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テクノロジーの進歩がもたらすもの [音楽業界]

アイズリQの庄原中学でのアウトリーチ、というよりも全学演奏会が終わりました。これから、アイズリの皆さんは広島経由で津に向かいます。また来週、鶴見でお会いするまで暫しのバイバイ。紅葉の本州島を楽しんでね、といいたいところだが、そんな暇はあるのかな。なんせ、戻ったら直ぐにあたくしめも追いかけるメトロポリタン美術館ギャラリーでのコンサートだもんなぁ。

さてと、そんなお忙しいアイズリQでありますが、お忙しいのは舞台上で楽譜を音にする4人組ばかりではない。もうひとり、意外な忙しさになってるスタッフがおりまする。

今世紀に入ってからの私ら凡人を取り巻くテクノロジーの変化で最も顕著なのは、「デジタル化」の流れでありましょうぞ。ライブ演奏への最も大きな影響のひとつは、「楽譜のデジタル化」、要は、電子楽譜の急速な普及であります。ニック達が最初に始めた頃の衝撃は未だ記憶に新しい…って、ニックたちが初めて電子楽譜を使ったときの記事を当電子壁新聞で探そうとしたが、めっからないなぁ。いつ頃のことだったっけか。

ま、なんであれ、今やごく当たり前とまではいわないけど、それほどビックリすることではなくなっているiPad楽譜、パソコン譜面でありまするが、無論、まだまだみんなが使っているわけではない。んで、今回、アイズリQの演奏会にいらっしゃると、こんな風景が見られます。
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お判りになりますかな。そー、セカンドさんの譜面台だけ乗っかってるものが違う。それに、脚物になにやら黒い物体が置いてある。他の3人は、普通のコンサートをやりますよ、ってセッティング。アイズリQ,、ヴァイオリンのアリアナさんだけがiPad楽譜で、他の3人はトラッド楽譜なのであります。

弦楽四重奏業界の電子譜面のパオイオニアたるボロメーオQも、最初はニックだけが電子化し、他の3人は「ああ、うちの社長、また手作りでとんでもないものを引っ張り出したぞ」と眺めていたわけですが、なんのかんのでいつのまにやらみんな電子譜面になっていて、更に改良が加えられ、画面も大きくなり…という推移を眺めることが出来た。なんせ、ベートーヴェンのオリジナル譜面からなにから入ってるわけですから、壮大なアルヒーフを背負って歩いているようなものになっていった。

それほど積極的な使い方はしないまでも、電子譜面はジワジワと普及していき、足のペダルを使うから忙しかろうにと思ってしまうゲンダイオンガク系のピアニストさんなんかがとりわけ積極的に使うようになり、弦楽四重奏団でも全員は使わないけどメンバーの何人かが使う、という団体は今や珍しくない。例えばクスQなんぞは、昨年の時点でセカンドのオリーくんだけが電子譜面。なんでかというと、オリー氏は先生としてオープンレクチャーやマスタークラスをやることが多く、その際に電子譜面だと自分の使ってる楽譜を後ろに大きく映し出して説明する、なんてことが簡単に出来るから、というのも理由のひとつみたいでした。そういうヘビーな黄海マスタクラス、随分やってるもんね、オリー氏は。

アイズリQの場合、アリアナさんはニューヨークのゲンダイオンガク系アンサンブルなんかをやってるという理由もあるからか、ともかく、電子譜面であります。ところが、少なくともアイズリQでの演奏の場合、ひとつ面倒なことが起きるのでありますよ。

この団体、ファーストとセカンドのヴァイオリンが交代します。ああ、そういう団体、あるよね、とお思いになられるでしょうし、その通りなんだけど、ここでひとつ面倒が起きる。そー、曲によって座る位置がかわるので、当然、譜面も移動しなければならない、ということ。

紙の素面なら、ひょいっと紙束を掴んで席を入れ換えればいいだけのことだけど、この電子譜面台の場合、譜面台と脚物と足踏み譜めくりマシンも移動せねばならない。これ、演奏家が自分で舞台上でやると、かなり滑稽な感じもないでもない。

本日行われたアウトリーチでは、短い曲をいくつもやるわけで、なんどか席を交代せねばなりません。どうするかというと、その間、司会を担当したヴィオラさんが話をしていて、その間にスルッと席とマシンの移動をしていました。なるほど、賢いぞ。

普通の演奏会では、アイズリQの皆さんは引っ込んで、同行している日本室内楽振興財団スタッフもぐらくんが譜面台と椅子の交換をします。もうツアーが始まって半分も過ぎているのでもぐらくんすっかり慣れたもので、流れるような手順で作業を行っておりました。あれなにやってるのかしら、と不思議そうに眺める人も案外といなかった。目立たない、というのは裏方にとって何よりも大事なことのひとつ。流石プロでんな。終演後の撤収作業でも、しっかり足下のマシンに気を配ってるし。
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てなわけで、テクノロジーの進歩は意外な仕事を生み出すのであーる、というどーでもいい話でありました。

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職人仕事としての「演出」 [音楽業界]

昨日は実質上関西日帰り、朝6時前に深夜バスで京成上野駅前に到着し、ボトボト落っこちた柿の実を処理して生ゴミにして出すために葛飾オフィスに直行。ちょっと寝て、結局、葛飾区議会選挙の事前投票にはいけないままに慌てて日生劇場に向かい、《ルサルカ》を見物してまいりました。いやぁ、この歳になってこういう日程はやりたくないなぁ。ふううう…

かくてグチャグチャな糠味噌前頭葉で数日前までトランプ祭りが開催されていた辺りに行き、ボーッと座りながら見物したわけでありますが…なんせ隣にニッセイ基礎研のY御大がいらっしゃるという状況なのにもうまるで保たず、この作品で最も美味しい筈の1幕のルサルカのアリアなんぞ辺りはばっちり爆睡轟沈状態。おおお、なんてこったと己を苛むことになったわけであります…が、そのお陰でなんとか2幕以降はちゃんと起きていられたぞ。えっへん。←偉くもなんともないわいっ!

この公演、なんというか、極めてポジティヴに言えば、「《ルサルカ》という作品がドヴォルザーク晩年のメロディメーカー、オーケストレーションの達人としての能力をフルに発揮した傑作」という評価が確かに間違ってはいない、と思わせてくれるものでありました。

ともかく指揮者さんとオケが、数小節のなんてことない推移の場面にも埋め込まれた豊かすぎる旋律線を全部引っ張り出してくるような音楽をやってくれてますし、これだけ大きなオケを管楽器を舞台上手下手に上げる低すぎるピットでも、歌手さん達はチェコ語の壁をも越えてきっちりきこえてくる歌を披露して下さっております。ドヴォルザークのベタベタさがお好きな方には、もう涙ちょちょ切れもんでありましょーぞ。あのピットであのバランスは、ちょっとビックリです。

って、それなら演奏会形式で良いってことかい、と突っ込まれれば…うん。そーですね、それでも良かったかな。

演出がダメダメとは申しません。今や伝説と化した、流石に当無責任電子壁新聞でもどう書いても罵詈雑言にならざるを得ずダンマリを決め込んでしまっている10日ほど前の池袋《トスカ》の、苦笑爆笑通り越し怒る気にもならぬ悪い冗談の連発を眺めるよーなトンデモ演出、オペラ演出としてこういうことだけはやってはいけないという例を一気に総ざらえしたような怪舞台とは比べては失礼な、とってもちゃんとした演出をしているのは誰の目にも明かであります。
演出の宮城聰氏は、オペラというヌエ的なものはともかく、舞台というものに関してはがっつりしっかり判っていて、必要なところでは自分の手兵を配してかなり面倒なプロの演技をさせたり、ダブルキャストの歌手にもしっかりと「演技」をつけて舞台としての筋をきちんと通そうとなさっている。そして、それなりに成功はしている。全く舞台の動きと関連のない無駄な映像を流し客席を苦笑させるとか、意図不明な設定変更とかをしているとか、突然音楽をとめて関係ない歌が入るというコンヴィチュニー級の巨匠以外はやってはならない超高級な禁じ手をするとか、ピットが浅くてオケが声を完全にカバーしちゃうとか、そんな演出の基礎の基礎を踏まえぬ蛮行をやってるわけではない。まともと言えば、極めてまともな舞台であります。

勿論、「ルサルカという異人が異文化の中でコミュニケーション出来ないこと」の意味とか、「エイリアンを認められない社会の在り方」とか、今時のヨーロッパのムジーク・テアター系の劇場が喜んでやるようなテーマの掘り下げは、一切ありません。ま、それはもう、日本のメイジャー歌劇プロダクションに期待しても仕方ないことであると、あたしらはよーく知っている。だから、それを嘆くことはいたしません。先頃の池袋のような、才能の無駄で間違った蕩尽ではないことは確かです。

結果として、民話設定の19世紀国民オペラのひとつが、相当にヴァーグナーなりの影響を受けているとか、ほぼ同時に世に出る《ペレアスとメリザンド》が同じ「異人もの」でもどれほど飛び抜けてスゴい作品であるかとか、いろいろ判らせていただけて有り難い舞台でありました。自分がやれる職人仕事に徹した「演出」は、まあ、ありじゃあないの、ってこと。

この演出家さん、今回のプロダクションを経験することで、「オペラ」というところでやりたいことがなにか発見出来れば良いんですけどねぇ。まあ、才能の無駄遣いいはならないで欲しいなぁ。

以上、極めて穏当極まりない感想にもならん感想でした。

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ロシア革命100年記念日なのに… [音楽業界]

朝っぱらから遙か帝都は帝国ホテルを臨む佃縦長屋から、この数日の都心上空警備を行っていた橫田のイロコイが最後のお勤めをするのを眺め、やっとこれで安心して帝都中心を歩けるわいと思いつつ葛飾オフィスに向かい、なんのかんの作業をして昼飯を食わんと目にしたNHKBSの国際ニュース、「本日はロシア革命100年記念日」と伝えておるではないかい。

そうか、10月革命とはいえ、ユリウス歴では11日だか12日だか足し算しないと今のあたしらの暦にならんわけで、ボルシェビキ蜂起は本日11月7日ということになるわけね。

なぁるほどなるほど、だからトランプ騒動の真っ只中に来日したボストン響の面々は、本日、サントリーホールで賑々しくもショスタコーヴィチ交響曲第12番なんて来日北米オケ演目としてはなかなかケッタイなもんをやるんか、これは是非ともトランプ総司令官閣下にもご臨席いただきたかったなぁ…などと思ってサントリーのサイトを眺めていると、あれぇ
http://www.suntory.co.jp/suntoryhall/schedule/detail/20171107_M_3.html
なんだい、11番じゃあないのぉ!なんでやねんっ!?

そういえば、いわきでチャイコフスキーの後期をひとつの演奏会で全部やる、なんて勇ましいことやってたロシアのオーケストラが来日してる筈。そっちは絶対に今日こそ第11番をやるに違いないぞ。近場でやってるなら、覗きにいってやるべか。なんせ、今日は予定していた日暮里サニーホールでのAOIクァルテットが驚くなかれ売り切れだそーなんでねぇ。

てなわけで、オーケストラの名前うろ覚えのまま何とか検索したらあったあった、ふむふむ、ロシア国立シンフォニー・カペレなる団体が、初台で演奏会を行っておるではないか。ロジェヴェン先生のソヴィエト国立文化小管弦楽団の今のお姿なのかい。おお、この団体なら、当然、今日はショスタコーヴィチ交響曲第11番《1907年》を壮大に鳴り響かせることであろー…と思ったらぁ
http://www.tempoprimo.co.jp/contents/ticket/rosso2017.html
なんで第5番なんねんっ!《革命》だからいいじゃろ、ってかい!

そそそ、そんな筈がなかろー。どうして今日、ボルシェヴィキ革命が目出度くも100年を迎えるという日に、せっかくショスタコ先生が渾身の力を込めて書き上げたオーケストラによるレーニン讃歌を謳い揚げようとしないのかっ!

あれこれ調べても、どうやら目出度くも2017年11月7日の革命記念日にショスタコーヴィチ交響曲第12番を演奏しようというオーケストラは、なぜか見つかりません。そんなこと絶対になかろーに、と思うんだけど…。ロシア語圏も頑張ってみたが、どーにもキリル文字の壁は高く、それらしきものは発見できませんでした。

うううん、今日のコンサートで演奏しなければいつやるんだというこの曲、どうして誰もやらんのじゃ?今のロシア共和国ではいろいろ微妙というのは判らないでもないが、ヨーロッパでも北米でも、面白がってやりたがりそうな指揮者なんぞいくらでもいそうなものを。

秋深し 革命遠く なりにけり

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《ヴァルキューレ》飯~レストラン・サンド・寿司三択 [音楽業界]

毎度毎度のことながら、21世紀に生きるまともな人間には長すぎるヴァーグナー作品を見物するには、どうしても途中で飯が必要になることは判りきっておりまする。古来、この大問題に対処するため、人類は様々に知恵を絞ってきた…ともいえんなぁ。

だって、一昔前までは、ヴァーグナーだろうが別にロビーで何かを販売するとか、飯のために幕間を長くして主催社側が何か食い物を用意するとか、とりたててやってくれていたとも思えない。上野で朝比奈NJP《リング》をやってた頃は、長めの休憩がひとつあって、その間に走って坂を下り、その頃はなぜかアメ横が二股路になるところの先っぽのビル2階だかに3号店を出していてそこがいつも空いていて穴場だった「昇竜」に飛び込んで餃子ライスをかっこんで、慌てて戻った、なんてことをしてたっけ。今でこそ上野公園口下から京成駅近辺は食い物屋が並んでるけど、映画館があった頃はなーんにもなかったですからねぇ。

なーんて爺の昔話はさておいて、《ヴァルキューレ》なのであーる。現在、「東アジア《ヴァルキューレ》祭り」の真っ最中。台中、北京が終わり、いよいよ梅が桜に代わる頃のびわ湖の畔でブリュンヒルデはまたしばしの眠りにつくわけでありますが(バンコクのようにどうも永遠に目覚めそうもない、ちゅーのは避けて欲しいところでありまする)、やくぺん先生に関する限り、この間にもうひとつ、ミシガン湖畔のパウントニー演出という番外編が入ることになっておりまする。んで、先程、シカゴ・リリック・オペラから、「お前、月末の《ヴァルキューレ》の飯、どうするつもりだ、飲まず食わずで座ってるつもりじゃあるまい」って、メールでご案内が来ました。まさかそれをそのまま貼り付けるわけにはいかんが、要はこういうもんです。
https://www.lyricopera.org/yourvisit/dining?utm_source=Email_marketing&utm_campaign=1718_-_Dining_Die_Walkure_11-1&cmp=1&utm_medium=HTMLEmail
選択肢は3つ。ひとつは、上のサイトにある3つの立派な劇場内レストランを予約しなさい、というお金持ちゴージャスコース。もうひとつは、$16のサンドイッチバッグを予約しろ、というもの。んで、もうひとつはトム・オーサキ・シェフが取り仕切るスシバー!

うううん、まあ、最も合理的なのは「Enjoy the convenience of a bagged meal that includes a choice of sandwich from Rivers Restaurant, a bag of chips, two chocolate chip cookies, and a bottle of Evian water. Bagged meals are just $16 and can be purchased by phone up until 5pm the day before the performance by calling Audience Services 312.827.5600, or can be ordered upon arrival at the Lyric Opera House in the Main Floor Lobby. Meal pickup is at the first intermission.」ってサンドイッチバッグの予約なんでしょうかねぇ。これって、どこで喰らうんねん。リリック・オペラは横が運河だし、表は摩天楼だし、ましてや11月終わりの晩となれば外で喰らうなんで不可能だぞぉ。

カップルならば奮発してレストラン予約もあり得るが、オッサンひとりじゃなぁ。無論、橋渡って駅まで走ってシカゴ・スタイル・ホットドッグを喰らって、ほよとほー、と戻ってくる、という手もあるわけだけどさぁ。やっぱり台中北京の《ヴァルキューレ》ぶっかけ飯に対抗するには、アメリカンSushiではちょっと頼りない気もしますしねぇ。それに、スシって、なんのかんので結構、高くなっちゃうのよねぇ。

さても、シカゴのヴァーグナー飯、どうなることやら、請うご期待…っても、朝に羽田から到着して時差グチャグチャ状態なんで、ぼーっとしているだけ、という可能性高し。いやはや…

蛇足ながら、発表されている舞台写真を眺めるに、パウントニー御大のヴァルキューレたち、ラ・フラ・デルス・バウスのやり方をパクってます。
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ま、ここまで堂々とパクると、ちゃんと話は通してあるのだろーなー、と思っちゃうけどさ。敢えて「ああやって飛ばすアイデアを深化し、より具象化している」と言ってあげましょうか。

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東アジア「判りやすさ」比べ演出第2弾~北京国際音楽祭編 [音楽業界]

そんなこんなで北京であります。昨晩深夜前、東アジア《ヴァルキューレ》判りやすい演出シリーズ(別に誰が考えたわけでもないが、こういうことになってしまっている)第2弾、北京国際音楽祭がザルツブルク復活祭音楽祭と共同制作した最新の、はたまた半世紀前の超レトロな、《女武神》が終わりました。

スタッフキャストは、面倒だからこっちをご覧あれ。
http://www.bmf.org.cn/EN/Performance/Detail/14
この舞台、いろんな視点から語り出したらキリがない中身だし、なによりも「商売で書けない事を書く」当電子壁新聞としますれば、なんせ今商売の取材の真っ最中だし、このレビュー記事の担当は台北のK先生に御願いすることになっておりますので(締め切りがキツく、このアホみたいに滅茶苦茶な取材の中で、中身についての議論までやるとなると、とてもじゃないけど無理じゃ、それになんせ、あたしゃ、歌手は「ああ、じょーずで善かったなぁ」以上の感心はないし)、当然ながら詳細は記せません。結論無しで、論点のみを列挙すれば…

なんといっても、「永遠のカラヤン演出」というキャッチコピーが踊っているこの演出、要はザルツブルク復活祭音楽祭第1回の「カラヤン演出ギュンター・シュナイダー=ジームセン装置」というDGのレコードにもなったプロダクションの復活なのですが…

話はそう簡単じゃない。なんせ、DVDでパッケージ販売もされている数年前に完結したフランクフルトの《リング》サイクルを手掛けた演出家ヴェラ・ネミロヴァがきっちり「演出」というタイトルを持っている。無論、本人も来てます。いちばん右側のオバサン。
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じゃあ、何が「カラヤン演出」なのか、という、ザルツブルク・カラヤン財団CEOさんに言わせれば「極めて哲学的な問題」が出て来るわけですわ。セットは一昔前に散々見させられたデッカい輪っかが上にあったり下にいたり、ふたつに割れたり、ってする奴です。だけど、当時の「ガラスの上に色を付けて投影する」背景やらとはウルトラアップグレードされた背景、当時はあったとは思えない俳優の動き、無論、歌手の立ち位置なんぞも含め、やっぱり「ネミロヴァ演出」なのであろう。さて、どこまでがオーセンティックで…

という議論をしていると、どうしても頭に浮かぶのは、先頃無事に完結した初台の「ゲッツ・フリードリッヒ演出《リング》」でありますな。こっちは堂々と演出家名が故人になっていて、だれが実際に舞台の責任を取っているのかの記述はない。んで、まあ、賛否(賛があるのか、という突っ込みはなし!)両論だったのは皆様ご存知の通り。この北京の演出は、その部分では潔くちゃんと現役バリバリの売れっ子演出家の名前を出している。

演出のオリジナリティとはなにか、という普段は裏に隠れて議論されることなど殆どない、或いは敢えて議論しないことを、堂々と引っ張り出している。

ま、それが聴衆にとってどうなのか、というのはまるで別の話で、結果からすれば、これまた台中に続き、「判りやすいヴァーグナー」であったことは確かです。舞台で起きていることの意味が分からない、あの人物が何してるか判らない、あの人物達がなんのためにいるのかさっぱり判らない、ということはない…と書いて、ちょっとうううん、と思わないでもないのだけど。例えば、第3幕でヴァルキューレがズラリ横一列で動かないで歌ってる後ろに、人民解放軍を頸になった浮浪者みたいな恐らくは死んだ兵士たちがダラダラ出て来るのはなんなんねん…とか、いかにも今風な「余計なこと」もあるんだわなぁ、案外。とはいえ、2幕の奥さん、娘とのながあああいヴォータンの対話の中身を「判りやすく」伝えるために背景のプロジェクションに登場人物の相関図を書かせたりとか、「判りやすく」しようとしている努力は感じるものでありまする。

フェルゼンライトシューレのアホみたいに広い舞台を保利劇場のちっちゃな中に押し込んだ無理があったりとか、オケが相変わらずのガンガン鳴らす香港フィル・テイストだったりとか、いろいろ言いたいことはあるが、まあ、がんばってる感はしっかり伝わってくる舞台でありました。27日にもう一公演あるから、お暇な方は東京から黄海跨いでひょいっと2時間半、北京までいらしてはいかがかな。

おっと、ファゴットお嬢さんのインタビューに行かねば。まだまだ取材は続く曇り空の北京。

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デュダメルの代わりにアルミンク&ヴィーン室内管! [音楽業界]

なんというか、もう今の世の中、日本国の政治を除けばホントに面白いことがゴロゴロしているわけで、なんとまぁ、スゴイことが起きてます。

デュダメル&シモン・ボリバル管の台北・広州・香港での連続ベートーヴェン全曲演奏会三連発というとてつもないツアーが直前になってキャンセルされたのは、お伝えした通り。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-10-14
で、そのまま、アジア中のベートーヴェン愛好家の皆さんが「あああ、なくなっちゃったぁ、残念だぁ、淋しいぞぉ」と天を仰いで泣き叫んでいるかと思いきや、なんとまぁ、台北の音楽事務所MNA牛耳藝術さん、はたまた公式スポンサーだったメルセデスさん、とんでもない代打を引っ張り出しました。この公式サイトを見よっ!
http://www.mna.com.tw/eventsDetail.aspx?serialNo=33
なんと、「クリスティアン・アルミンク指揮交響楽団サイズによるヴィーン室内管のベートーヴェン」ですっ!演目と日程をまんま貼り付けちゃうと…

10/21【皇帝與田園】
貝多芬:艾格蒙序曲 Beethoven: Overture to Egmont, Op.84
貝多芬:第五號鋼琴協奏曲《皇帝》 *鋼琴獨奏:史蒂芬.弗拉達
Beethoven: Piano Concert No. 5 in E- flat Major, Op. 73,“Emperor”
貝多芬:第六號交響曲《田園》
Beethoven: Symphony No. 6 in F Major, Op.68, “Pastoral”

10/22【合唱之夜】
貝多芬:《合唱幻想曲》 *鋼琴獨奏:塞吉奧‧廷波
Beethoven: Choral Fantasy, Op.80
貝多芬:第九號交響曲《合唱》 Beethoven: Symphony No. 9 in D Minor, Op. 125, “Choral”

要は、4日でデュダメル&シモン・ボリバル管が交響曲全部やるところを半分にして、《田園》、《第九》、《皇帝》、《合唱幻想曲》なんぞを2日続けてやるぞ、さああみんな、落ち込んでないで喜べええええ、ってこと。

だれがなにをやらかしたか知らないけど、プロデューサーはスゴい豪腕でんなぁ。こんなこと出来る強引な奴、今の日本にいるかしら。いやぁ、呆れかえるというか、すげええええ、ともうただたたアジアパワーにひれ伏すのみ、というか。

ちなみに、同じ頃には北京ではパーヴォ・ヤルヴィがドイツ・カンマーフィル・ブレーメンでベートーヴェンの交響曲全曲サイクルをやっていて、これは来る月曜日からやくぺん先生も取材に参ります。それどころか、同じ時にネルソンス指揮ヴィーンフィルが広州でベートーヴェンなんぞやってるわけで、もう何が何だかわけがわからんわい。

頭がクラクラして来そうなんで、もうこれでオシマイ。ともかく、あたしゃ、月曜から共産党大会真っ最中の北京。それまでにやらにゃならん作文、まだ山積み。ぐぁんばろー!

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シモン・ボリバル管アジア演奏旅行中止 [音楽業界]

昨日、流石に無茶なツアーで疲労型風邪ひきになったみたいで、鼻がジャブジャブ目はしょぼしょぼ、咳がこんこんげほげほという状態でLCC委託手荷物のなかで潰され明らかに曲がってしまったレンズの修理の為に銀座Nikonサービスセンターに行き(修理代を考えると、LCCにしない方が安かったことになったというとんでもないアホな話…)、周囲の風景まるで日本に戻った感じがしない銀座通りを歩いていると、某所から連絡があり…

なんとまぁ、今月末から来月に台北を皮切りに広州、香港で予定されていたデュダメル指揮シモン・ボリバル管のベートーヴェン全曲演奏会がキャンセルとのことでありまする。まだ公式には記事が残ってます、これ。これが全部キャンセルになりました。
http://www.askonasholt.co.uk/tours-and-projects/upcoming/simon-bolivar-symphony-orchestra-venezuela-asia-october-november-2017/
台北と広州は4日間でベートーヴェン全曲、香港は会場が前半と後半で違って、前半は赤い地下鉄の終点の文化会館で序曲も入ったりして、フェリーターミナル隣の文化中心とで総計5公演で完奏という、ツアーとすればかなり強行なもの。

興味深いのは、広州と香港の間で長い休みが入ってること。んで、そのときには、ネルソンス指揮ヴィーンフィルのツアーがその辺りをまわっている、というまるで広東語圏フェスティバルの様相を呈していたわけですな。

今回の事態、夏のアメリカ公演がキャンセルになったときから危惧されていたわけですが、天下のアスコナス・ホルトが仕切ってるわけだし、アメリカは現政権とベネズエラ現政権と、シモン・ボリバル管のバックにあった前政権の間の考えただけで純朴な日本国民には頭がクラクラしてくるようなめんどーくさい関係の中で下された結論だったので、中国政府この機に乗じて逆に上手いことやってオケに恩を売るのか、とすら思っていたのですけど、流石にそういう訳にもいかなかったんですねぇ。

香港芸術祭のページには、真っ赤な文字で「あたしらはわるくないぞぉ」って恨み節みたいな告知が上がっております。ほれ。
https://www.hk.artsfestival.org/en/programmes/dudamel-and-sbsov-beethoven-cycle/

このオーケストラ、この先、存続自体が厳しくなってくるんじゃないでしょうかねぇ。さっさとデュダメル様に偉くなれるところまで偉くなってもらって、「デュダメルのサイトウキネン」とか「デュダメルのルツェルン祝祭管」にするしかないんじゃないかしら、事務所的には。でもまだ、そこまでの数の卒業生が世界に散っているわけでもないしねぇ。

ま、なんであれ、毎度ながらの結論だけど、音楽は究極の平和産業。ちょっと御上の意向が変われば、あっというまに吹っ飛ぶ炭鉱の小鳥のような存在。ふううう…

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東アジア「判りやすさ」比べ演出第1弾~台中国家歌劇院編 [音楽業界]

台中の国家歌劇院で、《ヴァルキューレ》を聴いて参りました。この秋から来年の冬の終わりに至る東アジア《ヴァルキューレ》三連発の最初。台中、北京、びわ湖と続く「今時のヴァーグナーの判りやすい演出祭り」の初っ端でありまする。
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この演出、もう舞台写真をご覧になれば判る人ならお判りになる、バレンシアの歌劇場で地元のパーフォーマンス集団ラ・フラ・デルス・パウスが制作しメータが振った所謂「バレンシア・リング」、あれを持ってきて、スタッフとオケは地元、メイン歌手は連れて来る、というプロダクション。要は、初台の今の《リング》とか、《ヴォツェック》とか、《兵士たち》とか、《死の都》なんかと同じ作りです。つまり、これが観られる、ってこと。
https://www.youtube.com/watch?v=_C-0hH5G8MU
中身については、今回、日本ではチケットを手配するのがほぼ絶望的に無理な状況でお助けいただいた台北にいらっしゃる某大学のK先生のFacebookコメントをご覧あれ。写真もそっちにあるしさ。Facebookの特定記事の引用って、どーするの?ま、いいや、ペトっ。
https://www.facebook.com/takashi.kinase?hc_ref=ARSOWcMZmUJVlrQ7Xvp35fWzucTQ6SDStCHuCtELE7eeyXroAFg7ZY7QuW86jAFkX-c

さてもこの演出、毎度ながらの感想にもならない感想を述べれば…いやぁ、なかなか楽しい娯楽の時間を過ごさせていただきましたです。なんせ、数年前にルフトハンザの機内ヴィデオで全曲流していて、途中まで眺めて、うううんこれはもういいや、と思ってた演出なんだけど、今回、東京湾岸から至近の場所でやるというのでダメモト気分で来てみれば、おやまぁ、実際に舞台に接すると立派なもんじゃないの。無論、さっき終わった演奏だけに限れば、オケが(ヘタ、とかいう簡単な話じゃなくて)音の響きと息の長さがやっぱりちょっとなぁ、と思わされれたり(特に一幕の最後で《ラインの黄金》以来の細かいモチーフが積み重なってこの作品全体でも数少ない自然な高揚感が最初に出来てくるところでの盛り上がり方とか、対話だけに鳴る部分での響きの薄さとか)。

なによりも問題なのは、第2幕最後の死の告知のところ。恐らくはジークムントに殺されたのであろうフンディング側の戦士達の屍が戦場に転がってる突拍子もないつり上げセットが舞台奥から出て来るのだけど、その操作音がスゴくデカイ。で、ヴェルズングの双子兄弟不倫という、後ろの席に座ってた小学校低学年くらいのお嬢ちゃんには「まま、あのおねーさんはなんで泣いてるの」と訊ねられてもとてもじゃないが説明出来ない無茶苦茶な逃避行をやってる2人が、薄いオケの響きの弱音の中にいるところで、やたらと大規模なセットが後ろから(恐らくは人の手で)せり出してくるので、音楽が聞こえなくなってしまう。少なくとも、もの凄く邪魔になる。あああ、これだとオケの響きが決して成功しているとは言えない《ラインの黄金》の最後なんて、舞台でこの調子でいろんな音がしてたら、ハープの音もラインの乙女達の嘆きも聞こえなくなるぞぉ、って感じ。

今時のムジーク・テアター系の劇場では、舞台騒音が音楽を邪魔する、ってのは案外とよくあることだけど、そのいちばん簡単な対処方法は、「オケをガッツリ鳴らしてカバーしろ」(酷い直球勝負だと思うけどねぇ…)。でも、残念ながら、それをやるにはちょっとオケが非力というか、なんだろーなぁ、この島でいちばんのオケが入ってるわけだら、ここはこういうキャラのオケなのか、と考えるべきなのか。その辺り、ホントは持ち込んだ演出を眺めてブタカンさんが頭を悩ますべきことなんだろうが、どうもあんまり悩もうとしていない、って感じでありましたねぇ。

これを観るに、この演出と双璧のもうひとつの21世紀型「判りやすいリング演出」たるメトのルパージュの舞台など、あのアホみたいにデッカくて重い装置の移動に騒音が出ないようにスゴく気を使って作ってるのだろうなぁ、とあらためて思ったりして。あ、今回の演出、正直、ルパージュよりも成功していると思いますね。

ま、そういう「劇場としてのトータルな完成度の高さ」というのは、まだ昨年に始まったばかりのこの劇場とすればみんなで学んでいくことなのでしょう。来年の《ジークフリート》以降に期待、ってこと。

中身的には、もう映像をご覧になっていただければ判るように、何をやってるかが誰にでも判る演出です。難しいことはなにもない。《ヴァルキューレ》みたいに、《リング》全体の中でも唯一といえる「普通の人間がまともに人間的な決断をする」ことがお話の中心に据えられている作品の場合、この判りやすさは極めてポジティヴに働く。ああ、ジークムント、そうだよ、愛する嫁といられないならヴァルハラいってもしょーがないよなぁ、とか、ああああ、おとうさん、娘は誰よりも貴方のことを判ってるのにおっかない嫁とのしがらみで見捨てないとならないのかぁ、かわいそーにぃ、とか、そんな庶民レベルで共感出来る要素満載な作品では、ストレートに効いてくる。

もうひとつ、《ヴァルキューレ》という作品で本来決定的な筈だけどどーしよーもないと諦めている「飛ぶ」という要素を、バカみたいに大規模な黒子を導入し手動でクレーンを操らせて「ヴァルキューレや神々を飛ばせる」ことに成功したんだから、これはもう天晴れです。これ、映像だと馬鹿げて見えるけど、実際の舞台に接すると圧倒的です。切り取られた視点では、背景のうるさいほど説明的な映像と共に、あの「飛んでるじゃん」感は伝わりません。「ヴァルキューレの騎行」でピットの上までヴァルキューレたちが出てきて、高度を変えながら飛びまわるなんて、こんな音響になるのかぁああああ、ってね。

そう、背景の映像に関しても、視点が切り取られたテレビモニターじゃまるで判りません。正面据えっぱなしのカメラででも眺めないとダメ。それを観るだけでも、価値があるかもね。え、こんなだったんだぁ、って思いますよ。

てなわけで、いろいろ言いたいことはあるが、今や日本を凌ぐIT王国台湾のモダンなハイテクノロジーと舞踏集団の肉体労働という伝統のローテクとを駆使して作られたバレンシア・リング、こういう判りやすさもありなんだなぁ、と納得させられるものでありましたとさ。この団体の演出したヴァーグナーとしては、どうやらスカラ座の黒歴史になってるようなインド版《タンホイザー》に接して呆れかえったことしかなかったが
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-03-21
なるほど、この演出は成功作とされるだけのことはある、と納得した次第でありまする。

てなわけで、東アジア「判りやすい《ヴァルキューレ》」三連発、次は10日後に北京のカラヤン演出&ギュンター・シュナイダー・ジームセン美術のプロダクションです。70年代の限定された舞台テクノロジーで試みようとした「世界の誰にでも判るリング」、果たして21世紀の今、どんな風に見えるか。請うご期待…とはいうものの、そっちは某雑誌の商売なんで、ここには書けないと思うけどさ。

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「いわき室内楽協会」の今 [音楽業界]

ぶっちゃけ、「クラシック・コンサートをつくる。つづける。」の記述内容の追記です。「いわき室内楽協会」のその後、現状について。

すったもんだで苦節3年、やっと出てきた共著本に関しましては、誤植がある、間違いがある、等々、さまざまな声をお寄せ戴き、ありがとうございますです。事実関係の間違い指摘は、なによりも有り難いものでありまする。それをどう反映させるか、という問題はおいといて、ですけど。

さても、昨日来、いわきに来ております。「アジア・オーケストラ・ウィーク」の取材で、昨日はマレーシア・フィル木管五重奏団が広大ないわき市内の南の方の2箇所の児童館をまわり、少子化問題なんてどこに行ったんだ、というようなしっちゃかめっちゃかな状況の中でいろいろ演奏して下さるのに付いて歩いてました。んで、本日は朝からひとつ、アリオスでお子様お招き公演があり、午後にはフェスティバルのハイライトたる関西フィルとマレーシア・フィルの合同演奏がある。で、今、開演前にアリオス裏の川原に座って、楽屋口に演奏家さんたちが到着するのを眺めてる次第。

このアリオス、拠点として活動する民間団体の「いわき室内楽協会」があります。立ち上げの経緯は共著本に記しておりますので、そちらを見て下さいっ。実は、当電子壁新聞内を検索すれば、創設前の状況からなにから、結構、詳細に分かるんだけど…ええい、面倒だ、知りたかったら勝手に調べて下さい。「いわき」でブログ内検索をすると、このアーツセンターの起ち上げ前からオープン、そして311以降の展開など、ずらああああっと出てきます。

いつのまにか20回になるいわき室内楽協会のコンサート、なんとまか、次回はヴィルタスQのセカンドに我らが戸原っちが入ってのハイドンやらショスタコでありまする。へええええ。
003.JPG
で、起ち上げから関わっているアリオスのプロデューサーさんの現状についての話を、差し障りのない事実関係のみ、手短に箇条書きで。

★現在、年間4回の演奏会を続けている。ただ、アリオスはN響、都響、読響ばかりか外来も含めメイジャーオケの公演も2ヶ月に1度くらいあり、それなりに聴衆は音楽が提供されていると感じているのか、3ヶ月に1度のペースを少し落とし、運営側の経済的な負担を減らすことも考えている。いずれにせよ、ちゃんと続いていることは確かです。

★アリオスとの関係も、協会の財政負担を少しでも増やす方向で具体的なことをするように考えている。詳細はここでは言えませんが。

★ここまで続けてきて、いわき市内に室内楽をチケット代をしっかり払っても聴きたいというコアな聴衆がどのくらいの数いるかは見えてきた。これまた、ここで何人と記すわけにはいかないけれど、30万人という人口を考えれば、まあこれくらいが妥当かなぁ、という数字ではある。

以上、あんまり記すことはないようだけど、まさに「つくる」だけじゃなくて「つづける」ってことをしてみないと判らないことは見えてきているようでありますな。

いわき室内楽協会、次回の演奏会は1月27日です。1回券も出ますので、是非どうぞ。特急ひたちなら東京駅から2時間ちょっとです。

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北京パッシング? [音楽業界]

帰国後、無事にオペラシティの上海フィルに吹っ飛んで行き、なんとか間に合い、今日からのグチャグチャな日程も判り、なんだかなぁ、になってる今日この頃でありまする。いやはや…

で、ひとつネタ話。月末の北京滞在の日程をともかく昨晩に海胆頭で決めてしまったわけだけど、そこで北京側で話をしている中国ヴァーグナー協会理事長氏から出てきたのが、「ああ、その日、私は上海に行ってるんですよ、ヴィーンフィルの演奏会があって…」。

え、って調べたら、こういうことになってるのね。
http://www.wienerphilharmoniker.at/jp/concerts/list/groupid/125
正直、個人的にはヴィーンフィルという団体には殆ど関心がないので良く知らなかったんだけど、今年はヴィーンフィルのサントリー定期がお休みの年だそうな。んで、その時期にしっかり「ヴィーンフィル初の中国のみの公演」をやってるんですねぇ。

で、興味深いのは、訪問都市です。webサイトをご覧の通り、19日の深圳に始まり、広州、上海、南京、そして30日のマカオまで、要は、中国といっても南の方ばかりで、中国公演というよりも「ヴィーンフィル宗公演」という方が正しいんじゃないの、って。

いやぁ、なるほど、こういうことが起き始めているんですね。これじゃ、北京の評論家がわざわざ上海まで聴きに行く、というのは当然だわなぁ。

「中国」などと気楽に言えない時代になってきた、というお話しでありました。ま、ゲスの勘ぐりをすれば、この時期にやってる北京国際音楽祭に来る予定だったのが、そっちがザルツブルク復活祭音楽祭《ヴァルキューレ》なんか買っちゃって予算が合わなくなって、しょーがないから北京はパス、とかじゃないかなぁ…なーんて思ってしまうわけだけど、ま、現地に行けばイヤでもいろんな噂話は入るでしょうから、請うご期待。っても、日本の業界ではだーれも期待してないネタだろーけどさ。

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