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演奏会が多すぎる日はどうすべきか [売文稼業]

無駄話です。

不得意分野の原稿、それもいろんな意味でかなり慎重にやらにゃならんもんをふたつやっつけるきっつい純粋作文作業の真っ只中に遙か丹沢の麓まで行かねばならぬ飛び込み取材を突っ込まねばならかなった週も何とか乗り切り、今、先週の終わりに戻されてほっぽり出しておいた原稿の直しを終えて、どーせ土曜日の朝じゃ送ってもなんの返答も無いことは百も承知で送ってしまい、さああああ終わった終わった、という気持ちに久しぶりになった清々しい早春の朝、今年はイースターが遅すぎるのが季節感を削ぐなぁ、と思いつつ、皆様いかがお過ごしでありましょうか。

さて、本日3月25日土曜日、晴れ渡った空の下の週末の帝都では驚く程の数の演奏会が開催されることになっておりまする。そんなものに出かけていられる状況なのか判らなかったので、先程まで真面目にチェックしていなかったんだけど、なんとぶらあぼさんのwebサイトに拠れば本日の関東地区の演奏会はかの無料冊子に掲載されたものだけで50もあるそうな。ほれ。
http://search.ebravo.jp/Concerts/lists/area_id%5B0%5D:1/search_concert_date:1/
無論、この無料情報誌、基本は紙媒体編集ですから告知情報にもしっかり締め切りがあり、2ヶ月以上前に締め切ってるので、ここに掲載されていないコンサートもそれなりにあるでしょう。果たして関東平野に「コンサートホール」がいくつあるのか知らぬが、練習を含めればほぼ全てが機能してるんじゃないかいと思っちゃう猛烈な勢いでんなぁ。

これだけあると、いろいろな意味で「この演奏会はいかにゃな」ってもんも複数あるわけで、実際、やくぺん先生の如きへっぽこ三文売文業者にして、「行けたら行きたいですが、ゴメン、その辺り、わからんです」と主催者さんに言いっ放しだったコンサートだけでも枚挙に暇ない。他に裏番組がなければなぁ、と思っていただけのものも含め、面白半分に列挙してみれば…

★安藤由布樹 杉原千畝物語 オペラ「人道の桜」(新宿文化センター)←所謂創作オペラは、機会があれば眺めておいて損はない…時間の大損だった、と思うこともなきにしもあらずだけどさ

★バッハ・コレギウム・ジャパン J.S.バッハ「マタイ受難曲」(みなとみらい)←言うまでも無く、本日の大本命!指揮はなんと、雅明さんじゃなく、優人っち!

★新日本フィル定期(オーチャード)←《マゼッパ》って、やりそうでやらない

★東京芸術劇場 & ミューザ川崎シンフォニーホール共同企画 第6回 音楽大学フェスティバル・オーケストラ(ミューザ川崎)←本日の本命のひとつ、関東主要音大合同オケで髙関氏がまらろくを振る!

★オーケストラ アンサンブル・フリーEAST 第7回(江東区文化センター)←どういう団体かよーしらんが、ストラヴィンスキーの三楽章の交響曲やってくれて1000円也!

★古澤巌 ヴァイオリンの夜(大泉町文化むら)←この会場、よほど行ってないなぁ

★浦川宜也(指揮・ヴァイオリン) × 東京クラシックプレイヤーズ(ハクジュホール)←浦川先生が弦楽合奏で作品127と130を披露なさいますっ!作品127の弦楽合奏版って、上手くいったためしがないので、大いに興味あり

★東京・春・音楽祭 都響メンバーによる室内楽 メンデルスゾーン「弦楽八重奏曲」(特別編成版)(文化小)←なんとコントラバスを入れる、というとんでもない編成!

★ジャパン・ストリング・クヮルテット(横須賀)←スイマセン、ゴメンナサイ、いけなくてお許しを…

★アルティ弦楽四重奏団 & 萩原麻未(相模女子大学グリーンホール)←これまた、スイマセン、ゴメンナサイ、ホントにいけなくてお許しを…

★レスパス弦楽四重奏団 with 若林顕(狛江)

★寺田弦楽四重奏団(煥乎堂ホール)←全く判らないので気になるです…

★古楽器の響きで味わう ハイドン & モーツァルトの室内楽<当時の様式の管楽器と弦楽器の組み合わせで楽しむ>(横浜山手)←オリジナルのオーボエ四重奏ねぇ…

★イマ・スプリング・コンサート(ムジカーザ)←なんとなんと、本庄玲子さんがピアノ弾いて松田、菅野とメンデルスゾーンのニ短調やるというオールドファンなら涙ちょちょ切れのサロン

★アンドラーシュ・シフ(彩の国埼玉)←ピアノ系の方の大本命でしょー

★日本オルガン研究会 第8回 日本オルガン会議「21世紀のバッハ像ー作品と楽器をめぐって」第2日(ICU教会)←ホントに暇なら、こういうのをちゃんと眺めないとねぇ

★赤塚不二夫祭 これでいいのだ!!<渋谷の春休みなのだ〜「天才バカボン」&「もーれつア太郎」50周年>(渋谷区文化総合センター大和田)←ひぇぇ、れれれのれぇえええ!

いやはや…なんなんでしょーかねぇ。「クラシック音楽は客がいない斜陽産業」なんて嘘じゃん!

さらに、ここにはない関係者のみイベントなのだけど、「新浦安駅前音楽ホールの試演会初音出し」というビッグイベントもあるし。

こうなってくると、もうどうしたら良いか判らぬ。そういうときには、「忙しいんでどれにもいけません、ゴメン」と叫んで布団を被ってしまうか、「銀河英雄伝説」Blu-rayを頭から眺め始めるに限るわけですが…まさか原稿が一段落してしまったのでそういうわけにもいかん。

で、結論。こちらに参上させていただきますです。
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どうしてまた、って?そーねぇ、まあ、敢えて言えば、所謂有名な人やらちゃんとした団体は、やくぺん先生なんぞがわざわざ足を運ばずとも、それなりにお客さんは集まるだろうし、それなりに批評なりが出るでありましょう。優人氏の《マタイ》とか、オケの定期とか、学生オケ連まらろくとか、聴くべき人はいるだろう。浦安の大イベントも、いろんな人がいっていろんなことを仰るでしょうから、それはそれで大丈夫。室内楽では、巨匠連はそれを楽しみになさっている方がそれなりにいるのでOK。

となると、若い連中の弦楽四重奏、それもそれなりに知ってる奴らがちゃんとした会場で弾かせて貰えるのだから、それを見物に行かぬわけにはいかんわいな。珍しくも、うちのお嫁ちゃんも来られるというしさ。ちあみに、次点は浦川先生アンサンブルの作品127。これは完全に純粋な興味から。何年か前、大阪交響楽団で巨大弦楽合奏で聴いて、いやぁ、この曲はガリツィン・セット&131,135の中でも飛び抜けて弦楽合奏には不向きだなぁ、と思ったもんでして。浦川先生が、あの低音抜きみたいな響きをどう処理するのか、スゴく関心がある。問題は、恐らく客席は生徒さんでは埋まるだろうが、同業者が誰も聴きにいきそうにない、ってことでして…

なんだか、明日もこんな感じなんだわなぁ。いやはや…

さても、出かけましょか。葛飾から狛江はホントに遠いです。久しぶりに、♪はーるののがわはさらさらいくよ…

社長さんからのクリスマスプレゼント [売文稼業]

殆ど「お詫びと訂正」カテゴリーじゃないか、って話。

思えば足かけ3年、関係者の皆様には取材はされたけど、いつまでたっても出てこないじゃないか、出す出す詐欺かいな、と思われてないか心配だった共著本、『クラシックコンサートをつくる。続ける。』(仮)、暮も押し詰まり出版社さんがお休みに入る直前の昨日夜半、ざわざわ社長さんご自身の手でわしら情けない筆者チームに最初のゲラが送られて参りました。仮題に「。」がふたつ、どかんどかとあるのがポイント…なのかな。

書籍まるまる一冊分、今はこの空の下あちこちで年賀状印刷でガッチャンガッチャン動いているであろう家庭用プリンターを占拠し、延々30分もかけてプリントアウトしたら、もう疲れてしまったです。はい。
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ま、なんであれ、これで全てがクリアーされたわけではなく、まだ一波乱も二波乱もあるでしょうけど、とにもかくにも形にはなりそうだということで、ひとつ安心して年を越せることになりそうでありまする。なんだかんだで取材開始から足かけ三年、鮮度が勝負の内容なんだけど、「2010年代前半のある瞬間を切り取ったレポート」として納得していただくことになるでありましょう。ま、書籍というフォーマットを採ったた以上、仕方ないことではありますが。

現時点では、桜が咲く頃には世に出せるのではないかと考えております。関係者の皆様、出版委員会の関係者諸氏、そしてなにより出版社の皆様、ホントにありがとう御座います。あと一歩、まだまだ御世話になります、宜しく御願いいたしまする。

これで年末正月はなくなった…なんて言いません!有り難い、ちょっと遅く届いたクリスマスプレゼント。

久々の企画書書き [売文稼業]

年末進行真っ只中。本日夕方を以てして来月売り号が全部閉まる年の瀬の午後、皆々様いかがお過ごしでありましょうか。以下、読者対象数人、ってか、ホントは皆無。全く無意味な雑文でありますので、読む必要はありませんよ。悪しからず。

もうすっかり半隠居状態のへっぽこ三流売文業者やくぺん先生としましても、朝からかなり頭を抱えちゃうような原稿の直しやら、おいおいおいとしか言いようのない追加とか、バタバタと時が流れていく日でありましたが、ともかくもう全部オシマイの時間とあいなり、いやぁ終わった終わった、ってか、ぜぇぜぇと肩で息してぐったり、って感じのこの瞬間でありまする。ふうううう…

さても、これから来月2週目の頭に新年初荷原稿締め切りがひとつやってくるまで、案外とノンビリした時間が広がっている…というわけでもありませぬ。こういうお尻を叩かれるような状況でないときでなければなれないことをせねばならぬ。フリー売文業者の真骨頂、海の物とも山の物とも判らぬ売り込み、出版社編集者様プロモーション用の「企画書」作文をじっくりとやるタイミングなのでありまする。

今、なんのかんので足かけ3年になってしまう共著本が、今度こそ最後の段階に入っていており、まあ逆に言えばもうこっちは「編集者様、全部お任せ、宜しく御願いします」としか言いようが無いのだけど、極めて半端な感じになっている。そんな気分を少しでも盛り上げるために、やるぞやるぞ、久しぶりの企画書、うったるぞぉ、買ってくだされ、編集者様、出版社さまぁ!

というわけで、久々の「企画書」というフォーマット、書き方を忘れちゃってるので、パソコンのハードディスクの中でも滅多に近寄ることのない禁断の空間、ボツだった企画書が山積みになっている「企画書の墓地」を恐る恐る開いてみると…おおお、懐かしきこの世に生まれ出なかった企画たちの群れよ。いやぁ、どれもこれも、本当に愛おしい。涙が出るようだよ、おとーさんは…

さても、何故ダメだったのか、古くは四半世紀から10年くらいの年を経て、出版産業が最悪の氷河期を経て、実質上「出版社という仕組みを維持するための出版というシステム」が再構築されつつあるような気配もある21世紀10年代半ば過ぎの今、もういちどみなおしてみるべーか。やくぺん先生ボツ企画棚卸し日干しでありますな。取材をある程度進めたものもあり、企画段階で全く問題にすらならなかったものもあり…

◆『サイトウキネンの母たち』◆
90年代の半ば、まだなんとなく年に1冊くらいは単行本ってフォーマットがやれそうな感じがしていた頃に着手した企画であります。どこで出版するかはまともに考えることもなく、ともかく「やります」と勝手に宣言して、取材もちょっとですが始めていました。中身は、題名からお判りのように、その頃一世を風靡していた松本のサイトウキネン管の第一世代メンバーのお母さんたちに「なんであんななんにもない大変な時代に息子や娘に音楽なんてもんをやらせようとしたのか」を聞き取りしていく、というもの。具体的には、『黑沼本』の取材の中から生まれてきた構想です。あああ、これは今やっておかないとなぁ、って。
案外と簡単にいくかな、と思ったんだけど、結局、取材を中止してしまった。理由ははっきりしていて、このテーマ、子供のための音楽教室の起ち上げ時にヴァイオリン・セクションの実質上責任者で、齋藤秀雄氏の右腕となって動いたヴィオラ奏者の河野俊達先生がお書きになってらっしゃる本があり、どうやってもそれと被る、ってか、その補強版にしかならない。やるならやっぱり俊達先生との対話みたいな形にするのがいちばんいいだろうし…なんて思ってるうちに、俊達先生がバッファローからDCにお引っ越しになったり、取材対象の方々が取材不可能になっていったり…
一言で言えば、完全な力不足企画でありました。今なら、もうちょっと格好を付けられるだろうになぁ、とは思うものの、なんせ四半世紀とまではいかないまでも、これだけ時間が経つと時間切れ。個人的には、聖路加教会で小澤さんのお母様を送る会に列席させていただいたとき、この企画も完全に終わったと感じておりまする。

◆『日本の音楽祭ガイド』◆
これまた90年代半ば、ムック本なんてもんがジャンジャン出ていた頃に出した企画書。どこに出したか、記憶にないなぁ。まあ、なんにせよ音楽関係出版社とかだったと思いますね、これは。
中身はこれまた明快。日本各地で開催されてる「音楽祭」というものを写真などを沢山いれつつ、纏めて紹介するもの。腕の良い写真家さんと組んで、「とんぼの本」とかをイメージしてたっけ。
なんでダメだったか、要は、「日本のクラシック音楽の音楽祭の本なんて、需要ありません」ってことだったような。ザルツブルクとかバイロイトとかならともかく(まだルツェルン音楽祭なんてなかったんじゃないか、あの頃)、商売にするにはマーケットが小さすぎる。ま、言われてみればその通りだけどさ。
この企画、結果的には流れ流れて『ゆふいん本』にまで繋がっていると言えば繋がってるわけで、その意味では全く死んだわけではなかった、のかなぁ。もうやる気はない企画ですな。

◆『シモン・ゴールドベルク伝』◆
言うまでも無く、御大の評伝。未亡人がお亡くなりになったあと、これはちゃんと誰かが纏めておかないとマズいぞ、と思って企画書を書き、某財団に出版助成のアプリケーションまでした企画です。出版が最も冬の時代に入っていた21世紀0年代のこと、どっかの出版社がやってくれるなど夢のまた夢でありましたし。
幸か不幸か、助成金はあっさり却下。それだけではなく、未亡人ご親族や関係者が「ゴールドベルク講義録」のようなものをやっているという話で、となるとそっちが形にあるまでヘタなことはしない方がよかんべーと引き下がった次第。まだ未練はあります。ただ、関係者がどんどんいなくなってますからねぇ…うううん。

◆『お祭りのつくり方』◆
ある意味、妄想で終わった企画。佃二丁目町会に関わっていた頃、この街の最大のイベントである所謂「佃の祭り」、住吉神社例大祭が開催される顛末を横からと言うか、斜めからと言うか、ど真ん中ではないけど中から眺めることになり、「あああ、これはとんでもないイベントだなぁ」とつくづく思わされ、起きている様々なことを記録するだけで新書くらいは直ぐ出来ちゃうぞ、と思った。
企画としてどこかに出す以前に、こんなことは出来るもんでしょうかねぇ、と周囲の人にそれとなく話すと、「それはヤバイから止めなさい」と言われた。理由はもうハッキリしていて、近代的なイベントマネージメントの視点、いやそれどころか近代的な市民共同体の経理なんぞの視点からしても、祭りにはアヤシいところ、もっとはっきりいっちゃえば「ヤバイ」ところがあり過ぎるみたい。なんせ領収書なんてあるんだかないんだか、という世界です。これ以上は、流石にこんな無責任電子壁新聞にだって記せないない。お判りの方は、もうよーくお判りでしょ。
今や佃縦長屋の居候みたいな住民となり、地上の方々とは一切の縁が無くなってしまった。町会に引っ張り込んで下さったお隣の魚河岸ご隠居もなくなり、路地の家も無人になってしまった。当時の町会長さんは隠居し、通りのお店も閉めっちゃった。遙かシン・ゴジラくらいの視点から見下ろす佃の路地は、もうやくぺん先生には無限に遠い世界…こうなると、こんな企画、到底できっこないっす。

ふううう…死んだこの歳を数えるような作文になってしまったなぁ。まだまだあるけど、もう止めましょ。さあ、ぐぁんばって、形になりそうな企画書を書くぞおお、ゆーちゃん!かくぞおおおおおおおお!

[追記]
わ、27日夜、気楽に企画書弄ってたら、まだ来ないと思っていた単行本一冊の校正が来てしまいました。出版社年末年始休暇に入る前に、社長さんが超特急で出してくださってしまい…しょーがつがなくなってしまったじゃないかああああ!

明らかに力及ばずな仕事をどう纏めるか [売文稼業]

本日締め切りでやってる仕事、まだ情報待ちでもあるのだが、いよいよいくらなんでも「作文」という形に纏めないとマズい状況になってまいりました。で、以下、無能の泣き言です。読者対象は、いません。これホント。

ええ、何をどこにやってるかは全く言えないのだけど、ともかく、そもそもは本命で売り込んだ原稿の対案としてコラム程度で提案したネタが、本命の方は却下され対抗の方がでっかい原稿として依頼されました。なんであれ原稿を依頼していただくのは有り難いことでありますので、やります、ということになって、この大きさではもっと資料を集めなければなぁ、とドロドロ縄縄とあちこちに連絡を始めたら、まああああなんとまあ深くめんどーなテーマをやると言ってしまったのよ、となって…あとは自分に呆れるばかり。

最大の問題は、話題にしているプロジェクトの裏に、世界をターゲットに情報操作を行う某有名、というか、悪名高いというか、広告代理店が動いていることがチラチラ見えてきちゃったこと。そんなん知らないままでいたかったなぁ、と泣きそうになった。ここまで話がデカイと逆に腰も据わるもので、「おれはそーゆーことは知らん、芸術系だけしか判らぬ馬鹿だ」という立場を貫こうと決断。さああああ、書くぞかくぞ。なんとか纏めるぞ。

明らかに力及ばずな仕事をどう纏めるか…もう、自分は馬鹿であると現実を認め、馬鹿なりに誠実にある情報を纏めるしかない。それだけなんであーる!

なんじゃ、この作文はっ!オシマイ。さあ、仕事だぁ。

[追記11月16日昼前]

ともかく、今、初稿と必要な写真は入れました。最終的に、いくつか重要なデータを敢えて入れない(基本、紙媒体の宿命たる長さが問題)決断をせねばならず、それでも毎度ながら長めで入れた。さても、どうなるやら。全ボツの可能性もあり。

なお、媒体の性格上、どこに何を書いたか、ここには記せません。ゴーストというのじゃありませんので、ご安心を。さあ、ちょっと寝て、明日深夜の出発に向けた準備をせねば。午前2時3時頃に吹き荒れ、佃の縦長屋の間をゴウゴウと渡っていた猛烈な木枯らしは止んでも、帝都は冷たい曇り空。ジュネーヴ湖の畔はもっと寒そうだ。

ミュンヘン関連原稿大売れ [売文稼業]

素朴な疑問、ってか、へえええええ…って感想。素直すぎる、前頭葉カラッポな発言です。

17日の午後に成田到着から数えて早10日間、来る金曜の夕方まで、地獄の作文作業が続いています。一部には「俺はもう隠居だ!」発言をして以降、もう俺は仕事なんてせんぞー、と騒いでいたんだが、そんなこと言ってらんない状況であります。

どうも、その理由は、「ミュンヘン・コンクール」みたいなんですよねぇ。

今年は日本人奏者が、活躍したと言えば活躍したのだろうが、優勝したとかいう世間的に派手派手なことがあったわけでもない。きっちり入賞、ファイナリストになりましたよ、という状況。それでも、何だか知らぬが共同通信君がベルリンから機材ひとりで全部抱えて日帰りでミュンヘンまで来たり
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それが配信されて日本中の中央・ローカル紙が買って掲載したり、まあ、それなりに騒ぎになっている。同じ時期に開催されていたバンフの方は、やっぱり共同通信がチェックしていてファイナリストにまで至れば電話取材などはする予定になっていたんだけど、そうはならなかった。

一般紙だけでなく、ミュンヘンという根っこから一般雑誌の記者さんがなかなか面白い関心を示してくれて転がっていった取材もあり(こっちはもう、校正まで出てしまっている)、なんのかんの月末締め切りが山積みになってしまった。

それにしても、「ミュンヘン」って、そんなに日本語メディアにはブランド価値があるものなのかしら?業界的には、正直、専門大会のバンフの方が重要という考え方もあるわけなんだけど。

やっぱり、戦後直ぐに始まったコンクールのデパート、過去に東京Qを筆頭に「最高位」になって世に出て行った日本の戦後第一世代が沢山いることから、やっぱり日本西洋音楽文化圏では特別のポジションなのである、ということなんでしょーかねぇ?

コンクールの価値の文化史、というのは、案外、議論するのが難しいなぁ。どういう方法論からやったらいいのか、見当も付かないぞ。客観性を保証するのはどこなのかも、まるっきり見当が付かないし。

ま、てなわけで、あと数日、当電子壁新聞もこんな愚痴が記される程度でゴメン、ということでありまする。ゴメン。


アウトリーチの記事は何故必要か? [売文稼業]

ちょっとは真面目な話です。

一昨日だかの春分の日、帰国後一度も晴れた空を見たことがないジャブジャブ長雨の中、佃の縦長屋から区営ミニバスに延々と揺られて聖路加病院に行ってまいりました。こういうイベントの取材。クローズの演奏会です。
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聖路加のお医者さんや職員さんのオーケストラをマエストロ・チョンが指揮する、ってアウトリーチ。主催は、数年前からマエストロのこういうことをやりたいという強い意志を実現するために頑張ってらっしゃる、マエストロ・チョン・ファミリークラブというファンの皆さんの集まりで、それに聖路加が協力する、というか、まあぶちゃけていえば、じゃあやりましょうと乗った、というもんですね。

中身に関しましてはまともな取材だったので、いずれ来月の某月刊誌写真コーナーに短い記事(実体は写真がメインですけど)を入れますので、そちらを待て、としか言いようが無い。気が短い方は、このような報道がありましたので、ご覧あれ。ほーっほっほ、あたしゃ、上手い具合に隠れているので写ってませんですぅ。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160922/k10010703211000.html

さても、話はここから。この報道を巡って、ちょっと騒動がありました。

騒動の中身そのものは、いかなこんな「書いてあることはみんな嘘、信じるな」を標榜する無責任私設電子壁新聞といえ、とてもじゃないが書けません。ただ、患者さんや病院からの抗議などという、よくある話とはちょっと違う。考えようによっては、もっと厄介な話であったことも確かだった。

幸いにも、やくぺん先生の取材には火の粉は降ってこなかったんだけど、編集者さんが心配して「これこれこういうことで、これこれこーならないように、これこれこういうことには気をつけて記事にしてくださいませ」という連絡をしてきてくれた次第。ま、そんなこと言われなくても判ってるよ、といえばそれまで。でも確かに、判らんで「これこれこういうこと」を書いちゃう奴もいるかもなぁ、とは思った次第です。

案外、みんな、ちゃんとしてるでしょ、この業界。

ここであらためて「こういうアウトリーチの取材、報道ってねぇ…」とつらつら考えるわけで、入社数年目で若手から中堅戦力になり始めたくらいの担当編集者さんにも、こっちの思うことをいろいろ言ったのでありました。で、せっかくだから、自分のメモのために、その内容を記しておきましょか。

やくぺん先生の世を忍ぶ人間体としましては、アウトリーチの報道に関しては、はっきりした見解を持っておりまする。ま、持ってないとやれんわな、こんな取材。それ即ち、「本来、アウトリーチは報道する対象ではない。」

なんだか元も子もない言いっぷりだけど、事実そう思ってるんだからしょーがないわな。理由は、説明するまでもないでしょ。事前の報道であれば、そんなことして当日の現場に本来のアウトリーチ対象では無い奴が押し寄せでもしたらどーすんだ、ってこと。事後の報道であれば、そんなもんいまさら報道されても「ああそうですか」以上のなんでもない。ならば、時間と紙面と手間の無駄というものです。

じゃあ、なんでアウトリーチ現場を取材し、報道するのか。理由は以下のふたつ。

1:主催者のため
主催者、主催団体は、基本的にこのアウトリーチ活動そのものではお金を一切稼げていません。全部持ち出しが基本です。となると、そのお金をどっかで調達してこなければならない。資金提供してくれる方々は、自分のお金がどういう風に使われているかを知りたいであろう。それがクローズのコンサートであれば、なおさら知りたい。というわけで、媒体が代表として取材して、お伝えする。んで主催者は資金提供者の皆さんに「なる程、俺の出した金はこういう風に使われているのか」と納得して貰うための客観的データにしていただく。

2:若い演奏家のため
アウトリーチというのは、具体的にどんな風になにをやるのか、学校で教えてくれるわけでは無い。今は、アカデミーなどのレベルになればいろいろと具体的指導もあるけれど、やっぱり誰でも知ってる偉い人がどういう風にやってるのかを眺めるのは、なによりの勉強になる。更に言えば、若いプロを目指す音楽家がこういう報道に接することで、アウトリーチというのは自分らの仕事としてやって当たり前なのだ、と常識的に考えるようになる。

以上です。つまり、ぶっちゃけ、2の方は、聴衆とか、その音楽家のファンとかは、全く報道の対象として考えていない。ホントは業界誌で伝えるようなことなのですわ。だけど、幸か不幸か日本語文化圏にはクラシック音楽の世界の業界誌は存在していない。だからまぁ、若いプロとかが眺めている月刊音楽雑誌などで取り上げることになる。

繰り返しますが、基本的にこういうクローズドのアウトリーチは報道するものではない。報道がなされているときは、「どうしてこれ、報道してるのかしら」と考えた方がいいでしょう。ま、なーんにも理由がない、ローカルニュースネタがその日になかっただけ、ということもあるんでしょうけど。

すっかり狼少年状態…また遅れます [売文稼業]

もうすっかり狼少年状態、またまた延期のご連絡。

当初の締め切り後も昨年暮れ、この8月と2度も大きな追加取材があり延期を重ねていた共著「クラシックコンサートをつくる、つづける」(課題)、一応、入稿は終わっておりますが、出版者側の諸事情で、出版は年明けになりそうとのことです。あたくしめとすれば、この1ヶ月のツアー最中にPDFファイルとはいえ200ページを越えるデータの構成が送り付けられてこないで良かったとホッとしている次第ですが、ま、それはそれ。

取材をさせていただいた皆々様には、「あれはホントに出るのか」と心配なさってるやもしれませぬ。スイマセン、多分、出ます。ええ、きっと、出ます!

てなわけで、蕎麦屋の出前みたいなご報告でありました。これ、「お詫びと訂正」カテゴリーなのかなぁ。

お詫び:またちょっと遅れます [売文稼業]

取材をさせていただいた皆々様に、お詫びです。

今年の頭には出る、という話で昨年の今頃に彼方此方と取材してまわっていた共著本「クラシックコンサートをつくる・つづける(仮)」、当初の(いつの当初だ、と突っ込まないでね)予定では今週が最初の校正チェックの筈でしたが、お盆休み明けにずれ込みましたです。つまり、また数週間、出版予定が先延ばしになったということです。

理由はいろいろあるようだが、ひとつはっきりしているのは、どうしてもやっておきたかった取材が可能になった、つまり各論の部分でひとつ取材対象、記事掲載対象が増えた、ということ。

当電子壁新聞であれこれご協力いただいた皆々様へのご報告ということで記すのですが、ぶっちゃけ、この悲鳴のような電子張り紙に、某業界関係者の方から情報提供があり、このままでは空白区になってしまう可能性があった地域に関する取材が出来ることになった、ということであります。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2016-07-07

インターネットで細かい情報をあちこちと共有できるようになった21世紀10年代半ば過ぎとはいえ、やっぱり情報提供を呼びかけてからいろいろ集まってくるには、「あいつら、どうもこんなことをやってるようだ」という風に皆々様に思っていただくのに、やっぱり数ヶ月から1年くらいはかかるものなのだなぁ、とあらためて確認することになった次第。

なんにせよ、皆々様、ご協力ありがとう御座いました。数日後に予定されるこの取材をもって、「つくる・つづける」本の取材は完全にオシマイです。書籍という形を取る以上、締め切りは仕方のないこと。でも、一応、これで「全国津々浦々を網羅」とまでは豪語出来ないけど、一応日本各地の状況は新旧取り混ぜ示すことは出来そうだな、と思えるようになりましたです。

冬の初めには形になるといいなぁ、とボンヤリ思う、晩夏の始まりの灼熱地獄哉。

日本のローカル主催団体の数は… [売文稼業]

皆々様のご協力により、日本各地の小規模主催者情報が多数寄せられ、今、共著本最後のデータ作りでおめめが潰れそうな状況になってます。あたしゃ、こういう地道な仕事が最も弱いんだよねぇ…

で、ローカル主催者、主催団体、個人所有ホールで自主公演をやっているところ、定期的に公開演奏会をやってる楽器屋さんとかレコード屋さん、喫茶店、はたまた労音などの鑑賞団体、果ては首都圏・関西圏以外を拠点にやってる民間呼び屋さん、などなど、ともかくリストに挙げる意味のあると思われる名前を網羅したら、なんとなんと、140以上になりました。

この数、多いと考えるか、それとも、そんなもんなんか、と考えるか?まあ、冷静に考えれば、各県に小規模主催者さんや音楽協会、サロンが3つか4つづつあれば、それくらいの数は行ってしまうわけだもんなぁ。

無論、これが全部ではないでしょう。まあ、日本中でやってる小規模民間コンサート主催者の半分以下くらいを拾えたのかなぁ、という感じです。これをそのまま全部掲載するか、出版社側の判断になりますので、せいぜいが3分の1くらいになるんじゃあないかという気がしないでもないが、ともかく判断はこっちにはないので、あたくしめとすればひたすらにデータを整理してエクセルに流し込める形にするだけでありまする。

この140という数が、そのまま「日本全体で若い演奏家とか、室内楽を主催してやろうという人達」ならば、なんとか日本でも室内楽専門で喰っていけるんじゃないか、と誤解しちゃいそうだなぁ。

ま、とにもかくにも、皆様、ご協力ありがとう御座いました、という報告でありました。

明日朝までに、目が潰れそうだ。ふうううう…

急募:全国のサロンコンサート情報御願いします! [売文稼業]

昨年来、なんのかんのダラダラとやってる共著の単行本、本日、出版社側と恐らくは最後の編集会議があり、いよいよ出版に向けたカウントダウン状態になってきました。出版社側から出てる仮題は「クラシック・コンサートをつくる・つづける」です。なんか副題が付くかもしれませんけど、まあ、恐らくは「つくるつづける本」と呼ばれそうだなぁ、このままだと。

つきましては、当電子壁新聞を立ち読み下さる皆々様に御願いがあります。本日の編集会議で、出版社側から「小規模民間演奏会主催者のリストは、可能な限り網羅的なものにしたい」という提案がありました。こちとらは、本編に記述した団体・個人の連絡先リストを後ろにくっつければいいや、くらいに思っていたのですが、出版社側はこのデータを大事な情報と考えたいとのこと。

まあ、確かにそれもひとつの考えではありますし、こちらとしても文句を言う筋合いではないですから、分かりましたじゃあやりましょう、ということになった。で、誰がやるんだ、ってば、しょーがないなぁ、わしがやるしかないじゃないかぁ。

というわけで、皆々様に御願いがあります。

皆さんの周囲に、プロのクラシック音楽家が出演する有料のコンサートを年間に3回から4回以上、(ある程度)定期的に開催している主催者やホールがありましたら、お教え下さい。コンサートの規模は200人以下くらいまでの、いわゆる「サロン・コンサート」のようなものが対象です。公共が税金を使って市民サービスで行っているとか、教会が無料コンサートをやっているとか、そういうものは除きます。
宜しく御願いします。締め切りは来週の前半なので、かなり急いでます。こういうコンサートは、地元を越えて情報が出ないのが普通なので、どんな形のものでもお教え下されば幸いです。