山田耕筰をどう描くか [売文稼業]
昨日来、山田耕筰という人物についてある程度まとまった量の記述をせねばならず、いろいろと悩んでおりました。とはいえ、もう一週間も〆切破りをしてる作文、これがひっかかってると次々と目の前に積まれるその先の仕事が進まず、そんなこんなで結局のところ「今年は2月中に申告するぞ」と宣言した税金が、例年のごとく後ろへ後ろへとズルズル先送りになる。なんせ我らが中央区、今年はどういう訳か、明治期に近隣の築地小劇場、はたまた銀座川に面した歌舞伎座、大正期になると宮城前に聳える白亜の殿堂帝国劇場と並び、日本の演劇文化史を彩り藤原義江も初舞台を踏んだとされる新富座の跡地たる京橋税務署をクローズさせちゃってて、遙か八重洲堀の向こうの区を越えた財務省のデタッチメントまで納税申告書を持って行かねばならぬのさっ!
んで、まあ結論から言えば、「かつて日本と呼ばれた極東の放射性廃棄物まみれの列島に19世紀半ばから21世紀末頃まで存続した国の文化史を、西暦2300年の研究者が面白そうに眺める」というような感じの視点で行くしかないだろうなぁ、と腹をくくったでありますよ。あたしらがフランス革命思想のベートーヴェンへの影響とか言い立てたり、「フィガロの結婚」に秘められた猛烈に危険な革命性について気楽に述べたりするのと同じ姿勢、ってこと。
なんせ、一応は御上がらみのところから出てくる作文なんで、いかな著名入り原稿とは言え、「赤旗史観」やらではまずかろー。とはいえ、今時流行の片山先生や岡田先生、渡辺裕先生なんかに倣って、結果的になんとなくライトっぽい軽さでパンパンと軽快に評価を下してくのも気がひけるしなぁ。
というわけで、めんどーな作文作業故、この週末まで当電子壁新聞は閑古鳥となります。悪しからず。なお、幸いにして、出てくる作文は殆ど皆さんのお目にかかることはないでありましょう。実質内部資料みたいなものなんで。これまた、悪しからず。
さあああ、やるぞおおおおお。あ、夜はちゃんとシューマンQ、行きますから。
追記
この丘山万里子氏の論考は、「戦時中の山田耕筰って、なんであんなになっちゃったの?」という誰もが思うけど誰も真っ正面から答えてくれない素朴な疑問に、さりげなくどーどーと答えてらっしゃいます。
http://www.hansen-jp.com/210okayama.htm
なんか、真面目すぎる論考故にもの凄く皮肉っぽく見える、という興味深い論ですね。皆さん、是非ともお読み下さい。妙に納得しますよ。
んで、まあ結論から言えば、「かつて日本と呼ばれた極東の放射性廃棄物まみれの列島に19世紀半ばから21世紀末頃まで存続した国の文化史を、西暦2300年の研究者が面白そうに眺める」というような感じの視点で行くしかないだろうなぁ、と腹をくくったでありますよ。あたしらがフランス革命思想のベートーヴェンへの影響とか言い立てたり、「フィガロの結婚」に秘められた猛烈に危険な革命性について気楽に述べたりするのと同じ姿勢、ってこと。
なんせ、一応は御上がらみのところから出てくる作文なんで、いかな著名入り原稿とは言え、「赤旗史観」やらではまずかろー。とはいえ、今時流行の片山先生や岡田先生、渡辺裕先生なんかに倣って、結果的になんとなくライトっぽい軽さでパンパンと軽快に評価を下してくのも気がひけるしなぁ。
というわけで、めんどーな作文作業故、この週末まで当電子壁新聞は閑古鳥となります。悪しからず。なお、幸いにして、出てくる作文は殆ど皆さんのお目にかかることはないでありましょう。実質内部資料みたいなものなんで。これまた、悪しからず。
さあああ、やるぞおおおおお。あ、夜はちゃんとシューマンQ、行きますから。
追記
この丘山万里子氏の論考は、「戦時中の山田耕筰って、なんであんなになっちゃったの?」という誰もが思うけど誰も真っ正面から答えてくれない素朴な疑問に、さりげなくどーどーと答えてらっしゃいます。
http://www.hansen-jp.com/210okayama.htm
なんか、真面目すぎる論考故にもの凄く皮肉っぽく見える、という興味深い論ですね。皆さん、是非ともお読み下さい。妙に納得しますよ。
♪すみれぇのは~なぁ~… [売文稼業]
宝塚市立図書館の閲覧室におります。窓の外には緩やかな丘に住宅が広がり、彼方のこんもりとした緑の山が冬の光に輝き、ときおり福知山線の上を旧国鉄っぽい特急車両やステンレスの通勤列車が通り抜けて行きます。
こんな場所に来ているのは、うううん、ばらして良いのか、某国立施設の下請けで、某編集者さんから超緊急で依された原稿のため。ぶっちゃけ、日本のオペラの草創期から1945年までを原稿用紙60枚ちょっとに纏める、って仕事です。まるで頭の悪い大学院生が、薄っぺらな修士論文を慌てて書いてるみたいなもんです。
とはいえ、恐らくは殆ど世間の目に触れない作文なんだろうけど、形としてはへっぽこ三文売文業者がこんな仕事して良いのか心配になるくらい「偉い」ところが出す冊子なものだから、あまりいーかげんなことも出来ぬ。たかが10日程度でやっつけたと思われる内容では不味い。で、一応、日本のオペラ100年で盛り上がった2003年以降の新しい研究動向や、2001年以降の日本国社会全体のライトな右傾化傾向なども意識的に取り入れ、多少の歴史観のアップデートをせにゃならぬ。
てなわけで、宝塚に来てます。
ええ、日本のオペラ史に宝塚的なるものを入れ込む視点は、1980年代くらい、小生がまだヘブライ語やらギリシャ語にヒーヒー言ってた頃から多少はあった。ってのも、担当教官N先生のお隣に住んでた山口昌男大先生が、そういう日本の西洋文化受容なんかの定説をドンドンひっくり返してたわけですね。『モーツァルト好きを怒らせろ』だっけ、なんか凄いタイトルの御著書もあったなぁ。そんな空気の中、世紀末にマーラー・ルネッサンスで柴田南雄御大なんかとはまた違う視点を出してきた渡辺裕氏が日本回帰して、宝塚を論じ始めた。拙著クァルテット本が出た頃、担当編集者さんと、次は片山さん引っ張り出して「日本音楽名曲名演奏」ってのやろうよ、今の風潮なら絶対そっち方面は売れるから、なんて言ってた頃ですわ。おお、今や音楽売文業界最大の売れっ子となった片山先生、遙か彼方に行ってしまわれたものだ。
もとい。んで、浅草オペラだとか少女歌劇だとかを「日本のナショナル・アイデンティティを確立した民衆オペラ」とみなす歴史観は21世紀になってしっかり確立し、研究もジャンジャン出てくるは、資料館もあちこちに出来るわ。えらいことになってるわけです。
今、宝塚にいるのは、実を申せば、オリジナル資料をあたってなにやら新しいことを言おう、ってんじゃあありません。そんな大それたことはやってる暇もないし、やってる研究者の皆さんに失礼です。ぶっちゃけ、研究所や資料集がいっぱい揃えてあるだろう場所に行き、積み上げてだああああっと眺めて、なーるほど、これくらいの感じで良いのね、と確認するためです。ペリー来訪からマッカーサー厚木到着までの100年弱を60数枚にした場合、宝塚にどれほどの比重を与えて良いのか、自分なりに納得するのが目的。ま、2枚分くらいだなぁ、ってとこが結論なんだけどさ。
そんなことならどこの図書館でも出来るだろう、今はいくらでも図書館通しの連絡で本は取り寄せられるんだから、なんてお思いでしょうねぇ。
ところがどっこい、それじゃあ駄目なのよ。
公共図書館の蔵書取り寄せとか、国会図書館で三宅坂地下の巨大倉庫から本を出してもらうというのは、「この本が必要だ」というのが明快な場合にはとても便利なのです。だけど、今やってるのは、関連があるかないか判らないけどありそうだ、って位の図書資料を山積みにし、目を通していくという作業。これなんて怪しいなぁ、こりゃ駄目だろう、なんてのも含めて流していく。
これが「君はこの本が必要なんだね」ってところから始まる今の公共図書館システムでは、出来ない。やろうとすると、もの凄く時間と手間がかかり、能率が悪すぎる。
要するに、書物という形になって存在しているデータベースをなで回して、全体がどんな格好をしているかの大まかな形を推察する、って作業は、世界中の図書を一発検索しちゃうぞ、なんてシステムでは不可能なんです。敢えて言えば、もの凄くアナログっちー作業。
ちょっと真面目に言えば、情報をデータやインフォメーションからインテリジェンスにしていくプロセスが、今の全てをデータベース化していく情報処理の考え方では、とてもとてもやりにくいものになっている、ってこと。
さて、そんなどーでも良い雑談をやってる暇はない。今、眺めてる山を崩したら、福知山線の向こう、宝塚大劇場の横を流れる川のちょっと下ったところに昨年だかに出来た市立の資料館にも一応は行ってみなければならない。新しい何があるとも思えないが、空気に触れる、ってのはインテリジェンスとしての情報にとって、もの凄く大事なことだもの。ま、それが今の世の中、ネットで世界中の演奏が聴けてプログラムが判るのに、わざわざあちこち出かけてく理由なんだけどさ。
神武天皇降臨2672年を祝ううらうらした午後、阪急沿線にすみれの花はまだ咲かぬ。♪すみれぇのはぁああなぁああああ…

とはいえ、恐らくは殆ど世間の目に触れない作文なんだろうけど、形としてはへっぽこ三文売文業者がこんな仕事して良いのか心配になるくらい「偉い」ところが出す冊子なものだから、あまりいーかげんなことも出来ぬ。たかが10日程度でやっつけたと思われる内容では不味い。で、一応、日本のオペラ100年で盛り上がった2003年以降の新しい研究動向や、2001年以降の日本国社会全体のライトな右傾化傾向なども意識的に取り入れ、多少の歴史観のアップデートをせにゃならぬ。
てなわけで、宝塚に来てます。
ええ、日本のオペラ史に宝塚的なるものを入れ込む視点は、1980年代くらい、小生がまだヘブライ語やらギリシャ語にヒーヒー言ってた頃から多少はあった。ってのも、担当教官N先生のお隣に住んでた山口昌男大先生が、そういう日本の西洋文化受容なんかの定説をドンドンひっくり返してたわけですね。『モーツァルト好きを怒らせろ』だっけ、なんか凄いタイトルの御著書もあったなぁ。そんな空気の中、世紀末にマーラー・ルネッサンスで柴田南雄御大なんかとはまた違う視点を出してきた渡辺裕氏が日本回帰して、宝塚を論じ始めた。拙著クァルテット本が出た頃、担当編集者さんと、次は片山さん引っ張り出して「日本音楽名曲名演奏」ってのやろうよ、今の風潮なら絶対そっち方面は売れるから、なんて言ってた頃ですわ。おお、今や音楽売文業界最大の売れっ子となった片山先生、遙か彼方に行ってしまわれたものだ。
もとい。んで、浅草オペラだとか少女歌劇だとかを「日本のナショナル・アイデンティティを確立した民衆オペラ」とみなす歴史観は21世紀になってしっかり確立し、研究もジャンジャン出てくるは、資料館もあちこちに出来るわ。えらいことになってるわけです。
今、宝塚にいるのは、実を申せば、オリジナル資料をあたってなにやら新しいことを言おう、ってんじゃあありません。そんな大それたことはやってる暇もないし、やってる研究者の皆さんに失礼です。ぶっちゃけ、研究所や資料集がいっぱい揃えてあるだろう場所に行き、積み上げてだああああっと眺めて、なーるほど、これくらいの感じで良いのね、と確認するためです。ペリー来訪からマッカーサー厚木到着までの100年弱を60数枚にした場合、宝塚にどれほどの比重を与えて良いのか、自分なりに納得するのが目的。ま、2枚分くらいだなぁ、ってとこが結論なんだけどさ。
そんなことならどこの図書館でも出来るだろう、今はいくらでも図書館通しの連絡で本は取り寄せられるんだから、なんてお思いでしょうねぇ。
ところがどっこい、それじゃあ駄目なのよ。
公共図書館の蔵書取り寄せとか、国会図書館で三宅坂地下の巨大倉庫から本を出してもらうというのは、「この本が必要だ」というのが明快な場合にはとても便利なのです。だけど、今やってるのは、関連があるかないか判らないけどありそうだ、って位の図書資料を山積みにし、目を通していくという作業。これなんて怪しいなぁ、こりゃ駄目だろう、なんてのも含めて流していく。
これが「君はこの本が必要なんだね」ってところから始まる今の公共図書館システムでは、出来ない。やろうとすると、もの凄く時間と手間がかかり、能率が悪すぎる。
要するに、書物という形になって存在しているデータベースをなで回して、全体がどんな格好をしているかの大まかな形を推察する、って作業は、世界中の図書を一発検索しちゃうぞ、なんてシステムでは不可能なんです。敢えて言えば、もの凄くアナログっちー作業。
ちょっと真面目に言えば、情報をデータやインフォメーションからインテリジェンスにしていくプロセスが、今の全てをデータベース化していく情報処理の考え方では、とてもとてもやりにくいものになっている、ってこと。
さて、そんなどーでも良い雑談をやってる暇はない。今、眺めてる山を崩したら、福知山線の向こう、宝塚大劇場の横を流れる川のちょっと下ったところに昨年だかに出来た市立の資料館にも一応は行ってみなければならない。新しい何があるとも思えないが、空気に触れる、ってのはインテリジェンスとしての情報にとって、もの凄く大事なことだもの。ま、それが今の世の中、ネットで世界中の演奏が聴けてプログラムが判るのに、わざわざあちこち出かけてく理由なんだけどさ。
神武天皇降臨2672年を祝ううらうらした午後、阪急沿線にすみれの花はまだ咲かぬ。♪すみれぇのはぁああなぁああああ…
スイマセン実質絶版です [売文稼業]
ある方から、数日前の朝日新聞ウェブ版に、いづみこ先生の音楽書ご推薦リストが掲載されて…って情報をいただきました。最近、ブックマークから朝日新聞のウェブサイトを落としていて、全く眺めていなかったので知らなかった。これ。
http://book.asahi.com/book/feature/0189.html
ええ、ケネソン先生の「天才本」と我が家では言われてる拙訳が取り上げられております。ありがたいことであります。
とはいうものの、実はですねぇ、この著作、実質上絶版状態なんです。ぶっちゃけて言えば、もう音楽之友社からは「弊社の出版リストからは落とします」という連絡が去年だか一昨年だかに来ている。で、わざわざ市場から回収して裁断する手間暇コストをかける気はないけど、もう社内には保管しないし(ってか、この会社、今やホントの意味での出版物の保管が出来てないんだけど)、問い合わせても「ありません」というし、市場に流れてるものがなくなったらオシマイ、ってこと。
今、日本の出版業は「原稿を集め、編集し、本の格好にして、トーハンなどを通して市場に流す」という作業はなんとかやってるけど、「自分の会社で出版した本を保存し、管理し、必要があれば供給する」という作業は捨てつつある。業界として捨てつつある。
音楽関係の方は良くご存じだと思いますけど、例えばヴィーンの1区、オペラハウスから旧ロブコビッツ伯邸の横を抜けてリンクの中心に向かってく路地の左側にあるドブリンガーなんかに行って、二つ並んだ店舗の左側の楽譜屋さんのおっさんに「マックス・フォン・シリンクスのヴァイオリン協奏曲ありまっかぁ」なんて尋ねると、ちょっと待ってろ、と言われて、おっさんは地下の倉庫に下りてって、「ほい」って出してくれたりする。と、それはなんとなんと、1930年代に最初に刷られた奴だったりして、おいおいおいおいおい、って呆れたりすることがある。
ま、そーゆー意味での「出版社・本屋」という職種は、もう21世紀の日本国にはない、ってこと。
本は、出版されたら買っておくこと。これはCDも同じ。全てが「特別限定生産」だと思うべきでしょう。
なお、「天才本」の関しては、担当編集者さんが「上下二巻本にしない方が良かったかなぁ」と仰ってましたっけ。そういうもんなのかなぁ。なんであれ、中身は興味深いです。個人的には、第1回ヴィエニアフスキー・コンクールの話はとても面白い。お暇な方は、図書館ででも探してください。図書館に請求しても、絶版で駄目です、と言われると思いますけど。
ケニソン先生、お元気なのかしら。前回のバンフではお姿を見なかったんだけど。
追記
今、びわ湖ホールの資料室にいます。オペラ資料が中心の場所な筈だけど、この「天才本」、ありました。昨日眺めてた宝塚ベガホール隣の市立図書館にも、なぜか「天才本」はありました。各地の公共図書館には案外ちゃんと入ってるみたいです。ご関心の向きはどーぞ。
http://book.asahi.com/book/feature/0189.html
ええ、ケネソン先生の「天才本」と我が家では言われてる拙訳が取り上げられております。ありがたいことであります。
とはいうものの、実はですねぇ、この著作、実質上絶版状態なんです。ぶっちゃけて言えば、もう音楽之友社からは「弊社の出版リストからは落とします」という連絡が去年だか一昨年だかに来ている。で、わざわざ市場から回収して裁断する手間暇コストをかける気はないけど、もう社内には保管しないし(ってか、この会社、今やホントの意味での出版物の保管が出来てないんだけど)、問い合わせても「ありません」というし、市場に流れてるものがなくなったらオシマイ、ってこと。
今、日本の出版業は「原稿を集め、編集し、本の格好にして、トーハンなどを通して市場に流す」という作業はなんとかやってるけど、「自分の会社で出版した本を保存し、管理し、必要があれば供給する」という作業は捨てつつある。業界として捨てつつある。
音楽関係の方は良くご存じだと思いますけど、例えばヴィーンの1区、オペラハウスから旧ロブコビッツ伯邸の横を抜けてリンクの中心に向かってく路地の左側にあるドブリンガーなんかに行って、二つ並んだ店舗の左側の楽譜屋さんのおっさんに「マックス・フォン・シリンクスのヴァイオリン協奏曲ありまっかぁ」なんて尋ねると、ちょっと待ってろ、と言われて、おっさんは地下の倉庫に下りてって、「ほい」って出してくれたりする。と、それはなんとなんと、1930年代に最初に刷られた奴だったりして、おいおいおいおいおい、って呆れたりすることがある。
ま、そーゆー意味での「出版社・本屋」という職種は、もう21世紀の日本国にはない、ってこと。
本は、出版されたら買っておくこと。これはCDも同じ。全てが「特別限定生産」だと思うべきでしょう。
なお、「天才本」の関しては、担当編集者さんが「上下二巻本にしない方が良かったかなぁ」と仰ってましたっけ。そういうもんなのかなぁ。なんであれ、中身は興味深いです。個人的には、第1回ヴィエニアフスキー・コンクールの話はとても面白い。お暇な方は、図書館ででも探してください。図書館に請求しても、絶版で駄目です、と言われると思いますけど。
ケニソン先生、お元気なのかしら。前回のバンフではお姿を見なかったんだけど。
追記
今、びわ湖ホールの資料室にいます。オペラ資料が中心の場所な筈だけど、この「天才本」、ありました。昨日眺めてた宝塚ベガホール隣の市立図書館にも、なぜか「天才本」はありました。各地の公共図書館には案外ちゃんと入ってるみたいです。ご関心の向きはどーぞ。
そんなん無理です [売文稼業]
某音楽雑誌編集長から、「データを取るので、現役と物故者含むとで、歴代ヴァイオリン奏者のベストテンを列挙せよ」という御命令がありました。
ま、お話を受けたときは、そんなの一瞬で出来るわい、と気楽にOKしたのですけど、今、締め切り間際でやってみて、もー死ぬ思いでしたね。ともかく、送りましたけどさ。でもねぇ…
そんなん、無理じゃい!
いつ、どんな形で原稿になるのか、まるで知りません。いずれにせよ、小生の出したリストはあちこちに返事を求めたアンケートのひとつの回答で、「これ、つかいものにならぬ」とはじかれる、偏差外のデータになりかねないものだから、まあ、神様も許してくださるでありましょう…と信じたいぞ。
で、流石にそのアンケートに示さなかった、本音の歴代ヴァイオリン奏者ベストテンは以下です。
1:誰だか知らないけど最初にヴァイオリンという楽器を弾いちゃって喝采を浴びた人
2:ニコロ・パガニーニ
3:イーグナス・シュパンツィック
4:ヨーゼフ・ヨアヒム
5:ウジェーヌ・イザイ
6:カール・クリングラー
7:アドルフ・ブッシュ
8:シモン・ゴールドベルク
9:アレクサンダー・シュナイダー
10:ロバート・マン
歴代、という以上、歴史的に意味のある存在でなければならないでしょうから、真面目に考えたらこんなもんにならざるを得ないでしょう。って、聴いたことあるの、3人しかいないじゃないか。どうして聴いたことない奴を選べるんだ、あたしっ!
てなわけで、どこかでそういう原稿をまかりまちがって眺めるようなことがあっても、あくまでも苦渋の選択であったのだ、とご理解くださいませ。
「お詫びと訂正」カテゴリーだったかな。ふううう…
ま、お話を受けたときは、そんなの一瞬で出来るわい、と気楽にOKしたのですけど、今、締め切り間際でやってみて、もー死ぬ思いでしたね。ともかく、送りましたけどさ。でもねぇ…
そんなん、無理じゃい!
いつ、どんな形で原稿になるのか、まるで知りません。いずれにせよ、小生の出したリストはあちこちに返事を求めたアンケートのひとつの回答で、「これ、つかいものにならぬ」とはじかれる、偏差外のデータになりかねないものだから、まあ、神様も許してくださるでありましょう…と信じたいぞ。
で、流石にそのアンケートに示さなかった、本音の歴代ヴァイオリン奏者ベストテンは以下です。
1:誰だか知らないけど最初にヴァイオリンという楽器を弾いちゃって喝采を浴びた人
2:ニコロ・パガニーニ
3:イーグナス・シュパンツィック
4:ヨーゼフ・ヨアヒム
5:ウジェーヌ・イザイ
6:カール・クリングラー
7:アドルフ・ブッシュ
8:シモン・ゴールドベルク
9:アレクサンダー・シュナイダー
10:ロバート・マン
歴代、という以上、歴史的に意味のある存在でなければならないでしょうから、真面目に考えたらこんなもんにならざるを得ないでしょう。って、聴いたことあるの、3人しかいないじゃないか。どうして聴いたことない奴を選べるんだ、あたしっ!
てなわけで、どこかでそういう原稿をまかりまちがって眺めるようなことがあっても、あくまでも苦渋の選択であったのだ、とご理解くださいませ。
「お詫びと訂正」カテゴリーだったかな。ふううう…
モルゴーアQの曲解は池辺御大 [売文稼業]
昨晩、モルゴーアQ恒例の1月下旬演奏会がありました。半年に1回、一番寒い頃と一番湿っぽい頃にやるというパターンは、オケのメンバーがやってる団体とすればこれ以外にはあり得ないんでしょうけど、やっぱり、寒いときはともかく、暑いときはしんどいなぁ。日本マーケットの特殊性として、6月は外来団体が多いときだしねぇ。
ま、それはともかく、モルゴーアQの定期といえば、林光さんの曲目解説が売りだったわけですね。日本列島上で最も多く林光作品を弾いてるのは意外にも東京Qではないかという気がしないでもなく(札幌で小さい曲をいっぱいやってたような)、モルゴーアQは「レゲンデ」をやってるかいな(なんせショスタコのイディオムまんまの極めてモルゴーア向きの曲だもんね)、ってくらいの感じなんだけど、なぜか曲解は林光氏担当になってた。ご存じのように、林先生が先頃にお亡くなりになり、どうするんじゃろーか、とみんな思いながら昨日に至ったわけです。
結果とすれば、池辺先生が新しく曲解を担当することになったようであります。その辺りの経緯は、昨晩、アンコール(レズニチェックの第3楽章で、楽譜持ってる曲だけど音で聴いたのは初めてだった)の前の舞台上から新井さんがお話なさったんで、ま、モルゴーア愛好者の皆様はネット親和度が高そうだから、ネットの海を探せば誰かが書いてるでしょ。「モルゴーア、池辺」とかググればなんかしら出てくるんじゃないかな。
さても、で、その曲解です。お読みになった方はおわかりのように、ぶっちゃけ、曲目解説にはなってません。あたしなんかが出そうもんなら、即刻突っ返される類の作文でありました。いや、否定的に言ってるんじゃないよ。「作曲家の池辺先生が楽譜を眺めて、同業者としてあれやこれやと思ったことを曲の流れの順番に記す」というもんですわ。
そういう意味では、演奏の伝統とか、それこそアマデウスQやらメロスQやらロバート・マンやらワルター・レヴィンやら原田先生やらピヒラーやらがケルンやらシンシナティやらシュトゥットガルトやらニューヨークやら仙川やらパリやらで教えている国際的な普遍性を持った「弦楽四重奏演奏の基本」とは無縁に、楽譜を自分らなりに読む力を持った人たちが純粋に自分らと楽譜との対話だけで譜面に取り組んでるモルゴーアQみたいな団体(ある意味、日本に於ける弦楽四重奏というジャンルでは、少なくともある時期まではそんなやり方が多数派、ことによると、日本式弦楽四重奏趣味の正統派なのかもしれんぞ)のための当日プログラム用エッセイとしては、これはこれでありなんだろーなー、と思わせてくれるものでありましたね。
小生のへっぽこ三流売文業者としての職業上の見解とすれば、当日プログラムの曲目解説とは「その場に座って聴くためのガイド」で、聴衆は家に持って帰ったり、ましてや抱え込んだりはせず、読み捨てで客席に放置されてかれるものだと思っています(ヨーロッパの1ユーロ半から5ユーロくらいで売るタイプはともかく、北米のステージビルは読み捨てで使い回しが基本ですよねぇ)。本番前15分が勝負のサービス業であって、作家性は必要とされない、ってか、作家性が表に出てはいけない作文だと考えてます。無論、そうじゃないもんを編集側から求められるならば、やるに吝かかないけどさ。
つまり、林→池辺と受け継がれたこのモルゴーアQの当日プログラム曲目解説は、ステージで行われる演奏の一部みたいなもの、5人目の解釈者のたまたま言語による表現、って考えるべきなんでしょう。
林さんのモルゴーアQ曲解は、まとめてエッセイ集として出版でもしないのかしら。お願いしますよ、Iさん。
ま、それはともかく、モルゴーアQの定期といえば、林光さんの曲目解説が売りだったわけですね。日本列島上で最も多く林光作品を弾いてるのは意外にも東京Qではないかという気がしないでもなく(札幌で小さい曲をいっぱいやってたような)、モルゴーアQは「レゲンデ」をやってるかいな(なんせショスタコのイディオムまんまの極めてモルゴーア向きの曲だもんね)、ってくらいの感じなんだけど、なぜか曲解は林光氏担当になってた。ご存じのように、林先生が先頃にお亡くなりになり、どうするんじゃろーか、とみんな思いながら昨日に至ったわけです。
結果とすれば、池辺先生が新しく曲解を担当することになったようであります。その辺りの経緯は、昨晩、アンコール(レズニチェックの第3楽章で、楽譜持ってる曲だけど音で聴いたのは初めてだった)の前の舞台上から新井さんがお話なさったんで、ま、モルゴーア愛好者の皆様はネット親和度が高そうだから、ネットの海を探せば誰かが書いてるでしょ。「モルゴーア、池辺」とかググればなんかしら出てくるんじゃないかな。
さても、で、その曲解です。お読みになった方はおわかりのように、ぶっちゃけ、曲目解説にはなってません。あたしなんかが出そうもんなら、即刻突っ返される類の作文でありました。いや、否定的に言ってるんじゃないよ。「作曲家の池辺先生が楽譜を眺めて、同業者としてあれやこれやと思ったことを曲の流れの順番に記す」というもんですわ。
そういう意味では、演奏の伝統とか、それこそアマデウスQやらメロスQやらロバート・マンやらワルター・レヴィンやら原田先生やらピヒラーやらがケルンやらシンシナティやらシュトゥットガルトやらニューヨークやら仙川やらパリやらで教えている国際的な普遍性を持った「弦楽四重奏演奏の基本」とは無縁に、楽譜を自分らなりに読む力を持った人たちが純粋に自分らと楽譜との対話だけで譜面に取り組んでるモルゴーアQみたいな団体(ある意味、日本に於ける弦楽四重奏というジャンルでは、少なくともある時期まではそんなやり方が多数派、ことによると、日本式弦楽四重奏趣味の正統派なのかもしれんぞ)のための当日プログラム用エッセイとしては、これはこれでありなんだろーなー、と思わせてくれるものでありましたね。
小生のへっぽこ三流売文業者としての職業上の見解とすれば、当日プログラムの曲目解説とは「その場に座って聴くためのガイド」で、聴衆は家に持って帰ったり、ましてや抱え込んだりはせず、読み捨てで客席に放置されてかれるものだと思っています(ヨーロッパの1ユーロ半から5ユーロくらいで売るタイプはともかく、北米のステージビルは読み捨てで使い回しが基本ですよねぇ)。本番前15分が勝負のサービス業であって、作家性は必要とされない、ってか、作家性が表に出てはいけない作文だと考えてます。無論、そうじゃないもんを編集側から求められるならば、やるに吝かかないけどさ。
つまり、林→池辺と受け継がれたこのモルゴーアQの当日プログラム曲目解説は、ステージで行われる演奏の一部みたいなもの、5人目の解釈者のたまたま言語による表現、って考えるべきなんでしょう。
林さんのモルゴーアQ曲解は、まとめてエッセイ集として出版でもしないのかしら。お願いしますよ、Iさん。
全国紙地方版はどこにある? [売文稼業]
大分空港のレストランにいます。成田よりも遠いと地元民にはすっ)かり悪名高いこの空港、ラウンジもなく、到着してもゆっくり仕事をしている場所がない。うううん、やっぱり博多便にするべきだったか。
昨日のゆふいんでそれなりに資料発掘があり、本日は別府のある方のところにまわる予定をキャンセル、昨日得た情報を基に再び大分県立図書館の郷土資料コーナーに行き、目的の記事を発掘しました。その記事から泥縄的に別の新聞記事も発掘でき、ま、それなりの収穫だったわけであります。

さても、ここで問題。
今、小生は1984年8月7日の朝日新聞福岡版の文化欄が欲しいんですな。で、これがどこにあるか、ということ。
朝日新聞の場合、全国版は半世紀分以上もデータベース化され、日本中の公共図書館で簡単に記事検索が出来、プリントアウトも出来ます。ちゃんと朝日さんが商売になさってるわけですね。ところが、この「全国版」というのは、なんのことはない、「東京版」なんですわ。だから、文化欄とかイベント紹介とか批評とかは、ローカル版とは違っている。小生が欲しい記事は、書いてるのはなんとも懐かしいざこーさんなんだけど、掲載されたのは福岡版らしいのであります。
すっかり顔見知りになってしまった大分県立図書館郷土資料コーナーの真面目なおにいさんに拠れば、1996年以降だかは朝日新聞大分版もデータベース化されているという。それ以前は、大分版なら紙で現物が所蔵されている。だけど、福岡版はない。CDロム化、データベース化がどうなってるのか、全く情報がない、とのこと。
どこにいけば見物出来るでしょうか、やっぱり福岡の県立図書館なんでしょうかねぇ?さあ、そればかりはここではなんとも…。
朝日新聞の他にも、西日本新聞のローカル版も眺めたい記事があるし、さても、どーするべーか。
実は、何を隠そう、佃嶋は厄天庵の足下に、全国ローカル紙を集めて全てオープンにして誰にでも読めるようになっている共同通信の情報センターはあるのです。便利です(って、今は、全部ネットで眺められるんだけどさ)。ですが、「ローカル紙」と「全国紙のローカル版」とは、またちょっと違う。うううん。
さても、あたしゃ、どこに行けば雑喉御大が1984年8月7日朝日新聞福岡版に書いた記事が読めるのだろーか。誰か御存知の方、ご教授下さいな。
ちなみに、この頃の新聞って、8月7日の文化欄紙面はほぼ全てが原爆関係なんですね。そういえば、こういう「風物詩としての終戦・原爆」ってのは、今世紀になってすっかり風化してしまった。やっぱり同時代で経験したり、直接親族に関係した人がいる書き手がいなくなってしまった、ということなんだろーなー。
このネタ、facebookにアップした方が良かったかな。東京からのANAの737はまだ到着すらしない、ノンビリした大分空港でした。
昨日のゆふいんでそれなりに資料発掘があり、本日は別府のある方のところにまわる予定をキャンセル、昨日得た情報を基に再び大分県立図書館の郷土資料コーナーに行き、目的の記事を発掘しました。その記事から泥縄的に別の新聞記事も発掘でき、ま、それなりの収穫だったわけであります。
さても、ここで問題。
今、小生は1984年8月7日の朝日新聞福岡版の文化欄が欲しいんですな。で、これがどこにあるか、ということ。
朝日新聞の場合、全国版は半世紀分以上もデータベース化され、日本中の公共図書館で簡単に記事検索が出来、プリントアウトも出来ます。ちゃんと朝日さんが商売になさってるわけですね。ところが、この「全国版」というのは、なんのことはない、「東京版」なんですわ。だから、文化欄とかイベント紹介とか批評とかは、ローカル版とは違っている。小生が欲しい記事は、書いてるのはなんとも懐かしいざこーさんなんだけど、掲載されたのは福岡版らしいのであります。
すっかり顔見知りになってしまった大分県立図書館郷土資料コーナーの真面目なおにいさんに拠れば、1996年以降だかは朝日新聞大分版もデータベース化されているという。それ以前は、大分版なら紙で現物が所蔵されている。だけど、福岡版はない。CDロム化、データベース化がどうなってるのか、全く情報がない、とのこと。
どこにいけば見物出来るでしょうか、やっぱり福岡の県立図書館なんでしょうかねぇ?さあ、そればかりはここではなんとも…。
朝日新聞の他にも、西日本新聞のローカル版も眺めたい記事があるし、さても、どーするべーか。
実は、何を隠そう、佃嶋は厄天庵の足下に、全国ローカル紙を集めて全てオープンにして誰にでも読めるようになっている共同通信の情報センターはあるのです。便利です(って、今は、全部ネットで眺められるんだけどさ)。ですが、「ローカル紙」と「全国紙のローカル版」とは、またちょっと違う。うううん。
さても、あたしゃ、どこに行けば雑喉御大が1984年8月7日朝日新聞福岡版に書いた記事が読めるのだろーか。誰か御存知の方、ご教授下さいな。
ちなみに、この頃の新聞って、8月7日の文化欄紙面はほぼ全てが原爆関係なんですね。そういえば、こういう「風物詩としての終戦・原爆」ってのは、今世紀になってすっかり風化してしまった。やっぱり同時代で経験したり、直接親族に関係した人がいる書き手がいなくなってしまった、ということなんだろーなー。
このネタ、facebookにアップした方が良かったかな。東京からのANAの737はまだ到着すらしない、ノンビリした大分空港でした。
ティーンエイジャーのためのダイク [売文稼業]
ダイクに行ってまいりました。年末恒例、なんでしょうけど、ちょっと趣旨が違うイベント。なにせ、そのチラシが記すに、「東日本大震災復興支援プロジェクト 小・中・高校生対象 ※大人のみの入場不可 「第九」チャリティ・コンサート2011~届け!子どもたちの想い~」ですから!なんだか9時のサスペンス劇場みたいなスゴイ題名だぞ。湯煙や温泉女将探偵が出てこないのが不思議だ。
どういうわけか知らないけど、ターゲットとする聴衆は10代以下の少年少女なのに、開演時間は休日の午後7時から、内藤新宿外れは東京オペラシティ。数日前まで昼間だと思い込んでた。
中身は、下野氏指揮の読響年末第九公演のひとつで、ダイクの前に「主よ、人の望みの喜びよ」がオルガンで奏され、下野氏の短いトークがあるわけです。トークの中身は、曲に付いては解説を読め、と仰って、基本は楽器紹介でした。
オペラシティが3階までそこそこ埋まった客席は、9割までが「お父さん、お母さん、それにお子様」です。核家族まるまる1ユニットが、あんまり滅茶苦茶お洒落した感じじゃなく、ちょっと新宿のデパートまで買い物に行くべーか、ってくらいの格好で集まってくる。客層は幅広く、まだ下のお嬢さんが小さい某音楽雑誌編集長ご一家やら、こんなご一家も。「え、トラで乗ってるの?」ときいたら、いや、クァルテットの練習が終わった後で子ども達は電車で家から来ました、とのことでした。ご長男君、でかくなったなぁ。
小生が出向いた目的は、客席を眺めることにありました。なんのことはない、この演奏会の当日プログラムの曲解、小生が書かせて頂いているです。
主催の某財団の方から原稿依頼があったときは、正直、ちょっと怯みましたね。だって、読者対象が小学生から高校生で、ものは面倒この上ないダイクですからねぇ。字数もA4片面くらいだから、言葉を増やすことで「簡単」に見せるテクニックは使えない。となると、想定読者を思いっきり絞り込むしかない。いろいろ悩んだあげく、「一見すると簡単そうに見える言葉遣いをして、実質的な読者対象はちょっと生意気な中学校上級生から高校生」とすることにしたわけです。
たら、これが大外れでありましたですよ。
そもそも、本日は演奏会場で配られる配布物が案外といっぱいあって、「子ども音楽新聞」のダイク特集なんてものまである。読むものがたくさんあった。で、開演前の客席を眺めていたら、当日プログラムの曲目解説を読んでる殆どは、お子様ではなくて、お父さんかお母さんなんですね。
なーるほど、「親御さんが読んで、その内容を帰りの電車の中で子どもに蘊蓄する」という手があったかぁ、と思った次第。
今度この仕事が来たら、「これはパパママのネタ仕込み用だぞ」ということを明快にして作文しよー、と決意したのでありました。ま、そんな風にするぞ、なんて口に出したら、主催者側の担当者は困った顔をするだろーけどね。
考えてみれば、昨年暮れのNYサイトウキネンから、ヒンデミット版「オランダ人」編曲をどうするか、秋の大騒動が始まる前には「ドクター・アトミック」とか、いろいろお仕事をさせていただいたマエストロなんで、終演後の楽屋にご挨拶に行き、あんな作文で良かったんですかねぇ、と言おうとしたら、マエストロの方から「ああやくぺんさん、大人も便利な解説でしたね」と言われちゃいましたとさ。いやはや。
どういうわけか知らないけど、ターゲットとする聴衆は10代以下の少年少女なのに、開演時間は休日の午後7時から、内藤新宿外れは東京オペラシティ。数日前まで昼間だと思い込んでた。
中身は、下野氏指揮の読響年末第九公演のひとつで、ダイクの前に「主よ、人の望みの喜びよ」がオルガンで奏され、下野氏の短いトークがあるわけです。トークの中身は、曲に付いては解説を読め、と仰って、基本は楽器紹介でした。
オペラシティが3階までそこそこ埋まった客席は、9割までが「お父さん、お母さん、それにお子様」です。核家族まるまる1ユニットが、あんまり滅茶苦茶お洒落した感じじゃなく、ちょっと新宿のデパートまで買い物に行くべーか、ってくらいの格好で集まってくる。客層は幅広く、まだ下のお嬢さんが小さい某音楽雑誌編集長ご一家やら、こんなご一家も。「え、トラで乗ってるの?」ときいたら、いや、クァルテットの練習が終わった後で子ども達は電車で家から来ました、とのことでした。ご長男君、でかくなったなぁ。

主催の某財団の方から原稿依頼があったときは、正直、ちょっと怯みましたね。だって、読者対象が小学生から高校生で、ものは面倒この上ないダイクですからねぇ。字数もA4片面くらいだから、言葉を増やすことで「簡単」に見せるテクニックは使えない。となると、想定読者を思いっきり絞り込むしかない。いろいろ悩んだあげく、「一見すると簡単そうに見える言葉遣いをして、実質的な読者対象はちょっと生意気な中学校上級生から高校生」とすることにしたわけです。
たら、これが大外れでありましたですよ。
そもそも、本日は演奏会場で配られる配布物が案外といっぱいあって、「子ども音楽新聞」のダイク特集なんてものまである。読むものがたくさんあった。で、開演前の客席を眺めていたら、当日プログラムの曲目解説を読んでる殆どは、お子様ではなくて、お父さんかお母さんなんですね。
なーるほど、「親御さんが読んで、その内容を帰りの電車の中で子どもに蘊蓄する」という手があったかぁ、と思った次第。
今度この仕事が来たら、「これはパパママのネタ仕込み用だぞ」ということを明快にして作文しよー、と決意したのでありました。ま、そんな風にするぞ、なんて口に出したら、主催者側の担当者は困った顔をするだろーけどね。
考えてみれば、昨年暮れのNYサイトウキネンから、ヒンデミット版「オランダ人」編曲をどうするか、秋の大騒動が始まる前には「ドクター・アトミック」とか、いろいろお仕事をさせていただいたマエストロなんで、終演後の楽屋にご挨拶に行き、あんな作文で良かったんですかねぇ、と言おうとしたら、マエストロの方から「ああやくぺんさん、大人も便利な解説でしたね」と言われちゃいましたとさ。いやはや。
図書館あれこれ [売文稼業]
大分の県立図書館に来ています。
そもそも厄偏庵が東京は中央区佃にある理由のひとつは、「国会図書館まで地下鉄で10分」という立地にあります。ま、一応、ここで出てこなければもう仕方が無いと世間には言える日本語レファランスの総本山ですから、ここを押さえればまずは大丈夫…
の筈なんですけど、どっこい、そうはいかない。日本国で出版されている書物・雑誌・新聞らの全てが三宅坂の地下深くに存在しているわけではないんですわ。だって、国会図書館には納めていないローカルな出版物などいくらでもある。特に、ローカル定期刊行物である程度時代が経ってしまったものは、まず、ない。
てなわけで、大分県の誇るオピニオン雑誌、「アドバンス大分」という雑誌のバックナンバーをひっくり返すのが目的で、ここまで足を伸ばした次第。
そんなの図書館よりも出版社に行けば良いじゃないか、と思うでしょ。だけどね、この雑誌、数年前に終わってるんですわ。何を隠そう、小生も90年代の半ばに「音楽ジャーナリスト日記」などという、今ならば完全に当電子壁新聞に記すような内容を連載させて貰ったことがあって、思えばこれで金が貰えた良い時代だったなぁ、などと感じないでもないが、まあ、それはそれ。
かくて朝の7時に博多を出て、夜が明ける北九州を過ぎ、9時半前くらいに寒いさむーい大分に到着。バスで大分大学裏の住宅地の中にある図書館に向かい、延々と夕方7時過ぎまで日を過ごした訳であります。ま、文字通りの社会復帰に向けてのリハビリでありました。
この図書館、いろんな意味でとても緩いところです。ネガティブな意味ではなく、とってもノンビリしてる、ってこと。ま、三宅坂のなんともいえんピリピリ感に比べると、日本どころか世界のどこの図書館も気楽だけどさ。ワシントンの国会図書館のメリーランド分室(GHQ資料が収まっているところ)だって、三宅坂よりもっと気楽な、人がやってる感じがするもん。
それよりなにより、国会図書館では、ひとつの資料を出して貰うだけで半時間は見込まねばならないという大きな特徴がある。「この資料が欲しい」と明快に判っている場合にはそれでも良いんだが、今回のように「まずはいろいろ探ってみて当たりを付け、そこから絞り込んでいく」って作業には極めて不向き。だって、次から次へと出して貰っては、「あ、これ、返します」と3分でまたカウンターに持って行く、って作業を繰り返すわけで、これを三宅坂でやったらヘタすると半日で資料3,4点が良いところかも。だからまず、こういう作業はローカルな図書館でやれるならやる。それから三宅坂に向かう、というのが原則。
ところがどっこい、ここ大分県立図書館、資料が出てくるまでの時間が最も長くても5分。感じとしては、アッと言う間に出て来ます。職員さんもいろいろ相手によってキャラがあるけど、郷土資料室の方は基本的にみんな好意的。特に東京から調べに来た、この雑誌、国会図書館にないんですよぉ、なんて言おうもんなら、別にVIP待遇になるわけじゃないが、「ああ、そういう人なのね」と諦めてくれる。面白がって一緒に調べてくれる、という感じの職員さんはいなかったけど(大阪の市立図書館で大阪センチュリーの立ち上げ公式文書を調べたときは、橋下知事騒動の真っ直中だったんで、図書館職員の人も殆ど一緒になって調べてくれるに近い勢いだったなぁ)、気持ちの良いプロとしての距離感があるですね。
そんなこんなで、まあ必要な資料は引っ張り出し、他にもローカル新聞(なんと、40年近く前の新聞が現物です、マイクロフィルムじゃない!)を引っ張り出して貰い、触ると崩れそうになる紙をを一緒に支えながらコピーを手伝ってくれたり。
てなわけで、大分県立図書館、好感度高し!ってお話でした。
明日も午前中の数時間、がんばろー。
そもそも厄偏庵が東京は中央区佃にある理由のひとつは、「国会図書館まで地下鉄で10分」という立地にあります。ま、一応、ここで出てこなければもう仕方が無いと世間には言える日本語レファランスの総本山ですから、ここを押さえればまずは大丈夫…
の筈なんですけど、どっこい、そうはいかない。日本国で出版されている書物・雑誌・新聞らの全てが三宅坂の地下深くに存在しているわけではないんですわ。だって、国会図書館には納めていないローカルな出版物などいくらでもある。特に、ローカル定期刊行物である程度時代が経ってしまったものは、まず、ない。
てなわけで、大分県の誇るオピニオン雑誌、「アドバンス大分」という雑誌のバックナンバーをひっくり返すのが目的で、ここまで足を伸ばした次第。
そんなの図書館よりも出版社に行けば良いじゃないか、と思うでしょ。だけどね、この雑誌、数年前に終わってるんですわ。何を隠そう、小生も90年代の半ばに「音楽ジャーナリスト日記」などという、今ならば完全に当電子壁新聞に記すような内容を連載させて貰ったことがあって、思えばこれで金が貰えた良い時代だったなぁ、などと感じないでもないが、まあ、それはそれ。
かくて朝の7時に博多を出て、夜が明ける北九州を過ぎ、9時半前くらいに寒いさむーい大分に到着。バスで大分大学裏の住宅地の中にある図書館に向かい、延々と夕方7時過ぎまで日を過ごした訳であります。ま、文字通りの社会復帰に向けてのリハビリでありました。
この図書館、いろんな意味でとても緩いところです。ネガティブな意味ではなく、とってもノンビリしてる、ってこと。ま、三宅坂のなんともいえんピリピリ感に比べると、日本どころか世界のどこの図書館も気楽だけどさ。ワシントンの国会図書館のメリーランド分室(GHQ資料が収まっているところ)だって、三宅坂よりもっと気楽な、人がやってる感じがするもん。
それよりなにより、国会図書館では、ひとつの資料を出して貰うだけで半時間は見込まねばならないという大きな特徴がある。「この資料が欲しい」と明快に判っている場合にはそれでも良いんだが、今回のように「まずはいろいろ探ってみて当たりを付け、そこから絞り込んでいく」って作業には極めて不向き。だって、次から次へと出して貰っては、「あ、これ、返します」と3分でまたカウンターに持って行く、って作業を繰り返すわけで、これを三宅坂でやったらヘタすると半日で資料3,4点が良いところかも。だからまず、こういう作業はローカルな図書館でやれるならやる。それから三宅坂に向かう、というのが原則。
ところがどっこい、ここ大分県立図書館、資料が出てくるまでの時間が最も長くても5分。感じとしては、アッと言う間に出て来ます。職員さんもいろいろ相手によってキャラがあるけど、郷土資料室の方は基本的にみんな好意的。特に東京から調べに来た、この雑誌、国会図書館にないんですよぉ、なんて言おうもんなら、別にVIP待遇になるわけじゃないが、「ああ、そういう人なのね」と諦めてくれる。面白がって一緒に調べてくれる、という感じの職員さんはいなかったけど(大阪の市立図書館で大阪センチュリーの立ち上げ公式文書を調べたときは、橋下知事騒動の真っ直中だったんで、図書館職員の人も殆ど一緒になって調べてくれるに近い勢いだったなぁ)、気持ちの良いプロとしての距離感があるですね。
そんなこんなで、まあ必要な資料は引っ張り出し、他にもローカル新聞(なんと、40年近く前の新聞が現物です、マイクロフィルムじゃない!)を引っ張り出して貰い、触ると崩れそうになる紙をを一緒に支えながらコピーを手伝ってくれたり。
てなわけで、大分県立図書館、好感度高し!ってお話でした。
連絡事項 [売文稼業]
来週の月曜から金曜までは、原則として厄天庵から葛飾に通い、弔問客対応になります。携帯電話はOKですが、ネット環境になるかはまだ不明です。急ぎの連絡は携帯電話若しくは携帯メールにお願いします。
一般業務には12月12日月曜日から復帰予定です(9日から予定していたソウルはキャンセルです)。もー年末進行には間に合わないじゃないか、と言われそうだけど、ギリギリでも1、2本ならやれますから、来週以降必要ならば振って下さい。15日〆切でも大丈夫でしょう。
12月15日から18日、福岡湯布院取材に出ます。直方、行きます。よろしく。
年が明けてからの予定は、これまで通りで何一つキャンセルはありません。1月初頭の湯布院取材、9日から27日までのパリ&ハイデルベルグは予定通りのつもりです(49日と納骨は帰国後まで延ばせるか、今晩、坊さんと話してみないと)。イースター前のロンドンも行きます。まだ何の手配もしてないぞ。
というわけで、皆々様にはご迷惑かけておりますが、宜しくお願いします。さて、通夜の準備に出かけます。
一般業務には12月12日月曜日から復帰予定です(9日から予定していたソウルはキャンセルです)。もー年末進行には間に合わないじゃないか、と言われそうだけど、ギリギリでも1、2本ならやれますから、来週以降必要ならば振って下さい。15日〆切でも大丈夫でしょう。
12月15日から18日、福岡湯布院取材に出ます。直方、行きます。よろしく。
年が明けてからの予定は、これまで通りで何一つキャンセルはありません。1月初頭の湯布院取材、9日から27日までのパリ&ハイデルベルグは予定通りのつもりです(49日と納骨は帰国後まで延ばせるか、今晩、坊さんと話してみないと)。イースター前のロンドンも行きます。まだ何の手配もしてないぞ。
というわけで、皆々様にはご迷惑かけておりますが、宜しくお願いします。さて、通夜の準備に出かけます。
ロバート無事帰国 [売文稼業]
11月半ばに東京に滞在し、オケを中心に聴きまくっていたカナダ在住音楽評論家ロバート・マルコー氏が、無事に帰国し、先程「お疲れ様でした」という連絡をしてきました。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2011-11-16
「12日間で13公演を聴いたなんて人生でも初めて」と自分に呆れてらっしゃるようです。そんな忙しい中で、酉の市の日にそれと知らずに浅草に行き、「なんであんなに平日なのに人がいるのだ、小学生もいたが、なんかナショナルホリデーなのか」とビックリしたり、厄偏庵のCD棚あさってボストン響アーカイブボックスを持って行こうとしたり(流石に阻止しました)
厄天庵に登って大川眺めて「ヒミコ」指差して「スタートレックみたいだ」と大笑いしたり(やっぱりみんなそう思うんだなぁ)。
で、彼なりの今回の東京滞在でのベストとワーストを漏らしていて…ま、いずれ近い将来に商売記事なるのだから、まさかここで明かすわけにいかない。とはいえ、お世話になった東京のオケ関係者の皆々様にちょっとだけ漏らすと、最高の評価を下していたのは、某T響でありました。ま、今の常任指揮者さんとのマッチングで最も状態の良いところを聴けたのがこのオケだったから、ある意味、当然と言えば当然の評価でしょう(ここまで書けば判る方は判るでしょ)。意外にも、というと失礼だけど、同じくらい高評価だったのは某Tフィルで、このオケだけは定期と某ホールのフェスティバルのためのT.D特別演奏会のふたつの公演を聴いた筈で、どっちのことを言ってるのかは判らりません。
遠来の客の意見を聞いた感想は、「おお、やっぱり我々東京の業界の本音話で言ってることは、客観的に聴けば誰でもそう思うことなんね」ってとこかしらね。
きちんとした評価は好き嫌いでもなければ、悪口でもありません。あたしもきちんと評価が出来る人になりたいぞ。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2011-11-16
「12日間で13公演を聴いたなんて人生でも初めて」と自分に呆れてらっしゃるようです。そんな忙しい中で、酉の市の日にそれと知らずに浅草に行き、「なんであんなに平日なのに人がいるのだ、小学生もいたが、なんかナショナルホリデーなのか」とビックリしたり、厄偏庵のCD棚あさってボストン響アーカイブボックスを持って行こうとしたり(流石に阻止しました)

で、彼なりの今回の東京滞在でのベストとワーストを漏らしていて…ま、いずれ近い将来に商売記事なるのだから、まさかここで明かすわけにいかない。とはいえ、お世話になった東京のオケ関係者の皆々様にちょっとだけ漏らすと、最高の評価を下していたのは、某T響でありました。ま、今の常任指揮者さんとのマッチングで最も状態の良いところを聴けたのがこのオケだったから、ある意味、当然と言えば当然の評価でしょう(ここまで書けば判る方は判るでしょ)。意外にも、というと失礼だけど、同じくらい高評価だったのは某Tフィルで、このオケだけは定期と某ホールのフェスティバルのためのT.D特別演奏会のふたつの公演を聴いた筈で、どっちのことを言ってるのかは判らりません。
遠来の客の意見を聞いた感想は、「おお、やっぱり我々東京の業界の本音話で言ってることは、客観的に聴けば誰でもそう思うことなんね」ってとこかしらね。
きちんとした評価は好き嫌いでもなければ、悪口でもありません。あたしもきちんと評価が出来る人になりたいぞ。




