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台北のペトレンコ [演奏家]

急ぎの情報です。

ええ、台北在住の方からの連絡で、明日25日、こんなチケットが発売になるとのこと。
http://www.mna.com.tw/eventsDetail.aspx?serialNo=24
隠すようなことではない、今、恐らくは日本の音楽ファンが最も関心が高いであろう指揮者のキリル・ペトレンコが、手兵のバイエルン国立歌劇場管と台北でベートーヴェンのハ短調のピアノ後奏曲と第7交響曲を振りますです。

この組み合わせ、ご存知のようにこの演奏会のあとに日本にオペラの引っ越しで来るわけだが,その前に台北では素オケの演奏会で,日本では披露しないベートーヴェンをやるぞ、ということでありまする。

さあああ、ご関心の向きは、なんとかぐぁんばって争奪戦に参加されたし。ちなみに、その前の日には東京でも披露するマーラーの5番があるようです。

台北の演奏会、他にもいろいろあるのだが、ま、とにもかくにも、本日はこれまで。実は凄い大物があるんだけど…ま、ご関心の向きは上述のホームページから探してご覧なさいな。

なんか、思い出すなと言われても、爺には「カルロス・クライバー」という名前が浮かんでくる組み合わせですねぇ。

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ダニエル・ベル元気です [演奏家]

エッセンにおります。都響がヨーロッパ公演で来たとき以来かな。なんせ、昨日はインタビューのテープ起こしで寝たのは3時前。6時半には起きてなんのかんの、午前11時成田発のデュッセルドフル便に乗って、シベリア上空でテープ起こし内容を記事にする作業をして、ウラル山脈直前くらいで一応、初稿は完成。それからヨーロッパに入ってペテルスブルク上空くらいまでちょっと寝て、午後4時前に到着し、5時頃にはDBでエッセン中央駅まで来て、宿に荷物投げ込んで風呂浴びて一寝入りする暇もなくアールト劇場まで行き、楽屋口に向かい…って調子。午後7時からは半分沈没しながら《ティトゥス》見物して、今に至っておりまする。本日は30時間以上あり、そのうち睡眠時間は3時間ちょっと。こりゃああ頭が海胆になる…

なんでここにいるかはともかく、こんな方に会いました。
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そー、エッセン歌劇場のコンサートマスター、ダニエル・ベル氏でありまする。ってか、皆々様におかれましては、溜池室内楽お庭でヘンシェルQがベートーヴェン全曲やったときのセカンドさん、って言った方がお判りでしょうね。

ペッターソンQがアルテミス騒動の玉突きで解散になり、その後、ベルリンフィルに数シーズン加わったのだが、クァルテットがやりたくてヘンシェルQに復帰。そのときにエッセンとBBC響のコンマスもかねて、ヨーロッパの常設団体では極めて珍しいコンマス複数との掛け持ちを数シーズンやっていた(そもそもベルリンフィル世紀団員の収入をクァルテットだけで得るなんて、アルテミスやハーゲンだって不可能)。だけど流石に無理ということで、昨シーズン今頃の日本ツアーを最後にクァルテット業界からは引退、コンマスに専念することにした。なかなか波乱の経歴でありますねぇ、こうして記すと。

まあ、この話には、ヘンシェルQのルクセンブルク国立大学のレジデンシィの話があって、ほぼ決まっていたのだが、最後の最後に国会での予算承認がされず流れた、という背景があるのですが…それはまた別の話。ちなみに、ヨーロッパでも所謂「常設弦楽四重奏団」としてツアーや録音だけで食って行けている団体は、2017年現在、そーねー、恐らく…アルディティQ会社だけじゃないかなぁ。ある年代を過ぎて続いている団体は、どれもメンバーの数人が安定した教職を持ってます。

もとい。で、楽屋口で待っていて、ビックリさせてやろうと思ってそっちに向かったら、なんと外で団員と話をしていてヨロヨロやってくるあたくしめを発見し、デカイ声で「やくぺんさーん!」と手を振って来た。ビックリしたなぁ、なにしてるの、いや、来週からレッジョのコンクールでさ、ヨーロッパに入るのにいろいろ道はあるんだけど、ここで今日はプレミアが出るから絶対に乗ってるだろうと思って、さっきデュッセルドフルに着いたんじゃわな…

ダニエル、昨シーズンからは家族もベルリンからエッセンに引っ越し、実質、この地を拠点に生活しているとのこと。ツアーもないし、スゴく安定した生活だよ。子供の教育にもね。そうそう、このオペラのオケの連中とクァルテットを組んだんだ。あ、今日の《ティトゥス》は、空港が舞台だからビックリしないでね。このプロダクション、歌手から制作スタッフから全てがうちのハウスの専属メンバーだけで作ってるんだよ…

立ち話で近況を語る姿は、とてもお元気そうでした。

こういう生き方もある。音楽的にも、(普通なら)眠気も吹っ飛ぶような勢いの良いモーツァルト。長い夏至前のヨーロッパの土曜の夜が、やっと暮れていく。

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北限のコナラの森に鳥の声が響く [演奏家]

ええ、諸処の事情で、札幌にいます。昨日、急に来ると決まった話。後ろにはゼミの授業が始まるのを待つ大学生たちがいて、目の前には最も北にあるコナラの自然林が広がり、シジュウカラやキビタキの声が聞こえてきます。
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さっきはアカゲラさんの姿も見えました。
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流石にクマゲラはいらっしゃらないなぁ。

どうしてそんなことになってるかはともかく、先程、グランドの向こうの教会で、大友肇さんがカザルスの話をし、バッハとか、ちょっと弾きました。お昼休みの短いコンサートなんだけど、サラッと、でも気持ちの良いサラバンドが流れる。

本日は、そんな空気を当無責任私設電子壁新聞を立ち読みの皆様にもちょっとだけでもお伝えしようと、写真と音のさわりを貼り付けてオシマイ。夏の初め、ってか、春の終わりの北海道は、まるで先週の大阪みたいに爽やかで、ピースピースと鳥も鳴く。
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明日は昼に、エクが弾きます。お暇ならどーぞ。

[追記]

主催者のチャペルセンターの方が、《鳥の歌》全曲の音声ファイルをアップしてくださいました。お聴きになりたいかたは、こちらへどうぞ。
https://www.facebook.com/KatchinTK/videos/pcb.1332327333513072/1332381306841008/?type=3&theater

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キアーラのCD出ます [演奏家]

もの凄く個人的な話題です。お知らせ。

ええ、カルミナQのマティアスとウェンディのお嬢さんキアーラ・エンデルレは、東京湾岸の方ならちょっとだけ知ってるかもしれないチェリストでありまする。って、トリトンのアウトリーチで中央区の小学校でカルミナQと一緒に弾いたりしてるのであります。ことによると、日本でのキアーラの演奏って、これだけかな。

なんだか「好々爺が友人の娘の成長を書いてるブログ」みたいな一連のキアーラ・シリーズはこちら。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2008-12-16
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-06-06
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2011-06-27
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2013-03-14
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2014-06-19

んでもって、そのキアーラがとうとう、というか、やっと、というか、CDを出します。こちら。
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https://www.musiques-suisses.ch/en/Ernest-Bloch/Kammermusikwerke-fuer-Violoncello/id/765
ブロッホの作品集で、スイスって、こういう自国の作曲家の録音や演奏に助成金が出るんですよねぇ。現代音楽は楽譜仕様やらJASRACやらにお金がかかるからたいへんになる日本とは真逆な状況でんなぁ。

ご覧のようにこのディスク、パパのマティアスとの共演も入っております。アンコールみたいにちょこっとだけですけど、ピアノ三重奏とかガッツリした曲はなかったのかなぁ。

蛇足ながら…キアーラの先生であるシュテファンの昨年夏の急病以来、カルミナQは実質的に必要最小限の活動を別のチェリストで行う以外は殆ど活動をしていないとのこと。キアーラも代打で弾いた、という話も伝わってきます。シュテファンの恢復を心から祈りつつ、キアーラの音楽を聴かせていただきましょう。

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今年の齋藤秀雄メモリアル賞受賞者は [演奏家]

本日午前0時を以て情報が公開となりましたので、お知らせいたしまする。

第15回齋藤秀雄メモリアル基金賞、本年度の受賞者は、チェロは酒井淳氏。指揮者部門は該当者なし、ということになりました。

昨年のアブダビからボルドーに移動する間での無茶など、どうしてだったのか、やっとお判りになったかしら、ってことでんな。

受賞式は本日昼から、あちこちのメディアで報道があると思いますので、酒井さん、そしてカンビニQを宜しく御願いいたします。やっぱり、この方とのツーショットが一番大事。そー、伝説の名古屋「スタジオ・ルンデ」の鈴木さんです。お久しぶりにお目にかかったけど、お元気そうでなによりでした。
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やくぺん先生とすれば、これで3年のお勤めもオシマイ。指揮者はともかく、チェリストに関しては「東京のチェリストに賞を出さなかった」のはよかったでしょ、と勝手に思ってる次第。

なにはともあれ、主催者の皆様、酒井さんを宜しく御願いします。

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ミヤンマー国立管音楽監督日本デビュー [演奏家]

時間がないので、事実関係のみ。

明日、10月6日午後、我らが山本祐ノ介氏がミヤンマー国立管音楽監督として日本にデビューいたします。

とはいえ、残念ながら来日公演ではありません。現在、東京オペラシティで開催中の「アジア太平洋オーケストラ・サミット」なるシンポジウムのパネラーとして、ミヤンマーの現状についてお話をなさってくださいます。
http://fringe.jp/forum/forums/topic/106-%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%80%8E%E5%AE%9F%E6%BC%94%E8%8A%B8%E8%A1%93%E3%81%A7%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%A8%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%8B
このイベント、果たして公開なものなのか良く判らないけど、ともかくどうしても聞きたいという方は、オペラシティのリサイタルホールに来て、入れないか、と受付の方に話してみてください。こんなこと、書いて良いのか、という気もしてるけどさ。

本日も、アジア各地のオケの関係者が己の現状を語り、香港シンフォニエッタやオーストラリアのオケ連の方みたいな前向きで元気なところも、マニラのオケみたいに大変だたいへんだ、という苦労話ばかりだったところも、いろいろでした。明日はミヤンマーの音楽の未来が、どのように語られるのか、監督に期待いたしましょうぞ。
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ま、写真は今日のノンビリしたお姿ですけど。

で、やくぺん先生としては、全くいきなり、12月17日のヤンゴンでのコンサートに行く決意をしてしまいましたです。さあ、ちゃんと行って帰れるのか?請うご期待、でんがな。

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風はミュンヘンへ! [演奏家]

東京湾岸は朝の6時前です。時差で昨晩は荷物詰め直しも出来ず、10時前に寝てしまい、かっつり起きてしまいました。これから慌てて荷物詰め、出来ないこの10日間の日程の最終調整、そこにもってきて、嬉しいんだかめんどーなんだかな事態になってきました。

ミュンヘンARDコンクールのハープ部門、5年ぶりくらいの科目みたいなんだけど、なんとなんと見事に東京交響楽団首席ハープ奏者の景山さんが最後の3人に残ってます。
http://tokyosymphony.jp/pc/aboutTSO/orc_member/harp_kageyama.html

で、本日、午後6時からの本選、ヘラクレスザールで弾きます。
harp-2016-4-100 (1).pdf
うわぁ、なんせ羽田を昼に出て、ミュンヘン空港に到着するのが午後5時半前。今回はメッセをやってるみたいでいつものミュンヘン厄偏庵が高すぎてダメなので、中央駅近くの宿。で、そこから列車で中央駅まで行き、荷物放り込み、慌ててヘラクレスザールに走ると、なんとか間に合わないことはない。ギリギリだなぁ。直接タクシーで乗り付ければ大丈夫なことは確実だが。

果たして、切符、まだあるんかいな?今更、公報さんに「ファイナルの切符くれ」とは言えないしなぁ。

ともかく、演奏聴かずに結果だけは眺めに行くのは可能なんで、そんな猛烈に失礼なことをするかも。うううん。

まあ、ミュンヘンならバンフみたいに世間から隔絶された場所じゃないので、ゴッソリ人が行ってるでしょうから、小生が無茶しなくても大丈夫だとは思うけどねぇ。

もうひとつ、弦楽四重奏も我らが仙川からの代表が無事にセミファイナルまで進みました。
string-quartet-2016-3-100.pdf
これで、放送局のスタジオや学校の講堂じゃなくて、ちゃんとしたホールで弾けますね、良かったよかった。なお、ジョコーソが終わりました。セミファイナルで4団体って、ファイナルは何団体残すんだろうか?まさか、ひとつということはあるまいに…でも、ファイナル2団体なんてのは20世紀のミュンへARDコンクールなら日常茶飯事だったわけだからなぁ。

てなわけで、オクトーバーフェスト前にミュンヘンから風が吹いてきてます。まってろぉ、もうすぐ到着するぞおおおお!

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ラザレフ御大グラズノフを大いに語る [演奏家]

本日、杉並公会堂でラザレフ氏の記者会見がありました。来シーズン、実質この週末の定期から始まるグラズノフ・シリーズについてで、延々と40分近く、大独演会をなさってくださいました。まあ、記者会見の内容ですから隠すことではない、日本フィルも公式にアップするかもしれないけど、一昨日の帰国以来のボーッとした身体を強引に治すために久しぶりに「ほぼ速記」をやりましたので、以下にまんま掲載します。

なお、テープ起こしなしの速記のみですので、だいたい内容の8割くらいは拾えている筈ですけど、完全ではありませんし、聞き直してチェックをしてません。ですから、あくまでも参考、決してこのまま引用はなさらないでください。御願いします。

中身に関しては、某同業者さんによれば「みんなが知ってる事実半分、聞いたこともない話が半分」だそうです。へえええ。

以下、大独演会をどうぞ。

★ラザレフ御大大いに語る・2016年7月6日杉並公会堂にて★


19世紀ロシア文化の歴史には偉大な芸術家がいます。プーシキン、レールモントフなどの詩人が大きな意味を持っていた時代がありました。ですが他にも、バラティンスキーなどの影に隠れてしまった素晴らしい詩人もいました。トルストイもいました。他の作家はその後ろになってしまいます。
19世紀ロシアの音楽でも、チャイコフスキーがモスクワにいて、リムスキー=コルサコフがペテルブルクにいて、権威でした。素晴らしい名声と芸術性で、他の作曲家の前をいっています。グラズノフはすこし時代が後になります。リムスキー=コルサコフの弟子だったのですが、偉大な先生の影に隠れた存在となりました。私は、19世紀ではグラズノフは他の誰にもひけを取らないと思います。師匠のリムスキー=コルサコフとの年齢差は20歳で、恩師であるばかりか、先輩作曲家でした。グラズノフの父は出版者、母は音楽家でした。自身が言うに、「私は24時間作曲していても全く飽きません」と。彼の中に音楽が生き、音楽の中に彼が生きたと言えましょう。
ちなみに、グラズノフの、確か、弟だったと思いますが、ソルボンヌ大学で昆虫の研究をしていました。早死にしてしまった方です。弟は新種のカブトムシを発見し、グラズノフという名前が付いています。ですから「グラズノフ」という名のカブトムシをみたら、これは弟の方の仕事だと思って下さい(笑)。

グラズノフの人生はペテルスブルクにあり、リムスキー=コルサコフをサポートしていました。ロシア五人組に近い場所にいました。ボロディンは《イーゴリ公》を25年かけて書き上げていますが、ピアノで披露する会があった際にグラズノフは遅刻し、扉の外で立って序曲を聴いていました。あとで部屋に入ったのです。その後にボロディンがなくなり、《イーゴリ公》初稿が遺されました。コルサコフはグラズノフを呼び出し、手稿譜を纏める仕事を命じました。オーケストレーションが終わらず、あちこち未完成の部分もありました。序曲は音符として残していませんでした。ボロディンが、自分の序曲を演奏して聴かせてから10年も経ってから、グラズノフは自分の記憶でドアの前で聞いたあの序曲を音符に書き起こしたと言われています。素晴らしい音楽的な記憶力と音楽性を備えていた証明ですね。

長年にわたって、グラズノフはペテルブルク音楽院で教鞭を執りました。リムスキー=コルサコフが退いてから20年以上、学長を務めています。学生の間にも人気があり、尊敬されていた学長でした。学生にはプロコフィエフがいました。最初、プロコフィエフの音楽は私には分かりかねるが、この若い作曲家にはなんとしても支援していかねばならぬ非凡さがある、と言ったと伝えられています。若いショスタコーヴィチがペテルブルク音楽院に入学するときにも尽力しました。ショスタコーヴィチが交響曲第1番をもってきたとき、まだ16,7歳でしたが、グラズノフは丁寧に指導し、ショスタコはお礼を言い、でも自分の書いたままにしたそうです(笑)。

ラフマニノフの第1交響曲を巡るエピソードはご存知だと思います。グラズノフの8歳くらい年下ですね。フィルハーモニー協会の大ホールで初演されることになり、指揮者はグラズノフでした。グラズノフはこの作品をあまり好きではなかった。カットするべきでは、と言いました。ラフマニノフはイヤだと言い、グラズノフは乗り気がしないまま練習しました。本番の日、グラズノフはお昼を食べに行き、なんだかしらないものを呑みました(笑)。結果として、演奏には惨憺たる評が出ました。リャードフ、キュイ、評論家も沢山いましたが悪評で、客の反応も悪かった。モスクワとペテルブルクは常にライバルで競い合っているのですが、ラフマニノフはモスクワ音楽院の学生でした。でも初演はペテルスブルク、その初演は大失敗になり、鬱状態に陥ってしまい、何年も作曲できなくなってしまった。彼が次に書き上げたのがピアノ協奏曲第2番で、ウラジーミル・ダーイという精神科の医者に捧げられています。グラズノフの話をするときに、ラフマニノフの第1番を失敗させた逸話は落とせませんね。でも、ラフマニノフは悪口は言いませんでした。モスクワに戻る前、ラフマニノフはグラズノフのところに行き、1時間話をしました。何の話をしたか、誰も知りません。その後、ラフマニノフはグラズノフの悪口を生涯言いませんでした。1928年にヴィーンにグラズノフが渡り、もう祖国には帰らなかったのですが、そのころラフマニノフはピアニストとして売れていた。ラフマニノフは晩年のグラズノフの病気の援助をしていたそうです。グラズノフは人から尊敬される人間像が浮かんできます。

1908年でしたっけ、リムスキーコルサコフが逝ったとき、人々は「我々にはまだグラズノフがいる」と言われたといいます。確かにグラズノフの音楽は、人気としてはチャイコフスキーやリムスキーコルサコフに及ばないかもしれません。しかし作曲家としてのグラズノフは、知識に長け、オーケストラもオペラも良く知っており、オーケストラの特性も知っていた。楽器の特性を知り、素晴らしいオーケストレーションが出来ました。チャイコフスキーの楽譜を見ますと、楽器の使い方がいまひとつと思うところがあります。リムスキー=コルサコフにも、少しですがそういう部分があります。ですが、グラズノフのオーケストレーションでは、ほんとうにオーケストラの楽器がよく聴こえ、各楽器の特性を上手に使ったオーケストレーションしています。その力はショスタコーヴィチ伝わっています。

グラズノフのところに学生が来て、「シューマンの交響曲を聴いてきました。オーケストレーションがちょっとぴんときません」と言ったことがありました。シューマンは偉大なピアニストですが、オーケストレーションは、魅力的な音楽を書いていてカリスマ性もあります、そう、ジョージ・セルは自分でシューマンの交響曲に加筆をしていました。シューマンの4つの交響曲を全て好きで、しばしば演奏していたのだけど、本番中にいろいろ思うらしく、終わるとクリーブランドのライブラリーに吹っ飛んでいっては楽譜い加筆していたそうです。ですから、セル指揮クリーブランド管のシューマンの録音は、半分はセルのオーケストレーションだと思って下さい。おっと、さっきの話ですが、生徒は「シューマンのオーケストレーションをしなおしたほうが」と言ったわけですね。するとグラズノフは、「オーケストレーションの変更はダメだ、作曲しなおすべきだ」と言った(笑)。そういうことが言える人だったんですね。

グラズノフには交響曲8曲と未完の1曲、バレエ曲3曲があります。最初の《ライモンダ》はマリンスキー劇場のために書かれ、内容はごちゃごちゃで私には良く判りません(笑)。《白鳥の湖》も良く判りませんが(笑)。グラズノフはとてもチャイコフスキーを尊敬していました。《白鳥の湖》は綺麗な音楽がたくさんはいっていますがけど、ウンパ・ウンパ・ウンパ・ウンパ、ばかりで、3分の1が美しい音楽です。チャイコフスキーを敬愛していたグラズノフは、《ライモンダ》では3分の1が素晴らしく、あとはウンパ・ウンパです(笑)。

ふたつめのバレエはエルミタージュ宮殿の劇場のために書かれました。とても美しい、あまり大きくない劇場で、音響は良いです。宮殿の劇場ですがら誰でも来られるわけではない、皇帝の居住地です。ペティパが振り付けた1幕バレエで、《お嬢さん女中》。尺が短いので、いいとこどりがてんこ盛りになってます。翌年、ペティパが振り付けた同じ劇場で上演したのが《四季》です。明後日、我々が名演をせねばならない音楽です。うんぱうんぱがない、100%素晴らしい作品です。《お嬢さん女中》も《四季》も、エルミタージュ劇場で書かれたのに、出来がいいのでマリンスキー劇場で上演が始まりました。《四季》は、初めてのストーリーのないバレエです。それ以前は馬鹿げた筋があったのですが、霜とか雪とかイメージはありますが、秋は実りの秋、豊かな季節、でもストーリーはありません。登場人物はいても、みな抽象的な役割を果たしています。そのあとで、ドビュッシーやストラヴィンスキーがストーリー性のない作品を書き始めているわけで、歴史的に非常に重要です。この作品でグラズノフはロシア人魂を発揮してます。ヴィヴァルディの《四季》は春から始まっています。ハイドンの《四季》も春から始まっています。ロシアの作曲科にとって、四季は冬から始まります。チャイコフスキーのピアノ曲もそう、ロシアでは冬から始まります。終わりは豊かな実りの秋。冬から初めて秋の終わりにちょっと冬を予感さえて1年を締め括っています。私はこの作品をすごく日本で指揮したかった。今回、この素晴らしいロシアの作曲の作品を指揮出来て嬉しい。天才グラズノフはきっと力を貸して下さると思います。


――グラズノフのオーケストレーションについて、もうすこしお話願えますか。

ラザレフ:グラズノフの場合、全ての楽器がよく歌います。特徴のひとつに、弦を他の楽器でサポートする、という書法があります。5番の交響曲でも全てがダブルになっています。ショスタコのような裸で出て来ることはない。音型の分厚さ、重い層になっているのが特徴のひとつです。それを騒々しくなく、厚みのある音にしないとならない。厚みのある音型はラフマニノフにも伝わっていると思います。チャイコフスキーはちょっと違います。チャイコフスキーはオーボエがソロを吹きみなが伴奏する、というところはありますが、それとも違います。《オネーギン》の決闘のシーンで、コントラバスがオクターブ上のチェロを使わずに、その瞬間に暇だった第2ヴァイオリンが暇だったを使っているところがあります。その酷さと言ったら(笑)。アイデアが浮かばなかったら作曲をしなおせばいいのに、チャイコフスキーは第2ヴァイオリンが空いているからと、そこを使ってしまった。いつも指揮をしながら、なんでこんなことをと頭が痛くなります。でも、グラズノフにはそういう箇所が全くありません。どこでどの楽器が何をすべきか明快です。私の音楽院のラーコフ先生は、古き良き時代の教育を受けた厳しい人だったのですが、チャイコフスキーのその作品をみて「落第点だ」と叫んでいたのを思い出しました(笑)。

もうひとつ。ペテルブルグ音楽院時代に私がいた頃は、アレクサンドル・スレーシコフという合唱指揮者が学長でした。背が高く、痩せていて、学長が歩くと生徒ばかりか教授たちもみんな逃げました。ある優秀なヴァイオリンの女性学生がズボンをはいていたら、ズボンでは退学、と言うような人でした。私には優しかったんですが、私から先生のところには行きませんでした。わたしだけじゃなく、みんな先生を避けていました。独裁者的な存在でした。お陰で秩序が取れていたんです。
さて、ペテルスブルク音楽院時代の16歳くらいのプロコフィエフがこういう日記を書いています。年明けの1月3日に学校に行き、グラズノフ学長の部屋に立ち寄りました。彼はとても民主的な人で、若い学生も学長の部屋に行けました。プロコフィエフが学長秘書の部屋にいき、学長に会いたいと言います。と、「学長は23日にここに来ますが、それまでは来ません」と言いました。お仕事でペテルブルクを離れたのかと思ったら、秘書は「飲んだくれてます、23日になったらしらふになって現れます」と言いました。そしてそれはホントだったという(笑)。その凄さわかりますか、学長が飲んだくれてます、というなんて。シベリウスと呑んでいたそうです。ふたりはとても仲が良く、フィンランドは当時ロシアの一部でしたしね。

この前ヘルシンキに行ったとき、港に降りていく途中にある名前は忘れましたが、あるレストランに行きました。レストランで、そこのレストランにはシベリウスは弟の嫁だかのお酒のみ親戚がいて、そこでシベリウスが呑んでいた。グラズノフもそこで一緒に呑んでいた。突然、グラズノフが「私はペテルスブルクに戻らねば、6番交響曲の初演があるんだ」と言って、出ていった。翌日ペテルスブルクに戻って、3日練習し、本番。それからグラズノフはヘルシンキに戻り、同じレストランに戻ると、同じ顔ぶれが同じ席で呑んでいた。シベリウスは「随分長いトイレだったな」と言いました。これはジョークではありません(笑)。

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トウキョウ・リングの遺産…なのか? [演奏家]

バーゼルに到着しました。あと1時間ちょっとで、《光の木曜日》が始まります。宿のオバチャンに拠れば、そもそもここは湿っぽくて雨の多い土地だそうで、到着時の天気雨が本格的雷雨になりました。劇場に行けないので、ネット繋いでます。

てなわけで、時間もそれほどないので、昨日のマンハイム《リング》に関して思うところをさらっと。前のふたつを眺めただけで、《ジークフリート》は裏番組がこっちで、《神々の黄昏》は裏番組はフランクフルトの《ヴォツェック》という、かなり究極の選択。まあ、ヴァーグナーでいちばん音楽が立派な《ジークフリート》は、流石に裏がシュトックハウゼンでは諦めるしかない。《神々の黄昏》は正直、あの長さに絶えられないんで、可能な限り眺めない作品なんで、当然、ベルクに行きます。この瞬間、その選択が正しかったか、ちょっとだけ心が揺らいでいるのだから、少なくとも昨晩の《ヴァルキューレ》はとても立派だったということでありますな。

なんせこのプロダクション、2013年に出て話題になったときにきっちり映像が収録されていて、DVDが簡単に入手可能です。昨日も、ロビーで€50もする箱が飛ぶように売れてました。
https://www.amazon.de/Richard-Wagner-Ring-Nibelungen-Mannheim/dp/B00S7E62KS
だからまぁ、ホントに興味のある方は購入してガッツリ眺めていただければいいわけで、演出がどうなってるかなんて、やいのやいの言いません。ただ、一言だけ説明しておけば、このジャケットのピエロくん、《ジークフリート》最後のシーンのジークフリート御本人で御座います。

なんかもう、これで全体の感じはお判りでしょ。《ラインの黄金》の最後で、ヴォータンのトネリコの槍を象徴するながああい白く輝く棒の上を、子供のピエロがずーっと渡っていったのは、こいつだったのね。

《ラインの黄金》冒頭でホルンが鳴き出した瞬間、あああこれ、大丈夫かなぁ、と思ったのですけど、昨日の《ヴァルキューレ》ではオケはホントに雄弁で、立派でありました。演出は、衣装及び装置と深く結びついたもので、ずーっと回転している舞台の上に、歌手と踊り子と人形という3種類の登場人物が様々な形で出現し(うううん、イヤでもシュトックハウゼンの《光》を思っちゃうぞ)、振る舞いは基本的に極めて象徴的、ってか、能みたいな動きしかしません。最初はかなり違和感があるけど、眺めているうちになる程と納得します。これ、話せば長いので、いま、やれない。ただ、あのまるで日本の漫画みたいなキャラクター造形は、あそこまでやっちゃえば歌手も踊り子も人形も、みんな同じひとつのキャラクターにしか見えない程特徴的なので、成功していると思いましたね。

それはそれとして、やっぱりもの凄く感じたのは、舞台のあちこちに今は亡きかのトーキョー・リングの臭いがすることなんですわ。ヴォータンの槍が巨大な光の棒で天井から舞台に向けて降りてきているとか、ノートゥングも赤い光の棒だとか、それらをキャラクターは全く振り回したりしないとか(トウキョウ・リングがどうなってたか、忘れてしまった)。何よりも、ヴァルキューレの騎行でヴァルキューレ達が診療所のベッドならぬ荷物運搬用手押し車をグルングルンさせて歌いまくるのは、トウキョウ・リングを思い出すなと言っても無理でしょ。

キース・ウォーナーの今や神話伝説となってるあの舞台とは演出家もコンセプトもまるっきり違うけど、明らかにちょこちょことアイデアは流れ込んでるよなぁ(最初から作ってる指揮者が意見を全く言わないということはないでしょうし…どうなんでしょうか、LAの舞台とはどういう関係にあるのかも知らないけどさ)、とニヤニヤしちゃう奴は、この客席にどれだけいたことか。無論、全然違う、と言い張れば言い張れるわけだし、確かに全然違うんですけど、舞台から漂うテイストは、明らかに初台のアレに近い。

何よりも、エッティンガー氏の音楽が、《ヴァルキューレ》に限れば誠に立派でありまして、プログラムにしっかりと「トウキョーでサイクルを指揮し高い評価を得る」と記されているのが、なんとも嬉しくなってくる。そう、あの初台のリングがなければ、このマンハイムのリングは絶対になかった。ひとたびそう感じてしまうと、もうあそこもここも、と思えてきて、なんだか妙に日本国納税者として嬉しい気持ちになってくる。あの「トーキョー・リング」は無駄ではなかった、こうやってしっかりと場所を変え、その遺伝子の数%くらいは生き延びている。《ラインの黄金》終演後、オケを従えて拍手に応えるトーキョー育ちのマエストロ。
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こういう風な「舞台のテイストの繋がり」というのを感じたのは、正直、初めてのことだった。お節介極まりない、一方的な思い入れの感想だけど、嬉しくなって終演後に宿で最後の白アスパラでひとり宴会大豪遊をしてしまいましたとさ。

今の初台の情けないサイクルは、もうあたしゃ、行きません。ゴメン。あれは…ないだろーに。ふうう…

さて、そろそろ劇場に行かねば。雨、あがらないなぁ。シュトックハウゼンの《ジークフリート》が、あと1時間で始まる。

※※※

ちょっと時間に余裕が出来た(わけじゃないのだが…)ので、追記。演出について。

この演出の最大のポイントは、登場人物の造形と動きにあります。これはDVDでもイヤでも判ることなので、ちょっとだけ記します。

この、まるで日本のアニメか、はたまたマーベルコミックのヒーローもののキャラクター設定みたいな、ぶっちゃけ極端にアホみたいな造形と、基本的に極端に様式化されたキャラクターの動きの結果、ヴェルティ的な意味での「人間の感情の動き」が少なくとも舞台の上からは見えなく鳴っちゃうんですね。だって、人が哀しいとか、辛いとか、しまったとか、イヤだとか、いろいろなことを感じてそれを外に示すときの、顔の表情や身体の動きが、一切封印されちゃうんですから。

その結果、ストーリーの流れの中で起きてくる「状況に対する決断」とヴァーグナーが音で描こうとする「感情」の間のズレが、際立ってはっきり見えてくるわけですよ。

だから、やくぺん先生が前半半分眺めたところまでで最も面白かったのは、《ヴァルキューレ》第2幕の延々と続く夫婦喧嘩と、娘を前にした親父のながあああい愚痴の場面だった。つまり、殆どの人が寝ちゃうところ、ということです。

この演出、凡百の演出家のように、それらの場面でのヴォータンやブリュンヒルデの感情の推移を演技で見せるようなことはしません。ってか、出来ません。その代わり、歌手とパントマイムとちっちゃい人形という3つに分離させたキャラクターを様々に扱うことで、状況と事態におけるキャラクターの関係性を事細かに示していきます。関係性、ということでは、《ラインの黄金》の最初からローゲがウロチョロしたり、《ヴァルキューレ》は舞台の手前ど真ん中(プロンプターの場所)にファーゾルとの死体がずーっと転がってたり、なんでそういうことになってるのかがイヤでも判るようになってる。ちっちゃな人形の扱いも、歌手が自分や他人の人形を抱いて歌ってみたり、舞台の上をずーっと回転してたり、さらには殺されると大爆発しちゃったり。
そうそう、トーキョー・リングとの類似性を感じたのも、舞台が全体に巨大なテレビゲームのマップの上のようになっていてイヤでも常にヴァルハラから眺めているヴォータンの視点が入っていたことにあるんだろうなぁ。あんな感じが様々な視点から張り巡らされてる。

結果的に何が起きるかというと、「決断と感情のズレ」がズルズルと拡大して、世界をいちどぶっ壊さないとダメなところまでいっちゃいました、というこの作品最大のストーリーが凄く良く判る。そして、後半を観てないから判んないんだけど、恐らくは《ジークフリート》はこの「決断と感情のズレ」がないバカとして現れて、《神々の黄昏》のハーゲンの策略がそんなバカに「感情と決断のズレ」を生じさせることにあったことも、上手い具合に描かれるんじゃないかしら。

ま、そんなもの眺めれば判るだけで、後半を見ない奴が勝手な推察をしてもしょーがないんで、これでオシマイ。つまり、こういう仕事を「ちゃんとした演出」という、ということです。それだけ。

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みんなオルフェウス [演奏家]

欧米(うううん、なんか古色蒼然たる言い方だが、他に言い方がないんでしょーがないんだわなぁ)がシーズンオフに入り、夏のフェスティバルが始まる前の5月終わりから6月は、日本にオーケストラや室内楽団が最も大挙して押し寄せる季節となるのは、当電子壁新聞を立ち読みの皆々様なら、身を以てお感じのところでありましょうぞ。

なんせ、エクのベートーヴェン全曲演奏の裏に、トリオ・ヴァンダラーがベートーヴェンのピアノ三重奏全曲をやっていて、パシフィカがショスタコの全曲やってて(これはバッティングしないように調整したそうですが)、ジュリアードQがクロスニック御大最後のツアーで来ていて…これにノブースQやら上海Qも加わってるんだから、もうそれだけで室内楽関係だけでアップアップでしょうに。

ところがどっこい、それだけじゃあないんだなぁ。

数日前から日本ツアーが始まっているオルフェウス室内管、皆様ご存知のようにこの「指揮者を置かない室内管」、フルタイムとは言え普通のオケみたいに年がら年中やってるわけではなく、一種のツアー型室内オケなわけですが、そいつらがNYから来てます。
で、そのメンバーなんだけど、田中さんなんぞの創設以来の方々は健在ながら、指揮者を置かずに合奏出来る優れた若い奏者が次々と世代交代して入ってきている。そして、今回の来日メンバーには、なんとなんと、ダイダロスQの創設以来の第1ヴァイオリンたるミンユンとか、それから先頃やくぺん先生が一緒にアブダビの炎天下に照らされていたアイズリQのメンバーなんぞも加わっているのでありまするよ。おお、チラシの写真に、アイズリのミホさんがしっかり写ってますねぇ。
http://www.ints.co.jp/tsujii-orpheus2016/index.htm

へえええ、なるほどねぇ、と妙に納得してしまう話でありまする。

だってさ、指揮者を置かずにやる合奏ってことになると、誰よりも手っ取り早くそういう作業をやれる、ってか、慣れてるのは、年がら年中クァルテットをやってる連中だもんね。指揮者がないときに、どうやって音楽を作るか、独特のノウハウがあるとすれば、それはクァルテット弾きの「合わせ」のノウハウが最も直接的に生きそうだもん。

…なぁんて書きながら、ホントにそうなのかなぁ、4人のいつも同じメンバーでやるのと、小さいとは言え20数名のメンバーでやるのでは、全く合わせの意味が違うんだろうし…。簡単に「ああなるほどね」なんて納得していいものなのかしらね。

その辺り、来週にもノンビリどっかで飯食おうぜ、という話にもなってるんで(ホントにノンビリした話なのか、あんまり信用してないが)、書けるような話であれば、皆々様にお伝えすることもあるやもしれませんです。

それにしても、力のある実質フリーランスがいっぱいいる東京首都圏で、クァルテットなんかで飯を喰おうとしている連中を集めて、オルフェウスみたいなもんを常設に近い形で本気で売ってやろう、なんぞ考える奴が全く出てこないのは、どうしてなのだろうなぁ。勿論、形態が変わった紀尾井とか、名称が変わった東京モーツァルトプレイヤーズとか、横浜シンフォニエッタとか、指揮者がリードするタイプの団体はいくつもあるんだけど、「指揮者無し」を売りにする団体はありそうでない。

なんか理由があるとすれば、とても興味があるなぁ…あ、また商売にならん話だぞ。いやはや。

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