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人の動きを否定する舞踏 [現代音楽]

これはやっぱり「現代音楽」カテゴリーだわね、ホントの意味で。

第45回香港国際芸術祭参加公演、「バイエルン州立劇場バレエ団Ⅱ」の公演を、香港芸術院の大きい方のホールで眺めてまいりましたです。オイストラフQとブルノ歌劇場《マクロプウロス事件》の間の日。

バレエなんて無縁なやくぺん先生がなんでそんな若手舞踏団(バイエルン州立劇場バレエ団引っ越し公演にしてはお安いなぁ、と思ってたら、「Ⅱ」、即ちベルリンフィルと信じて客席に座ればなんとまぁベルリンフィル・アカデミーだった、みたいなもんですわ)を日本円で8000円以上なんて大枚叩いて2階正面1列目なんて立派この上ない場所で見物するかといえば、もうひとえに演目故です。なんせメインとなるのが、あのロボコンのロボット群みたいな着ぐるみで有名なバウハウスの巨匠オスカー・シュレンマーの《トリアディック・バレエ》の本気のリプロダクションだというのだから、これはもう指をくわえて宿でボーッとしてるわけにはいかんでしょうに。
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現代舞踏関係の方なら説明なんぞ不要、衣装デザインだけなら、そうねぇ、フリッツ・ラング監督『メトロポリス』のマリア様くらいに有名な、20世紀前半大戦間時代のアイコンでもあるようなもんたち。こんなもん羽織って舞台の上をクルクルひらひら舞うのかいな、って呆れること必至の奴でんな。舞踏なんぞの世界は幼稚園生並の知識しかないやくぺん先生としても、「20世紀に舞踏の意味を問う3つの作品を挙げよ」と質問されたら、《春の祭典》(総合的な意味で)、《紅色娘子軍》(舞踏芸術が20世紀というコンテクストの中でどうやってリアリティを持つのかという意味で)、そしてこの《トリアディック・バレエ》、と答えるだろうなぁ。ま、バッテン貰いそうな解答だろうけどさ。

どんなもんか知りたい方は、YouTubeで「Triadic ballet」と引っ張ればゴロゴロ映像が出て来ますので、勝手に眺めて下さいな。

さても、本日の公演、無論、残念ながら今時のように「ステージをライブでネット配信」なんてない、映像収録なんぞ夢物語、音の収録だってままならなかった頃。舞踏譜というものは様々な試みが世に存在しているようだけど、いずれにせよ、今に判っているのは様々な制作側の資料と実演に接した観客なんぞが残した文字情報であります。
1970年代の終わり頃、前衛が終焉し、所謂「新ロマン主義」やら「表現主義再興」が叫ばれるようになった頃、バウハウスも随分と復興してきた。そんな中で、このコスチュームばかり有名な舞台作品を再現してみようという動きがベルリンとミュンヘンで出て来て、ま、当時の舞踏家さんなんぞが寄って集ってやった。音楽はぶっちゃけ、初演時にはありものが使われたそうですが、ゲルハルト・ボーナーという方が再生させたときには、なんとまぁヘスポス御大(当時は御大じゃなくて、バリバリの前衛崩れだったんだろうが)に曲を書いてもらった。で、再演され、20年近くそのプロダクションで上演されていたのだが、基本は再生初演メンバーが踊るわけで、sろそろ無理ということでオシマイになった。それを、バイエルン・バレエの二軍チームが数年前に結成されたときに、これはなかなか良いレパートリーでないの、ってことで再々生されることになって…というのがこの舞台の経緯だそーな。ああつかれた。

なんであれ、このシュレンマーの衣装そのものは、もう世界中の彼方此方で「バウハウス展」なんてのが開催されれば目玉として展示されるもんで、「へえ、これで踊るんだぁ」とみんなビックリ、どうなってるか興味津々、ということになってる次第。

さても、そういう話はネットのあっちゃこっちゃに落ちているから、それはそれとして、ともかく、アホな感想をひとことだけ。

ええ、もの凄く誤解されそうな言い方を敢えてすれば、これって、「反舞踏」なんですね。

《春の祭典》以降のモダン舞踏が、人間の身体能力をどこまでいじり回せるか無茶をさせるものなのだとすれば(そうじゃなかったらスイマセン)、これ、その正反対。「無駄な拘束具をいっぱい付けて、身体をガチガチに押さえ込んで、それで何が出来るか」って実験でんがな。無論、オブジェとしての身体、という美術の方向に向けての関心もあるのだろうし、そっちから考えれば「今時大流行のインスタレーションの嚆矢」とも強引に言えるのかもしれないけど…ま、それはそれ。

舞踏というものをなーんにも知らぬやくぺん先生とすれば、ああああ、これって一種の《四分三十三秒》だわな、って眺めてた。いかにも重そうで動けなさそうな(この演出、敢えて初演時の素材を使い、今ならいくらでも軽く作れるだろう衣装はそれなりに重くしてあるそうな)アホみたいな被り物を付けたダンサーが出て来て、訳の判らぬ音楽が鳴って、なんだか古典バレエの無理なアナロジーみたいな動きをしたり(衣装が邪魔でダンサーが手を繋げない、抱え上げられない、それどころか自分の手を組めない!)、手の先だけを動かしたり、極端な場面ではただ出て来て立ってるだけ。もう、こーなると若手芸人さんの一発芸みたいなもんですわ。出て来た瞬間のインパクト勝負!

つまり、舞台の上で妙な格好した奴がノロノロのそのそ動いて、また暗転し、12のシーンがなんのかんの1時間くらい続く、ってもんです。音楽と動きの関係は、あるといえばあるし、ないといえばない。でも、所謂「ゲンダイオンガク」が鳴ってるんで、前半のバランシンが選りに選ってチャイコフスキーの第3ピアノ協奏曲なんて超駄曲に振り付けたもんみたいに、「ひでええ曲だなぁ、やっぱり」と聴いてれば時間が過ぎる、というわけにもいかぬ。

正直、途中でつまらなくなって帰っちゃう観衆もそれなりにいました。極めて正しい反応だと思いますです。

てなわけで、このバイエルン州立劇場舞踏団Ⅱのシュレンマー舞踏リプロダクション、そうですねぇ、一度は話のネタに観ておく価値はあるとは思います。だけど、《紅色娘子軍》みたいな圧倒的なリアリティとか、もの凄い説得力とか、そういうもんじゃなくて、もの凄い知的な興味と、それから…うううん、道行く人をボーッと眺めて、あいつはなんじゃ、とか、どうしてこいつこんなことしてるんだろー、とか考えて楽しめる人ならばええんでないでしょーかね。

ともかく、「あのシュレンマーの衣装を着て、可愛らしくクルクルまわってお茶目ぇ」ってもんではありません。そこは覚悟していくよーに。

いやぁ、ホント、勉強になるなぁ。

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コメント 2

燕京啤酒

私もこの公演に行きたかったのですが、仕事が。。。。
むかーし、80年代初頭、SONYのβのCMで、このオスカー・シュレンマーのトリアディック・バレーの映像を起用していて、それ以来この生舞踏を観ることを夢みてきた私としては、今回は痛恨であり、ご覧になられたことを本当に羨ましく思います。
by 燕京啤酒 (2017-02-23 14:02) 

Yakupen

燕京啤酒様

いやぁ、まあ、こわいものみたさ、です(笑)。とはいえ、明らかにバレエを習っている子供を連れた親子連れさんとか、はっきりと「なんじゃこれ」でした。出て行っちゃった人は数十人はいたと思います。レセプショニストさんが舞台写真を撮らせないように必死だったのが面白かった。
by Yakupen (2017-02-23 14:09) 

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