蜘蛛とか虫とかセロテープとか [指定管理者制度]
来週の水曜日に世界最強の空飛ぶ深夜バス、エールフランス成田発最終便巴里行きに乗らねばならぬので、今年は税金を早めに終えねばならぬ。で、昨日、無事に霙舞い散る大川向こう、築地小劇場発祥の地からわずかの税務署ば訪れ、青色申告&確定申告を終えたであります。おお、納税後の清々しさよ、わたしらが投票したわけでもなければ採用を決定したわけでもない賢く優秀な官僚の皆々様に哀れな子羊のように統治していただける温和な日本国民たることの幸せを感じ、霞ヶ関方向に手を合わせて拝みたくなる気持ちでありますな。いやはや。
さても、昨日来、急に報道されるようになった新潟市美術館の騒動。本日になっていよいよ本丸、ってか、やっぱり、霞ヶ関に飛び火したよーです。ってか、この報道をするために慌てて昨日からいろんな情報を流し出したとしか思えぬが。ほれ。
http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001003100005
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100310-00000002-mai-soci
いかな「書いてあることはみんな嘘」の当電子壁新聞でも、まさか書けないようなトンでもない話は現地やら関係者からいろいろ流れて来ております。ま、報道される内容を読むだけでも、前館長派と現館長の間でのドロドロしたいかにもローカル・アーツの世界らしい微笑ましくも心温まる確執があるのは、誰の眼にも明らかでありますな。こういうものを見せると、温和な日本国民の多くは、「ああ、美しいと思った美術の世界にもこんな派閥争いのような世界があるのか」なんて素朴に幻滅して下さって、そんな文化の世界にあんなに金を落とす必要があるのか、なんてまた突拍子もない議論になりかねない。いやはや。
具体的なデータとして興味深いのは、「美術館のお掃除に500万円かかった」というところでしょう。現場スタッフひとり(へたするとふたり)の年俸くらい、ってことかぁ。ふうううん。
ま、そういう正に「文化の政局」的な話はともかく、この問題で重要なのは、「美術館とはなんなのか」という基本的な考えの違いが見え隠れしている点でしょう。
昨年、小生もミュージアムという場所で行われているオフィシャルな貸し借り関係を目の前で覗かせていただくチャンスがありました。判る方は判るでしょうが、某大学附属美術館から、某市立美術館に所蔵品を貸していただき、展示をする、という仕事をしたです。
そこで、貸し出しの現場に立ち会ったんですけど、これがまあねぇ、「ここの端っこが曲がってる」とか「この部分のセロテープが劣化している」とか、もの凄く細かくチェックし、借りたものは同じ状態で返さねばならない。あたしらのようなしろーととしてみれば、「そりゃセロテープは70年経って劣化するに決まってますから、それだったらまた新しく貼れば良いんじゃないですか」としか思えぬのだが、「状態を保存する」という視点では、オリジナルのセロテープがそのままの状態でなければならぬ。新しく貼るなんて以ての外です。
それじゃ、剥がれちゃって困るでしょ。ええ、だから、この資料は、ちょっと展示できませんね。
はあああああああ…?いや、あたくしめがお借りして展示させていただきたいのは、70年前にイタリア国はフィレンツェでピリッと破かれてペタって貼られた由緒正しきセロテープじゃなく、その下に鉛筆で走り書きしてある音符の一群なんですけどぉ…
保存とは、そういうことであります。良い悪いの問題ではない。考え方として、そういうものである、ということ。
もしもミュージアムというシステムが、そのような「今あるものを、少しでも変化させることなく保管する」ということを目的に存在しているのだったら、「新潟市美術館の更迭された館長さんが昨年やって中央の美術界でも高い評価を受けた企画そのものが、そもそもミュージアムでやるべきものではなかった」ということになる。本日明らかになった文化庁からのお達しは、正に「美術館とはなんなのか」を、御上が哀れな民草や跳ねっ返りのプロデューサーがごときにお教えくださった、ということなんでしょうねぇ。
こういう話を眺めていると、一部の人々が盛んに主張している「劇場法の危険さ」も、説得力ある議論に思えてくるぞ。
頑張れ、ニッポンブンカコッカ!不動産開発に結びつかないものの保護保存に限れば、世界一厳格な文化国家だぞっ!
さても、昨日来、急に報道されるようになった新潟市美術館の騒動。本日になっていよいよ本丸、ってか、やっぱり、霞ヶ関に飛び火したよーです。ってか、この報道をするために慌てて昨日からいろんな情報を流し出したとしか思えぬが。ほれ。
http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001003100005
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100310-00000002-mai-soci
いかな「書いてあることはみんな嘘」の当電子壁新聞でも、まさか書けないようなトンでもない話は現地やら関係者からいろいろ流れて来ております。ま、報道される内容を読むだけでも、前館長派と現館長の間でのドロドロしたいかにもローカル・アーツの世界らしい微笑ましくも心温まる確執があるのは、誰の眼にも明らかでありますな。こういうものを見せると、温和な日本国民の多くは、「ああ、美しいと思った美術の世界にもこんな派閥争いのような世界があるのか」なんて素朴に幻滅して下さって、そんな文化の世界にあんなに金を落とす必要があるのか、なんてまた突拍子もない議論になりかねない。いやはや。
具体的なデータとして興味深いのは、「美術館のお掃除に500万円かかった」というところでしょう。現場スタッフひとり(へたするとふたり)の年俸くらい、ってことかぁ。ふうううん。
ま、そういう正に「文化の政局」的な話はともかく、この問題で重要なのは、「美術館とはなんなのか」という基本的な考えの違いが見え隠れしている点でしょう。
昨年、小生もミュージアムという場所で行われているオフィシャルな貸し借り関係を目の前で覗かせていただくチャンスがありました。判る方は判るでしょうが、某大学附属美術館から、某市立美術館に所蔵品を貸していただき、展示をする、という仕事をしたです。
そこで、貸し出しの現場に立ち会ったんですけど、これがまあねぇ、「ここの端っこが曲がってる」とか「この部分のセロテープが劣化している」とか、もの凄く細かくチェックし、借りたものは同じ状態で返さねばならない。あたしらのようなしろーととしてみれば、「そりゃセロテープは70年経って劣化するに決まってますから、それだったらまた新しく貼れば良いんじゃないですか」としか思えぬのだが、「状態を保存する」という視点では、オリジナルのセロテープがそのままの状態でなければならぬ。新しく貼るなんて以ての外です。
それじゃ、剥がれちゃって困るでしょ。ええ、だから、この資料は、ちょっと展示できませんね。
はあああああああ…?いや、あたくしめがお借りして展示させていただきたいのは、70年前にイタリア国はフィレンツェでピリッと破かれてペタって貼られた由緒正しきセロテープじゃなく、その下に鉛筆で走り書きしてある音符の一群なんですけどぉ…
保存とは、そういうことであります。良い悪いの問題ではない。考え方として、そういうものである、ということ。
もしもミュージアムというシステムが、そのような「今あるものを、少しでも変化させることなく保管する」ということを目的に存在しているのだったら、「新潟市美術館の更迭された館長さんが昨年やって中央の美術界でも高い評価を受けた企画そのものが、そもそもミュージアムでやるべきものではなかった」ということになる。本日明らかになった文化庁からのお達しは、正に「美術館とはなんなのか」を、御上が哀れな民草や跳ねっ返りのプロデューサーがごときにお教えくださった、ということなんでしょうねぇ。
こういう話を眺めていると、一部の人々が盛んに主張している「劇場法の危険さ」も、説得力ある議論に思えてくるぞ。
頑張れ、ニッポンブンカコッカ!不動産開発に結びつかないものの保護保存に限れば、世界一厳格な文化国家だぞっ!
トラックバック 1
カビ報道その後(やくぺん先生うわの空 2010-04-14 22:18)
敢えて「売文家業」エントリーです。 先月始め頃から、新潟の公立美術館で展示品にカビが生えた、って騒動が勃発し(たらしく)、結果的に館長さんが頸になったりしたわけです。 http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-03-10 で、その後の纏めみたいな記事が…[続く]
この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。




くろいカビ 飛鳥美人は ぶんかチョウ
by 音写人 (2010-03-11 06:41)
巡回展は長岡市の新潟県立近代美術館になるような動きですね。
私的には美術館でカビ・虫の方がビックリですが、新国立のコンテナも驚きました(幸い南関東天然ガス田からは外れているようで)。
http://www.asahi.com/culture/update/0316/TKY201003160487.html?ref=doraku
http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/niigata/100316/ngt1003162007002-n1.htm
by くろぶたみそ (2010-03-17 02:20)
くろぶたみそ様、美味しそうなハンドルネームですね。
って、それはさておき、情報有り難う御座います。
もの凄く突き放した無責任な発言をしてしまえば、新潟県も県立やら市立やら取り揃え、ミュージアムというハードがずいぶんと揃ってるんだなぁ、凄いなぁ、なんて間抜けなことを思ってしまいました。市町村合併で新しい市にいくつも美術館や音楽ホールが出来てしまって、いろいろ調整が大変、なんて話を聞いたのもついこの前でしたっけ。
その意味では、更迭された館長さんというか、プロデューサーさんのやり方は、「周囲に同じようなハードがいっぱいある中で、この施設をどうやって他と差別化していくか」という意味では、全く正しい方向性だった、とも評価される可能性はあるんでしょうね。
些か面倒なことを言い出せば…それこそ金沢21世紀美術館に部屋いっぱいに展示されてるような最近の時間性を取り込むタイプのアートだったら、「展示物が時間の流れの中で朽ちたり壊れたりしていく」、という状況も取り込むものだってある。そうなると、美術館の「現状を意地になって守り抜く」って保存の概念そのものがアートの在り方として些か一面的な視点なのではないか、なんて無茶な主張だって出来るわけでしょうし。
極端に言えば、パルテノン神殿なんて、そもそもは神社の真っ赤っかみたいな極彩色に塗られていたわけで、あの真っ白さの与えるイメージとは全然違うものだったはずですしね。
ま、この辺りの議論をしていると、常に時間の中でなくなっていく音楽というものを対象にしている小生らと、美術の方々の間には、深くて超えられない感覚の違いがあるのではないかなぁ、と思わんでもないです。
何を言ってるのか訳が判らなくなってきた。ではでは。
by Yakupen (2010-03-17 14:10)