいろありそうだなぁ、という床屋さん話でありました。記事そのものが、誰かの権益を代弁しているような空気がプンプン臭ってくるし(朝日の記事はローカル新聞らしい微妙さが判った書き方をしてますね)。詳しい状況、ホントは何が問題なのか、さらにはこういうことが地域への権限移譲を基本とする現政権の政策になんらかの影響を与えるようなことなのか、ご存じの方はいろいろご教授下さいな。
追記:問題の地域で仕事をしたことのある業界関係者さんによりますと、新潟市美術館は直営だそうな。へえええ、ってことは、施設や展示品の管理は誰の責任になるのかしら。文化施設や文化財で保護費として動いているお金がどんな流れ方をしているか、きっちり調べたら、あちこちで首長や関係者の頸がぶっ飛びかねないスキャンダルのネタはいくらでも出てくるんだろうなぁ。ある意味、土建屋さんと同じ構造なんだろうから。どーだね若い人よ、誰か、そのへん突っ込みませんか。
こんな報道がありました。全国規模での報道が為されているのか、知らない。恐らく、「北川フラム」と「更迭」でぐぐれば、いっぱい出てくるか、ちょっとだけ出るか、どっちかでしょう。
http://www.47news.jp/news/2010/03/post_20100309100245.html
http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001003090004
ちなみに、市美術館の発表はこちら。
http://www.ncam.jp/html/modules/news/article.php?=&storyid=373
新潟という場所は民主党の文化政策の中心となる演劇主導の劇場法による拠点作りでも、とても大事な場所になってくるところ。なんせ、ローカル文化活性化のネタではいつも話題になる舞踏団があるところです。音楽関係の方ならば、「金沢がオケでやってるようなことを、新潟は現代舞踏団でやってる」と思って下されば、そう間違いじゃない。
美術業界では有名人のスタープロデューサーさんが、地元の公立美術館の館長をやっていた。昨年も、「土と水の芸術祭」だっけ、中央でもとても評価されたイベントを仕掛けてた人ですね。無論、水戸芸術館なんかと同じで、スタープロデューサーなりスター指揮者なりがやってきて何かを始めれば、地元の文化利権と結びついた方々やら、所謂市民芸術団体などからは猛烈な批判を浴びることは目に見えている。そんなこと百も承知じゃないと、こういう仕事は引き受けられない。特に、県レベルじゃなくて市レベルの文化施設の場合、地元との軋轢はとっても大きくなる傾向があるような。今回も市美術館だしなぁ。
さても問題はそこじゃあなくて、「実質的にプロデューサーとして雇われていた館長さんが、維持管理の問題を理由に更迭された」という点です。
まあ、現代アートを外に出しておけば、当然、いろんなことが起きるわけで、維持管理なんて言い出したら恐らくはパブリックアートのかなりの部分はやれなくなるんじゃないかという気がする。その部分を理由に責任を取らされた、ということがどーにもよーわからぬ。
なんだかなぁ、誰がどう見ても、裏がいろいろあるけど表向きはこれを理由にしました、ってのがミエミエの話だなぁ。思うことはふたつ。
ひとつは、「プロデューサー型の館長さんは、任期を明快に区切るべきだろーに」ということ。オーケストラの音楽監督と同じで、どうせやってれば批判は絶対に出てくる。ってか、批判が出ないようなことをするんだったら、最初からそんな奴に頼んでも意味はない。となれば、まずは任期を決めておいてその間は任せる、それ以降はその時点で考える、という風にしておくのが当然でしょうに。なにをやろうが絶対に市民納税者から文句言われるんだから、公立である限りは綺麗に交代させられるシステムをきっちりつくっておくのがプロの地方行政官の責任なんじゃないでしょうかね。←あ、朝日の記事には、館長は任期が1年、ってしっかり書いてあるわ。
もうひとつは、「これって、最終的には館長が責任を取るべきなんだろうけど、指定管理で入ってる管理会社が問題なんじゃないの?」って素朴な疑問。新潟の美術館が直営なのか、県の財団なりが入ってるのか、調べりゃ直ぐに判ることだろうが面倒なんで調べずに言ってるんですけど、とにもかくにも、直接の責任者は別にいるように思える。そいつも更迭されているけど、有名人のネタじゃないんで記事になっていないだけなのかしら。判らん。
普通に考えれば、「こんなことをやっちゃったんだから、次の指定管理はいまのところは取れないな」という風になるのが、指定管理者制度の本来のあり方の筈。館長の任命を含めて指定管理者の責任、ってこと。そのあたり、どーなってるのか。
以上、いろいろ判らんことがあるぞ、まだまだいろいろありそうだなぁ、という床屋さん話でありました。記事そのものが、誰かの権益を代弁しているような空気がプンプン臭ってくるし(朝日の記事はローカル新聞らしい微妙さが判った書き方をしてますね)。詳しい状況、ホントは何が問題なのか、さらにはこういうことが地域への権限移譲を基本とする現政権の政策になんらかの影響を与えるようなことなのか、ご存じの方はいろいろご教授下さいな。
追記:問題の地域で仕事をしたことのある業界関係者さんによりますと、新潟市美術館は直営だそうな。へえええ、ってことは、施設や展示品の管理は誰の責任になるのかしら。文化施設や文化財で保護費として動いているお金がどんな流れ方をしているか、きっちり調べたら、あちこちで首長や関係者の頸がぶっ飛びかねないスキャンダルのネタはいくらでも出てくるんだろうなぁ。ある意味、土建屋さんと同じ構造なんだろうから。どーだね若い人よ、誰か、そのへん突っ込みませんか。





以前、アートNPOリンクの緊急フォーラムでご挨拶しました、大澤寅雄です。いつも拝読しております。参考までに、お時間がありましたら以下のURLもご覧下さい。
「新潟市美術館を考える会」http://rencam.info/wp/
私も、ちゃんと事情を把握はしていないのですが、床屋さん話にお付き合いということで。
by とらお (2010-03-09 13:00)
とらお様
お世話になってます。まだまだお世話して下さい。なんせ、今やもっとも取り残されたクラシック音楽業界ですので、少しは発破かけないといかんもんで。
ご紹介のサイト、いやぁ、やっとるなぁ、という感じですねぇ。この会の頭が前館長というのは、ある意味、ミエミエの動きなんで、これはこれでとても気持ちがよい。これぞ民主主義、やれやらもっとやれ、で、次に前館長派が館長を取って自分らのやりたいようなことをやって、そっちはそっちで文化財管理会社との癒着問題でも起きて…ってことになるでしょうけど。
このような喧嘩がどうどうとやられることこそ、市民がアートをやることの意義だと小生は思っています。どうも世の中には「違う意見を言い合うのは悪いこと」と思っちゃう人もけっこういるみたいで吃驚するんだけど、アートなんて世間になんの役にも立たないことで人々が罵り合い、罵倒し合ってられることこそが平和の証しであり、文化そのもの!
ちょっと真面目に言えば、所謂文化予算のうちの半分が文化財管理費に消えている、という事実は、今回の騒動の根っことどっかに関わっているような気がしないでもないんですけど、どうなんでしょうか。小生は、個人的には「アーツなんて社会の中で消え去っても一向に構わない」と思ってるんですけどね。これまた暴言だなぁ。
by Yakupen (2010-03-09 14:44)
コメントを返していただいてありがとうございます。「このような喧嘩がどうどうとやられることこそ、市民がアートをやることの意義だと小生は思っています」というのは私も同感です。それこそ健全な民主主義だと思います。
文化予算と文化財管理費と今回の騒動が関わっているかどうかは、私にはクリアに説明することは難しいです。むしろ、今回の問題をモデルにして、ホールや劇場における「芸術監督」の任命権、責任と権限、組織のガバナンスについて、考えてみたいと思っています。
というのも、劇場法(仮称)で、芸術監督的な役割を組織に置くことが求められる動きになっているようなんですが、その任命権は誰にあるのか、どのような責任や権限が与えられるべきなのか、ということは、あまり耳に届いてこないのが気になっています。それに加えて、日本の公共ホール・公共劇場の組織のガバナンスは、財団法人が運営する場合の理事会・評議会の役割と、指定管理者を指定する地方公共団体と、どちらが最高経営機関なのかが曖昧だと私は感じています。アメリカの劇場やオーケストラだと、最高決定機関はあくまでも理事会で、理事会がディレクターを決めて、ディレクターが予算も人事も責任を持つのは一般的だと思うんですが(間違っていたら、ぜひご教示下さい)。
日本の場合、例えば、芸術監督や館長は首長のトップダウンで決めちゃったけれども、ホール運営の予算や人事は、芸術監督や館長に権限はない、という施設は少なくないと思うんです。そうした状況で、法律で芸術監督を置くことを求めること、あるいは何か問題があったときに芸術監督を交代させることというのは、どのような意味があるのか、いまひとつ分からないなぁという気がするんです。
そのあたり、やくぺん先生のお考えも聞かせてもらえると嬉しいです。
by とらお (2010-03-10 08:09)
とらお様
きちんとした意見を言うのはとても大変な話なんで、極めていい加減なことを申しますと…
まず、アメリカのオーケストラでは、音楽監督は大きな権限を持ちます。なによりも、楽団員を決める人事権があります。予算まではやれないけど。で、その音楽監督を決めるのは理事会です。今、理事会の力が落ちてきているのが非常に問題になってますが。
んで、日本のオケでは、音楽監督は実質上、人事にはなんの力もありません。無論、予算の権利もありません。まあ、俺が出るときにはいっぱい予算が仕えるぞ、って優先権があるくらい。今回の新潟の問題は、実はなんの実権があるのかよく判らない日本の音楽監督みたいなことになってるなぁ、と小生は感じていました。てか、同じなんですねぇ。ビックリです。
指揮者の小澤征爾氏が、ボストン響監督を辞めてずっとボストンには出ず、やっと一昨年だかに客演で戻ったときのパーティに潜り込みました。プレスなんかはホントは入れてくれないパーティで、文字通り、潜り込んだのです。で、そこで彼の演説で言っていたのは、「指揮の仕方は齋藤先生に教わったけど、音楽監督業については誰も教えてくれなかった。全部、自分で学ばねばならなかった。僕は考えてみたら、キャリアの初めからずっと音楽監督業をやってたわけで、ヴィーンを辞めたらやっと指揮者として好きなことが出来るので、そのときが楽しみ」と仰って、ボストンのボードやら大口出資者からの笑いを取ってましたっけ。つまり、ディレクター業というのは全く別物だ、ということ。こんなこととらお様に言うのは、それこそトラの耳に念仏でしょうけど。
システムをきちんとすることの第一歩は、誰にどんな責任があるかを明快にすることなんでしょうけど、どうなのだろうか、日本国というシステムそのものが、そのような責任の所在の在り方を明快にするのを嫌がるようになってるような気もする。いろんな意味で、道通し、でしょう。
なんかなーんにも応えになってない漫談でスイマセン。
by Yakupen (2010-03-11 02:50)
ありがとうございます。そうなんですよね、小澤征爾氏のパーティでの演説のとおり、ディレクター業と音楽監督業はまったく別物なんですよね。
「日本国というシステムそのものが、そのような責任の所在の在り方を明快にするのを嫌がるようになってるような気もする」というのは、ホントにそうですね。責任所在は明快じゃないのに密約はあったりするし。この音楽監督や芸術監督の問題のみの話ではないですが。
by とらお (2010-03-11 06:30)
単なるつっこみです。それを言うなら、「トラに説法」です!念仏なんて失礼な!(心配性の相方)
by Minochan (2010-03-11 08:35)
おおお、関係者の皆様、失礼しましたぁ。寝る前にかいてはいかん。
ええと、英語表記では、音楽監督というのはMusic Directorで、日本語ではこのDirectorという言葉が「指揮者」という意味になっちゃうんで混乱しちゃいますが、よーするに小澤氏が言ってるのは「music director家業」ということであります。ちなみに、ヨーロッパではそういう責任はなく、どちらかといえば日本に近いです。ってか、放送オケや公立のオケでは「音楽監督」というポジションを置かないことも多い。首席指揮者、にしておく。
とはいえ、オケ全般の完全な人事権はアメリカのオケほど明快ではないものの、やっぱり直接自分の助手になる副指揮者の人事などはちゃんと持ってて、知り合いや地元の若手指揮者を突っ込みたいボードとあくまでも音楽的に自分の手伝いが出来る奴が欲しい指揮者が喧嘩になったりはしてますね。
さらにさらに蛇足を加えれば、アメリカでもボードと話をしたり、ファンディングに出て行ったりせねばならない音楽監督業はやりたくない、と駄々をこねるヨーロッパ系の指揮者も珍しくなく、アメリカのオケは客演指揮者は良いけど音楽監督は大変だからイヤだ、という指揮者も少なくないようです。
by Yakupen (2010-03-11 10:25)
お忙しいところ、お疲れさまです。
アメリカ型の「音楽監督」は、オーケストラの普遍的なシステムのように考えられがちですが、私にはきわめて20世紀後半的なシステムのように思われます。
ニューヨーク・フィルが「音楽監督」というシステムを採用したのは、1943年のロジンスキーが最初で、それまでの100年間、ニューヨーク・フィルに「音楽監督」はいませんでした。
21世紀になって、フィラデルフィア管の新しいシェフ、デュトワは「チーフ・コンダクター」(「主席指揮者」)だし、シカゴ響もバレンボイム後、しばらくは「首席指揮者」ハイティンクで過ごしてきました。
たぶんあと半世紀もすれば、今のアメリカ型の「音楽監督」というシステムをとるオーケストラはごく少数派になっているような気がします。
by hyamada (2010-03-13 21:04)