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バロンからの230年越しの宿題 [弦楽四重奏]

今回、バンフのコンクールに赴く前に遙か2週間も先んじて北米に入った最大にして唯一の理由は、マサチューセッツのケープ・コッド音楽祭でボロメーオQがバッハの《平均律クラヴィーア曲集第1巻》全24曲の弦楽四重奏編曲版を全曲一挙演奏する演奏会があったからであります。
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ぶっちゃけ、あとはみんな、オマケ。

平均律(と書くか、平均率と書くかで、もういろいろ議論が出て来るんでめんどーなんだが、人口に膾炙してるのはこっちだろうと判断し、以下、そう書きます)の弦楽四重奏編曲といえば、誰でも頭に浮かぶのが、モーツァルトのK.405でありましょう。平均律の第2巻から4声のフーガを5つ選び弦楽四重奏用に編曲したもの。5曲、ってのは微妙で、第2巻には4声のフーガはまだあるののだから、研究者の間ではもう1曲あって当時の常識に従った6曲セットだったんだけど1曲亡くなっちゃったんじゃなかんべーか、という推察もあるそーな。ま、極めてあり得る考えだし、ことによるとスヴィーテン男爵は「第2巻の楽譜そこにあるから、4声のフーガを適当に弦楽四重奏に編曲してちょ」とか言って、モーツァルトが5曲までやってトンズラした、という可能性もあるだろーし。

ま、経緯はなんにせよ、K.405で弦楽四重奏のためのフーガとくれば、もうこれまた誰でも頭に思い浮かべてしまうのがK.387の終楽章でありましょうぞ。正に《ハイドン・セット》作曲の真っ最中であります。そういう時期に、「現代に至る所謂クラシック音楽なる価値観を作った男」スヴィーテン男爵の図書館に通い、どんな経緯であれこういう仕事をしていたという事実は、とてもじゃないがモーツァルトとは思えない程手間をかけた作品集たる《ハイドン・セット》の成立に関係しない筈がないわけで…

てなわけで、様々な妄想が広がるジャンル名わけでありますね。ちなみに、バッハの平均律フーガの弦楽四重奏編曲は、なんだか最近盛んに耳にするような気もするフェルスターという同時代の作曲家が4声のフーガを選んで編曲した(だったと思う、ちゃんと調べてない、ゴメン)楽譜が存在していることは知られていて、数年前にエマーソンQがその楽譜とK.405を演奏したディスクを作ってますね。こちら。あ、フィンケル御大エマーソンでの最後の録音のひとつなんだなぁ。なるほど、だからライブではやってないのか。
http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%EF%BC%881685-1750%EF%BC%89_000000000002339/item_%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%BE%8B%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%A2%E6%9B%B2%E9%9B%86%E3%81%8B%E3%82%89%EF%BC%94%E5%A3%B0%E3%81%AE%E3%83%95%E3%83%BC%E3%82%AC%E9%9B%86%E3%80%80%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E5%9B%A3_2678662

さても、以上が話の枕。で、去る3月だったかな、ソウルと上海で演奏会する途中にもとぶちさんの里帰りで奈良の天理でボロメーオQが1回だけの来日公演をやって、春まだきの斑鳩の里まで遙々出かけ
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2016-03-24
終演後に飯食って毎度ながらにニックらしく業界ゴシップなんぞじゃなくて純音楽的に盛り上がり(さもなきゃ、だいたいが政治の話!)、なんの勢いか、「そうそう、この前からやってる平均律第1巻の編曲なんだが、8月のケープ・コッドで全曲やるよ。そう、全曲を頭から、前奏曲も含め、全部ひとつのコンサートでやるんだ…」という話になり、酒の勢いもあって「おおお、それは聴かねば、どうせその後にバンフに行くんだし、時差調整には最高じゃんかぁ、いくいくいくいく!」ってことになった次第。

※※※

てなわけで、ケープ・コッドの真ん中辺り、イーストハムのアメリカン・モーテルに逗留しているわけでありまする。昨晩は、この「アメリカ東部の湘南」ってか、アメリカ東海岸セレブの避暑地として知られるボストンの南からグルッと突き出た半島の真ん中くらいにある教会で、恐らくは史上初の「バッハ平均律第1巻の弦楽四重奏に拠る全曲演奏」が敢行されたのでありました。

この音楽祭がどういうものかは、まあ別の話なので記すことがあれば記すかも。ともかく、隠居した音楽家や街の喧騒を逃れてここで活動してるアーティストなどがいっぱいいるちょっと特殊な夏の保養地といところもあってか、なんとまぁこの演目で満員札止め。無論、せいぜいが300人も入らないくらいの小さな会場ばかりであるとはいえ、エマーソンQとため張る音楽祭のメインイベントだったわけでありますわ。

中身に関して話し出せば、もうキリがない。ホントならば商売作文で書きたいところだが、なんせこのような地味過ぎるイベント、残念ながら商業音楽メディアはまるで関心を持って下さらず、しょーがないから「書いてあることはみんな嘘、信じるな」をモットーとする当無責任私設電子壁新聞にお気楽に記すわけでありまする。ま、めんどーな調べ事など一切せずに書きますので、データ系は気になる方は勝手に調べるよーに。当メディアは、日本語文化圏のリタラシーに無垢な善き人々を叱咤激励断固教育する為の私設メディアなのでありまするぞっ!(←嘘です)

さても、バッハの平均律を弦楽四重奏に編曲というスヴィーテン男爵の二百数十年越しの宿題、どこからの委嘱でもなく、誰がギャラを払ってくれるわけでも無い「趣味」(こんな男と10数年付き合ってるY.K夫人の苦笑しつつの断言)の作業に果敢に挑戦したニック・キッチン氏、当然のことながら声部の割り振り、特に4声ではない作品の声部の割り振りが最大の問題。それに、2時間に及ぶ全曲を実際に演奏するための現実的な問題をどう処理するか。ハードルは高いぞ。

もうひとつ、「フーガ」の方はある意味で楽なんだが、前奏曲をどう処理するか。ぶっちゃけ、弦楽四重奏での編曲は対位法に傾いた部分はそれなりに処理が簡単だが、「前奏曲とフーガ」というセットをひとつの作品として成り立たせるときに、前奏曲の部分を元気いっぱいポリフォニックに処理してしまうと、聴衆にはキャラクターの違いが判別しづらくなり(なんせ、いくらみんな知ってる曲集とはいえ、聴衆の全員が隅から隅まで楽譜が頭に浮かぶ音楽学校の生徒達や関係者というわけじゃないんだからさ)、休憩含め2時間半を越える長大な演奏会を成立さえるのが極めて困難となるであろうことは明か。

ま、そんなこと気にしない、と開き直ればそれまでなんだろうが、そういうわけにもいかないもんねぇ。少しは聴衆や、それに弾く側を「楽しませる」要素を入れてこなければならない。最近、いろいろと流行の《ゴールドベルク変奏曲》の編曲で、ストイックな弦楽トリオなどならともかく、室内管以上の編曲版の場合は編曲者が手を変え品を変え、いろんなことをやってくるのは皆々様もご存知でありましょーぞ。たかた1時間であれなんだから、その2倍ある楽譜をどーするのよ。

8曲毎に休憩を入れ、ハ長調前奏曲からロ短調フーガまでをベッタリ弾いたこの演奏会、結果から言えば、なんとまぁ、演奏会としてちゃんと成り立つものでありました。流石に2度目の休憩の後では2割くらいのお客さんが帰っちゃったみたいだけど、逆に言えばこの演目で8割もの人々が最後まで付き合ったんだから、凄いことだなぁ。ちなみに、バルトーク6曲全曲を一気にやると、「最初の2曲で3割くらい帰って、最後の2曲の前で半分くらいになるから、よくみんなこれだけ残ったよねぇ」と笑うボロメーオQのメンバーであったとさ。

有名すぎるハ長調前奏曲、ニックのバロン・ヴィッタ・ゴールドベルクが主旋律を歌い、下の3人がしっかり和声を付けるという「さあ、これから始まるぞ」というスタイルで始まったコンサート、さっそくやって来る嬰ハ短調の5声フーガで、へえぇえそこをそう振るかね、などと吃驚しながら眺めるうちにあれよあれよと時間が過ぎていく。最初の休憩後、ホ長調の3声フーガに続くホ短調の曲集唯一の2声フーガでは、おやまぁ第2ヴァイオリンとチェロだけが弾くなんて聴衆が笑い出しちゃう小ネタを使ったり。
面白いのは、この会場の聴衆、曲の性格によっては聴きながら笑ったりするですよねぇ。日本でやったら聴衆の全員が楽譜持ってきて大真面目になって開いてそう、笑うなんて誰も考えないシリアスこの上ない演奏会になること必至だが、なんだろーなー、この演目でも「Enjoy」しちゃうんだよねぇ、この方々。畏れ入りました。はい。

ながあああい鱈岬の夜の頂点は、20曲目の緊張感の極まるイ短調フーガから、一転してニコニコ明るい変ロ長調前奏曲への転換、そしてそれに続く重厚にして大真面目で巨大な変ロ短調の5声フーガ。あああ、バッハって、まさかまさか、今日この日にこういう形でこの曲が弾かれることを見越してこんな音楽の並び方をしたんじゃないの、と思っちゃったりして。恐らくは、ここに至るまでの2時間以上があるからこその盛り上がりだったのだろうけど。ロ短調のフーガが鳴り終わると、このもの凄い音楽のツアーに付き合った聴衆は総立ちで大喝采でありました。
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この演奏、最大のポイントは、編曲した者が「編曲商売」を専門にしている同時代の作曲家でもなければ、プロの現代の作曲家でも無い、弦楽四重奏の楽譜の性格やキャラクターを知り抜いた現役演奏家である、という点にあるでしょう。ともかく、聴いていると、「ああ、なるほど、あのモーツァルトの曲はこういうところから来てるのかぁ」とか、「ああああ、ベートーヴェン、これ知ってる筈だぁ」とか思わされるところがジャブジャブ出てく。もう面白い面白い、とんでもないおもちゃ箱でありまする。

そんなこんなのニック版《平均律》、既にジョーダンホールで録音は終わっていて、今、ニックが鋭意編集中。22番だかまでは編集が終わっているそうな。ホントはこの晩に間に合わせたかったそうだけど、練習があって間に合わなかったとのこと。いずれにせよ、近い将来にはボロメーオQのwebサイトから手に入るようになると思います。言うまでもありませんが、結果として、メイジャーレーベルの商業録音をドロップアウトしてどこまでやれるかの実験をしてるような史上最初の弦楽四重奏(別に肩肘張ってそう考えてるわけじゃないけど、所謂レコード会社と付き合うくらいなら全部自分らでやっちゃう、というだけのこと)ですから、いつもの自主レーベルです。まあ、次に日本に来るときには持ってくるとは思いますけどね。いつになるやら。

ちなみに、次のニックの趣味は、弦楽四重奏版の《ゴールドベルク変奏曲》だそうで、既に第7変奏まで編曲が終わっているとのこと。今度はどこに聴きにいかにゃならんのかなぁ。

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Minochan

えー、一緒に聞きに行った連れ合いです。
ヴィオラの舞ちゃんと話した限り、第2集も全部編曲して、録音もすべて終わっているそうです。ほんとはこの演奏会に合わせて自主レーベルでCDをリリースする予定だったけど、あと数曲録音編集が残っていて、まあ、焦って出すより、じっくり納得のいく形まで詰めましょ、ということになっているそうです。それでもあと数曲だから、秋には出てくるかなぁ。楽しみです。
by Minochan (2016-08-21 19:53) 

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