So-net無料ブログ作成
検索選択

《紅色娘子軍》はほぼ完璧な国民主義バレエなのだ [現代音楽]

一昨日、壁の向こうの1番線ホームに到着したメルボルン・サザン・クロス駅の空港バス乗り場におります。実質たった4日間の短い豪州滞在を終え、夜行便で極東の冬の島国に戻ります。火曜日にはまた香港で、普通なら戻ることはないのだが、日曜日にNPOエク総会があり、一応は顧問なる便利屋をさせていただいているので出席の義務があり、そのためだけに一時帰国です。

さても、今回のツアーの最大の目的、中国国立バレエ団《紅色娘子軍》、初演以来延々半世紀以上続く最もオーセンティックなヴァージョンによる上演、ここまで大枚叩いてくるだけの価値はあっていっぱいおつりが来る、もうこのネタだけで1年は酒が飲めるというものでありました。
109.jpg
でっかい告知には「オーストラリア独占」とあり、どうやら過去はともかく最近はこの作品を外国のフェスティバルなんぞに持ち出したことはなかったみたい。やっぱりとっても貴重な機会だったんだなぁ。

以下、自分へのメモとして記すわけでありますが、なんといってもやくぺん先生、バレエというものは殆ど見物しません。この前舞台で眺めたのは…そう、初台のブリテン《パゴダの王》で、無論、踊りじゃなくて音を聴くため。ブリテン協会のオジサンとブーシーの広報のおねーさんに連れて行かれた、という感じだった。更にその前へと記憶を遡れば…そうそう、パイゾQと話をしにコペンハーゲンに行ったとき、ファーストのミッケルがコンマスを務める国立バレエ公演があり、《白鳥の湖》でミッケルのソロがガッツリあるからこれは行かぬわけにいかんでしょー、ってのかな。無論、音しか聴いてなかったようなもの。更に遡ると…記憶がないぞ。うううん。

ま、そんな程度の奴が言うことだから、以下の話を信じてはいけません。いいですかー、なんせそもそも「書いてあることはみんな嘘、信じるな」をモットーとする無責任私設電子壁新聞なんですから!

さて、バスも世界一閑散とした巨大空港アヴァロン(オーストラリア航空ショーの開催地としてのみ有名かな)に向けて走り出し、電源もアヤシいので、思い浮かぶままに箇条書き。

◆19世紀ロマン派バレエの語法が8割で、それにローカル舞踏などが加えられる。典型的な「国民主義バレエ」作品。悪辣資本家の私兵隊長やら補給部隊のオジサンなどには、中国雑伎団っぽい動きも感じさせるコミカルな細かい動きが満載。戦闘シーンには恐らくは京劇の剣舞も入ってるのであろうか。最終場の前の赤軍突撃シーンは、極めて様式化されたマスゲームのイメージも。ここで客席から拍手が上がっていたのは、この作品の観方を心得た観衆がそれなりにいる、ということなのだろう。ヒーロー、ヒロインが拳を握って踊るアイコンは、新たな語法の確立を目指したのかしら。

◆台本は些か長大な感はあるが、とても良く出来ていて、古典として生き残るだけのきっちりしたフォーマットを備えている。以下、「美少女ヒロインは理不尽な悪党の仕打ちから瀕死の状態で逃げ出す→ヒーロー率いる正義の軍団に偶然助けられたヒロインは、軍勢に加わる→最初の作戦行動でのヒロインの私的復讐欲のため、戦闘には勝利するもボスらは取り逃がす→ヒーローは闘いは私的な報復ではなく人民のためのものだとヒロインと娘らを再教育→美少女や海南島住民の平和な時を描く温泉回及び日常回→戦闘美少女としての自覚を得て成長したヒロインも加わり、赤軍と海南島解放軍連合の総攻撃開始→撤退戦の最中にヒーローは負傷、敵に捕らえられる→悪党との妥協を拒否したヒーローは、インターナショナルが高鳴る中に火炙りにされ壮絶な最期を遂げる→師匠を失った哀しみを堪え、紅色娘子軍と赤軍及び海南島解放軍の総攻撃開始→ヒロインの一撃で命乞いをするラスボスはあえなく最期を遂げる→インターナショナルが高鳴る中、革命に殉じたヒーローに祈りを捧げ、戦闘美少女軍は世界の開放のために前進を続けるのであった。そうだ、僕たちの闘いはこれからだ!」。これ、美少女アニメのストリーじゃありませんよ。要は、深夜アニメの戦闘美少女もの12本1クール分くらいに必要な要素は全て過不足なく詰め込まれ、「闘う美少女もの」アニメを一気見したときの感じまんまであります。正に古典中の古典。

1960年代人民中国の文脈に当て嵌めれば、「人民解放軍とは何か?」、「本当の敵は誰か?」のプロパガンダでありますな。それを、極めて技術的に高い舞踏で展開し、音楽はこれ以上「いかにも」なものはないもんがくっついてる。で、ストーリーのポイントは、「復讐を越え虐げられた人民の為に闘う戦士への哀しみを乗り越えての成長」。これって、どうなんでしょうかね、バレエの物語素としてはいくらでもあるものなんでしょうか。あたしゃ、よーわからんです。
19世紀に今の近代市民主義国家が形成されるとき、山のように出て来た国民オペラやバレエは、果たしてこんな風に見えたのかしら。国会議員ヴェルディ氏が作曲する《シモン・ボッカネグラ》はイタリア統一の融和を描いたものとしてこんな風に聴けたのかしら。《ローエングリン》や《マイスタージンガー》の「ドイツ」連呼は、こんな感情を搔き立てたのかしら。

この作品にリアリティがあるかとなると、うううん、少なくとも殆どの日本国民とすれば「イロモノ」という括りに入れて他人事として眺めたいでしょうし、それ以外に見方はないのかもしれんとは思うです。21世紀の今、「己の私欲を追求する資本家VS連帯した世界人民」というVS構造は、どうなんだろうなぁ、「貴方も私もみんな、大企業組織を前提にしないと生きられなかったり、大資本を支える株やったりしてるプチ資本家」となった資本家勢力勝利後の世界に生きる我々庶民は、この構造をアクチャルなものとして受け入れられるのでしょーかねぇ。お疲れ様のプリマドンナさん。
106.jpg

「紅色娘子軍は前進する、前進、前進!」と舞台の上から戦闘美少女率いる赤軍や現地解放軍が歌いながら(ホントにダンサーさんが歌ってます!)客席へと永遠に進軍してくる終幕、やくぺん先生の隣に座った中年になったばかりくらいの中国人と思われるオッサンは、一緒になって歌ってました。少なくとも、その中身をどう思ってるのかは知らぬが、この舞台はこのオッサンや隣の嫁さんには明らかに生きている。「爆笑」で済ませ、「なかったこと」とする対象ではない。

もうすぐアバロン空港です。ま、ともかく、今、この瞬間に記憶している《紅色娘子軍》の感想は、これにてオシマイ。取り落としたこと数多、ホントに若くて北京語を基礎からきちんと勉強出来るだけの時間が残されていたら「俺、これで本を書きたい」と思ったろうなぁ。うううん、ホント、まだまだ生きてるといろいろ勉強になるもんだ。

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0