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駅の真っ正面に「パルテノン」がある街 [音楽業界]

昨日、ホントに久しぶりに「パルテノン多摩」に参じたでございまする。ちょっとばかし用事があってのこと。
会館がオープンし、バブルの機運と共に府中やら三鷹やらもまともなホールを作ろうじゃないかという勢いになってた頃、調布から京王線の支線で多摩川渡ったよみうりランドの向こうに多
まあ、もう遙かな昔話でしょうから誰も怒らないと思うけど、今を去ること30年もの昔、バブル入口前の大不況時代に武蔵野市民文化摩市がでっかい複合文化施設をオープンさせ、なんとまぁ、「パルテノン多摩」なんてすぅっごい名前を付けたときには、もう我が家は大爆笑でありましたとさ。

お嫁ちゃまが某民間ホールに働き始めた頃だったので、正直、当時庵を結んでいた多摩県西の隅っこの深大寺からすぐさま見物に行く暇もなかったけど、「パルテノン」でありますよ、あなた!ぱん・ておす、でっせ!多摩丘陵のどこにあらゆる神様が集まっちゃうのやら、壮大この上ない素っ頓狂な名称であるこったい。世界の常識からすれば、こんななーんにもない多摩の山奥に日本最大と言われた広大な団地群を作ることを決断した「東龍太郎メモリアルホール」とでもすべきだろーに、と真面目に思ったものでしたっけ。なんせ縁もゆかりも無い「カザルスホール」が有りだった頃だもん。

初めて実際に足を運んだのはいつのことだったか、オープンからそう遠いことではなかったような。これまた今となれば隠しても仕方ないことだから言うけど、京王線の立派すぎる駅を出て、町田やら相模原の方へ京王線駅正面からまーっすぐにダラダラと続く広い歩行者道の彼方、岡の上に「パルテノン多摩」が鎮座しているのが見えたときには、「おいおいおい、本気でパルテノンじゃないかぁ!」と吃驚。施設の上に設えられた公園のドーリア式でもコリント式でもないヌエ的な柱が並ぶ展望台から、遙か多摩川に向け進駐軍が管理占領する高い武蔵の国の空が広がっているのを眺め、「ああ、これは冗談じゃなくパルテノン多摩で良いかな、ここにムーサの女神達が集っておくれなもし、という意味ならさ」って妙な納得をしたものでしたっけ。

そう、パルテノン多摩という文化施設は、バブル期以降に建てられた、或いは日本の近代国家建設が始まってから建てられた公共の文化施設の中でも、本当に数少ない「シンボリックな価値を持ち得るロケーションに配置された建物」だった。古くはお堀端の帝国劇場(公共文化施設じゃないけど)、横浜の港を一望にする坂の頂上に置かれた神奈川県立音楽堂、文化コンプレックスたる上野の杜で美術館と共に東門を築く東京文化会館、皇居と国会図書館の間で内堀を臨む国立劇場…などと列挙していくと、この頃までは「シンボリックなロケーションに公共劇場を造る」という意識ははっきりあったのだなぁ、とあらためて確認できますね。その後、文化施設といえば「まずここに使える土地があるので、そこにでも建てましょか」というやり方が基本になり、国立オペラハウスがせっかく東京セントラル・ステーション至近の都庁跡地がありながら遙か内藤新宿向こうの街道沿いの田舎に建てられたのを筆頭に、ホールや劇場といえば駅上の総合ビルの上層階とか、街場の小学校跡地とか、本当につまらぬ場所に建設されるのが当たり前になってしまった。トポロジカルな象徴性を持ち得る公共総合文化施設とすれば唯一、広大な琵琶湖の畔で比叡山に沈む夕日を眺めるびわ湖ホールくらいなものでしょう。少なくとも「都市計画の中に象徴的な意味合いまできっちり組み込まれて建設されたアーツセンター」みたいなものは、日本では存在していない。

何もない丘陵地に、歩行者と自動車を分離する、という多摩ニュータウンの基本方針に従って成された計画故の設計だったのでしょうが、なんであれ「パルテノン多摩」は、ここはキャンベラかブラジリアか、と思うほどのシンボリックな文化施設となった。これで外観が昨今の中国各都市でヨーロッパ系設計者が地元だまくらかして建てまくっている突拍子もないアホみたいな姿なら完璧だったのだが、そこはやっぱり生真面目ニッポン、そういうわけにもいかず、名前の割には地味な大神殿の縁の下みたいな劇場コンプレックスは黙々と時を重ね、今や周囲の彼方此方の文化施設同様に改修も迫られるお歳に至ったわけでありまする。
時は移り、参道途中から左手に入った先にあるキティちゃん大神殿はアジアからの観光客さんで溢れ(駅から歩いてくる人は案外、見なかった)、右手奥に従えていた大手デパートはとうとう撤収。桜が咲いたなどという頼りなんぞ到底信じられぬ、霙交じりじゃないかって小雨の中、多摩センター駅レストラン街には雨を逃れたひよちゃんたちが遊び、ムーサの神殿に向かう人の影も疎らで…
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何しに出向いたかはこんな無責任電子壁新聞に記すわけにいかぬのでありますが、とにもかくにも久しぶりに着席させていただいた大ホール、舞台に並ぶは今シーズンから遙か東京東は大川向こうの墨田から出張ってきていたNJPに代わって新たに実質上のレジデンシィを勤める練習場至近の読響さん(っても、今、練習場使えないのでこの舞台での練習が多いそうで、その意味でもホントに実質上のレジデンシィでんな)ではなく、鈴木秀美マエストロ率いるオーケストラ・リベラ・クラシカ。モーツァルトの小ト短調は秀美さん節全開の超鋭角的で強烈な音楽が炸裂、後半の長大な《ポストホルン・セレナード》は一転、ノンビリした娯楽っぽい時間が流れ、これで外がうらうらした春の午後ならねぇ、おおおい、ビールもってこーい、って音楽。大層楽しませていただきましたです。

さても、このどーでもいい作文で言いうべきは、たったひとつ。そこに集っていたお客さんのこと。

稲城、多摩、八王子に広がる多摩ニュータウンが、日本の高度成長とその終わりを象徴する空間となっていることは、皆々様もよくご存知でありましょう。どうやってひとつの文明が衰退していくか、大きな実験をしているような場所であります。こうなることを察知して途中で実質止めてしまった千葉ニュータウンとか、万博以降もドンドン広がってる千里ニュータウンとか、いろんな大都市近郊ベッドタウン都市建設はあったけど、ともかく美濃部都政がどんな邪魔しようが鈴木俊一内務官僚先輩の仕事はやるところまでやります、って勢いでやっちゃった多摩ニュータウン、文化施設の運用法も含めて「21世紀のニッポン」の縮図となっている。そして、21世紀のニッポンでいちばん元気の良い楽師達の音楽をニコニコ聴いていらっしゃる聴衆こそ、高度成長末期を支えた方々でありまする。

んでもって、このパルテノン多摩主催公演の聴衆、日本の、というか、首都圏都心部のメイジャーホールに電車乗って集まってくる人々に比べると、圧倒的にカップルが多いんですわ。それも、ご隠居カップル。ヨーロッパ、特にアメリカ大陸では当たり前の「コンサートやオペラは2人で行くもの」という常識がしっかり根付いている、日本ではかなり珍しい空間が広がっていた。要は、極めて健全なコンサートの在り方が、ここには、あった。

この先、この「パルテノン多摩」という場所をどうしていくにせよ、最大の資産のひとつは、ここにいる「多摩という人工空間で歳を取ってきた人達」なのでしょう。この方々がこの場所をどうしたいのか、どうにでもなれ、と思っていらっしゃるなら、それはそれでよし。なくなればなくなったでもよし。願わくば、この方々の知恵や力が、何らかの形で場の力になるような仕組みが作れれば、それにこしたことない。

そうあってくれ、と余所者が願うものでもないことは百も承知で、多摩川を越え湾岸は大川端へと戻る旧暦如月も終わりの小雨の夜でありましたとさ。

大川端にも、多摩の岡にも、春が来る。

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一読者

やくぺん様
いつも面白く拝見しています。秀美さんとOLCのコンサート、私も東京北部からはるばる参りました。この神殿に詣でたのは初めてで、駅を出てから、左右にショッピングセンターのある広い参道を見て、実に驚き、ひたすら感心しました。神殿内には歴史ミュージアムもあり、コンサートの休憩時間には多摩の過去についても勉強させていただきました。郊外のホールってゆったりした雰囲気でいいですね。秀美さんのオケに相応しいと思います。徒歩で行かれる距離内にホールのない区に住んでいる者には、うらやましいかぎりです。
by 一読者 (2017-03-27 15:03) 

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