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寒の戻りの新暦弥生晦日 [新佃嶋界隈]

久しぶりに大川端佃厄天庵勉強部屋から、曇り空の帝都を眺めておりまする。

なんせ来週はトリッキーな移動が続く地獄のツアー週間、こうやってボーッと座って細かい作文仕事や自分の為の秘書仕事をしながら春の帝都を眺められるなんて、この午後しかない。ホントはうらうら、大川端ノマド場で桜に驚喜乱舞する帝都の善男善女ならぬ佃の性格の良いひよちゃんずやら、冬場にはやくぺん先生が座ると「わぁい、神様が来たぁ」とブンチョウ君らの食い残しを求めて寄ってきた雀たちの姿を眺めていたかったのだが、とてもそんなこと出来そーもない冬の戻り。

別に何か記すことがあるわけでもなく、このところすっかりご無沙汰となってしまった「新佃島界隈」カテゴリーをひとつ埋めるとするか、と大量の校正バックの合間に綴っているだけのこと。「世は全て事も無し」と記せば、その瞬間にどんな作文だろうが終わりに出来る類いのもんでありまする。

昨日の妙な暖かさの中、佃大橋近くのまだ二分咲きにも満たずだーれもいない桜の枝の下で無情な場所取り指令に応えている人の姿も…
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今日は一転、寒い寒い。佃の北の隅っこ、桜木はこんな状況なんだけど
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眺めようとする人も無し。

とはいえ、大川を上り下りする船人は呆れる程多く、騒々しく往来する観光船はガッツリ着込んだ人で溢れてら。
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てなわけで、新暦3月もオシマイ。あとはまぁ、この絵ずらを眺めながら、初夏の大川の歌人、木下杢太郞でも紐解いてさ…
http://www.aozora.gr.jp/cards/000120/files/1394_20691.html

「同年四月十日。深川永代橋畔永代亭でパンの大会を開く。此日には上田敏氏も上京中で出席せられ、皆で酒を強ひ是非巴里の歌を聴かせて下さいと云ひ、上田氏も余儀なく立つて何か短い仏蘭西語の歌一曲を歌はれた。また演説もされた。予は氏の口から南蛮寺に対する言葉を聞いて大に感激した。
 永井氏の「フランス物語」の話、湯浅氏の模写のベラスケスなどについてみんなが話しあつたと記録せられてゐる。
 この時のパンの有様は今もよく記憶に残つてゐるが、詳しく書くのはめんどくさい。なんでも予は女の首を三つ大きく描いたアフイシユを用意して行つて、入口のつき当りの衝立に貼つた。出口清三郎氏といふ画家が当日出席せられたやうに覚えてゐるが、今はどうしてゐられるか。
 この日パンの会を社会主義の会と誤認して刑事が二人来たといふ噂も立つて、今でも皆本当だと考へてゐる。たしかにそんな人二人がゐて隣の日本室で酒を飲んでゐたが、果して噂の通りであつたかどうかは疑はしい。
 このかへりに、酒に酔つた山本鼎と倉田白羊とが永代橋の欄干からアアチのてつぺんへ攀ぢ登りそこから河へ小便をしたりして皆をはらはらさせた。」
(木下杢太郞『パンの会の回想』より)

春が来て、杢太郞の生きたような時代がまた来る…のか。

世は全て事も無し…

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