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ヘンデルの「反戦劇」? [音楽業界]

パリ滞在最終日、去る10月のバルセロナでカタロニア独立騒動ゼネストで聴けなかったカザルスQのベートーヴェンをやっと聴き、一応、お仕事はオシマイ。で、勢いで買ってしまった世界観光名所中の名所たるガルニエ・オペラ劇場で上演されたヘンデルのオラトリオ《イェフタ》の舞台上演を見物して参ったです。明日は宿を朝の6時過ぎには出ねばならないので、こんなことしてるヒマがあったら寝るべきなんだが、今書かないと忘れちゃうから、ともかく、最低限のメモみたいな感想にもならない感想文。

ええ、《イェフタ》なんて言われても殆どの世間の人にはなんじゃらほいかもしれませんけど、音楽史的にはヘンデル最期の大傑作、後のロマン派歌劇の感情表現の先取りをしている凄い作品、と言われるもんですな。まあ、「士師記」のエフタと娘の犠牲の話なんてのは、どうなんでしょうかねぇ、日本語文化圏ではどれくらい知られているものなのかしら。聖書文化圏でも、なかなか微妙な話ですし。

要は、イスラエルの歴史書の体裁をとりつつ新約の神様になるまでのヤハヴェの姿を描いた聖典に収められた逸話でんな。ただ、今回、「士師記」なんぞ今世紀になって初めてまともに読んで(無論、ヘブライ語じゃなくてweb上の日本語ですけど)、あらためて思ったんだけど、「神の理不尽な命令に従うイスラエルの民」の姿を描く、それこそ大傑作「ヨブ記」以下、様々なエピソードがある中で、「連合戦争神としてのヤハヴェ」という極めて語りにくい部分を真っ正面から取り上げているエピソードって、ありそうで案外とないもんじゃないかい。エフタの娘の物語って、神話素としてどれくらい取り上げられてるのかしら。

ま、そういう40年も昔のやくぺん先生の本業にならなかった世界の話はともかく、本日のクリスティ御大指揮レザール・フロリサンがガルニエのピットに入り、演出は今のパリでは「のーとーりあす」な意味で話題が盛り上がっているクラウス・グートでありますから…まあ、ことがまともに進むとは思えない。ことによると、強引にハッピーエンドにしたリブレットをすっかり無視して、「士師記」のまんまに娘を生け贄に捧げちゃって終わりにするんじゃないのかぁ…なんて思いつつ、地下鉄でオペラ駅に向かったのであった。

結論から言えば、いやぁ、€165なんて大枚払ったけど、それだけの価値はありましたです。先月に出た《ラ・ボエーム》では、もう才能が枯渇したハッタリだけの爺になっちゃったんじゃないか、と地元同業者の方は散々な言いようだったグート御大、この作品では「作品は基本そのままに、今に必要なことを言う」という作業をきっちりやってました。見事なものです。

ちなみに、売り切れだったのに数日前に突然webに出てきたこの席、こんな場所。もう、かぶりつきというか、ピットの中にいるみたい。舞台の上手オケピットを眺める1列目であります。
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無論、これじゃ、舞台の上手奥は見えません。それに、遙か上にある字幕も見えません。幸いにも英語歌唱だし、ボストリッジ以下まともな発音でそれなりに聴き取れるし、話そのものはみんな知ってるものだから問題なかったけど、周りのパリジャン聴衆の皆様はなかなかしんどかったみたい。

基本、楽譜通りとはいえ、ヘンデルの楽譜(細かいことはなーんも知らんぞ、わしゃ)を2つの部分で大きく弄っている上演であったことは確かでありました。

ひとつは、本来は3幕(というのですか、オラトリオも)の作品をふたつの部分にしていたこと。冒頭のシンフォニアから、2幕の真ん中前の18番までが前半。要は、戦争に勝って戻ってきたエフタが娘に出会ってしまうところまで。で、第19番のシンフォニア以降、さああ大変なことになっちゃったぞ、ってのが後半です。この作品の通常上演がどうなってるのか何も知りませんけど、筋は通ってました。

もっと大きな弄りは、これ。
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やくぺん先生の目の前に、スタインウェイのピアノが置いてあります。これ、通奏低音をピアノでやるんじゃありません。その仕事は、写真でも判りますように、クリスティ御大の近くにちゃんと別の鍵盤がいます。

このピアノ、プリペアドされてる。で、ヘンデルの音楽にはない、実際の戦場の場面とかで、如何にも60年代前衛風な「ゲンダイオンガク」風の響きを突っ込んでくれる。そんな音楽、というか、音響の上に、パントマイムで殺し合いがあったり。長さとしてはそれほどあるわけではないのだけど、かなりインパクトはあります。

そんな風な弄りをした上で、あとは原則スコア通りに展開される「戦に勝利したら凱旋後最初に出会った生き物を捧げます、とヤハヴェに約束したエフタは、なんと愛娘が真っ先に踊りを踊って迎えてくれたので、娘を犠牲に捧げねばならなくなり、さあ大変」という物語。「士師記」では娘はしっかり犠牲に捧げられるのだけど、ヘンデルさんは流石にそれじゃ聴衆が納得しないと思ったか、最後の瞬間に天使が出現し、娘は生涯を神に捧げることになる、と改定している。

本日の上演、強引にハッピーエンドにしたヘンデルの楽譜そのままやってるんだけど…関係者はエフタ以下だーれも天使の仲裁の結果にぜーんぜん納得していない、みんな不幸になってしまいましたとさ、というお話になってました。

うん、そう、そりゃそーだ。これは演出家グート先生の仰る通りだわさ。

いかん、もう寝なければ。続きは明日、ベルリンまでのながあああい車内で、気が向いたらやります。ゴメン。

※※※

日曜の朝の7時前、パリ東駅発シュトゥットガルト往きICEに乗ってます。ええ、TGVじゃなくてICEですっ、なんか、当たった感があるなぁ。二つ目の(!!)カールスルーエで乗り換えて、一気にベルリンまで長っ走りする1日。夜はコミーシュ・オパーでシュレーカー、という娯楽デーでありまする。

んで、数時間寝る前に綴っていた話の続きだけど…作り、ってか、楽譜の弄り方というか、上演の仕方についてはそんな風。無論、グート御大ですから、所謂「モダン演出」です。

与太話にオチがついていなかったので、手っ取り早く結論だけ記してしまいますと…

この演出のお話の中身の責任者さんがやりたかったことは、極めて明快でした。「エフタが連合戦争神たるヤハヴェに最愛の娘を捧げる信仰の物語」というなんとも殺伐たる旧約歴史書的世界から、「エフタの信仰の強さにキリスト様が許しを与える神の愛と慈悲の物語」へとヘンデルが話を時代趣味に合わせてしまったものを、基本、楽譜は弄ることなく(モダンな響きのパントマイムをちょっとだけ加えるけど)、「戦争は勝っても決して喜びでだけではなく、大きな変化が起きちゃうわけで、当然ながら以前と同じ生活は出来なくなるのだ」という当たり前過ぎるメッセージにしてる。要は、「反戦劇」でんがな。

連合戦争神への勝利の捧げ物として司令官(古代の戦争ですから、ちゃんと自分で肉弾戦して沢山の敵兵を殺している)が娘を屠ろうとする瞬間、コロスたる合唱団の中からいきなり天使が現れ、「娘は屠らんでもいいぞよ、一生、神に仕えればよろし」と慈悲してくれる。そりゃ、娘の命が助かってみんな嬉しいのでしょうが、この話のポイントは、「アブラハムとイサク」みたいな「というわけで、神の前で信仰の強さが示され、その後、父と子は元気に暮らしましたとさ、めでたしめでたし」ではないところにある。イスラエルの民を勝たせ給えというエフタ大将の願いを受け入れたヤハヴェは、ちゃんとエフタやその家族関係者に大きな犠牲を強いている。娘を殺さなくて良いだけで、エフタは罪を背負い続け、娘は愛する男と結ばれることもならずに悲嘆の人生を生きる。

グートの演出は、「生き残ったけどめでたしめでたしにはなりませんでした」という部分を、思いっきり強調します。結果、聴衆は「なんでこんなことになるんねん?」と思いながらおうちに帰ることになる。で、まあいろいろみんな勝手に思うのでしょうけど、ネトウヨみたいな余程かわった人じゃ無い限り、「だからやっぱり戦争はマズいよね」と、ちょっとは感じるだろー…。

…なーんて演出家が考えたのか、判りゃしません。でも、「エフタの犠牲の物語」を21世紀の今に少しでも意味のある形で、二千数百人の世界中から集まって来てる烏合の衆に観せるだけの意味のあるものにしようとするなら、このやり方は間違っていないと思うです。グート御大、《ラ・ボエーム》はホントに酷かったらしいけど、まだまだちゃんとしてるじゃないか。

てなわけで、もの凄く眠いんで、これでオシマイ。ストラスブールに到着するくらいまで、外はずっと真っ暗なままでしょう。あ、そうそう、クリスティ御大も、凄くお元気でした。ほれ。
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今回のパリ滞在、このクリスティ御大といいブロムシュテット御大といい、アメリカ人爺さんが元気だったなぁ。←深い意味や比喩はなし!

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1945年に18歳だった合唱ボーイが逝く [音楽業界]

昨日、日下部吉彦氏の訃報が伝えられました。享年90歳。
https://www.asahi.com/articles/ASKDZ4WRJKDZPTFC003.html
東京の音楽ファン、関係者の皆様には「へえ」でオシマイの話かもしれませんけど、大阪文化圏では音楽業界関係者を越えた追悼の声が挙がっていることでありましょう。なんせ、「音楽評論家」とかいうよりも、こういう方ですからね、大阪のある世代にとっては。
https://www.youtube.com/watch?v=BjymqCgfxeE

やくぺん先生の個人的な気持ちとすれば、非常に失礼ながら、「どうやって引退するべきか」をいろいろ考えさせてくれる先達でありました。大阪室内楽コンクール&フェスタのフェスタ部門審査委員長としてのお付き合いが殆ど全てだったわけだけど、自分が責任を持たねばならぬイベントをどう愛するべきか、どうやって身を引くか、というひとつの事例を拝見するような気持ちでおりました。

その意味で、嗚呼この方、ってか、この世代らしい終わり方だなぁ、と思わされたのが、いずみほーる「ランチタイムコンサート」最終回でした。残念ながらあたくしめはニホン国にいなかったので参上できなかったのだけど、こういう演目で「自分のやってるコンサートシリーズ」を終えた。
http://www.izumihall.jp/schedule/concert.html?cid=1443

「リベラルだった人」という言い方もあるようだけど、そんな面倒なことじゃなくて、「1945年に18歳で、それから同志社に入ってグリークラブやってたにーちゃん」がまともに生きてくればこういう風に考えるようになる、というだけのことなのでしょう。自分が生きて、90歳になり、21世紀初頭のこんな社会が出来てくるところを眺めていればどう感じるか、というだけのこと。

その意味で、誠実に、勝手に生きた方だったのでしょう。ランチタイムコンサート最終回前に設定された記者懇談会で、若い記者連中を「なんであんな報道してて平気なの」と叱りつけるというか、呆れてるという方が正しいのだろうという感じの発言を盛んになさり、記者連中が下向いてニヤニヤするばかりだったお姿が昨日のことのようです。
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日下部先生、やくぺん先生もみんなから嫌がられる爺になるよう頑張りたいと思いますです。合掌。

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名古屋の結婚式場オルガン引取先探してます [音楽業界]

「よくある話」といえばそれまでなのだけど、関係者や当事者にとってみれば唯一無二の大変な事態なのであることはよーく判りますので、何も出来ないとは知りつつ、お知らせしますです。以下、連絡があった方のメッセージを基本、貼り付けます。

※※※※※

名古屋の結婚式場結婚式場「グランティア名古屋」が、リニア計画に伴い2017年12月~18年1月営業終了。式場に設置されたパイプオルガンの行方が課題となっています。ビルダーはカナダ、Casavant Frresからヤマハが輸入、設置した楽器。
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ヤマハとはボランティアの方が連絡をしているものの、これといった動きはないもよう。
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18年3月半ばまでに解決したい、とのこと。何もしなければ解体、産廃として廃棄される。

現在、名古屋在住のキリスト教徒の方が動き、カソリック名古屋教区他での協議待ち。

※※※※

以上です。関係者の方は、「せめてサヨナラ演奏会くらいしたい」とのことであります。

写真も来ましたので貼り付けましたが、まあ、大きな楽器ですね。これじゃ、完全にそれ用の部屋を用意しなければならないから、急にといわれてもねぇ。

誰が考えてもいちばん良いのは、まずは「結婚式のときにこのオルガンで門出を祝って貰った少なくない人々に声をかける」ことだとも思うのですが、教会ではなく民間の結婚式場のようですから、個人情報をそういうことに使うわけにもいかないのでしょうねぇ。

この話で「いかにも」ってか、時事ネタっぽいのは、老舗結婚式場が閉館する理由です。こちら。
http://www.grandtiara.com/ekimae/wedding/news/news01/entry-11868.html
あああ、どう考えても無用の長物、リニアのお陰なんですなぁ。式場側としては、リニア駅を作りたいJR東海に古くなった結婚式場を売り払って別の所に新しい施設を建てられるのだから、それはそれでOKな話なのでしょうけど、そこにこの楽器を移設するなんてことは考えてもいないのかしらねぇ。いやはや…

余りにも半端な情報ですけど、「そのオルガン、おれが買う」などと言いそうな方がいらっしゃれば、ご連絡いただければ幸いです。

[追記]

今、ボランティアで東京で動いてらっしゃる方から連絡があり、昨日の名古屋教区司祭団忘年会で話題になったそうです。関係なさってる司祭様もいらっしゃったそうで。で、やはりあれだけ規模が大きい楽器となると、名古屋教区では直ぐに引き受けられるところはなさそう、ということです。

[追記の追記]

12月30日夜の段階で、少なくとも1件の真剣な問い合わせがあり、名古屋で動いている方におつなぎしました。このようなソーシャルメディアでの情報拡散には、情報のコントロールが出来ないということからもいろいろなご意見はあるようですが、なんであれ、とにもかくにも上手い具合に事が進むめば良いのですが。

ちなみに、すっかり書くのを忘れてましたが、オルガンの譲渡そのものは「無償で」とのことです。ま、ただほど高いものはない、に近い話ですけど。

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ハノイ初の教会コンサート [音楽業界]

一応、「音楽業界」カテゴリーかな。実体は「たびの空」なんだけど。

昨日、ハノイ市内の大観光地(物理的に広い、という意味)旧ハノイ城跡遺跡の北、大統領府やホーチミン廟からもほど近いクァバック・カトリック教会で、「クリスマス・コンサート」が無事に開催されました。ここ。
http://www.giaoxugiaohovietnam.com/HaNoi/01-Giao-Phan-HaNoi-CuaBac.htm
へえ、ハノイでもそういうのがあるのか、とお思いでしょうし、実際、それだけのことであるといえばそれだけのことなんだけど、「無事に」という副詞を敢えて被せてあるのは決して意味がないことではない。指揮を執られたヴェトナム国立管音楽監督本名さんに拠れば、ともかくここに至るまで苦節何年だかの大変な道のりがあったそうな。なんせ、カトリック教徒の人口が2割くらいというこの人口1億に迫ろうというかつてフランスが宗主国だった国で、教会内部でのクリスマス・コンサートというのは前代未聞、全く初めての試みだったそうでありまする。

きちんとした取材じゃなくて酒飲み話、事実関係を確認したわけではないので細かい事情は記しませんけど、よーは、社会主義国に於ける教会という人が集まる場所の在り方、ましてやハノイの丸の内というか霞ヶ関というか皇居周辺というか、そんな位置づけの場所の凄く目立つ大きな教会となれば、いろいろと御上も気になるし、教会側もいろいろ忖度、とは言わぬが、配慮をしていた、ということでありますな。なんせ、本番数日前に御上からいろんなことを言ってきて、中止になるかもしれなかったという。

切符を売るのではなく、日本円でお一人様500円くらいのドーネーションを御願いします、と呼びかけて入口で徴収するチャリティ・コンサート、主催はゲーテ・インスティテュートで、教会はあくまでも会場を貸した、という形になっている。ドイツから歌手が2人招聘され(アルトさんはフランス人だそうだけど)、ヴェトナム側からはソプラノさんと、一昨年の《かぐや姫》でもエンペラーを演じたバリトンさんが参加。合唱団はハノイ・カトリック青年合唱団にハノイ・オペラハウス合唱団が加わり、オケは無論、ヴェトナム国立管でありまする。

なにせこの街ではかつて起きたことの無いイベント、表の差配を含めどうなることか判らぬ一発勝負イベントだったわけで、やくぺん先生とお嫁ちゃんも開場の1時間近く前には教会に到着。
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表でドーネーションのブースが作られたり、トナカイ髪飾りやサンタ帽子
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はたまたマグカップなどいかにも教会ドーネーション屋台の立て込みなんぞが行われてる。
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なるほど、こんなノンビリした感じなんね、と安心して、本名さんお薦めの道を渡った(この作業がいかに至難か、この国の都市部の交通事情を知る方にはお判りであろー)向かいにあるコーヒーハウス「コバ」に上がり込んで、ううん、確かにモダンアート連中はこの国に関心あるわなぁ、とさりげなくふるぼけカッコイイ店内に満足し
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気持ち良い椅子に座りこんでヴェトナム珈琲をいただき、クリスマス前の宵、道を流れるオートバイの無茶苦茶さを眺めていればいくらでも時間の経つのは忘れる状況なれどそーゆーわけにもいかず、おっともう開場15分前を切ったでは無いか、と慌てて再び決死の覚悟で道を渡り、ではあらためて、とホーオジサンの赤いお札を出して2人前、チケット代わりに当日プログラムをいただき、教会横に仮設された臨時駐車場に次々と乗り付け始めるバイクを眺めているのであった。

そうこうするうちに午後7時もまわり、教会正面の扉も開き、人々がだだだだああああ、っと流れ込む。ぼーっとしているうちにあっと言う間に中央の席は埋まり、あれよあれよ、後ろから数列目をなんとか確保するのがやっとの田舎者。なんせ定員などのない教会、席はなくなり補助席が出され
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うしろは立ち見でぎゅう詰め状態。
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東京の消防署が見たら卒倒しそうな状況でありまする。各国大使も招待されているらしいけど、VIP席まで溢れかえっていて偉い人も座るところがないみたい。

かくて開演時間を押すこと10分ほど、ハノイのゲーテ・インスティテュート所長さんが短い演説をし、どんな風に楽器が配されているかなどまるっきり判らないままに本名さんが登場、まずはバッハの《管弦楽組曲》第3番がやたら響いて弾いてる皆様には聴きづらそうな空間に響き渡る。続いて合唱と独唱者が登場し、モーツァルトの《戴冠式ミサ》が高鳴る。ま、たしかにこの空間ではヴァン・スヴィーテン男爵のところで勉強した後のポリフォニー志向のミサだったらグチャグチャになっちゃうだろーなー、と納得しつつソプラノのアリアなどを堪能させていただいた次第。

アンコールに「主よ、人の望みの喜びよ」をやって(カトリック教会だけどいいでしょ)、最後はしっかり《きよしこのよる》で締め括り、大拍手の中に大混雑のハノイ初の教会でのクリスマス・コンサートは幕を閉じたのでありました。
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協会関係者の方は、想像以上に大変だったので毎年というわけには、と仰ってるそうだけど、そんな大人の事情はどーあれ、目の前でトナカイになって踊ってる女の子や、サンタ帽子を被って指揮してる男の子なんぞにしてみれば、「子供の頃に行ったクリスマスコンサート」の想い出、連れてきているお母さんにすれば「お前はあのとき全然聴いてなかった」と一生繰り返すであろうネタとなったことでありましょう。

普通の、当たり前のことが、当たり前に出来る幸せ。単車の群れの照らす光に浮かぶ、Merry Xmas in Hanoi!

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大フィル聴衆はカモなのか? [音楽業界]

ある関西の大学の先生から、こういう詐欺があるらしい、ということを教えていただきました。昨日今日のことではなく、もう話は収まっているのかもしれませんけど。
http://www.osaka-phil.com/news/detail.php?d=20171125

余りに興味深いので、自分のメモのためにコピペしておきます。内容が内容だけに、事が収まったらなくなってしまうリンクの可能性がありますからねぇ。

※※※※

2017.11.25
【大阪フィル・チケットセンターを騙る電話にご注意ください!】

定期会員各位

 昨日以来、定期会員様より「大阪フィル・チケットセンターから定期会員更新手続きの件で、との留守電が入っていた」「今回郵送物送付に不備があったので、この電話で手続きをします、との連絡があった」などのご報告が複数件寄せられております。
 大阪フィル・チケットセンターからは、定期会員様へ更新手続きに関するお電話を差し上げておりません。

 今後、そのような電話がかかってきた場合、くれぐれも個人情報を開示されないようご注意願います。
 また、もし不審な電話を受けられた方がおられましたら、大阪フィル(06・6656・7711)迄ご報告いただけますようお願い申し上げます。

 ※なお、大阪フィルは電話番号を非通知設定にしておりませんので、必ず「06・6656・4890」「06・6656・7711(7701)」の番号が表示されます。「非通知設定」の番号からおかけすることはございませんので、ご注意ください。

※※※※

というわけで、何があったのか、その後どうなったのか、関係者に尋ねてみたいところだが、用もないのにお邪魔するのもなぁ。その後の詳細、事件の経緯など、ご存知の方がいらっしゃいましたら、お教え下さいな。

それにしても、大フィルの定期会員の更新で動くお金って、最大に考えても数万円なわけです。会社とか組合が福利厚生で何十人も定期会員になっている、なんて例があるのならともかく(あんまりあると思えない)、この話はあくまでも個人会員向けての電話みたいだし。

身元がバレない電話1本とはいえ、なんだか不思議な話であります。大フィル定期会員って、もの凄い資産家かなんかと思われてるのかしら。そもそも、どうして電話番号が流出しているのかしら。

考え始めると、なにかホントはもっと深い裏があるのではないか、と思えてしまう。ま、「皆様、お気をつけて」という感じがあんまりしないのは不幸中の幸いでしょうかね。

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ヴァーグナーで何を喰らうか:シカゴ編 [音楽業界]

時差調整程度に考えてたシカゴ・リリック・オペラの《ヴァルキューレ》が、予想外、といっては失礼ながら、あっと驚く猛烈に充実した内容で、ぶっちゃけ、21世紀に出されたこの作品演出のいいとこ取り、いろんな意味での集大成だったんで、そっちについてもちゃんと記さにゃならんと思うのだが、長すぎる新暦霜月晦日の深夜、もう頭が動かないので、どーでもいいことを先に記しておきましょ。

そー、すっかりシリーズ化しつつある「ヴァーグナーで何を喰らうか」でありまする。この問題、既に議論は提起してあるのでありますが
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-11-02
その結論でありまする。

朝の7時前にオヘア空港に到着、なんのかんので遅い昼をシンフォニー隣のパンダ・エクスプレスで喰らってしまったために、頑張ればなしでいけるかとも思ったが、流石にそれもキツい。決して狭くは無い筈のシカゴ・シヴィック・オペラハウスのロビーに入るや、中は大混乱。というのも、沢山の人々が《ヴァルキューレ》飯の予約に並んでるんですわ。選択肢は、上の記事に記した通り。

んで、結局、これにしましたです。
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選択肢は
$15 Nigiri &Maki Combo
$12 Maki Combo
$8 Single Maki
の3つ。それぞれに中身は選べて、あたしゃ$12のセットを選んだら、California, Spicy Tuna, Shrimp Tempra, Salmonからの2つのチョイスで12個のマキだそーな。で、カリフォルニアと海老フライ巻きを選んだで御座いますよ。
お名前は、ええとぉwatanabe,まあ、あたしの眼科の先生の名前と同じね、と仰るオバチャンに、じゃあ2幕の後にします、と御願いし、現金で払い(カードもOKでした)、引換券をいただくのであった。なんと、どっかからケータリングするんじゃなくて、演奏の間に板前さんがお店の奥で握ったり巻いたりするようです。

幕の間の休憩は30分しかなく
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ちょっと外に行くには時間がなさ過ぎる。で、このヴァーグナー飯、大盛況であります。最初の幕間ったら、サンドイッチバッグやらスシやらを頼んだ方々で、ゴージャスなアールデコのロビーが溢れかえる。なんせ、喰らうところはないし、外は寒いし街の真ん中のビルで運河の畔で喰らうなんてことも無理。結果として、こんなことになる。
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寿司屋さんの周りは、ヴァーグナーと思えぬ酸っぱい香りが漂います。

さて、ブリュンヒルデが空中を飛ぶグラーネの上から荘厳に宣言する「死の告知」のシーンから、それまで全く出てこなかったヴォータンの槍が象徴的に闘う2人の間に上空から振って来てノートゥングを叩き割るもの凄くカッコイイ戦闘シーンを経て、感動盛り上がりっぱなしの2幕が終わり、カーテンコールをやってるのに、さっさと平土間5番扉横の寿司屋さんにヴォータンに追われるが如くに飛んでいき、オバチャンからスシをいただきます。これ。
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へえ、これでこの値段なら、普通のスーパーと同じじゃないの。結構、お得。飲み物を寿司屋さんで売ってないのはちょっと困るけどさ。

幸いにもひとつ席を確保し、さっさと喰らうのが勿体ないまったりしたアボガド、意外にもぱりぱりの海老のドラゴンロール、あああああ素晴らしきかなアメリカンSUSHI!

結論:やっぱりヴァーグナー見物はドラゴンロールで決まりじゃ!なんせ次はドラゴン退治の《ジークフリート》だもんっ!

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やお君来日中 [音楽業界]

現在、ロン・ユー御大に率いられたチャイナ・フィルハーモニックが日本ツアーを行っています。本日はフリーで、団員さんは朝からバスで富士山見物に行き、一部は軽井沢とかに行ったりもしてるらしい。軽井沢って、まさかこのオケとは縁のある大賀ホールでなにか、と思ったら、そうじゃなく、「アウトレットだよ。もう、買い物命、ってのがいてねぇ…」

と、半分、苦笑しているのは、同オケ広報のやお氏であります。北京在住で紙媒体からwebまで幅広く批評などを展開する若き音楽評論家にして、腕章付けてカメラブースから公式写真を撮影するのがこの数日の仕事になってるチャイナ・フィルの広報担当者でもあります。先月の北京取材ではもの凄く御世話になったので、そのお返しの接待(?)でありまする。こちら、先月、北京某所にて撮影。他人事ながら、エコノミークラス、きつそーだぁなぁ。
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オケの公報さんが評論家、って大丈夫なのかいと心配になるけど、「自分のオケについては書きません。それから、友人の演奏家についても」とのこと。オケは、そんな活動を咎めるどころか、奨励してくれているそうな。へえええ。

なんせ、北京には評論家とか音楽ジャーナリストという職種は前世紀には存在しておらず、学校もなく、音楽院でも育成しているわけではない。「この前、北京で音楽評論家のコンファランスがあったのだけど、ドイツから招待された評論家はみんな音楽学者とか楽理の出身なのに、こっちは僕はアメリカで化学を学んだわけだし、みんなそんなのばかり。日本はどうなの…」

ま、日本の状況はどうあれ、今は北京にも10数人は存在しているという書き手やらの話とか、先頃いろいろお世話になった北京の音楽祭の来年のこととか、なんのかんの、東京駅前新丸ビルでとんかつ喰らいながら話をしてきたわけです。
せっかく、北京の若い「第一世代」がいるのだから、日本の側の同じ世代に繋げていくのが爺の仕事であろーってことで、昨晩、慌てて何人かに声をかけたら、都内某ホールの広報氏が押っ取り刀で駆けつけて下さり、若いもんどーし、話も弾んでいたようであります。来月早々に北京の国家大劇院で出るヴィーン国立歌劇場との共同制作メータ指揮の《ファルスタッフ》についてとか、その先のなにやらいうオペラにドミンゴがホントに出るのかとか、「マニアさん」通しで盛り上がっておりました。まだ記すわけにはいかないけど、来年の北京国際音楽祭のメイン出し物となるオペラに関して、「いくぞぉ」ってなってたのはいいことであります。

どうなることやらわからないけど、ともかく何らかの形で東京と北京の相互で公演情報の共有が出来るようにしたいねぇ、となってた。うん、そーだ、ぐぁんばれ、若い人達っ!

これで爺も安心して隠居できる…ってわけにはいかんだろーがなぁ。

さあ、明日からは厳冬の北米中西部から常春のカリフォルニアへと駆け抜け、戻って来たら厳冬の半島。そして、クリスマスはハノイで過ごすことになったよーだ。まだまだ、動けるうちは爺や婆も動くとしましょうか。

そうそう、明日30日のチャイナフィル、お暇な方は是非どうぞ。シュトラウスの《4つの最後の歌》終曲を弦楽オーケストラに編曲したと、珍品というには面白過ぎる小品に始まり(オケのレジデント・コンポーザーさんが、楽譜ではなく耳で起こした編曲だそうな)、ブロン弟子の11歳の少女のサン・サーンス、そしてロン・ユー御大による今時珍しい「熱い」ショスタコ5番が聴けますよ。

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テクノロジーの進歩がもたらすもの [音楽業界]

アイズリQの庄原中学でのアウトリーチ、というよりも全学演奏会が終わりました。これから、アイズリの皆さんは広島経由で津に向かいます。また来週、鶴見でお会いするまで暫しのバイバイ。紅葉の本州島を楽しんでね、といいたいところだが、そんな暇はあるのかな。なんせ、戻ったら直ぐにあたくしめも追いかけるメトロポリタン美術館ギャラリーでのコンサートだもんなぁ。

さてと、そんなお忙しいアイズリQでありますが、お忙しいのは舞台上で楽譜を音にする4人組ばかりではない。もうひとり、意外な忙しさになってるスタッフがおりまする。

今世紀に入ってからの私ら凡人を取り巻くテクノロジーの変化で最も顕著なのは、「デジタル化」の流れでありましょうぞ。ライブ演奏への最も大きな影響のひとつは、「楽譜のデジタル化」、要は、電子楽譜の急速な普及であります。ニック達が最初に始めた頃の衝撃は未だ記憶に新しい…って、ニックたちが初めて電子楽譜を使ったときの記事を当電子壁新聞で探そうとしたが、めっからないなぁ。いつ頃のことだったっけか。

ま、なんであれ、今やごく当たり前とまではいわないけど、それほどビックリすることではなくなっているiPad楽譜、パソコン譜面でありまするが、無論、まだまだみんなが使っているわけではない。んで、今回、アイズリQの演奏会にいらっしゃると、こんな風景が見られます。
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お判りになりますかな。そー、セカンドさんの譜面台だけ乗っかってるものが違う。それに、脚物になにやら黒い物体が置いてある。他の3人は、普通のコンサートをやりますよ、ってセッティング。アイズリQ,、ヴァイオリンのアリアナさんだけがiPad楽譜で、他の3人はトラッド楽譜なのであります。

弦楽四重奏業界の電子譜面のパオイオニアたるボロメーオQも、最初はニックだけが電子化し、他の3人は「ああ、うちの社長、また手作りでとんでもないものを引っ張り出したぞ」と眺めていたわけですが、なんのかんのでいつのまにやらみんな電子譜面になっていて、更に改良が加えられ、画面も大きくなり…という推移を眺めることが出来た。なんせ、ベートーヴェンのオリジナル譜面からなにから入ってるわけですから、壮大なアルヒーフを背負って歩いているようなものになっていった。

それほど積極的な使い方はしないまでも、電子譜面はジワジワと普及していき、足のペダルを使うから忙しかろうにと思ってしまうゲンダイオンガク系のピアニストさんなんかがとりわけ積極的に使うようになり、弦楽四重奏団でも全員は使わないけどメンバーの何人かが使う、という団体は今や珍しくない。例えばクスQなんぞは、昨年の時点でセカンドのオリーくんだけが電子譜面。なんでかというと、オリー氏は先生としてオープンレクチャーやマスタークラスをやることが多く、その際に電子譜面だと自分の使ってる楽譜を後ろに大きく映し出して説明する、なんてことが簡単に出来るから、というのも理由のひとつみたいでした。そういうヘビーな黄海マスタクラス、随分やってるもんね、オリー氏は。

アイズリQの場合、アリアナさんはニューヨークのゲンダイオンガク系アンサンブルなんかをやってるという理由もあるからか、ともかく、電子譜面であります。ところが、少なくともアイズリQでの演奏の場合、ひとつ面倒なことが起きるのでありますよ。

この団体、ファーストとセカンドのヴァイオリンが交代します。ああ、そういう団体、あるよね、とお思いになられるでしょうし、その通りなんだけど、ここでひとつ面倒が起きる。そー、曲によって座る位置がかわるので、当然、譜面も移動しなければならない、ということ。

紙の素面なら、ひょいっと紙束を掴んで席を入れ換えればいいだけのことだけど、この電子譜面台の場合、譜面台と脚物と足踏み譜めくりマシンも移動せねばならない。これ、演奏家が自分で舞台上でやると、かなり滑稽な感じもないでもない。

本日行われたアウトリーチでは、短い曲をいくつもやるわけで、なんどか席を交代せねばなりません。どうするかというと、その間、司会を担当したヴィオラさんが話をしていて、その間にスルッと席とマシンの移動をしていました。なるほど、賢いぞ。

普通の演奏会では、アイズリQの皆さんは引っ込んで、同行している日本室内楽振興財団スタッフもぐらくんが譜面台と椅子の交換をします。もうツアーが始まって半分も過ぎているのでもぐらくんすっかり慣れたもので、流れるような手順で作業を行っておりました。あれなにやってるのかしら、と不思議そうに眺める人も案外といなかった。目立たない、というのは裏方にとって何よりも大事なことのひとつ。流石プロでんな。終演後の撤収作業でも、しっかり足下のマシンに気を配ってるし。
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てなわけで、テクノロジーの進歩は意外な仕事を生み出すのであーる、というどーでもいい話でありました。

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職人仕事としての「演出」 [音楽業界]

昨日は実質上関西日帰り、朝6時前に深夜バスで京成上野駅前に到着し、ボトボト落っこちた柿の実を処理して生ゴミにして出すために葛飾オフィスに直行。ちょっと寝て、結局、葛飾区議会選挙の事前投票にはいけないままに慌てて日生劇場に向かい、《ルサルカ》を見物してまいりました。いやぁ、この歳になってこういう日程はやりたくないなぁ。ふううう…

かくてグチャグチャな糠味噌前頭葉で数日前までトランプ祭りが開催されていた辺りに行き、ボーッと座りながら見物したわけでありますが…なんせ隣にニッセイ基礎研のY御大がいらっしゃるという状況なのにもうまるで保たず、この作品で最も美味しい筈の1幕のルサルカのアリアなんぞ辺りはばっちり爆睡轟沈状態。おおお、なんてこったと己を苛むことになったわけであります…が、そのお陰でなんとか2幕以降はちゃんと起きていられたぞ。えっへん。←偉くもなんともないわいっ!

この公演、なんというか、極めてポジティヴに言えば、「《ルサルカ》という作品がドヴォルザーク晩年のメロディメーカー、オーケストレーションの達人としての能力をフルに発揮した傑作」という評価が確かに間違ってはいない、と思わせてくれるものでありました。

ともかく指揮者さんとオケが、数小節のなんてことない推移の場面にも埋め込まれた豊かすぎる旋律線を全部引っ張り出してくるような音楽をやってくれてますし、これだけ大きなオケを管楽器を舞台上手下手に上げる低すぎるピットでも、歌手さん達はチェコ語の壁をも越えてきっちりきこえてくる歌を披露して下さっております。ドヴォルザークのベタベタさがお好きな方には、もう涙ちょちょ切れもんでありましょーぞ。あのピットであのバランスは、ちょっとビックリです。

って、それなら演奏会形式で良いってことかい、と突っ込まれれば…うん。そーですね、それでも良かったかな。

演出がダメダメとは申しません。今や伝説と化した、流石に当無責任電子壁新聞でもどう書いても罵詈雑言にならざるを得ずダンマリを決め込んでしまっている10日ほど前の池袋《トスカ》の、苦笑爆笑通り越し怒る気にもならぬ悪い冗談の連発を眺めるよーなトンデモ演出、オペラ演出としてこういうことだけはやってはいけないという例を一気に総ざらえしたような怪舞台とは比べては失礼な、とってもちゃんとした演出をしているのは誰の目にも明かであります。
演出の宮城聰氏は、オペラというヌエ的なものはともかく、舞台というものに関してはがっつりしっかり判っていて、必要なところでは自分の手兵を配してかなり面倒なプロの演技をさせたり、ダブルキャストの歌手にもしっかりと「演技」をつけて舞台としての筋をきちんと通そうとなさっている。そして、それなりに成功はしている。全く舞台の動きと関連のない無駄な映像を流し客席を苦笑させるとか、意図不明な設定変更とかをしているとか、突然音楽をとめて関係ない歌が入るというコンヴィチュニー級の巨匠以外はやってはならない超高級な禁じ手をするとか、ピットが浅くてオケが声を完全にカバーしちゃうとか、そんな演出の基礎の基礎を踏まえぬ蛮行をやってるわけではない。まともと言えば、極めてまともな舞台であります。

勿論、「ルサルカという異人が異文化の中でコミュニケーション出来ないこと」の意味とか、「エイリアンを認められない社会の在り方」とか、今時のヨーロッパのムジーク・テアター系の劇場が喜んでやるようなテーマの掘り下げは、一切ありません。ま、それはもう、日本のメイジャー歌劇プロダクションに期待しても仕方ないことであると、あたしらはよーく知っている。だから、それを嘆くことはいたしません。先頃の池袋のような、才能の無駄で間違った蕩尽ではないことは確かです。

結果として、民話設定の19世紀国民オペラのひとつが、相当にヴァーグナーなりの影響を受けているとか、ほぼ同時に世に出る《ペレアスとメリザンド》が同じ「異人もの」でもどれほど飛び抜けてスゴい作品であるかとか、いろいろ判らせていただけて有り難い舞台でありました。自分がやれる職人仕事に徹した「演出」は、まあ、ありじゃあないの、ってこと。

この演出家さん、今回のプロダクションを経験することで、「オペラ」というところでやりたいことがなにか発見出来れば良いんですけどねぇ。まあ、才能の無駄遣いいはならないで欲しいなぁ。

以上、極めて穏当極まりない感想にもならん感想でした。

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ロシア革命100年記念日なのに… [音楽業界]

朝っぱらから遙か帝都は帝国ホテルを臨む佃縦長屋から、この数日の都心上空警備を行っていた橫田のイロコイが最後のお勤めをするのを眺め、やっとこれで安心して帝都中心を歩けるわいと思いつつ葛飾オフィスに向かい、なんのかんの作業をして昼飯を食わんと目にしたNHKBSの国際ニュース、「本日はロシア革命100年記念日」と伝えておるではないかい。

そうか、10月革命とはいえ、ユリウス歴では11日だか12日だか足し算しないと今のあたしらの暦にならんわけで、ボルシェビキ蜂起は本日11月7日ということになるわけね。

なぁるほどなるほど、だからトランプ騒動の真っ只中に来日したボストン響の面々は、本日、サントリーホールで賑々しくもショスタコーヴィチ交響曲第12番なんて来日北米オケ演目としてはなかなかケッタイなもんをやるんか、これは是非ともトランプ総司令官閣下にもご臨席いただきたかったなぁ…などと思ってサントリーのサイトを眺めていると、あれぇ
http://www.suntory.co.jp/suntoryhall/schedule/detail/20171107_M_3.html
なんだい、11番じゃあないのぉ!なんでやねんっ!?

そういえば、いわきでチャイコフスキーの後期をひとつの演奏会で全部やる、なんて勇ましいことやってたロシアのオーケストラが来日してる筈。そっちは絶対に今日こそ第11番をやるに違いないぞ。近場でやってるなら、覗きにいってやるべか。なんせ、今日は予定していた日暮里サニーホールでのAOIクァルテットが驚くなかれ売り切れだそーなんでねぇ。

てなわけで、オーケストラの名前うろ覚えのまま何とか検索したらあったあった、ふむふむ、ロシア国立シンフォニー・カペレなる団体が、初台で演奏会を行っておるではないか。ロジェヴェン先生のソヴィエト国立文化小管弦楽団の今のお姿なのかい。おお、この団体なら、当然、今日はショスタコーヴィチ交響曲第11番《1907年》を壮大に鳴り響かせることであろー…と思ったらぁ
http://www.tempoprimo.co.jp/contents/ticket/rosso2017.html
なんで第5番なんねんっ!《革命》だからいいじゃろ、ってかい!

そそそ、そんな筈がなかろー。どうして今日、ボルシェヴィキ革命が目出度くも100年を迎えるという日に、せっかくショスタコ先生が渾身の力を込めて書き上げたオーケストラによるレーニン讃歌を謳い揚げようとしないのかっ!

あれこれ調べても、どうやら目出度くも2017年11月7日の革命記念日にショスタコーヴィチ交響曲第12番を演奏しようというオーケストラは、なぜか見つかりません。そんなこと絶対になかろーに、と思うんだけど…。ロシア語圏も頑張ってみたが、どーにもキリル文字の壁は高く、それらしきものは発見できませんでした。

うううん、今日のコンサートで演奏しなければいつやるんだというこの曲、どうして誰もやらんのじゃ?今のロシア共和国ではいろいろ微妙というのは判らないでもないが、ヨーロッパでも北米でも、面白がってやりたがりそうな指揮者なんぞいくらでもいそうなものを。

秋深し 革命遠く なりにけり

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