新たなダイク [現代音楽]
どうしてか知らないけど、リンツという街はグラスには縁があるようだ。グラス、って、ドナウ河添いでワインを飲むための綺麗な食器を手作りしてます、ってんじゃありません。ま、ケプラーが星を観察した望遠鏡のためのレンズは関係あるんだろうけど。んで、こちとらは、ギュンター・グラス、でもなく、フィリップです。
「ケプラー」というオペラをリンツの劇場が委嘱してたりして、その勢いだかで、今度は交響曲を委嘱、年明けに初演されました。なんと、ダイクです。んで、その北米初演と合わせてか、75歳のお誕生日を記念してか、本日(正確には昨日)からあたしら世界中の人間にも聴けるようになるぞ、というリリースがオケから来ましたです。ま、コンフィデンシャルなものじゃないのだから、PDFにして貼りつけちゃいましょ。ほれ。
Newsletter #6.pdf
ま、今時どうして交響曲を書くのかとか、いろいろ言いたいことはおありでしょうが、なんであれ、お聴きになってみちゃいかがでしょーかね。
てなわけで、本日も作文山積み、ニュースひとつでありました。
追記
Youtubeに、アメリカ初演のプロモーション映像がありました。キラキラした音の曲ですねぇ。
この練習場って、セント・ルークス管が昨年建てたペン駅の南の練習場ビルじゃないか。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2011-01-15
へえ、こんな規模の編成でも入るんだなぁ、ここって。
「ケプラー」というオペラをリンツの劇場が委嘱してたりして、その勢いだかで、今度は交響曲を委嘱、年明けに初演されました。なんと、ダイクです。んで、その北米初演と合わせてか、75歳のお誕生日を記念してか、本日(正確には昨日)からあたしら世界中の人間にも聴けるようになるぞ、というリリースがオケから来ましたです。ま、コンフィデンシャルなものじゃないのだから、PDFにして貼りつけちゃいましょ。ほれ。
Newsletter #6.pdf
ま、今時どうして交響曲を書くのかとか、いろいろ言いたいことはおありでしょうが、なんであれ、お聴きになってみちゃいかがでしょーかね。
てなわけで、本日も作文山積み、ニュースひとつでありました。
追記
Youtubeに、アメリカ初演のプロモーション映像がありました。キラキラした音の曲ですねぇ。
この練習場って、セント・ルークス管が昨年建てたペン駅の南の練習場ビルじゃないか。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2011-01-15
へえ、こんな規模の編成でも入るんだなぁ、ここって。
かごの年がやってきた [現代音楽]
湾岸に戻ってきたら、なにやら雑務の山がまた押し寄せて、ちっとも仕事になりません。ヨーロッパにいる2週間の間は、順調に作文仕事を消化できたのに。「ホームベース」というのはメンテをするところで仕事をするところではない、ということなのかなぁ。うううん。
ってなけで、早速ニュースひとつでお許しを。ええ、今年はあまり派手な記念年がないのだけど、某業界では超大物の生誕百年がある。そー、20世紀で最も有名な作曲家、ジョン・ケージ様でありますよ。んで、早速、こんなイベントがあります。
http://www.tokyo-ws.org/archive/2011/11/-6-soundartperformance-part-2.shtml
場所は、いろいろ話題の(話題だった、というべきか)トーキョー・ワンダーサイト。東大の裏じゃなくて、国連大学の足下の方。
そもそもまだ切符が買えるのか、どーやってこの時間を過ごすのか、いろいろ判らぬが、ま、こういうものがあるです。あたしゃ残念ながら、日本が誇る「最高の演奏家が趣味でやってるクァルテット」モルゴーアQが、酔狂にも練習の大変さに比べ効果が上がらない楽譜の筆頭格たるブゾーニとかプフィッツナーとかをやってくれちゃう日なんで、そっちに行きますけど。
東京都の知事さんと大阪市長さん、いろいろと並べて仲間のように論じられるけど、ゲージュツカの息子のためにこんなスペースを作っちゃう我らが都知事さん、ブンカの使い方は流石に良く心得てらっしゃるなぁ。
ってなけで、早速ニュースひとつでお許しを。ええ、今年はあまり派手な記念年がないのだけど、某業界では超大物の生誕百年がある。そー、20世紀で最も有名な作曲家、ジョン・ケージ様でありますよ。んで、早速、こんなイベントがあります。
http://www.tokyo-ws.org/archive/2011/11/-6-soundartperformance-part-2.shtml
場所は、いろいろ話題の(話題だった、というべきか)トーキョー・ワンダーサイト。東大の裏じゃなくて、国連大学の足下の方。
そもそもまだ切符が買えるのか、どーやってこの時間を過ごすのか、いろいろ判らぬが、ま、こういうものがあるです。あたしゃ残念ながら、日本が誇る「最高の演奏家が趣味でやってるクァルテット」モルゴーアQが、酔狂にも練習の大変さに比べ効果が上がらない楽譜の筆頭格たるブゾーニとかプフィッツナーとかをやってくれちゃう日なんで、そっちに行きますけど。
東京都の知事さんと大阪市長さん、いろいろと並べて仲間のように論じられるけど、ゲージュツカの息子のためにこんなスペースを作っちゃう我らが都知事さん、ブンカの使い方は流石に良く心得てらっしゃるなぁ。
リームは第2番だけで良い…か? [現代音楽]
昼の2時半から延々、フルコンサートを3つ聴いて、10時半過ぎに終わり、今、運河の宿に戻ってきました。ああ疲れた。ロビーででっかいピザとビール頼んで、隣に座ってビール前にぐだ巻いてる同じイベントで来てるらしいドイツ語圏の連中の悪口に聞き耳たててます。
さても、よーくみるとリームの弦楽四重奏全曲大会、いよいよ始まりましたです。
初日は、さっきアマデオ・モディリアーニQ(うううん…連中については意見を求めないでおくれなもし)が弾いた14歳と16歳のときの習作、ヴォーチェQ(ヴァイオリンのひとりが眼鏡っ娘になった!滅茶苦茶キュートだぁ!)が弾いた最も若い作品のひとつ第2番と、完成したのは一昨年でほぼ最新作の第11番、それにちぢりん率いるティモスQが弾いた20世紀の終わりを告げるような第9番、というラインナップ。ま、今日一日でリームの弦楽四重奏創作の全容がほぼ見えてしまう、って便利な日でした。今回のツアーでは最もシンドイ日でもあったんだけどさ。頭ガンガンでんねん。
で、今、この瞬間、もの凄く疲労した前頭葉で思ってることを漏らせば、ごく当たり前の音楽ファンの皆様には、リームの弦楽四重奏曲は1ダースも必要ないですわ。ぶっちゃけ、第2番だけあれば良いんじゃないかしら。
もの凄いぼーげんだけど、明日からは、この瞬間にやくぺん先生が抱いているこんな無茶苦茶な本音を、クァルテット奏者の皆さんがよってたかってひっくり返してくれるかどうかです。なかなか楽しみですな。
なんて言いながら、第11番は来年の「ラボエク」の候補に挙げようと思ってるのもまた事実。個人的には大嫌いな音楽だったけど、あれはあれで良いという人はいるだろうし、マーラーのピアノ四重奏にも匹敵するアホな若書きなんかとは比べものにならない、作曲技術は立派この上ない巨匠芸ではありましたからね。だけど、ああなっちゃって良いのか…って気持ちは隠せんなぁ。まあ、ワルシャワでペンデレツキの新しいクァルテットの最初の音出しに潜り込ませてもらったときの衝撃には適わないけど。
明日はツェムリンスキーQが連中の必殺レパートリー、ツェムリンスキーの3番を披露してくれるぞ。んで、リームは何が聴けるんだっけか。
追記
ええ、考えてみたら、リームのクァルテットなんて言われてほいのほいの反応出来る方なんて、日本語文化圏では最も多く見積もっても数十人でしょう。で、まさかなんの因果か関心を持ってしまった方は、まずはYoutubeでRihm quartet なりRihm quartettなりと検索してご覧なさいな。曲が多いだけに、結構、出て来ます。やっぱり世間的には第3番がいちばんの名曲と見なされているのかな。何曲か、アップされてないのもあるのはしょーがないでしょーねぇ。
問題の第7番は、食事を作りながらでも眺めてご覧なさいな。あるのかな、そもそも。今回のパリのサイクルでは、なんと第7番はクロノスQなんですよねぇ。あの曲を、弓の圧力最低にして弾く彼らの様式でやれるんじゃろかね。想像がつきません。ちょっと、ってか、すごおおおおく心配です。大丈夫なんだろーか。なんでアルディッティがやらんのだ。新作の13番ってのが余程大変で時間がないのかしら。
さても、よーくみるとリームの弦楽四重奏全曲大会、いよいよ始まりましたです。

で、今、この瞬間、もの凄く疲労した前頭葉で思ってることを漏らせば、ごく当たり前の音楽ファンの皆様には、リームの弦楽四重奏曲は1ダースも必要ないですわ。ぶっちゃけ、第2番だけあれば良いんじゃないかしら。
もの凄いぼーげんだけど、明日からは、この瞬間にやくぺん先生が抱いているこんな無茶苦茶な本音を、クァルテット奏者の皆さんがよってたかってひっくり返してくれるかどうかです。なかなか楽しみですな。
なんて言いながら、第11番は来年の「ラボエク」の候補に挙げようと思ってるのもまた事実。個人的には大嫌いな音楽だったけど、あれはあれで良いという人はいるだろうし、マーラーのピアノ四重奏にも匹敵するアホな若書きなんかとは比べものにならない、作曲技術は立派この上ない巨匠芸ではありましたからね。だけど、ああなっちゃって良いのか…って気持ちは隠せんなぁ。まあ、ワルシャワでペンデレツキの新しいクァルテットの最初の音出しに潜り込ませてもらったときの衝撃には適わないけど。
明日はツェムリンスキーQが連中の必殺レパートリー、ツェムリンスキーの3番を披露してくれるぞ。んで、リームは何が聴けるんだっけか。
追記
ええ、考えてみたら、リームのクァルテットなんて言われてほいのほいの反応出来る方なんて、日本語文化圏では最も多く見積もっても数十人でしょう。で、まさかなんの因果か関心を持ってしまった方は、まずはYoutubeでRihm quartet なりRihm quartettなりと検索してご覧なさいな。曲が多いだけに、結構、出て来ます。やっぱり世間的には第3番がいちばんの名曲と見なされているのかな。何曲か、アップされてないのもあるのはしょーがないでしょーねぇ。
問題の第7番は、食事を作りながらでも眺めてご覧なさいな。あるのかな、そもそも。今回のパリのサイクルでは、なんと第7番はクロノスQなんですよねぇ。あの曲を、弓の圧力最低にして弾く彼らの様式でやれるんじゃろかね。想像がつきません。ちょっと、ってか、すごおおおおく心配です。大丈夫なんだろーか。なんでアルディッティがやらんのだ。新作の13番ってのが余程大変で時間がないのかしら。
誰が「売れっ子作曲家」を作るのか [現代音楽]
読者対象10名くらいの駄文です。別に冬至の柚子湯に相応しいような話じゃなく、関西の音楽評論家、白石さんのブログ記事を拝読していて感じたこと。たまには前頭葉を3ミクロンくらいは動かさないとさ。
http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20111221
ここでは19世紀末から20世紀のイタリアオペラ業界で、どうしてヴェルディやプッチーニが他の凡百の作曲家から抜き出る存在たり得たのか、というお話がされています。
最近は、遠くは歴史学の20世紀後半にちょっと流行したアナル学派の影響なんだろうけど、「音楽のあり方をその時代の文脈に置いて考える」というやり方がなにやら凄く偉いらしく、所謂「古楽」とか「ピリオド奏法」なんてのは演奏側からのその手のアプローチなわけですね。
んで、「どうしてベートーヴェンは上京して10年もしないうちにやたらと演奏されたのか」とか、「なんで晩年のモーツァルトは売れなくなって貧乏になったのか」とか、考えようによっては相当に下世話な話が学問として研究されるようになっている。この白石さんのブログで議論されているのも、そういう流れの話です。
さても、ここで小生がイヤでも頭に思い浮かべるのが、数週間前に会っていろいろ話をしたブーシー&ホークスのアジア営業部というか、中国担当者というか、まあそういう仕事をしている方のことなんですよ。
「ドクター・アトミック」を巡ってジョン・アダムスにインタビューするときにいろいろとお手伝い下さった方で、恩義も出来たこともあり、それ以降、いろいろと日本の情報提供をさせていただいたりしてるわけです。この業界、そんなお金じゃないやり取りで成り立ってるわけですわ。
数週間前に彼女が東京に来たのは、ベンジャミン・ブリテンの生誕100年に向けた、ぶっちゃけ、一種のプロモーションでした。で、彼女の日本での動きを眺めていて、なーるほど、現代の作曲家って、出版社の人がオーケストラとか指揮者とかにこんな風な営業活動をすることによってビッグネームになっていくんだなぁ、こうやって「売れる作曲家」を作っていくんだなぁ、とあらためて実感させられた次第。
例えば、タン・ドゥンとか、リームとか、最近ではドイツのヴィドマンとか、明らかに「誰かがプロモーションすることによって売れっ子になった現代作曲家」というのがおりますね。ヴィドマンはドイツではそれなりに上手くいってるけど日本ではまだまだで、やっと来シーズンにアルミンク社長がNJPでやってくれるくらいだけどさ。ま、それはともかく、出版社の人が頑張って、更にはマネージャーがついたりして、各種音楽祭やプロモーターやメディアやレコード会社のプロデューサーが取り上げ、ラジオやネットで何度も放送されるようになり、有名になっていく。
つまり、現代音楽なんて最も商売からは遠そうな世界でも、いや、商売から遠そうな世界であるからこそ、本気で商売をしようと思えば非常に明快なやり方がある。そのラインに乗れることが、「売れる」作曲家、「有名な」作曲家、になる手っ取り早い方法。唯一の、とは言わないけどね。
日本でも、広島出身の某作曲家さんがこのところ急速に名前を出して来ているけど、某国立藝術大学出て、某超大手広告代理店で働いてて独立した某プロデューサーさんが動いているわけですし。
あ、そんな状況を悪いと批判してるんじゃないですよ。白石さんのブログ記事を読んで、なーるほどなぁ、そういう状況ってのはやっぱり著作権ってものがきっちり出来てくる頃に確立したんだなぁ、と今更ながらに思った、というだけのことです。
以上、作曲家なんて霞喰っていそうな奴ですら資本主義の世の中に生きているのだ、ということをあらためて確認するための話でありましたぁ。
http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20111221
ここでは19世紀末から20世紀のイタリアオペラ業界で、どうしてヴェルディやプッチーニが他の凡百の作曲家から抜き出る存在たり得たのか、というお話がされています。
最近は、遠くは歴史学の20世紀後半にちょっと流行したアナル学派の影響なんだろうけど、「音楽のあり方をその時代の文脈に置いて考える」というやり方がなにやら凄く偉いらしく、所謂「古楽」とか「ピリオド奏法」なんてのは演奏側からのその手のアプローチなわけですね。
んで、「どうしてベートーヴェンは上京して10年もしないうちにやたらと演奏されたのか」とか、「なんで晩年のモーツァルトは売れなくなって貧乏になったのか」とか、考えようによっては相当に下世話な話が学問として研究されるようになっている。この白石さんのブログで議論されているのも、そういう流れの話です。
さても、ここで小生がイヤでも頭に思い浮かべるのが、数週間前に会っていろいろ話をしたブーシー&ホークスのアジア営業部というか、中国担当者というか、まあそういう仕事をしている方のことなんですよ。
「ドクター・アトミック」を巡ってジョン・アダムスにインタビューするときにいろいろとお手伝い下さった方で、恩義も出来たこともあり、それ以降、いろいろと日本の情報提供をさせていただいたりしてるわけです。この業界、そんなお金じゃないやり取りで成り立ってるわけですわ。
数週間前に彼女が東京に来たのは、ベンジャミン・ブリテンの生誕100年に向けた、ぶっちゃけ、一種のプロモーションでした。で、彼女の日本での動きを眺めていて、なーるほど、現代の作曲家って、出版社の人がオーケストラとか指揮者とかにこんな風な営業活動をすることによってビッグネームになっていくんだなぁ、こうやって「売れる作曲家」を作っていくんだなぁ、とあらためて実感させられた次第。
例えば、タン・ドゥンとか、リームとか、最近ではドイツのヴィドマンとか、明らかに「誰かがプロモーションすることによって売れっ子になった現代作曲家」というのがおりますね。ヴィドマンはドイツではそれなりに上手くいってるけど日本ではまだまだで、やっと来シーズンにアルミンク社長がNJPでやってくれるくらいだけどさ。ま、それはともかく、出版社の人が頑張って、更にはマネージャーがついたりして、各種音楽祭やプロモーターやメディアやレコード会社のプロデューサーが取り上げ、ラジオやネットで何度も放送されるようになり、有名になっていく。
つまり、現代音楽なんて最も商売からは遠そうな世界でも、いや、商売から遠そうな世界であるからこそ、本気で商売をしようと思えば非常に明快なやり方がある。そのラインに乗れることが、「売れる」作曲家、「有名な」作曲家、になる手っ取り早い方法。唯一の、とは言わないけどね。
日本でも、広島出身の某作曲家さんがこのところ急速に名前を出して来ているけど、某国立藝術大学出て、某超大手広告代理店で働いてて独立した某プロデューサーさんが動いているわけですし。
あ、そんな状況を悪いと批判してるんじゃないですよ。白石さんのブログ記事を読んで、なーるほどなぁ、そういう状況ってのはやっぱり著作権ってものがきっちり出来てくる頃に確立したんだなぁ、と今更ながらに思った、というだけのことです。
以上、作曲家なんて霞喰っていそうな奴ですら資本主義の世の中に生きているのだ、ということをあらためて確認するための話でありましたぁ。
慶応日吉で大澤を [現代音楽]
宣伝です。所謂「クラシック音楽」というアーツ(=世の中のなんの役にもたたないけど、無限の価値だけはある人工物)を真剣に、創造的に聴く人材を育てようと最も本気になって考えているのは、どうも大学の先生たちなんじゃないかなぁ、と思う今日この頃。だってさ、聴いてくれる仲間がいないと成り立たない芸術なんだもん、そりゃ、真剣に育てなきゃね。
んで、そんなこんなの事情で、一昨年だかの秋から、慶応日吉のキャンパスで、エクをネタに本気で音楽を聴いてみよう、という課外授業が始まりました。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-12-09
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-01-04
小生が個人的に滅茶苦茶過ぎて、今年度は全く顔も出せずにいるし、当電子壁新聞でどんなことをやってるかご報告もしてなかったんですけど、この秋も無事に続いていて、なんと今年は当電子壁新聞でもご紹介ブログにしてあるNYの今時最もインな音楽評論家、アレックス・ロス氏の英語圏の大学町の本屋ではどこでも平積みになってる大流行の著作をテキストに(日本語翻訳が上下2巻本という無謀なやり方で出版されてるんですなぁ、スゴイぞ!)、相当に本気の授業をなさっているそうな。
それどころか、日本のアレックス・ロス(日本のポール・グリフィスはちょうき先生ですね)たる21世紀の今や吉田秀和よりも人気の音楽著作家のトップ、片山先生も引っ張り込み、いろいろやってる。その流れで、なんと大澤作品の歴史的評価をして、日本では演奏されたことがない弦楽四重奏曲の日本初演をやっちまおー、という壮大な企画になってる。ほれ。
PDFファイルはこちら。
エク慶応12-1.pdf
エク慶応12-2.pdf
ま、ここでいろいろ記すよりも、直接チラシを眺めて下さいな。なお、片山先生は御自身のウェブサイトで大澤について触れてらっしゃいますので、ご関心の向きはご覧あれ。
http://www.nipponica.jp/archive/tune_oozawa.htm
この作曲家さん、最近では「日本の」というよりも「関西の」とか「神戸モダニズムの」という文脈で論じられることの方が多いような気もします(文化敵視政策を掲げる市長さんの手前、敢えて「大阪の」とは記しません)。関西方面の方も、平日だけど、ラズモ聴かずに帰るつもりなら、日吉の会場は駅の真ん前ですから、新横浜からの新幹線で余裕で日帰りも可能ですよ。
エクは、クリスマスイブの日に日吉に出向くそうな。じんぐるべーる、なんて弾くんじゃありません。ロスの著作を前に、日本の大戦間時代創作とボストンの状況などの学内レクチャーであります。スゴイなぁ、けいおー!
ボストンで大澤の足跡を辿る作業をしている人など、いるんじゃろか。時代的にはエリオット・カーターがハーヴァード大学のグリークラブにいて、今は全部捨てちゃった類の曲を書き始めていた頃じゃないかしらね。
教養ある貴方なら、ボストンは大澤から小澤だった、なんてベタ過ぎるギャクだけは口にしないよーに。
んで、そんなこんなの事情で、一昨年だかの秋から、慶応日吉のキャンパスで、エクをネタに本気で音楽を聴いてみよう、という課外授業が始まりました。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-12-09
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-01-04
小生が個人的に滅茶苦茶過ぎて、今年度は全く顔も出せずにいるし、当電子壁新聞でどんなことをやってるかご報告もしてなかったんですけど、この秋も無事に続いていて、なんと今年は当電子壁新聞でもご紹介ブログにしてあるNYの今時最もインな音楽評論家、アレックス・ロス氏の英語圏の大学町の本屋ではどこでも平積みになってる大流行の著作をテキストに(日本語翻訳が上下2巻本という無謀なやり方で出版されてるんですなぁ、スゴイぞ!)、相当に本気の授業をなさっているそうな。
それどころか、日本のアレックス・ロス(日本のポール・グリフィスはちょうき先生ですね)たる21世紀の今や吉田秀和よりも人気の音楽著作家のトップ、片山先生も引っ張り込み、いろいろやってる。その流れで、なんと大澤作品の歴史的評価をして、日本では演奏されたことがない弦楽四重奏曲の日本初演をやっちまおー、という壮大な企画になってる。ほれ。

エク慶応12-1.pdf
エク慶応12-2.pdf
ま、ここでいろいろ記すよりも、直接チラシを眺めて下さいな。なお、片山先生は御自身のウェブサイトで大澤について触れてらっしゃいますので、ご関心の向きはご覧あれ。
http://www.nipponica.jp/archive/tune_oozawa.htm
この作曲家さん、最近では「日本の」というよりも「関西の」とか「神戸モダニズムの」という文脈で論じられることの方が多いような気もします(文化敵視政策を掲げる市長さんの手前、敢えて「大阪の」とは記しません)。関西方面の方も、平日だけど、ラズモ聴かずに帰るつもりなら、日吉の会場は駅の真ん前ですから、新横浜からの新幹線で余裕で日帰りも可能ですよ。
エクは、クリスマスイブの日に日吉に出向くそうな。じんぐるべーる、なんて弾くんじゃありません。ロスの著作を前に、日本の大戦間時代創作とボストンの状況などの学内レクチャーであります。スゴイなぁ、けいおー!
ボストンで大澤の足跡を辿る作業をしている人など、いるんじゃろか。時代的にはエリオット・カーターがハーヴァード大学のグリークラブにいて、今は全部捨てちゃった類の曲を書き始めていた頃じゃないかしらね。
教養ある貴方なら、ボストンは大澤から小澤だった、なんてベタ過ぎるギャクだけは口にしないよーに。
「古事記」を観るべきか [現代音楽]
この日曜日と23日、東京文化会館で黛敏郎作曲の「古事記」という歌劇が上演されます。本日、GPを見物させていただきました。
んで、いこーかなー、どーしよーかなー、おっくーだし、なんかかっるいし、と思っている方のために、正直なところを漏らしましょう。
ええ、リヒャルト・シュトラウスと同じで、音楽は最後の最後になってひじょーに判り易く盛り上がります。滅茶苦茶乱暴に言えば、最後は「ラインの黄金」の真逆、神が地上に降りてくるところで終わり、まあそれが納得いく音楽になってます。正直、どうやって転調して「君が代」に持ってくんだろー、なんてワクワクしてたけど、流石にそれはなかったですな。
真面目に言うと、音楽的にいちばん面白いのは、最初と最後に枠取りのようについている語り部の音楽です。20世紀末にハイドンの「天地創造」冒頭的な混沌を表現とすれば、なるほどこういうやり方になるんだなぁ、と思わせてくれます。この部分を聴くだけのために出かける価値があるか、と問い詰めらると…うううん
国産みのシーンとか、天の岩戸前での大パーティのシーンとか、やっぱりどこよりも期待しちゃう対八岐大蛇戦闘シーンの音楽とかあるわけだけど、普通の意味でのドラマトゥルギーとはちょっと違う黛御大の音楽だから、あんまり19世紀オペラ風な盛り上がりは期待しない方が良いです。ただ、演出含め、八岐大蛇戦はもうちょっと別の表現が出来なかったかなぁ、とは感じたですねぇ。ネタバレしちゃうと、戦闘場面はコロスが描写するだけで、直接は描かれません。せっかくあれだけの素材があるんだから、日本文化が誇るアニメで表現でもしてくれればいいのにねぇ。IGとかシャフトとかに発注してさ。このテーマじゃ押井守は引き受けないだろうけど、神山健治なら「精霊の守人」のノリでやれるからやってくれるんじゃないかな。
去る初夏、小生がドイツをウロウロしていた頃に、フランクフルト歌劇場でサリネンの「クレルヴォ」を上演していて、これはどーしよーかなぁとは思ったんだけど、結局、圧倒的に魅力的なケルンの「ヴォツェック」を見物することにした。あの舞台を聴いた方ならは、作品の性格や音楽の質の違いなど直接の対比の対象になるライバル作品だろうから、是非とも今回の舞台を眺めて議論してみてください。プロの評論家系の方、どなたかあの「クレルヴォ」は眺めているかしら。
ま、やっぱり、「ゲンダイオンガク」のフィルターを突破して「歌」を書くのはホントに大変で、今のところはミニマルしか有効な方法はないんじゃないか、とあらためて思わせていただいたり、いろいろと言い出せばキリは無い。とはいえ、本来この作品を誰がどう言おうが真正面からきっちり取り上げるべき責任があるだろう新国立劇場がとりわけ興味を示してはいないという話なので、次にいつ上演に接せるか判らない。となれば、やっぱりこの機会に眺めておくべきだろーなぁ、ってのが結論。両日とも、チケットはまだあるそうですし。
なんか消極的なものいいでスイマセン。Sさん、こんなところでお許しを。
ええ、リヒャルト・シュトラウスと同じで、音楽は最後の最後になってひじょーに判り易く盛り上がります。滅茶苦茶乱暴に言えば、最後は「ラインの黄金」の真逆、神が地上に降りてくるところで終わり、まあそれが納得いく音楽になってます。正直、どうやって転調して「君が代」に持ってくんだろー、なんてワクワクしてたけど、流石にそれはなかったですな。
真面目に言うと、音楽的にいちばん面白いのは、最初と最後に枠取りのようについている語り部の音楽です。20世紀末にハイドンの「天地創造」冒頭的な混沌を表現とすれば、なるほどこういうやり方になるんだなぁ、と思わせてくれます。この部分を聴くだけのために出かける価値があるか、と問い詰めらると…うううん
国産みのシーンとか、天の岩戸前での大パーティのシーンとか、やっぱりどこよりも期待しちゃう対八岐大蛇戦闘シーンの音楽とかあるわけだけど、普通の意味でのドラマトゥルギーとはちょっと違う黛御大の音楽だから、あんまり19世紀オペラ風な盛り上がりは期待しない方が良いです。ただ、演出含め、八岐大蛇戦はもうちょっと別の表現が出来なかったかなぁ、とは感じたですねぇ。ネタバレしちゃうと、戦闘場面はコロスが描写するだけで、直接は描かれません。せっかくあれだけの素材があるんだから、日本文化が誇るアニメで表現でもしてくれればいいのにねぇ。IGとかシャフトとかに発注してさ。このテーマじゃ押井守は引き受けないだろうけど、神山健治なら「精霊の守人」のノリでやれるからやってくれるんじゃないかな。
去る初夏、小生がドイツをウロウロしていた頃に、フランクフルト歌劇場でサリネンの「クレルヴォ」を上演していて、これはどーしよーかなぁとは思ったんだけど、結局、圧倒的に魅力的なケルンの「ヴォツェック」を見物することにした。あの舞台を聴いた方ならは、作品の性格や音楽の質の違いなど直接の対比の対象になるライバル作品だろうから、是非とも今回の舞台を眺めて議論してみてください。プロの評論家系の方、どなたかあの「クレルヴォ」は眺めているかしら。
ま、やっぱり、「ゲンダイオンガク」のフィルターを突破して「歌」を書くのはホントに大変で、今のところはミニマルしか有効な方法はないんじゃないか、とあらためて思わせていただいたり、いろいろと言い出せばキリは無い。とはいえ、本来この作品を誰がどう言おうが真正面からきっちり取り上げるべき責任があるだろう新国立劇場がとりわけ興味を示してはいないという話なので、次にいつ上演に接せるか判らない。となれば、やっぱりこの機会に眺めておくべきだろーなぁ、ってのが結論。両日とも、チケットはまだあるそうですし。
なんか消極的なものいいでスイマセン。Sさん、こんなところでお許しを。
「原爆博士」を観たい方は [現代音楽]
一昨日昨日と、やっと日本国は東京でジョン・アダムスの「ドクター・アトミック」交響曲が演奏されました。ネット上にはいろいろな意見が挙がっており、どうやら「原爆とか核開発とか言われてもあれじゃ判らん、カッコ良くてよく鳴る21世紀の管弦楽曲でいいじゃないか」という意見が主流のようですな。
ま、仰る通り、アダムスが狙ったのは21世紀版の交響曲「画家マチス」だったわけですから、その意図は全く成功だったということでしょ。演奏もそういう方向に沿ったものだったし。
さても、とはいうものの、中には「なんとか舞台を観たい」などと仰る方もいらっしゃったようです。そんな方のために、朗報です。11月4日にヘルシンキに行けば、観られます!ほれ。
http://www.opera.fi/en/productions/doctor_atomic/836
なんと、1ヶ月ほどの間に10公演もあります。これって、過去の上演でも最も多いんじゃないかしら。
演出は、昨年初めにザールブリュッケンの劇場でドイツ初演をした演出家の名前が挙がっているので、恐らくはあの舞台を持ってくることになるのでしょう。詳細は、来週にブーシー&ホークスの方に会うので、そのとき尋ねてみます。ちょっとお待ちを。
いずれにせよ、初演のセラーズのシンボリックなものとも、メトとENOのより具体的なものとも違う、ドイツの地方歌劇場のムジーク・テアター系のものでしょうから、また違った風に見えることでしょう。特に終幕に向けて舞台がどんどん抽象的になっていくところをどう処理するのか、観たいなぁ。このサイトにザールブリュッケンでの上演の写真があるけど、やっぱり終幕は舞踏で全部持ってくみたいだぞ。
http://www.operagazet.be/artikels09/de/saarbruecken.htm
残念ながら、小生は来月は引っ越しはあるは、カナダ人評論家が来るは、単行本取材はあるわで、時間も無ければ金もない、行けません。どなたか昨日の演奏を聴いてどうしても舞台を眺めたいと思った方、是非とも出かけて、報告して下さい。フィンランドでは日本語の音楽メディアには何の情報も上がってこないでしょうから。
なお、「原爆博士」交響曲は、明日の晩にパリのサル・プレイエルでメスト指揮クリーブランド管が演奏します。11月5日にはムジークフェラインで同じメンバーがオーストリア初演もいたします。2月にはロバートソンがシアトル響でも演奏するし、ことによると21世紀に書かれた「交響曲」で最も頻繁に演奏される曲になってるんじゃないかしら。それにしても、杉山さんがムジークフェラインであのチューバ独奏を吹くんだなぁ。敵討ちじゃあないけどさ。
とにもかくにも、金と暇のある奴はヘルシンキにGO!あたしゃ、今回は泣く泣くパスだけど、ロンドンのコンクールの後にヨーロッパに残り、4月上旬にシャトレ座が出す「中国のニクソン」はなんとか見物してこようと思ってます(どっか滞在費の安いドイツの田舎で単行本原稿を一気にやる、という手があるぞ)。なんせ、江青はスミ・ヨーだもんね!!
ま、仰る通り、アダムスが狙ったのは21世紀版の交響曲「画家マチス」だったわけですから、その意図は全く成功だったということでしょ。演奏もそういう方向に沿ったものだったし。
さても、とはいうものの、中には「なんとか舞台を観たい」などと仰る方もいらっしゃったようです。そんな方のために、朗報です。11月4日にヘルシンキに行けば、観られます!ほれ。
http://www.opera.fi/en/productions/doctor_atomic/836
なんと、1ヶ月ほどの間に10公演もあります。これって、過去の上演でも最も多いんじゃないかしら。

いずれにせよ、初演のセラーズのシンボリックなものとも、メトとENOのより具体的なものとも違う、ドイツの地方歌劇場のムジーク・テアター系のものでしょうから、また違った風に見えることでしょう。特に終幕に向けて舞台がどんどん抽象的になっていくところをどう処理するのか、観たいなぁ。このサイトにザールブリュッケンでの上演の写真があるけど、やっぱり終幕は舞踏で全部持ってくみたいだぞ。
http://www.operagazet.be/artikels09/de/saarbruecken.htm
残念ながら、小生は来月は引っ越しはあるは、カナダ人評論家が来るは、単行本取材はあるわで、時間も無ければ金もない、行けません。どなたか昨日の演奏を聴いてどうしても舞台を眺めたいと思った方、是非とも出かけて、報告して下さい。フィンランドでは日本語の音楽メディアには何の情報も上がってこないでしょうから。
なお、「原爆博士」交響曲は、明日の晩にパリのサル・プレイエルでメスト指揮クリーブランド管が演奏します。11月5日にはムジークフェラインで同じメンバーがオーストリア初演もいたします。2月にはロバートソンがシアトル響でも演奏するし、ことによると21世紀に書かれた「交響曲」で最も頻繁に演奏される曲になってるんじゃないかしら。それにしても、杉山さんがムジークフェラインであのチューバ独奏を吹くんだなぁ。敵討ちじゃあないけどさ。
とにもかくにも、金と暇のある奴はヘルシンキにGO!あたしゃ、今回は泣く泣くパスだけど、ロンドンのコンクールの後にヨーロッパに残り、4月上旬にシャトレ座が出す「中国のニクソン」はなんとか見物してこようと思ってます(どっか滞在費の安いドイツの田舎で単行本原稿を一気にやる、という手があるぞ)。なんせ、江青はスミ・ヨーだもんね!!
ロスアラモスとヒロシマと溜池 [現代音楽]
本日10月23日、横浜みなとみらいホールで、ジョン・アダムスの「原爆博士」交響曲が日本初演されました。
演奏会前に評論家の奥田さんと指揮者の下野氏がプレトークをしました。いくつか、ポイントだけ拾っておくと…
・演奏会の企画は311より全然前である。←今だから言いますけど、香港にアジア初演を聴くために出かけるときには、下野氏によって日本初演されることは小生も知らされておりました。また、もう1年も前に、演奏会のプロモーション資料として本日と明日配布される当日プログラムに書かせていただいた原稿のオリジナル版、あの3倍くらいあって、オペラとしての筋書きや、交響曲版とオペラとの関連などをかなり細かく記した原稿を事務局に提出しております。
・下野氏は数年前に読響で團・芥川・黛の3人の会が行った第4回演奏会を再現する定期を行おうと思ったが、権代さんへの委嘱作品があったために、團作品を外さざるを得なかった。だから、今回はそのリベンジみたいなもの。
・読響は團伊玖磨作品はいっぱいやっていて、なんと今回オケに乗ってる中には、この第6交響曲を弾くのは3回目なんて奏者もいるそうな。へえええ。
・アダムス作品に関しては特に説明はしないので、その意味はそれぞれに皆さんが受け止めて下さい。←オペラと交響曲の関連のいかにもプレトーク的な詳細な説明は、意図的に避けたそうです。
ま、こんなところです。実際、本日の演奏、アダムス作品に関する限り、ダヴィッド・ロバートソンのディスク録音よりも、ローレンス・レネスと香港フィルのライブよりも、遙かに叙情的なアプローチでした。特にこの作品をオペラとして誰よりも回数振ってるレネスは、オケにこの部分はオペラのこの部分、と細かくやったようだったので、イヤでもそういう演奏になる。良し悪しだろうが、ま、それをどう思うかは、皆さん、明日の溜池にいらして実際にお感じになってくださいな。
ただ、最後の「我を打ち砕け、三位一体の神よ」のアリアがトランペット独奏で延々と吹かれるクライマックスは、想像以上に長く感じられ、なんであんな長いんだろうなぁ、と思う方もいらっしゃったかも。誌面の大きさの関係で、あの部分の歌詞をそのまま記すことが出来なかったわけですが、やっぱりあれは判らないとシンドイかなぁ、と思わされた。で、明日、お聴きに行かれるという方は、こちらで予習して下さい。このエントリーに延々と引用している部分が、そのままトランペットで吹かれます。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2007-06-30
なお、終演後、ロビーのCD出店ではダヴィッド・ロバートソン盤のCDが飛ぶように売れてました。
ま、そりゃ買うだろーに。明日もきっと売り切れだぞ。
てなわけで、明日は溜池サントリーホールでもう一度演奏されますので、お暇じゃなくても是非どうぞ。次に日本でいつ演奏されるか、小生は知りません。
蛇足ながら、ENOが来年の2月から3月にかけて、「クリングホッファーの死」を舞台にかけます。
http://www.eno.org/see-whats-on/productions/production-page.php?itemid=1664
無茶苦茶眺めたいけど、ロンドンのコンクールが3月26日からで、その2週間前が最後のステージとなると、流石にちょっと無理だなぁ。税金タイムだし。うううん、残念。ENO、これでアダムスの3大オペラを制覇したわけだ。スゴイなぁ。
演奏会前に評論家の奥田さんと指揮者の下野氏がプレトークをしました。いくつか、ポイントだけ拾っておくと…
・演奏会の企画は311より全然前である。←今だから言いますけど、香港にアジア初演を聴くために出かけるときには、下野氏によって日本初演されることは小生も知らされておりました。また、もう1年も前に、演奏会のプロモーション資料として本日と明日配布される当日プログラムに書かせていただいた原稿のオリジナル版、あの3倍くらいあって、オペラとしての筋書きや、交響曲版とオペラとの関連などをかなり細かく記した原稿を事務局に提出しております。
・下野氏は数年前に読響で團・芥川・黛の3人の会が行った第4回演奏会を再現する定期を行おうと思ったが、権代さんへの委嘱作品があったために、團作品を外さざるを得なかった。だから、今回はそのリベンジみたいなもの。
・読響は團伊玖磨作品はいっぱいやっていて、なんと今回オケに乗ってる中には、この第6交響曲を弾くのは3回目なんて奏者もいるそうな。へえええ。
・アダムス作品に関しては特に説明はしないので、その意味はそれぞれに皆さんが受け止めて下さい。←オペラと交響曲の関連のいかにもプレトーク的な詳細な説明は、意図的に避けたそうです。
ま、こんなところです。実際、本日の演奏、アダムス作品に関する限り、ダヴィッド・ロバートソンのディスク録音よりも、ローレンス・レネスと香港フィルのライブよりも、遙かに叙情的なアプローチでした。特にこの作品をオペラとして誰よりも回数振ってるレネスは、オケにこの部分はオペラのこの部分、と細かくやったようだったので、イヤでもそういう演奏になる。良し悪しだろうが、ま、それをどう思うかは、皆さん、明日の溜池にいらして実際にお感じになってくださいな。
ただ、最後の「我を打ち砕け、三位一体の神よ」のアリアがトランペット独奏で延々と吹かれるクライマックスは、想像以上に長く感じられ、なんであんな長いんだろうなぁ、と思う方もいらっしゃったかも。誌面の大きさの関係で、あの部分の歌詞をそのまま記すことが出来なかったわけですが、やっぱりあれは判らないとシンドイかなぁ、と思わされた。で、明日、お聴きに行かれるという方は、こちらで予習して下さい。このエントリーに延々と引用している部分が、そのままトランペットで吹かれます。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2007-06-30
なお、終演後、ロビーのCD出店ではダヴィッド・ロバートソン盤のCDが飛ぶように売れてました。
てなわけで、明日は溜池サントリーホールでもう一度演奏されますので、お暇じゃなくても是非どうぞ。次に日本でいつ演奏されるか、小生は知りません。
蛇足ながら、ENOが来年の2月から3月にかけて、「クリングホッファーの死」を舞台にかけます。
http://www.eno.org/see-whats-on/productions/production-page.php?itemid=1664
無茶苦茶眺めたいけど、ロンドンのコンクールが3月26日からで、その2週間前が最後のステージとなると、流石にちょっと無理だなぁ。税金タイムだし。うううん、残念。ENO、これでアダムスの3大オペラを制覇したわけだ。スゴイなぁ。
あなたも「香之舞Ⅲ」が弾けます [現代音楽]
ふうう、5団体とはいえ、新作とロマン派を力一杯弾くのを聴いてると疲れるこった。
以下、読者対象世界に10名ほどのエントリーです。ええと、本日、北京国際コンクール弦楽四重奏大会で世界初演された作曲家He Xuntianの新作「香之舞Ⅲ」ですけど、なんと太っ腹なことに、PDFファイルでパート譜がネットに上がっています。これが第1ヴァイオリンのパート譜。
http://www.bjimc.cn/upfile/Scent-Dance-VnI.pdf
ディレクターの助手をボランティアでやってる北京の若き音楽評論家のY君に、楽譜みたいよ-、ちょーだいよぉ、とおねだりしたら、ネットに上がってて、みんなそっからダウンロードして弾いてるんだよ。え、パスワードなんてない、誰でもダウンロード出来る。著作権って、そりゃ、演奏するならちゃんと作曲家さんに連絡しなきゃ行けないんでしょうけど…
てなわけで、He Xuntian Scent Danceと検索すると、ちゃんと他のパートも出て来ます。弾いてみたい、って方は、もうプリントアウトすれば直ぐに練習できますよ。
ちなみに、ツァイーデなんかがかっちり弾くと、ミニマル初期の語法を絵に描いたような素朴過ぎる造りの音楽に聞こえるんだけど、本日最後に北京代表ヤックQが弾いたら、なにやらちょっとそれだけではないような不思議な奥深さがある音楽に思えてきたから面白い。
なんか中国の古い音楽語法とミニマルに通じるものがあるのだろーか、ってね。
なお、この作曲家さん、コンクールのディレクターのお友達だそうで、これまでもクラリネットとチェロの独奏のための「香之舞」ⅠとⅡを書いてるそうな。太っ腹なことに、ボランティアで書いてくれているそうです!なんてこった、そんな作曲家がこの世にいるなんて、まだ世の中捨てたもんじゃないぞ!
以下、読者対象世界に10名ほどのエントリーです。ええと、本日、北京国際コンクール弦楽四重奏大会で世界初演された作曲家He Xuntianの新作「香之舞Ⅲ」ですけど、なんと太っ腹なことに、PDFファイルでパート譜がネットに上がっています。これが第1ヴァイオリンのパート譜。
http://www.bjimc.cn/upfile/Scent-Dance-VnI.pdf
ディレクターの助手をボランティアでやってる北京の若き音楽評論家のY君に、楽譜みたいよ-、ちょーだいよぉ、とおねだりしたら、ネットに上がってて、みんなそっからダウンロードして弾いてるんだよ。え、パスワードなんてない、誰でもダウンロード出来る。著作権って、そりゃ、演奏するならちゃんと作曲家さんに連絡しなきゃ行けないんでしょうけど…
てなわけで、He Xuntian Scent Danceと検索すると、ちゃんと他のパートも出て来ます。弾いてみたい、って方は、もうプリントアウトすれば直ぐに練習できますよ。
ちなみに、ツァイーデなんかがかっちり弾くと、ミニマル初期の語法を絵に描いたような素朴過ぎる造りの音楽に聞こえるんだけど、本日最後に北京代表ヤックQが弾いたら、なにやらちょっとそれだけではないような不思議な奥深さがある音楽に思えてきたから面白い。
なお、この作曲家さん、コンクールのディレクターのお友達だそうで、これまでもクラリネットとチェロの独奏のための「香之舞」ⅠとⅡを書いてるそうな。太っ腹なことに、ボランティアで書いてくれているそうです!なんてこった、そんな作曲家がこの世にいるなんて、まだ世の中捨てたもんじゃないぞ!
911オペラ初演 [現代音楽]
ぐちゃぐちゃに作文が詰まってるので、短い紹介のみ。
リーマンショック以降、どこのオペラハウスもやたらと保守的になってるアメリカ合衆国にあって、なんだかしらないけどそこそこ元気なサンフランシスコ歌劇場が、911の10年目の晩に911を直接舞台に引っ張り上げた新作を出しました。なんと、NYTがちゃんと記事を出してます。こちら。
http://www.nytimes.com/2011/09/12/arts/music/heart-of-a-soldier-at-san-francisco-opera-review.html?_r=1&ref=music
作品については、こちらの公式ウェブサイトをご覧あれ。がっつり情報はあります。
http://sfopera.com/Season-Tickets/2011-2012-Season/Heart-of-a-Soldier.aspx
映像と音の一部はこちらから。このプロモーション映像の2分半くらいからがクライマックスの911シーンみたいですね。それにしても、ハンプソンは何をやってもカッコいいぞ!
http://youtu.be/nZ-AxpNfvd0
NYTの評価は「失敗作」という感じだけど、ともかくメイジャー歌劇場が委嘱して、今風に抽象的ながらちゃんとした舞台をつくり、ハンプソンなんてギャラの高いスター歌手を登場させてるんだから、気合いはがっつり入ってます。
オペラという金食い虫の総合芸術にホントに生命力があるか問われる類の作品だったんでしょうねぇ。ただ、批評を眺める限り、わざわざ聴きに行きたいとは思わないのが残念。
SFオペラは、この911新作で始まる新シーズンの最後に、もうひとつ現代の大物を持って来ます。そー、かの「中国のニクソン」。指揮はアムステルダムとロンドンで「ドクター・アトミック」を振ったオランダ人の若きアダムス専門家、ローレンス・レネスです。香港フィルまで「ドクター・アトミック」交響曲振るのを追っかけたにーちゃん。無論、あたしゃ、この舞台は見物に行くつもりでおりますよ。予告編として、サンフランシスコで江青にキャスティングされてるソプラノさんのコロラトゥーラをどうぞ。演奏会で取り上げられる現代オペラのアリアなんて、他にあるかいな。
http://www.youtube.com/watch?v=IwHxvRJ_vPM
てなわけで、911オペラ、SFでやってます、という情報。月末までまだ数公演あるようなので、お暇な方はご覧あれ。
リーマンショック以降、どこのオペラハウスもやたらと保守的になってるアメリカ合衆国にあって、なんだかしらないけどそこそこ元気なサンフランシスコ歌劇場が、911の10年目の晩に911を直接舞台に引っ張り上げた新作を出しました。なんと、NYTがちゃんと記事を出してます。こちら。
http://www.nytimes.com/2011/09/12/arts/music/heart-of-a-soldier-at-san-francisco-opera-review.html?_r=1&ref=music
作品については、こちらの公式ウェブサイトをご覧あれ。がっつり情報はあります。
http://sfopera.com/Season-Tickets/2011-2012-Season/Heart-of-a-Soldier.aspx
映像と音の一部はこちらから。このプロモーション映像の2分半くらいからがクライマックスの911シーンみたいですね。それにしても、ハンプソンは何をやってもカッコいいぞ!
http://youtu.be/nZ-AxpNfvd0
NYTの評価は「失敗作」という感じだけど、ともかくメイジャー歌劇場が委嘱して、今風に抽象的ながらちゃんとした舞台をつくり、ハンプソンなんてギャラの高いスター歌手を登場させてるんだから、気合いはがっつり入ってます。
オペラという金食い虫の総合芸術にホントに生命力があるか問われる類の作品だったんでしょうねぇ。ただ、批評を眺める限り、わざわざ聴きに行きたいとは思わないのが残念。
SFオペラは、この911新作で始まる新シーズンの最後に、もうひとつ現代の大物を持って来ます。そー、かの「中国のニクソン」。指揮はアムステルダムとロンドンで「ドクター・アトミック」を振ったオランダ人の若きアダムス専門家、ローレンス・レネスです。香港フィルまで「ドクター・アトミック」交響曲振るのを追っかけたにーちゃん。無論、あたしゃ、この舞台は見物に行くつもりでおりますよ。予告編として、サンフランシスコで江青にキャスティングされてるソプラノさんのコロラトゥーラをどうぞ。演奏会で取り上げられる現代オペラのアリアなんて、他にあるかいな。
http://www.youtube.com/watch?v=IwHxvRJ_vPM
てなわけで、911オペラ、SFでやってます、という情報。月末までまだ数公演あるようなので、お暇な方はご覧あれ。




