エルマウ城のコンサート・シリーズ [音楽業界]
ミュンヘンから車でアウトバーンと国道をぶっ飛ばして1時間半と少し、リヒャルト・シュトラウスが最晩年を過ごした場所として知られるガルミッシュ・パルテンキルヘンの更に奥の、オーストリア国境に近いプライベートな敷地にある、エルマウ城という場所に行って来たです。
100年程前に建てられたこの「お城」は、一種のプライベートな保養所で、いろんな経緯を経て戦後には「ドイツ文化のメルティング・ポット」となりました。つまり、芸術家、政治家、経済界のVIPなどが滞在し、普段の付き合いとは違う関係を作り、結果として山から下りてその関係を様々に展開することになる場所。音楽関係では1950年代にブリテンとピアーズが訪れ、その環境にビックリし、音楽祭を始めた。他にも、アマデウスQやボザール・トリオが長期滞在し、そこに学生がやってきたり音楽祭に参加したり。要するに、シモン・ゴールドベルクも出入りしていた初期の頃のアスペンみたいな場所ですね。
ドイツの文化というとどうしても行政支援が手厚く、都市のオペラやオーケストラが話題の中心になるわけですが、ここはもっと個人レベルのプライベートな場所で、音楽も室内楽や歌が中心です。2004年だかにかつての建物が火事で倒壊し(3台あったスタインウェイは1台は生き残ったそうな)、その後、流石にそれまでの「文化と雰囲気があるだけ」のストイックな空間をそれなりに今風にし(とはいえ、上海やドバイやシンガポール、はたまた東京の六本木やら表参道風な「デベロッパーに金を払って作らせた豪華さ」とはちょっと違いますけど)、ドイツ内陸唯一の超高級スパホテルリゾートになった。これがメインホール。
音楽に関しては、SONYヨーロッパにいた方がレコード業界に見切りを付けてこの場所のプログラム・ディレクターに転身、音楽や映画のシリーズを年間通して作ってます。小生は彼女がSONY時代に存じ上げていて、「ここは予算を全部自分で使えて、自分でファンディングする必要が無いので、夢みたいよ、オーナーが滅茶苦茶働く人で大変だけど」とのことでありました。これが今やってる「クァルテット+」というシリーズ。月末はクレメラータ・ムジカが来て滞在します。実は内田光子のボストリッジとのデュオは、ここに滞在して作ったそうな。
http://www.schloss-elmau.de/english/cultureevents/index.html
建物の中にコンサート会場が実質ふたつもある場所でのこのシリーズ、どうしてたった200人ほどの聴衆を相手にやれるのか、不思議に思うでしょうねぇ。ヘンシェルQのモニカも「判らない、不思議よね」と申しておりましたが、ディレクターさんに話をきけば、ま、ある程度は判る気になる。
よーするに、ここ、演奏家はノーギャラなんです。
えええ、と思うでしょうねぇ。でも、演奏のギャラはないけど、1泊最低でも700ユーロの部屋に滞在でき、飯が出て、好きに施設を使える。ヘンシェルみたいに日帰りの例外チームにはクーポンをくれるそうな。
おお、どっかで聞いたような話だなぁ、と思うでしょうねぇ。そー、なんのことはない、ゆふいん音楽祭と同じなんですわ。
小生とすれば、今、この瞬間に、この場所でこのようなあり方を眺めさせていただくのは、抱えている単行本の記述にとってとても意味のあることでした。まさかこんなに直接関係するとは想像だにしなかったけれどさ。中谷さんたちが今の由布院を作り上げていくときの根っこにバーデン・バーデン近郊での経験があると繰り返しています。でも、もし彼らが出会ったのがエルマウ城だったら、今の由布院とは違う場所があったかもしれないな、と思わないでもない。ま、70年代に人脈もなく武者修行であちこち眺めていた由布院の伝説のプロデューサーさんたちとすれば、余程の偶然や僥倖もなければこういう場所に行き着くことはあり得ないわけだし、そもそもここは誰もいない修道院みたいな「魔の山」なのだから、現地の人々が住んで生活している由布盆地のお手本にはならなかったかもしれないしけどさ。
改装以降は基本的に「暇とお金のある方はどうぞ」なので(その意味では、きっちり誰かが微妙な手綱さばきをし続けねばならない)、厄天庵上層階にお住みの方などは1週間程過ごしてみてはいかがでしょうか。恐らくは裏ジョークで、ドイツではおおっぴらに書いてはいけない発現なんだろうけど、「ロシア人とアラブ人はいない」そうな。ま、趣味の問題なんでしょうけどね。
なお、スタッフは全部プロですので、ボランティアでどーの、というのはありません。悪しからず。
100年程前に建てられたこの「お城」は、一種のプライベートな保養所で、いろんな経緯を経て戦後には「ドイツ文化のメルティング・ポット」となりました。つまり、芸術家、政治家、経済界のVIPなどが滞在し、普段の付き合いとは違う関係を作り、結果として山から下りてその関係を様々に展開することになる場所。音楽関係では1950年代にブリテンとピアーズが訪れ、その環境にビックリし、音楽祭を始めた。他にも、アマデウスQやボザール・トリオが長期滞在し、そこに学生がやってきたり音楽祭に参加したり。要するに、シモン・ゴールドベルクも出入りしていた初期の頃のアスペンみたいな場所ですね。
ドイツの文化というとどうしても行政支援が手厚く、都市のオペラやオーケストラが話題の中心になるわけですが、ここはもっと個人レベルのプライベートな場所で、音楽も室内楽や歌が中心です。2004年だかにかつての建物が火事で倒壊し(3台あったスタインウェイは1台は生き残ったそうな)、その後、流石にそれまでの「文化と雰囲気があるだけ」のストイックな空間をそれなりに今風にし(とはいえ、上海やドバイやシンガポール、はたまた東京の六本木やら表参道風な「デベロッパーに金を払って作らせた豪華さ」とはちょっと違いますけど)、ドイツ内陸唯一の超高級スパホテルリゾートになった。これがメインホール。
http://www.schloss-elmau.de/english/cultureevents/index.html
建物の中にコンサート会場が実質ふたつもある場所でのこのシリーズ、どうしてたった200人ほどの聴衆を相手にやれるのか、不思議に思うでしょうねぇ。ヘンシェルQのモニカも「判らない、不思議よね」と申しておりましたが、ディレクターさんに話をきけば、ま、ある程度は判る気になる。
よーするに、ここ、演奏家はノーギャラなんです。
えええ、と思うでしょうねぇ。でも、演奏のギャラはないけど、1泊最低でも700ユーロの部屋に滞在でき、飯が出て、好きに施設を使える。ヘンシェルみたいに日帰りの例外チームにはクーポンをくれるそうな。
おお、どっかで聞いたような話だなぁ、と思うでしょうねぇ。そー、なんのことはない、ゆふいん音楽祭と同じなんですわ。
小生とすれば、今、この瞬間に、この場所でこのようなあり方を眺めさせていただくのは、抱えている単行本の記述にとってとても意味のあることでした。まさかこんなに直接関係するとは想像だにしなかったけれどさ。中谷さんたちが今の由布院を作り上げていくときの根っこにバーデン・バーデン近郊での経験があると繰り返しています。でも、もし彼らが出会ったのがエルマウ城だったら、今の由布院とは違う場所があったかもしれないな、と思わないでもない。ま、70年代に人脈もなく武者修行であちこち眺めていた由布院の伝説のプロデューサーさんたちとすれば、余程の偶然や僥倖もなければこういう場所に行き着くことはあり得ないわけだし、そもそもここは誰もいない修道院みたいな「魔の山」なのだから、現地の人々が住んで生活している由布盆地のお手本にはならなかったかもしれないしけどさ。
改装以降は基本的に「暇とお金のある方はどうぞ」なので(その意味では、きっちり誰かが微妙な手綱さばきをし続けねばならない)、厄天庵上層階にお住みの方などは1週間程過ごしてみてはいかがでしょうか。恐らくは裏ジョークで、ドイツではおおっぴらに書いてはいけない発現なんだろうけど、「ロシア人とアラブ人はいない」そうな。ま、趣味の問題なんでしょうけどね。
なお、スタッフは全部プロですので、ボランティアでどーの、というのはありません。悪しからず。





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