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モルゴーアQの曲解は池辺御大 [売文稼業]

昨晩、モルゴーアQ恒例の1月下旬演奏会がありました。半年に1回、一番寒い頃と一番湿っぽい頃にやるというパターンは、オケのメンバーがやってる団体とすればこれ以外にはあり得ないんでしょうけど、やっぱり、寒いときはともかく、暑いときはしんどいなぁ。日本マーケットの特殊性として、6月は外来団体が多いときだしねぇ。

ま、それはともかく、モルゴーアQの定期といえば、林光さんの曲目解説が売りだったわけですね。日本列島上で最も多く林光作品を弾いてるのは意外にも東京Qではないかという気がしないでもなく(札幌で小さい曲をいっぱいやってたような)、モルゴーアQは「レゲンデ」をやってるかいな(なんせショスタコのイディオムまんまの極めてモルゴーア向きの曲だもんね)、ってくらいの感じなんだけど、なぜか曲解は林光氏担当になってた。ご存じのように、林先生が先頃にお亡くなりになり、どうするんじゃろーか、とみんな思いながら昨日に至ったわけです。

結果とすれば、池辺先生が新しく曲解を担当することになったようであります。その辺りの経緯は、昨晩、アンコール(レズニチェックの第3楽章で、楽譜持ってる曲だけど音で聴いたのは初めてだった)の前の舞台上から新井さんがお話なさったんで、ま、モルゴーア愛好者の皆様はネット親和度が高そうだから、ネットの海を探せば誰かが書いてるでしょ。「モルゴーア、池辺」とかググればなんかしら出てくるんじゃないかな。

さても、で、その曲解です。お読みになった方はおわかりのように、ぶっちゃけ、曲目解説にはなってません。あたしなんかが出そうもんなら、即刻突っ返される類の作文でありました。いや、否定的に言ってるんじゃないよ。「作曲家の池辺先生が楽譜を眺めて、同業者としてあれやこれやと思ったことを曲の流れの順番に記す」というもんですわ。

そういう意味では、演奏の伝統とか、それこそアマデウスQやらメロスQやらロバート・マンやらワルター・レヴィンやら原田先生やらピヒラーやらがケルンやらシンシナティやらシュトゥットガルトやらニューヨークやら仙川やらパリやらで教えている国際的な普遍性を持った「弦楽四重奏演奏の基本」とは無縁に、楽譜を自分らなりに読む力を持った人たちが純粋に自分らと楽譜との対話だけで譜面に取り組んでるモルゴーアQみたいな団体(ある意味、日本に於ける弦楽四重奏というジャンルでは、少なくともある時期まではそんなやり方が多数派、ことによると、日本式弦楽四重奏趣味の正統派なのかもしれんぞ)のための当日プログラム用エッセイとしては、これはこれでありなんだろーなー、と思わせてくれるものでありましたね。

小生のへっぽこ三流売文業者としての職業上の見解とすれば、当日プログラムの曲目解説とは「その場に座って聴くためのガイド」で、聴衆は家に持って帰ったり、ましてや抱え込んだりはせず、読み捨てで客席に放置されてかれるものだと思っています(ヨーロッパの1ユーロ半から5ユーロくらいで売るタイプはともかく、北米のステージビルは読み捨てで使い回しが基本ですよねぇ)。本番前15分が勝負のサービス業であって、作家性は必要とされない、ってか、作家性が表に出てはいけない作文だと考えてます。無論、そうじゃないもんを編集側から求められるならば、やるに吝かかないけどさ。

つまり、林→池辺と受け継がれたこのモルゴーアQの当日プログラム曲目解説は、ステージで行われる演奏の一部みたいなもの、5人目の解釈者のたまたま言語による表現、って考えるべきなんでしょう。

林さんのモルゴーアQ曲解は、まとめてエッセイ集として出版でもしないのかしら。お願いしますよ、Iさん。

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