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夏のシュトックハウゼン週間終幕 [現代音楽]

サムソンの旗が溢れ返るベルリン・メッセの前の放送局大ホールで、シュトックハウゼン作オケ付き電子音楽のための「ヒュムネン」からの電子音のみの部分を省略した45分ヴァージョンを聴いてきました。6月の終わりのマンハッタンでの「グルッペン」、バーミンガムでの「光からの水曜日」と続いた20世紀後半を代表する問題作曲家の大作3連発もこれでオシマイ。なんか、少なくともこのジャンルに関する限り、今年はもう終わっちゃったなぁ、って気すらするぞ。いやいや、まだ10月の読響があるのに、なんてこった!

この「ヒュムネン」オケ版は、恐らくは生涯に絶対にライブで聴けないだろうし、でもライブじゃないと判らんだろうし、20世紀後半に書かれた最高傑作と絶賛する人もいるもののあたしにゃ納得できないままに終わるのだろーなー、と思ってたわけだが、なんの因果かベルリン芸術週間さんのお陰で、耳に出来た。で、これはやっぱりとてつもない傑作だと思った次第です。

いろいろ感じることはあるわけだが、なによりも、「国歌」なんてものを素材にあれやこれやいじり回す、って発想は、かなり危険と言えば危険なわけで、実際、本日演奏された部分だって作曲者も言っているように、「ソ連とアメリカ」の対立がテーマにならざるを得ない。その間にいろんな国歌(ってか、国家、かな)が投げ込まれる。聴く人によっていろんな意味が聴こえちゃう筈で、やっぱり小生のような日本国民とすれば、「君が代」が「星条旗よ永遠なれ」の響きの中に飲み込まれていく瞬間なんて、おおおおシュトックハウゼン先生ちゃんとホントのこと判ってるじゃーありませんかぁ、としか思えん。直後に「君が代」と並ぶ世界二大短調国歌たるイスラエル国歌断片が響いたりするなんて、これまたなんか意味があるように思えちゃうし。

この曲をそんな風に感じつつ聴いて良いのか、ってことも含め、いろいろ感じざるを得ない。

商売的なことから言っても、この曲を長くいじり回したからこそ、「光の水曜日」の「世界会議」やら「ミカエリオン」のトンデモ台本というか、発想は、オカルト本に刺激されて突然生まれてきたんじゃなくて、しっかり下地があるんだよねぇ、と凄く筋が通った(考えてみたら、「光」のネタ本をシュトックハウゼンが手に入れるのは、さっき演奏された版をNYPで初演するためにマンハッタンに渡ってたときなのですから、やっぱり関係はあるんでしょう)。音楽も、「光の月曜日」のオーケストラはこの延長上にあるわけだし。その意味では、シュトックハウゼンの創作を俯瞰する意味でも、数週間後に本格的にやらにゃならぬ戦後オペラの作文にとっても役に立ちました。ああそーゆーことなんね、って膝を叩いた。

とにもかくにも、放送局スタジオの機能を万全に発揮するスピーカーセッティングをした音響さんや、電子音とのライブミックスを巧みに処理したエトヴェシュ様やら、マイク付けた楽器でいろんなことをさせられたアンサンブル・ムジークファブリックの皆々様や、最後にちゃんと指揮者と同じくお花を貰ってた客席真ん中にどかんと構えたミキサーさんやら、これらの人々にホントにありがとーございましたです。それから、ひとつの演奏会でピアノ曲Ⅹ番を挟んで「ヒュムネン」を繰り返し2度演奏するなんてぶっ飛んだ企画を実現してくれた音楽祭関係者の皆々様にも、ひたすら感謝です。
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ぶっちゃけ、やっぱりこの曲、マーラーですわ。それも、3番とか7番とかみたいなもの。マーラーがエリオット・カーターみたいに長生きして、滅茶苦茶元気だったら、冗談じゃなくこんな曲をつくったんじゃないかしらね。

感想にもなってない感想だけど、珍しくなんかを書かないと寝られないくらい興奮してしまいまして、読者対象も情報も皆無の無意味な駄文を認めている次第です、スイマセン。

さて、明日は朝からカンブルラン御大にインタビュー。もう寝ないと。晩の「モーセとアロン」が凄く普通の曲に聴こえるだろーなぁ。この歳になってもまだ耳は変われる、って感じさせてくれたことを以てして、宇宙の彼方のミカエリオンで短波ラジオ抱えて世界を眺めているであろーシュトックハウゼン御大ははったり屋のトンデモおやじではなくホントの大作曲家であると、やくぺん先生は確信した夏でありました。はい。

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