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『クラシックコンサートをつくる。続ける。』8月1日発売 [売文稼業]

ともかくやらなきゃならぬ作文が山積みで、こちらにまで手が回りません。で、関係者様へのご連絡のみでお許しを。Facebookにも同じ内容をアップしております。

先程、共著者の平井先生から連絡がありました。で、出版社社長に拠れば、『クラシックコンサートをつくる。つづける。 ~地域主催者はかく語りき 』(水曜社)が書店流通に出回るのは、8月1日とのことでありまする。

なお,取材先の皆様におきましては、原則、こちらから1冊は献本させていただきます。出版社からになるか、小生からになるか、まだ話をしてません。ゴメン。

なお、「うちの書評で取り上げたいからくれ」という新聞出版関係者の方は当電子壁新聞コメント欄、Facebook、はたまた小生の個人メールアドレスに直接ご連絡下さい。

ちなみにページ数はAmazonのデータよりも全然多く、奥付まで入れると238ページでありまする。なんでこんな古いデータが挙がってるんねん?また、現在、Amazonの解説にある目次には、ちょっと変更がありました。ま、中身が変わったわけではありませんので。

以上、ともかく、現状報告でありました。

[追記:7月21日朝]

Amazonに発売日とされている日が過ぎて、「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」と出ています。無論、なんのことない、まだ在庫が来ていない、ということです。なお、本日くらいに見本本が挙がってくるとの連絡は来ていますが…。なんであれ、もうちょっとお待ちを。

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共著本作業終了 [売文稼業]

足かけ3年、最も古い取材は2010年という共著本『クラシックコンサートをつくる。つづける。』の共著者の平井先生のところから出版社に最終校正原稿が送り返された、との連絡がありました。これで著者側の執筆作業は全てオシマイ。もう直せません。
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B-%E3%81%A4%E3%81%A5%E3%81%91%E3%82%8B-%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E4%B8%BB%E5%82%AC%E8%80%85%E3%81%AF%E3%81%8B%E3%81%8F%E8%AA%9E%E3%82%8A%E3%81%8D-%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%A8%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%A5%E3%81%8F%E3%82%8A%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E5%B9%B3%E4%BA%95-%E6%BB%BF/dp/4880654035/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1499223700&sr=8-1&keywords=%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%80%82%E3%81%A4%E3%81%A5%E3%81%91%E3%82%8B%E3%80%82

この数日、当電子壁新聞が放置されていたのは、葛飾オフィスにお籠もりで最終校正作業をやっていたからでありまする。
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弄るといっても、「巌」を「巖」に直すとか、そんなものだけです。小生担当ではないところで1箇所、記事の配列順番を入れ換えるという大きな変更があったんだけど、どうやら無事にクリアーされて、予定していた今月末には流通に上がるようでありまする。

取材にご協力頂いた皆様、本当にありがとう御座いました。テープ起こし作業を手伝って下さった皆様、本当に本当にありがとう御座いました。中身については出て来てから記しますけど、ま、三文へっぽこ売文業者やくぺん先生とすれば今を去ること四半世紀も昔の最初の出版物「気楽に行こうクラシックコンサート」の流れと、黑沼本、第一生命本、ゆふいん本と続く流れの上にあるもので、「類書なしのやくぺん先生」と苦笑される困ったチャンぶりは相変わらずでありまする。いやはや。

今回は、あくまでも共著者の平井先生がメインで、そもそもはこういう形ではなくお手伝いだけというところから始まった話、基本、影に隠れておりますので、その旨、宜しくお願いしますでありまする。

さて、隠居宣言もしてみた老体たるも、直接の次の予定は、某旧著のwebアプリ化というずっとある話を本格的に動かさねばなりません。企画書だけで半年も放ってある単行本企画も本格的に売り込みをしないとなぁ。ふうううう…

ぐぁんばろー…というべきなのであろー、やっぱり。

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「クラシックコンサートをつくる。つづける。」やっと出ます [売文稼業]

北イタリアはボローニャとミラノを結ぶ街道の真ん中辺り、パルマとモデナの間の商都、レッジョ・エミリアにおります。なんせロンバルディアやエミリア・ロマーニャ州の各地から集まってくる農産物の集積都市として発達した場所なので、パルマハムやらパルメジャンチーズが市場価格で積み上がっているわけで、イタリア国内では美食の街として知られる。でもなぜかイタリア各都市に溢れかえる世界中からの観光客さんは全く来ない、という不思議な場所でありまする。

伝説のイタリアQの第1ヴァイオリンを勤めたパオロ・ボルチアーニを顕彰し、戦後に歌劇場が崩壊して室内楽くらいしかやれなくなったイタリアで若き音楽家が訓練を重ね、世界へと出て行ったこの街で、3年に1度開催されるパオロ・ボルチアーニ国際弦楽四重奏コンクールも現時点で2次予選2日目。淡々と演奏が進んでおりまする。

という状況はどうあれ、やくぺん先生としますれば、2週間前に終わった大阪国際室内楽コンクール&フェスタの公式報告書を記しつつ、大阪からレッジョに特使として派遣されている若きプロデューサーもぐら君の爺やとしてお手伝いをするのが仕事。カルミナQに優勝が出されなかった大スキャンダルの初回にハレーQが参加して以来、ケラーQが勝った第2回ですばるQ(実質上、現ヴィルタスQ)、アルテミスQが勝った第3回でロータスQが3位となり、第4回ではエクが1位なし2位最高位となり(直前にロンドンで勝って乗り込んだカザルスQが3位でした)現在日本ベースで活動する弦楽四重奏としてメイジャー級国際コンクールで成し遂げた最高位というタイトルが未だに保持されているこの大会、今世紀になってからは日本の最もコアな弦楽四重奏主催団体が関係を持つようになり優勝団体ツアーを行っていた。問題は開催年が同じになっている大阪と機関が極めて近いことで、いつも調整が必要だった。で、今回、大阪が新体制になり、せっかくだからちゃんと顔つなぎをしておこうということで、若きプロデューサーが派遣された、ということ。あたしゃ、ホントに爺やです。もうそういう歳周りなんじゃのぉ、ばーさんや。

んでもて、若者が演奏に必至でノートを取ってるのをボー前と眺めつつ、考えてるのは自分のお仕事。そー、やっと、やっと、足かけ3年になってしまった共著本が形になるようであります。こちら。
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クラシックコンサート注文書無170607+.pdf
いちおう、7月20日発売となっていて、Amazonでも既に予約が始まっているそうであります。
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B-%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%A8%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%A5%E3%81%8F%E3%82%8A%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E5%B9%B3%E4%BA%95-%E6%BB%BF/dp/4880654035/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1496903847&sr=8-1&keywords=%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E5%92%8C
中身は、もうお判りの方はお判りだと思いますが、2010年代初め頃に「音楽の友」誌に20回くらい連載し、編集者が退社,取材の技術的な難しさ(広く知られてもらいたくない主催者が少なくない、始めたはいいが直ぐに活動を止めてしまう主催者もこれまた少なくない、等々)ちょっと休止にしましょうということになった連載「コンサートスペースに行こう」から、ある程度普遍性があると判断し改定再録したものと、新たに取材したものが小生の担当。中心は、知る人ぞ知るへいまん先生のお仕事の紹介でありまする。そのお手伝いをした、というもんですわ。

なんせ,取材を終えてからも1年以上、その間に所謂コンサートスペースは大流行になり、もう状況もちょっと変わってきてしまっている感もあり、今の時代の「書籍」という形の難しさを痛感するわけでありますが、2010年代前半の状況の定点観測と割り切れば類書など全く無く、過去にもいろんな意味で意図的に語られなかった部分を前面に出している。だって、「バブル時代に日本では公共が税金を大量に投入し地方民間小規模主催者を圧殺、根絶やしにした」なんて歴史観、今の日本の「どっかの公共ホールや財団に就職したいなぁ」なんて子供達を育てているアートマネージメント科では、絶対に教えられない視点ですからねぇ。

ま、公共側からの反論を期待しつつ、「御上にたよらないコンサートの造り方」を真面目に考えてる方々の参考になれば、というのが趣旨であります。出版社さんも、公共のアートマネージメントなどの書物をいっぱい出しているところで、その意味では穴を埋めた、というようなもんですな。

なんせまだ最終校正を待っている段階。次の段階に至ったらまたお知らせします。ともかく、書名が決まった、ということ。ふううう…

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オリジナル資料が間違っていると… [売文稼業]

世の中、「オルタネティヴ・ファクト」なんちゅーとんでもない言葉が流行語になりつつある2017年初夏の世界、「嘘」という伝統的な言葉を普通に使えば良いのになんなんねん、と思わされる今日この頃でありますが、皆様、連休明けのお仕事始めをいかがお過ごしでありましょうか。

さても、この枕には意味がありまして…ええ、諸処の事情で一昨日来やっている原稿、現状に於いてはヘタをすると世に出ないボツ原稿になる可能性が高くなってきていて(無論、やらにゃならん別原稿とこのボツ原稿それぞれにギャラが出るなんてことはありません、あくまでも「採用された原稿」にしかギャラは出ませんから)、あたしの2日間はなんだったんだぁ、と叫びたい気持ちをここにぶつけるわけでありまする。いやはや…

で、この原稿、要は「データ整理&読める状態に並べる」という類いのもので、資料を山積みにしてひっくり返し、照らし合わせ、信用出来ないものは落とす、という作業が中心になる。大川端でも水元公園でも、六本木ヘリポート横公園でもやれる所謂純粋作文とはちょっと違う、図書館、資料館、はたまた葛飾オフィスに籠もらねばならん、というお仕事でありまする。

今回は、幸いにも葛飾オフィスに持ち込まれた資料の山をひっくり返せばやれるという目論見があり、幸いに実際、それでなんとかなった。足りない部分はあちこちに問い合わせ、添付ファイルで送っていただくことも出来、今は資料をいただいたり拝見したりするために出向く必要もなくなりスゴい世の中になったなぁ、今世紀の初め頃までは、資料を探しに国会図書館に日参し、足りなくなってメリーランド州のアメリカ合衆国国立公文書館に行き、まだ足りなくて最後はヴァージニア州ノーフォークのマッカーサー資料館まで行くことになり、DCからのアムトラック駅を下車して連絡バスで軍港のある市内に向かう途中に進水したばかりで艤装作業中の空母ロナルド・レーガンの勇姿を眺める、なんてこともあったっけなぁ。あれだって、今は、全部、ネット上で済む筈だもんなぁ。スゴい世の中になったものじゃのぉ、ばーさんや…

もとい。で、そんなスゴい世の中になろうが、やっぱり最後は「現物一次資料」でありまする。手元にある資料がどういうものか、流石にちょっと明かすわけにはいきませんけど、ぶちゃけ、膨大な量の過去の演奏会当日プログラム、チケット半券、それにチラシなどもチラホラ、というもの。ゴミといえばそれまで、故人の所有物として残されても遺族が真っ先にゴミにしちゃうだろうようなもんです。

有り難いことにこの資料、所有者だった方がとても几帳面で、年ごとのファイルに整理してある。同僚の方が急逝されて仕事ができなくなってからは、未亡人が仰るようにやる気を失ってしまい、多少混乱しているところがあるとはいえ、バリバリだった時代は自分の仕事、関係者の仕事など、きっちり纏めて時系列で整理して下さっているのですね。こんなもんが押し入れに積んであるって、考えてみればオソロシーことで、きちんとオープンにして活用できるようにするべきなんだろうが、今は公共にこういうものを渡すとどうなるかはちょっと前に話題になった京都の図書館などの事例もあって…ねぇ。

さても、その資料で、今回、いちばん重要なのはこれ。
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かのブダペストQ初来日時の当日プログラム現物でありまするっ!

このときの、ある意味で神話的なエピソードも残る来日に関しては、説明もめんどーなんで、こちらのサイトでもご覧あれ。正にマニアさんの出番、って感じのネタですから。
http://blog.goo.ne.jp/hirochan1990/e/19bd3b61b75e27de26b6c2af785922ab
ご存知の方はご存知の話でしょうが、こういうことがあったんだわさ。で、結果のリベンジ公演で、こういうことがあった。
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招聘したNHKの内部事情など全然判らないけど、ことによるとロイスマン御大の岡山(倉敷、という話も聞いたことがあるんだけど…)での転落事故がなければ、このベートーヴェン・サイクルがあったかどうか判らぬ、という歴史の面白さ、奇妙さを感じていただければ幸いでありまする、はい。

さても、問題はここから。実はですねぇ、最初の来日のときの当日プログラムには、演奏会の日付曜日は無論記されているけど、どこを眺めても年度の記載がない。そんな筈はないと思われるかもしれないが、こういうハンドアウトでは、案外ある。

資料として最初に整理して今に遺して下さった方は、几帳面にも、全てのプログラムの隅っこに日付を書き込んで下さっているのです。それに従って、全部が時系列で整理されている。結果として、もの凄く便利な資料集になってるんですわ。で、そこには「1953年」と記されている。そして、1953年の時系列の中に収められている。

これが、少なくとも小生には、大きな混乱のもととなってしまったのであーる。

ぶっちゃけ、結論から言えば、この来日公演は1952年なのです。なんせ、日本が独立を恢復した年で、このブダペストQが日本公演をやってる真っ最中に、GHQから返還されたばかりのお堀端第一生命ビルの講堂が「第一生命ホール」として蘇り、近衛管弦楽団によるオープニング演奏会があった。それどころか、岡山での事故で東京は聖路加病院への緊急入院という事態がなければ、西日本公演から東京に戻ったブダペストQは、それこそ聖路加を眺める第一生命ホールで特別演奏会をする予定だった。殆ど知られていませんが、拙著『第一生命ホールの履歴書』執筆時の資料調査で当時の広報物などを調査してますので、事実でありまする。こんないい加減な電子壁新聞に書いていることとは違う、エッヘン!

だから、この来日が1952年であったことは確実であります(って、聴いた奴だっていっぱいいるわけだしね、まだ)。

だけどねぇ、こういう風にしっかりと資料として整理されてしまうと、「あれ」っと思ってしまうわけですよ。もしかして、世間で普通に言われているのがなんかの間違いなんじゃないか、だって、ここで一次資料がこういう風になってるんだもん。

これまでは余り考えないようにしてたんだけど、流石に今回はこの公演そのものについての原稿なので、ここでまたもう一度きっちり確認の作業をせねばならぬわけです。無論、確認といっても、所詮は複数資料どおしの「多数決」なだけですけどね、やれることは。

そんなこんな、数時間の時間を費やさねばならなかった。結論は判ってるけど、この資料を纏めてくれた先達に対する敬意は、これだけの時間を費やすに値する。

ま、だからなんだ、と言われればそれまで。「ギャラを取れる原稿」というのはこういう手間がかかっているのである、というだけのこと。それよりもなによりも、後に資料を用いる人のために、データ整理は万全の注意を払いましょうぞ、というご教訓の再確認でありました。

それにしても、K先生、どうしてここ、間違えたんだろうなぁ。いつこの資料整理をしたのか、シベリア抑留から戻ってチェリストとしての活動を再開した直後で、後の記憶が混乱していたということなのかしら。それとも、このブダペスト公演の記憶だけが突出していて、何かと混乱してしまったのか。あり得そうなのは、「ロイスマンさんが堀に落ちて、翌年にまた来たんだよなぁ」って思い込んでて、そこに入れちゃった、というところかしら。

なんであれ、いろいろと妄想を逞しくしてしまう初夏の午後であったとさ。

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祝亜細亜的朋友訪都 [売文稼業]

昨晩は、月曜朝の生ゴミ出しとハードディスク内のデータを引っ張り出す必要から、遙々多摩川臨む(のかな)谷保から神田川上流を下り、大川越え、更に荒川放水路跨いで新開地葛飾まで至ったのであった。いやぁ、これくらいの距離を普通に通勤している人がいっぱいいるなんて、ホントに頭が下がることでありまする。あたしゃ、三日ともたないわい。

んで、ウラリウラリとした春の空、葛飾オフィスのご近所に迷惑この上ない巨大柿の木からも緑の芽がチラチラふき出し、冬の後半にすっかり住人となってしまった性悪ひよちゃんも近くの公団住宅の桜で独り占め大作戦を始めたか、朝から姿を見せず…と思ったら、物干し台の下の日だまりに朝からお猫様が陣取ってら。
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ちいさな飛ぶ方々は自分らの身は自分らで守れるじゃろ、残っても仕方ないので、これが最後の蜜柑だよ、って出してやると、暫くしたらやっぱり、ひよちゃんがぎゃーぎゃー叫びながらやって来た。猫さんがいるのでいらっしゃらないかと思われたほーほーさんもやって来て、ほーほー仰ってるし。

みんな、もう春なんだから、自分でご飯を食べなきゃダメですぅ。んで、えいっとばかりにシジュウカラ・レストランを撤収。柿の実収穫が終わるまで、長いお休み期間でありまする。さあ、どこでも好きに行ってしまえぇ!

かくて、実質明日から始まり日曜朝まで続くことになってしまった「長柄→ソウル→統営→ソウル→那覇」という無茶苦茶なツアーの細かい連絡、はたまた流石にそろそろ最終校正が出て来る共著本の連絡、さらにはツアー前に終えちゃわなきゃならない細かい校正作業やら…こういう「自分の為の秘書仕事」というのはホントに面倒で、一銭にもならず、たまったもんじゃないわいなぁ、つくづく貧乏はイヤだ、と嘆きつつメールやフィスブックでのやり取り(最近は後者でしか連絡が付かない相手も少なくない)をしていると、おやまぁ、別の連絡が飛び込んで来たぞ。

相手は、上海の若い同業者くん。明日の《神々の黄昏》に行くので、飯でも食えないか、とのこと。なんせこちとら、終演後に「ながらの春室内楽音楽祭」協賛するNPOエクプロジェクトの理事長が出られない(この時期、学校関係者は身体を出せる筈もない)ので、雑用顧問として座ってるくらいのことはせにゃならん。で、面倒だから現地に前日入りすることになり、午後3時から始まる世界一長いオペラのひとつが終わるや、千葉の山奥に吹っ飛んでいかねばならぬ。とはいえ、彼のような同業者を東京の同業者やら関係者に紹介するとても良いチャンスだから、幕間にどっかで会おうじゃないか、って話になった。…ってことは、明日は絶対にいかにゃならん、ってことだわなぁ。ふうううう…しんどいなぁ、あの曲聴くの…

ま、それはそれとして、今更ながら、時代は変わったものであ、と思う次第でありまする。

なんせ、中国という社会、西洋音楽家は日本と同じ頃からいるわけだが、音楽系のジャーナリズムとか批評とかは、まぁあーーーーーーったく存在していなかった。所謂「音楽評論家」とか「クラシック音楽ジャーナリスト」という商売(になってるのか、よーわからん)が出現したのは、実質今世紀に入ってから。だから、良きにしろ悪しきにしろ、「長老」や「巨匠」がいません。北京の、やっと30代になったかな、というくらいの評論家君は、「俺たちが第一世代さ」と仰ってます。ま、そーなんでしょう。

どういうわけか日本と違って男ばかりで(女性はみたことないなぁ、そういえば)、みんな所謂「一人っ子世代」です。だから、肥ってます!ポテチしながらクラシックばっかり聴いてたんだろー、お前ら、って感じの若い連中。だけど行動力はあって、ザルツブルクやらルツェルンやら、散々、聴きに出ているみたい。そういう感覚で動けるならば、上海から東京までちょっとヴァーグナー聴きに来る、なんてのも不思議はない。入国書類も今は短期ならパスポートだけで良いんだろうし(所得制限とかなんとか、他所の国のことはよーわからんわい)、泊まるところさえ確保出来ればLCCで成田まで2時間だもんねぇ。

正直、やくぺん先生みたいな老いさらばえてあとは死に絶えるばかりの爺じゃなく、これからの日本、ってか、亜細亜地区、ってか、世界の業界を一緒になって背負って立つ若い世代の人達と知り合いになり、いろいろ話したり、喧嘩したり、酒飲んでべろべろになったりして貰いたいものじゃ。うん。

春が来て、桜が咲いて、上野の御山にいろんな人が来る。いろんな人が出会うのは、「フェスティバル」の本来の目的だしさ。

山の下の地下鉄車庫隣で起きてることを、みてみぬ振りも出来ぬけど…

魔都よりの 朋も酔え酔え 花見歌

[追記]

上海ベースのフリーランス音楽評論家ルドルフ・タンくん、無事に東京到着。茨城便は安いんだけど取れなかった、とのこと。よくご存知で。来る日曜日まで滞在しますので、連絡なさりたい方はやくぺん先生の世を忍ぶ仮の姿の方に直接コンタクトとっていただければ、繋ぎます。基本、コンタクトは英語です(無論、北京語OKでしょうが)。中国語音楽メディアにアクセス出来る、貴重な人材です!よろしくう。

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演奏会が多すぎる日はどうすべきか [売文稼業]

無駄話です。

不得意分野の原稿、それもいろんな意味でかなり慎重にやらにゃならんもんをふたつやっつけるきっつい純粋作文作業の真っ只中に遙か丹沢の麓まで行かねばならぬ飛び込み取材を突っ込まねばならかなった週も何とか乗り切り、今、先週の終わりに戻されてほっぽり出しておいた原稿の直しを終えて、どーせ土曜日の朝じゃ送ってもなんの返答も無いことは百も承知で送ってしまい、さああああ終わった終わった、という気持ちに久しぶりになった清々しい早春の朝、今年はイースターが遅すぎるのが季節感を削ぐなぁ、と思いつつ、皆様いかがお過ごしでありましょうか。

さて、本日3月25日土曜日、晴れ渡った空の下の週末の帝都では驚く程の数の演奏会が開催されることになっておりまする。そんなものに出かけていられる状況なのか判らなかったので、先程まで真面目にチェックしていなかったんだけど、なんとぶらあぼさんのwebサイトに拠れば本日の関東地区の演奏会はかの無料冊子に掲載されたものだけで50もあるそうな。ほれ。
http://search.ebravo.jp/Concerts/lists/area_id%5B0%5D:1/search_concert_date:1/
無論、この無料情報誌、基本は紙媒体編集ですから告知情報にもしっかり締め切りがあり、2ヶ月以上前に締め切ってるので、ここに掲載されていないコンサートもそれなりにあるでしょう。果たして関東平野に「コンサートホール」がいくつあるのか知らぬが、練習を含めればほぼ全てが機能してるんじゃないかいと思っちゃう猛烈な勢いでんなぁ。

これだけあると、いろいろな意味で「この演奏会はいかにゃな」ってもんも複数あるわけで、実際、やくぺん先生の如きへっぽこ三文売文業者にして、「行けたら行きたいですが、ゴメン、その辺り、わからんです」と主催者さんに言いっ放しだったコンサートだけでも枚挙に暇ない。他に裏番組がなければなぁ、と思っていただけのものも含め、面白半分に列挙してみれば…

★安藤由布樹 杉原千畝物語 オペラ「人道の桜」(新宿文化センター)←所謂創作オペラは、機会があれば眺めておいて損はない…時間の大損だった、と思うこともなきにしもあらずだけどさ

★バッハ・コレギウム・ジャパン J.S.バッハ「マタイ受難曲」(みなとみらい)←言うまでも無く、本日の大本命!指揮はなんと、雅明さんじゃなく、優人っち!

★新日本フィル定期(オーチャード)←《マゼッパ》って、やりそうでやらない

★東京芸術劇場 & ミューザ川崎シンフォニーホール共同企画 第6回 音楽大学フェスティバル・オーケストラ(ミューザ川崎)←本日の本命のひとつ、関東主要音大合同オケで髙関氏がまらろくを振る!

★オーケストラ アンサンブル・フリーEAST 第7回(江東区文化センター)←どういう団体かよーしらんが、ストラヴィンスキーの三楽章の交響曲やってくれて1000円也!

★古澤巌 ヴァイオリンの夜(大泉町文化むら)←この会場、よほど行ってないなぁ

★浦川宜也(指揮・ヴァイオリン) × 東京クラシックプレイヤーズ(ハクジュホール)←浦川先生が弦楽合奏で作品127と130を披露なさいますっ!作品127の弦楽合奏版って、上手くいったためしがないので、大いに興味あり

★東京・春・音楽祭 都響メンバーによる室内楽 メンデルスゾーン「弦楽八重奏曲」(特別編成版)(文化小)←なんとコントラバスを入れる、というとんでもない編成!

★ジャパン・ストリング・クヮルテット(横須賀)←スイマセン、ゴメンナサイ、いけなくてお許しを…

★アルティ弦楽四重奏団 & 萩原麻未(相模女子大学グリーンホール)←これまた、スイマセン、ゴメンナサイ、ホントにいけなくてお許しを…

★レスパス弦楽四重奏団 with 若林顕(狛江)

★寺田弦楽四重奏団(煥乎堂ホール)←全く判らないので気になるです…

★古楽器の響きで味わう ハイドン & モーツァルトの室内楽<当時の様式の管楽器と弦楽器の組み合わせで楽しむ>(横浜山手)←オリジナルのオーボエ四重奏ねぇ…

★イマ・スプリング・コンサート(ムジカーザ)←なんとなんと、本庄玲子さんがピアノ弾いて松田、菅野とメンデルスゾーンのニ短調やるというオールドファンなら涙ちょちょ切れのサロン

★アンドラーシュ・シフ(彩の国埼玉)←ピアノ系の方の大本命でしょー

★日本オルガン研究会 第8回 日本オルガン会議「21世紀のバッハ像ー作品と楽器をめぐって」第2日(ICU教会)←ホントに暇なら、こういうのをちゃんと眺めないとねぇ

★赤塚不二夫祭 これでいいのだ!!<渋谷の春休みなのだ〜「天才バカボン」&「もーれつア太郎」50周年>(渋谷区文化総合センター大和田)←ひぇぇ、れれれのれぇえええ!

いやはや…なんなんでしょーかねぇ。「クラシック音楽は客がいない斜陽産業」なんて嘘じゃん!

さらに、ここにはない関係者のみイベントなのだけど、「新浦安駅前音楽ホールの試演会初音出し」というビッグイベントもあるし。

こうなってくると、もうどうしたら良いか判らぬ。そういうときには、「忙しいんでどれにもいけません、ゴメン」と叫んで布団を被ってしまうか、「銀河英雄伝説」Blu-rayを頭から眺め始めるに限るわけですが…まさか原稿が一段落してしまったのでそういうわけにもいかん。

で、結論。こちらに参上させていただきますです。
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どうしてまた、って?そーねぇ、まあ、敢えて言えば、所謂有名な人やらちゃんとした団体は、やくぺん先生なんぞがわざわざ足を運ばずとも、それなりにお客さんは集まるだろうし、それなりに批評なりが出るでありましょう。優人氏の《マタイ》とか、オケの定期とか、学生オケ連まらろくとか、聴くべき人はいるだろう。浦安の大イベントも、いろんな人がいっていろんなことを仰るでしょうから、それはそれで大丈夫。室内楽では、巨匠連はそれを楽しみになさっている方がそれなりにいるのでOK。

となると、若い連中の弦楽四重奏、それもそれなりに知ってる奴らがちゃんとした会場で弾かせて貰えるのだから、それを見物に行かぬわけにはいかんわいな。珍しくも、うちのお嫁ちゃんも来られるというしさ。ちあみに、次点は浦川先生アンサンブルの作品127。これは完全に純粋な興味から。何年か前、大阪交響楽団で巨大弦楽合奏で聴いて、いやぁ、この曲はガリツィン・セット&131,135の中でも飛び抜けて弦楽合奏には不向きだなぁ、と思ったもんでして。浦川先生が、あの低音抜きみたいな響きをどう処理するのか、スゴく関心がある。問題は、恐らく客席は生徒さんでは埋まるだろうが、同業者が誰も聴きにいきそうにない、ってことでして…

なんだか、明日もこんな感じなんだわなぁ。いやはや…

さても、出かけましょか。葛飾から狛江はホントに遠いです。久しぶりに、♪はーるののがわはさらさらいくよ…

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社長さんからのクリスマスプレゼント [売文稼業]

殆ど「お詫びと訂正」カテゴリーじゃないか、って話。

思えば足かけ3年、関係者の皆様には取材はされたけど、いつまでたっても出てこないじゃないか、出す出す詐欺かいな、と思われてないか心配だった共著本、『クラシックコンサートをつくる。続ける。』(仮)、暮も押し詰まり出版社さんがお休みに入る直前の昨日夜半、ざわざわ社長さんご自身の手でわしら情けない筆者チームに最初のゲラが送られて参りました。仮題に「。」がふたつ、どかんどかとあるのがポイント…なのかな。

書籍まるまる一冊分、今はこの空の下あちこちで年賀状印刷でガッチャンガッチャン動いているであろう家庭用プリンターを占拠し、延々30分もかけてプリントアウトしたら、もう疲れてしまったです。はい。
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ま、なんであれ、これで全てがクリアーされたわけではなく、まだ一波乱も二波乱もあるでしょうけど、とにもかくにも形にはなりそうだということで、ひとつ安心して年を越せることになりそうでありまする。なんだかんだで取材開始から足かけ三年、鮮度が勝負の内容なんだけど、「2010年代前半のある瞬間を切り取ったレポート」として納得していただくことになるでありましょう。ま、書籍というフォーマットを採ったた以上、仕方ないことではありますが。

現時点では、桜が咲く頃には世に出せるのではないかと考えております。関係者の皆様、出版委員会の関係者諸氏、そしてなにより出版社の皆様、ホントにありがとう御座います。あと一歩、まだまだ御世話になります、宜しく御願いいたしまする。

これで年末正月はなくなった…なんて言いません!有り難い、ちょっと遅く届いたクリスマスプレゼント。

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久々の企画書書き [売文稼業]

年末進行真っ只中。本日夕方を以てして来月売り号が全部閉まる年の瀬の午後、皆々様いかがお過ごしでありましょうか。以下、読者対象数人、ってか、ホントは皆無。全く無意味な雑文でありますので、読む必要はありませんよ。悪しからず。

もうすっかり半隠居状態のへっぽこ三流売文業者やくぺん先生としましても、朝からかなり頭を抱えちゃうような原稿の直しやら、おいおいおいとしか言いようのない追加とか、バタバタと時が流れていく日でありましたが、ともかくもう全部オシマイの時間とあいなり、いやぁ終わった終わった、ってか、ぜぇぜぇと肩で息してぐったり、って感じのこの瞬間でありまする。ふうううう…

さても、これから来月2週目の頭に新年初荷原稿締め切りがひとつやってくるまで、案外とノンビリした時間が広がっている…というわけでもありませぬ。こういうお尻を叩かれるような状況でないときでなければなれないことをせねばならぬ。フリー売文業者の真骨頂、海の物とも山の物とも判らぬ売り込み、出版社編集者様プロモーション用の「企画書」作文をじっくりとやるタイミングなのでありまする。

今、なんのかんので足かけ3年になってしまう共著本が、今度こそ最後の段階に入っていており、まあ逆に言えばもうこっちは「編集者様、全部お任せ、宜しく御願いします」としか言いようが無いのだけど、極めて半端な感じになっている。そんな気分を少しでも盛り上げるために、やるぞやるぞ、久しぶりの企画書、うったるぞぉ、買ってくだされ、編集者様、出版社さまぁ!

というわけで、久々の「企画書」というフォーマット、書き方を忘れちゃってるので、パソコンのハードディスクの中でも滅多に近寄ることのない禁断の空間、ボツだった企画書が山積みになっている「企画書の墓地」を恐る恐る開いてみると…おおお、懐かしきこの世に生まれ出なかった企画たちの群れよ。いやぁ、どれもこれも、本当に愛おしい。涙が出るようだよ、おとーさんは…

さても、何故ダメだったのか、古くは四半世紀から10年くらいの年を経て、出版産業が最悪の氷河期を経て、実質上「出版社という仕組みを維持するための出版というシステム」が再構築されつつあるような気配もある21世紀10年代半ば過ぎの今、もういちどみなおしてみるべーか。やくぺん先生ボツ企画棚卸し日干しでありますな。取材をある程度進めたものもあり、企画段階で全く問題にすらならなかったものもあり…

◆『サイトウキネンの母たち』◆
90年代の半ば、まだなんとなく年に1冊くらいは単行本ってフォーマットがやれそうな感じがしていた頃に着手した企画であります。どこで出版するかはまともに考えることもなく、ともかく「やります」と勝手に宣言して、取材もちょっとですが始めていました。中身は、題名からお判りのように、その頃一世を風靡していた松本のサイトウキネン管の第一世代メンバーのお母さんたちに「なんであんななんにもない大変な時代に息子や娘に音楽なんてもんをやらせようとしたのか」を聞き取りしていく、というもの。具体的には、『黑沼本』の取材の中から生まれてきた構想です。あああ、これは今やっておかないとなぁ、って。
案外と簡単にいくかな、と思ったんだけど、結局、取材を中止してしまった。理由ははっきりしていて、このテーマ、子供のための音楽教室の起ち上げ時にヴァイオリン・セクションの実質上責任者で、齋藤秀雄氏の右腕となって動いたヴィオラ奏者の河野俊達先生がお書きになってらっしゃる本があり、どうやってもそれと被る、ってか、その補強版にしかならない。やるならやっぱり俊達先生との対話みたいな形にするのがいちばんいいだろうし…なんて思ってるうちに、俊達先生がバッファローからDCにお引っ越しになったり、取材対象の方々が取材不可能になっていったり…
一言で言えば、完全な力不足企画でありました。今なら、もうちょっと格好を付けられるだろうになぁ、とは思うものの、なんせ四半世紀とまではいかないまでも、これだけ時間が経つと時間切れ。個人的には、聖路加教会で小澤さんのお母様を送る会に列席させていただいたとき、この企画も完全に終わったと感じておりまする。

◆『日本の音楽祭ガイド』◆
これまた90年代半ば、ムック本なんてもんがジャンジャン出ていた頃に出した企画書。どこに出したか、記憶にないなぁ。まあ、なんにせよ音楽関係出版社とかだったと思いますね、これは。
中身はこれまた明快。日本各地で開催されてる「音楽祭」というものを写真などを沢山いれつつ、纏めて紹介するもの。腕の良い写真家さんと組んで、「とんぼの本」とかをイメージしてたっけ。
なんでダメだったか、要は、「日本のクラシック音楽の音楽祭の本なんて、需要ありません」ってことだったような。ザルツブルクとかバイロイトとかならともかく(まだルツェルン音楽祭なんてなかったんじゃないか、あの頃)、商売にするにはマーケットが小さすぎる。ま、言われてみればその通りだけどさ。
この企画、結果的には流れ流れて『ゆふいん本』にまで繋がっていると言えば繋がってるわけで、その意味では全く死んだわけではなかった、のかなぁ。もうやる気はない企画ですな。

◆『シモン・ゴールドベルク伝』◆
言うまでも無く、御大の評伝。未亡人がお亡くなりになったあと、これはちゃんと誰かが纏めておかないとマズいぞ、と思って企画書を書き、某財団に出版助成のアプリケーションまでした企画です。出版が最も冬の時代に入っていた21世紀0年代のこと、どっかの出版社がやってくれるなど夢のまた夢でありましたし。
幸か不幸か、助成金はあっさり却下。それだけではなく、未亡人ご親族や関係者が「ゴールドベルク講義録」のようなものをやっているという話で、となるとそっちが形にあるまでヘタなことはしない方がよかんべーと引き下がった次第。まだ未練はあります。ただ、関係者がどんどんいなくなってますからねぇ…うううん。

◆『お祭りのつくり方』◆
ある意味、妄想で終わった企画。佃二丁目町会に関わっていた頃、この街の最大のイベントである所謂「佃の祭り」、住吉神社例大祭が開催される顛末を横からと言うか、斜めからと言うか、ど真ん中ではないけど中から眺めることになり、「あああ、これはとんでもないイベントだなぁ」とつくづく思わされ、起きている様々なことを記録するだけで新書くらいは直ぐ出来ちゃうぞ、と思った。
企画としてどこかに出す以前に、こんなことは出来るもんでしょうかねぇ、と周囲の人にそれとなく話すと、「それはヤバイから止めなさい」と言われた。理由はもうハッキリしていて、近代的なイベントマネージメントの視点、いやそれどころか近代的な市民共同体の経理なんぞの視点からしても、祭りにはアヤシいところ、もっとはっきりいっちゃえば「ヤバイ」ところがあり過ぎるみたい。なんせ領収書なんてあるんだかないんだか、という世界です。これ以上は、流石にこんな無責任電子壁新聞にだって記せないない。お判りの方は、もうよーくお判りでしょ。
今や佃縦長屋の居候みたいな住民となり、地上の方々とは一切の縁が無くなってしまった。町会に引っ張り込んで下さったお隣の魚河岸ご隠居もなくなり、路地の家も無人になってしまった。当時の町会長さんは隠居し、通りのお店も閉めっちゃった。遙かシン・ゴジラくらいの視点から見下ろす佃の路地は、もうやくぺん先生には無限に遠い世界…こうなると、こんな企画、到底できっこないっす。

ふううう…死んだこの歳を数えるような作文になってしまったなぁ。まだまだあるけど、もう止めましょ。さあ、ぐぁんばって、形になりそうな企画書を書くぞおお、ゆーちゃん!かくぞおおおおおおおお!

[追記]
わ、27日夜、気楽に企画書弄ってたら、まだ来ないと思っていた単行本一冊の校正が来てしまいました。出版社年末年始休暇に入る前に、社長さんが超特急で出してくださってしまい…しょーがつがなくなってしまったじゃないかああああ!

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明らかに力及ばずな仕事をどう纏めるか [売文稼業]

本日締め切りでやってる仕事、まだ情報待ちでもあるのだが、いよいよいくらなんでも「作文」という形に纏めないとマズい状況になってまいりました。で、以下、無能の泣き言です。読者対象は、いません。これホント。

ええ、何をどこにやってるかは全く言えないのだけど、ともかく、そもそもは本命で売り込んだ原稿の対案としてコラム程度で提案したネタが、本命の方は却下され対抗の方がでっかい原稿として依頼されました。なんであれ原稿を依頼していただくのは有り難いことでありますので、やります、ということになって、この大きさではもっと資料を集めなければなぁ、とドロドロ縄縄とあちこちに連絡を始めたら、まああああなんとまあ深くめんどーなテーマをやると言ってしまったのよ、となって…あとは自分に呆れるばかり。

最大の問題は、話題にしているプロジェクトの裏に、世界をターゲットに情報操作を行う某有名、というか、悪名高いというか、広告代理店が動いていることがチラチラ見えてきちゃったこと。そんなん知らないままでいたかったなぁ、と泣きそうになった。ここまで話がデカイと逆に腰も据わるもので、「おれはそーゆーことは知らん、芸術系だけしか判らぬ馬鹿だ」という立場を貫こうと決断。さああああ、書くぞかくぞ。なんとか纏めるぞ。

明らかに力及ばずな仕事をどう纏めるか…もう、自分は馬鹿であると現実を認め、馬鹿なりに誠実にある情報を纏めるしかない。それだけなんであーる!

なんじゃ、この作文はっ!オシマイ。さあ、仕事だぁ。

[追記11月16日昼前]

ともかく、今、初稿と必要な写真は入れました。最終的に、いくつか重要なデータを敢えて入れない(基本、紙媒体の宿命たる長さが問題)決断をせねばならず、それでも毎度ながら長めで入れた。さても、どうなるやら。全ボツの可能性もあり。

なお、媒体の性格上、どこに何を書いたか、ここには記せません。ゴーストというのじゃありませんので、ご安心を。さあ、ちょっと寝て、明日深夜の出発に向けた準備をせねば。午前2時3時頃に吹き荒れ、佃の縦長屋の間をゴウゴウと渡っていた猛烈な木枯らしは止んでも、帝都は冷たい曇り空。ジュネーヴ湖の畔はもっと寒そうだ。

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ミュンヘン関連原稿大売れ [売文稼業]

素朴な疑問、ってか、へえええええ…って感想。素直すぎる、前頭葉カラッポな発言です。

17日の午後に成田到着から数えて早10日間、来る金曜の夕方まで、地獄の作文作業が続いています。一部には「俺はもう隠居だ!」発言をして以降、もう俺は仕事なんてせんぞー、と騒いでいたんだが、そんなこと言ってらんない状況であります。

どうも、その理由は、「ミュンヘン・コンクール」みたいなんですよねぇ。

今年は日本人奏者が、活躍したと言えば活躍したのだろうが、優勝したとかいう世間的に派手派手なことがあったわけでもない。きっちり入賞、ファイナリストになりましたよ、という状況。それでも、何だか知らぬが共同通信君がベルリンから機材ひとりで全部抱えて日帰りでミュンヘンまで来たり
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それが配信されて日本中の中央・ローカル紙が買って掲載したり、まあ、それなりに騒ぎになっている。同じ時期に開催されていたバンフの方は、やっぱり共同通信がチェックしていてファイナリストにまで至れば電話取材などはする予定になっていたんだけど、そうはならなかった。

一般紙だけでなく、ミュンヘンという根っこから一般雑誌の記者さんがなかなか面白い関心を示してくれて転がっていった取材もあり(こっちはもう、校正まで出てしまっている)、なんのかんの月末締め切りが山積みになってしまった。

それにしても、「ミュンヘン」って、そんなに日本語メディアにはブランド価値があるものなのかしら?業界的には、正直、専門大会のバンフの方が重要という考え方もあるわけなんだけど。

やっぱり、戦後直ぐに始まったコンクールのデパート、過去に東京Qを筆頭に「最高位」になって世に出て行った日本の戦後第一世代が沢山いることから、やっぱり日本西洋音楽文化圏では特別のポジションなのである、ということなんでしょーかねぇ?

コンクールの価値の文化史、というのは、案外、議論するのが難しいなぁ。どういう方法論からやったらいいのか、見当も付かないぞ。客観性を保証するのはどこなのかも、まるっきり見当が付かないし。

ま、てなわけで、あと数日、当電子壁新聞もこんな愚痴が記される程度でゴメン、ということでありまする。ゴメン。


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