American Dream [マンハッタン無宿]
ストームならぬ冷たい雨が落ちてるマンハッタン厄偏庵です。
東京からのEMSはとうとう到着しません。手ぶらでは某ホール広報さんに会いに行くわけにもいかず、本日はお勉強デーになってしまいました。考えようによっては、有り難いことで御座います。NYフィルの広報さんからは、「明日、来シーズンの記者発表会があるよ」って連絡があったけど、その頃はあたくしめは中西部のストームを飛び越えておりまするぅ。
今回のNYC滞在は実質2日間なんで、まさかスーパーで食材買ってきて煮込みを始めるわけにもいかぬ。で、しょうがないから、毎回、飯はスーパーの弁当です。高く付くけど、外で喰うよりはまだ安い。朝からパソコンのハードディスクに収めてあるデ・ワールト指揮の「中国のニクソン」全曲(これって、オケはセント・ルークス室内管で、演奏者にはマユキさんとか知った名前がいっぱい並んでるんだよなぁ)はもう耳に馴染み過ぎてるんで、ナクソス音楽図書館に入ってるオルソップの演奏で全曲を一度通しで聴き、さても腹も減った、弁当でも買ってくるべーか、と外に出ます。
と、街はシャーベットぶちまけたみたいになってる。この街の道はともかく手入れが悪い。ってか、恐らく、道路の補修に税金を殆ど使っていない。結果として、もの凄く凸凹です。普段は、まるでウズベキスタンなみに酷い道だねぇ、って呆れてれば良いんだけど、こういう非常事態になると、手入れの悪さがモロに響いてくる。
ご覧あれ、これがブロードウェイとW77丁目の交わるところ。雪の壁に付けられた獣道に、雨で溶けたシャーベット状態のグチャグチャが溜まり、池になってます。
今日はいつものFスーパーじゃなく、気分転換でちょっと北に上がったブロードウェイと80丁目の角にある有名店ゼイバーズまでいったんですけど、世界一のベーグル屋の前もこんなことになってる。さすがに常駐しているホームレスの勝手にドアボーイ君も今日はいませんね。
それにしても、H&Hベーグルがひとつ1ドル40セントになってた。高くなったなぁ。
で、ゼイバーズで当面の昼飯と、今日のアダムスのオペラは終演が深夜になるので戻ってきから喰らう夕飯を買い込んだわけです。ちょっとそこまでなのでちゃんとした靴を履いていかなかったら、あんよがビチョビチョになってしまったぁ。ええええん。
さても、これが今日のお昼。お寿司。
ご覧のように、東京のコンビニとか、持ち帰り寿司屋さんで売ってるのと全く同じ。味も全然同じです。ちょっと米の量が多いかな、ってくらい。エビ、白身(なんじゃろね?)、赤身、サーモン、それに鰻巻き。これで7ドル76セントだから、ええと、650円くらいかな。ま、お値段も同じですね。SUSHIは高いというのが常識だが、随分と安くなってきてる。こういう寿司コーナーはどこのスーパーにもあって、普通に売れてる。カロリー高すぎないから、健康に良いんでしょ。同じ値段でチキンの弁当なんてかったら、カロリーは数倍あるわい。
ところで、このお寿司のセットの名前、何というかお判りかな。上の写真をじっくり眺めると分かるんだけど…そー、American Dreamです。冗談じゃないよ。
一体何の因果でこんな名前なのか。そもそもこのような取り合わせをそう称するのか、ゼイバーズの担当者がなんかの拍子にそんな名前を付けたのか?知りたいなぁ。
アメリカン寿司はもう完全に別の文化の食物で、ちゃんと調べると面白いエッセイというか、新書本の一冊くらいは書けるネタです(早い者勝ちの企画だぞ)。
ホントを言うと、やくぺん先生の最もお好みなのはドラゴンロールと呼ばれるもの。其れ即ち、エビフライ巻であります。腹持ち良くて、ヴァーグナーの前なんかには最高なのよ、これが。あ、ハードディスクの中に写真があったので、お見せしましょか。これ。
あまりのゴージャスさにビックリして撮影した。一番上のジャブジャブの交差点からブロードウェイを渡り、アムステルダム・アヴェニュとぶつかった角、ミロQが911後にこの島に監禁状態になったときに通い詰めたという日本料理店のランチメニューのひとつです。これで12ドルくらいだったかな。エビフライまるまる2本喰らった程の量がある。
さて、開演は8時なんで、もうちょっと勉強しましょ。アダムスのオペラって、終幕に向かって話が纏まるというよりも、幻想の中に広がっちゃう傾向にある。昨日のオペラトークでの話しぶりでは、セラーズは今日の舞台で第3幕の演出を弄ってるみたいだったが、どう処理したのかしら。これが今日のNYTに出てた昨日のオペラトークの内容。記者君、記事にし易い話だけを拾ったな。あたしも記事にするならここを使うだろうなぁ、ってところが挙がってる。ホントに面白かったは、ピーター・セラーズが粗筋を説明したところでした。演出家がこの物語のこの部分を大事に思ってる、ってのが良く分かった。特に扱いにくい3幕について。
http://artsbeat.blogs.nytimes.com/2011/02/02/adamsnixon-a-kitchen-debate-on-portraying-a-president-in-opera/?ref=music
あの舞台でAmerican Dreamを担当するのは、やっぱりニクソンなんだろうなぁ。だってこの天下の俗物大統領が日本軍の空爆下で見る夢は、寿司ならぬハンバーガーなんだもん。
今回のNYC滞在は実質2日間なんで、まさかスーパーで食材買ってきて煮込みを始めるわけにもいかぬ。で、しょうがないから、毎回、飯はスーパーの弁当です。高く付くけど、外で喰うよりはまだ安い。朝からパソコンのハードディスクに収めてあるデ・ワールト指揮の「中国のニクソン」全曲(これって、オケはセント・ルークス室内管で、演奏者にはマユキさんとか知った名前がいっぱい並んでるんだよなぁ)はもう耳に馴染み過ぎてるんで、ナクソス音楽図書館に入ってるオルソップの演奏で全曲を一度通しで聴き、さても腹も減った、弁当でも買ってくるべーか、と外に出ます。
と、街はシャーベットぶちまけたみたいになってる。この街の道はともかく手入れが悪い。ってか、恐らく、道路の補修に税金を殆ど使っていない。結果として、もの凄く凸凹です。普段は、まるでウズベキスタンなみに酷い道だねぇ、って呆れてれば良いんだけど、こういう非常事態になると、手入れの悪さがモロに響いてくる。
ご覧あれ、これがブロードウェイとW77丁目の交わるところ。雪の壁に付けられた獣道に、雨で溶けたシャーベット状態のグチャグチャが溜まり、池になってます。
で、ゼイバーズで当面の昼飯と、今日のアダムスのオペラは終演が深夜になるので戻ってきから喰らう夕飯を買い込んだわけです。ちょっとそこまでなのでちゃんとした靴を履いていかなかったら、あんよがビチョビチョになってしまったぁ。ええええん。
さても、これが今日のお昼。お寿司。
ところで、このお寿司のセットの名前、何というかお判りかな。上の写真をじっくり眺めると分かるんだけど…そー、American Dreamです。冗談じゃないよ。
一体何の因果でこんな名前なのか。そもそもこのような取り合わせをそう称するのか、ゼイバーズの担当者がなんかの拍子にそんな名前を付けたのか?知りたいなぁ。
アメリカン寿司はもう完全に別の文化の食物で、ちゃんと調べると面白いエッセイというか、新書本の一冊くらいは書けるネタです(早い者勝ちの企画だぞ)。
ホントを言うと、やくぺん先生の最もお好みなのはドラゴンロールと呼ばれるもの。其れ即ち、エビフライ巻であります。腹持ち良くて、ヴァーグナーの前なんかには最高なのよ、これが。あ、ハードディスクの中に写真があったので、お見せしましょか。これ。
さて、開演は8時なんで、もうちょっと勉強しましょ。アダムスのオペラって、終幕に向かって話が纏まるというよりも、幻想の中に広がっちゃう傾向にある。昨日のオペラトークでの話しぶりでは、セラーズは今日の舞台で第3幕の演出を弄ってるみたいだったが、どう処理したのかしら。これが今日のNYTに出てた昨日のオペラトークの内容。記者君、記事にし易い話だけを拾ったな。あたしも記事にするならここを使うだろうなぁ、ってところが挙がってる。ホントに面白かったは、ピーター・セラーズが粗筋を説明したところでした。演出家がこの物語のこの部分を大事に思ってる、ってのが良く分かった。特に扱いにくい3幕について。
http://artsbeat.blogs.nytimes.com/2011/02/02/adamsnixon-a-kitchen-debate-on-portraying-a-president-in-opera/?ref=music
あの舞台でAmerican Dreamを担当するのは、やっぱりニクソンなんだろうなぁ。だってこの天下の俗物大統領が日本軍の空爆下で見る夢は、寿司ならぬハンバーガーなんだもん。
大雪のニューヨークを歩くには [マンハッタン無宿]
ピート・ハミルまんまパクリのタイトルだなぁ。
昨晩から早朝にかけてブリザードが暴れたニューヨーク地区、朝になればすっかり天気も回復し、先月にやくぺん先生が東京に戻った直後に街を襲い市民や旅行者を大混乱に陥れた年末ストームの二の舞になってはたまらんとあれやこれや先手を打ったNY市当局の対応に天も納得なされたか、さしたる騒動にもならずに済みました。ローカルテレビ局NY1は、「今日は学校、やりますよ」と盛んに放送してます。休みを当て込んでたわんぱくなチビッ子たちはガックリかもね。
朝の9時からヴィレッジの劇場で「音楽キャリア・マネージメント担当者連絡会」なるコンファランスがあり、中心人物のひとりがうちの奥さんが翻訳書を出しているピンク本の著者、アンジェラさん。となれば、取るもの取りあえず駆けつけねばならぬ。幸いにもストーム吹き付ける事態はなくなったとはいえ、うちの奥様ときたら知る人ぞ知るきょーふの方向音痴。毎年行ってる劇場なのに、雪なんぞ積もろうもんならもーどこがどこやら判らない。んで、連れてっておくれなもし、と哀れな目でお願いされれば、愛する妻のため、雪の数インチなんぞなんのことあろーか。かくてあたしも、朝っぱらから遙か南はワシントン広場の向こうまで出かけたわけであります。
マンハッタン厄偏庵を出れば、積み上がった巨大可燃ゴミの上に雪が積もってる。ほれ。昨日の真ん中の写真と同じもの(反対側から撮ってるけど)。
歩道は雪かきされてる。でもなんのことない、雪をゴミになったモミの木の横に積み上げただけじゃないの。
んで、地下鉄で延々と下り、グリニッジ・ヴィレッジの駅で地上に出たら、目の前の7番街をNY市が誇る最強兵器、除雪車軍団が列を成して通り過ぎる。全部で10台くらいの巨大コンボイだぞ。早朝にブロードウェイの方からデカイ音を立ててたのは、どうやらこいつららしい。スゴイぞっ、NY市!


雪かきという作業で困るのは、どこに雪を捨てるかです。この巨大除雪車コンボイも、結局のところ、雪を路肩に除けているだけで、溶かしてるわけではありません。ですから、雪の壁が車道とか、ことによると歩道とかに、どんどん積み上がっていく。市民の雪かきだって、こんなものだし。

そんな作業の結果、大阪や名古屋の道のように広いマンハッタンなんだけど、車道ばかりか歩道も、実質的に通れる場所が極めて限られてしまう。車道は実質1車線潰れちゃう。普通の通りでは歩道も使えるラインはひとつになって、別のラインを取ろうとすると高く積もった雪に足をずっぽりと突っ込まねばならなくなる。
これが困る。
ニューヨークの生命体ってのは、普段は「赤信号は自己責任で渡れ」と信じていて、歩き方も好き勝手。だから、歩道で取れるラインが1本だけになっちゃうと、もの凄く動きが不自由になるのですね。
特にマズイのは交差点近傍で、信号待ちからどう飛び出るか、信号でやってくる車にどう対処するか、普段は相手を見ながら非常に自由な動きをしている(つまり、臨機応変に滅茶苦茶、っこと)、上海とか北京みたいに「多数決が勝ち」って無茶さじゃなくて、ひとりひとりが誠に勝手に動いており、雪の壁の御陰でそんな動きが封じられるんで、もうみんなすごおおくやりにくそう。
大雪の後のニューヨークには、いつもと違った、借りてきた雪上の猫のようなお行儀の良い街が広がってる。半日もすれば、またいつもの好き勝手に風を切って闊歩するペンギンか白熊の群れになるんだろうけどさ。
昨晩から早朝にかけてブリザードが暴れたニューヨーク地区、朝になればすっかり天気も回復し、先月にやくぺん先生が東京に戻った直後に街を襲い市民や旅行者を大混乱に陥れた年末ストームの二の舞になってはたまらんとあれやこれや先手を打ったNY市当局の対応に天も納得なされたか、さしたる騒動にもならずに済みました。ローカルテレビ局NY1は、「今日は学校、やりますよ」と盛んに放送してます。休みを当て込んでたわんぱくなチビッ子たちはガックリかもね。
朝の9時からヴィレッジの劇場で「音楽キャリア・マネージメント担当者連絡会」なるコンファランスがあり、中心人物のひとりがうちの奥さんが翻訳書を出しているピンク本の著者、アンジェラさん。となれば、取るもの取りあえず駆けつけねばならぬ。幸いにもストーム吹き付ける事態はなくなったとはいえ、うちの奥様ときたら知る人ぞ知るきょーふの方向音痴。毎年行ってる劇場なのに、雪なんぞ積もろうもんならもーどこがどこやら判らない。んで、連れてっておくれなもし、と哀れな目でお願いされれば、愛する妻のため、雪の数インチなんぞなんのことあろーか。かくてあたしも、朝っぱらから遙か南はワシントン広場の向こうまで出かけたわけであります。
マンハッタン厄偏庵を出れば、積み上がった巨大可燃ゴミの上に雪が積もってる。ほれ。昨日の真ん中の写真と同じもの(反対側から撮ってるけど)。
んで、地下鉄で延々と下り、グリニッジ・ヴィレッジの駅で地上に出たら、目の前の7番街をNY市が誇る最強兵器、除雪車軍団が列を成して通り過ぎる。全部で10台くらいの巨大コンボイだぞ。早朝にブロードウェイの方からデカイ音を立ててたのは、どうやらこいつららしい。スゴイぞっ、NY市!
雪かきという作業で困るのは、どこに雪を捨てるかです。この巨大除雪車コンボイも、結局のところ、雪を路肩に除けているだけで、溶かしてるわけではありません。ですから、雪の壁が車道とか、ことによると歩道とかに、どんどん積み上がっていく。市民の雪かきだって、こんなものだし。
そんな作業の結果、大阪や名古屋の道のように広いマンハッタンなんだけど、車道ばかりか歩道も、実質的に通れる場所が極めて限られてしまう。車道は実質1車線潰れちゃう。普通の通りでは歩道も使えるラインはひとつになって、別のラインを取ろうとすると高く積もった雪に足をずっぽりと突っ込まねばならなくなる。
これが困る。
ニューヨークの生命体ってのは、普段は「赤信号は自己責任で渡れ」と信じていて、歩き方も好き勝手。だから、歩道で取れるラインが1本だけになっちゃうと、もの凄く動きが不自由になるのですね。
特にマズイのは交差点近傍で、信号待ちからどう飛び出るか、信号でやってくる車にどう対処するか、普段は相手を見ながら非常に自由な動きをしている(つまり、臨機応変に滅茶苦茶、っこと)、上海とか北京みたいに「多数決が勝ち」って無茶さじゃなくて、ひとりひとりが誠に勝手に動いており、雪の壁の御陰でそんな動きが封じられるんで、もうみんなすごおおくやりにくそう。
大雪の後のニューヨークには、いつもと違った、借りてきた雪上の猫のようなお行儀の良い街が広がってる。半日もすれば、またいつもの好き勝手に風を切って闊歩するペンギンか白熊の群れになるんだろうけどさ。
巨大可燃ゴミ [マンハッタン無宿]
無事にマンハッタン厄偏庵に戻ってきました。クリスマス休暇が終わり、マーチン・ルーサー・キングJr.記念日までのシーズンオフなんで(例年この時期に全米室内楽協会が例会をやるのも、施設使用料が安い時期だからでしょう)、宿もヒマらしく、最上階近くのスイートにしてくれましたぁ。正直、佃厄偏庵の1階と2階を合わせたくらいありますから、NY近郊の方、マンハッタンから帰れなくなったらひとりやふたりなら泊まれますよ。だって、窓の向こうのトスカニーニ&ホロヴィッツ・マンションの上空は、なんともアヤシイ雲行きだもん。
どうやらアメリカ中西部上空からカナダにかけて巨大な雪の湿舌のようなものが大暴れしているらしく(そのためなのか、大圏コースの遙か南、ヴァンクーバーとシアトルの間で北米に上陸し、スポーケーン、グレートフォールズ、ラピッドシティ、ミネアポリス北、オンタリオ州ロンドン上空と、まるでメルカトル図法世界地図で成田からNYCまで真っ直ぐ線を引いた上みたいな道を飛んできた)、小生らのANAがなんてことなくJFKに着陸した数時間後に、大雪を予想して空港は閉鎖。明日水曜日の午前中は市内対降雪戒厳状態です。「朝の出勤時間にちゃんと交通が確保できるか保証しません。除雪車のために路肩駐車は避けるように」とのお達しが出ています。
http://www.ny1.com/content/top_stories/131997/city-readies-for-another-snow-storm
どうやら小生らが到着した昼前から既に空港は戒厳体制に入っていたらしい。そんなことも知らぬわしらは、入国審査待の長い列を慰めるラジオが「デトロイトは雪で凄いことになってます」なんて放送してるのを他人事のように聞き流し、地下鉄A列車のハワードビーチ駅に行く空港トレインが全然動かないのにプンプンし(毎度ながら空港職員さんしか乗ってないこの列車、周囲が妙にノンビリしていたのは、今思えば、午後からの空港閉鎖で本数を間引きしているのは承知の空港スタッフだったからなんでしょう。エア・トレインの溜まりには列車が深夜のようにいっぱいいましたから)、地下鉄乗り継いで延々空港から2時間7ドル半でマンハッタン厄偏庵に到着した次第。
先月に来た時には、切り出されたクリスマスツリーが街角で飛ぶように売れている季節で、年に一度のマンハッタン中が杜の匂いに包まれる時だった。エピファニーも過ぎた今、そんな「インスタント森」たちは、路上のあちこちで巨大な可燃ゴミになってら。
あと数時間もすると、うち捨てられて路上交通を邪魔する膨大なモミの木たちも、白く包まれるんだろう。宿のエレベーターで乗り合わせた顔見知りのお掃除オバサンは、ひとりじゃ持ちきれないほどのでっかいゴミ袋に、「メリークリスマス」と書かれた帽子やら飾りやらをゴッソリ引きずってる。「これ、みんなひとつの部屋から出たのよ」と呆れ顔。
出発前に佃厄偏庵の「謹賀新年」張り紙はちゃんと剥がしてきました。
用済みの 路傍の杜も 雪を待つ
追記
結局、大ストーム対策は結果的に空振りでした。こんなもの。
年末の大雪無策で市民から大批判を浴びた市当局が些か勇み足をやらかした、って感じ。でも、これだけ晴れてるんで、しっかり寒い。
http://www.ny1.com/content/top_stories/131997/city-readies-for-another-snow-storm
どうやら小生らが到着した昼前から既に空港は戒厳体制に入っていたらしい。そんなことも知らぬわしらは、入国審査待の長い列を慰めるラジオが「デトロイトは雪で凄いことになってます」なんて放送してるのを他人事のように聞き流し、地下鉄A列車のハワードビーチ駅に行く空港トレインが全然動かないのにプンプンし(毎度ながら空港職員さんしか乗ってないこの列車、周囲が妙にノンビリしていたのは、今思えば、午後からの空港閉鎖で本数を間引きしているのは承知の空港スタッフだったからなんでしょう。エア・トレインの溜まりには列車が深夜のようにいっぱいいましたから)、地下鉄乗り継いで延々空港から2時間7ドル半でマンハッタン厄偏庵に到着した次第。
先月に来た時には、切り出されたクリスマスツリーが街角で飛ぶように売れている季節で、年に一度のマンハッタン中が杜の匂いに包まれる時だった。エピファニーも過ぎた今、そんな「インスタント森」たちは、路上のあちこちで巨大な可燃ゴミになってら。
出発前に佃厄偏庵の「謹賀新年」張り紙はちゃんと剥がしてきました。
用済みの 路傍の杜も 雪を待つ
追記
結局、大ストーム対策は結果的に空振りでした。こんなもの。
救世軍とカーネギーの鐘 [マンハッタン無宿]
アドヴェントの週末、金曜の晩のマンハッタンは人の大波の中にあります。グッゲンハイムのロタンダの真下にあるオーディトリアムで、Japanese Mangaのモチーフによる人形を舞台装置にした「ピーターと狼」を見物し、おお、これは使えるじゃないか、サイトウキネンのMプロデューサーにご注進しなければ、と思いながらグッゲンハイムのディレクターさんと「東京のガバナーが三流作家の成れの果てで、Manga表現を規制する法案を通して、今、騒動になっている」などという話をし(無論、NYCの美術業界関係者とすればそんな話は初耳で、そいつはバカか、悪い表現だけ規制なんて出来るわけがないんだから、自分の文化を殺すことになるだろうに、と呆れてました)、外に出ると冬至も近い日もとっぷり落ちてら。今からフリック・コレクションからパークアヴェニューの方に入ったアジア・ソサエティまで行くのもなんなんで、そのままセントラルパーク沿いにM1のバスで五番街を南下すると、かつて山本五十六も泊まったプラザホテル横からかの巨大クリスマスツリーまで、なんと30分もかかりました。人の海をバスがかき分けてく状態。
んで、バスを降り、人混みのスゴイ通りを避けて六番街まで行き、カーネギーの楽屋口に向け北上していくと、巨大クリスマスツリー近辺の交通規制の御陰でラジオシティからMOMAの辺りもスゴイ人の群れ。世界中の言葉が飛び交う雑踏に、カラカラカラカラとベルの音が突き抜けてる。
マンハッタンのサルヴェーション・アーミーは、銀座の部隊みたいにラッパを吹くんじゃなく、雑踏を貫くベルを唯一の武器に、今の季節の意味を人々に思い出させるべく奮戦してます。
あっちにはラジオシティの巨大な電飾クリスマスツリーが光る。この季節とあってオケはとてもじゃないけど泊まれないヒルトンなんかにご宿泊の世界中のお上りさんは嬌声を揚げ、五番街と六番街の間の50丁目辺りのダイヤモンド屋通りはショーウィンドウに品物がなくなる程の景気の良さなんだけど、社会鍋はそれほど繁盛してないみたい。
どこかから夕方6時の鐘がなる。一昨日の「幻想」の巨大なカリオン、午後7時からの全員参加の通し最終練習に向けてオケ練習をやってるだろうブリテンの神のいないレクイエムの鐘の響き(小澤監督、ちゃんと振ってます)、クリスマスの雑踏の中の救世軍のベルの音。いろんな鐘が鳴るマンハッタンの金曜は、華氏36度の暖かい夕方。
んで、ジングルベルって、どんな音なんじゃろか?
んで、バスを降り、人混みのスゴイ通りを避けて六番街まで行き、カーネギーの楽屋口に向け北上していくと、巨大クリスマスツリー近辺の交通規制の御陰でラジオシティからMOMAの辺りもスゴイ人の群れ。世界中の言葉が飛び交う雑踏に、カラカラカラカラとベルの音が突き抜けてる。
どこかから夕方6時の鐘がなる。一昨日の「幻想」の巨大なカリオン、午後7時からの全員参加の通し最終練習に向けてオケ練習をやってるだろうブリテンの神のいないレクイエムの鐘の響き(小澤監督、ちゃんと振ってます)、クリスマスの雑踏の中の救世軍のベルの音。いろんな鐘が鳴るマンハッタンの金曜は、華氏36度の暖かい夕方。
んで、ジングルベルって、どんな音なんじゃろか?
コロンブス・サークル駅のクリスマス [マンハッタン無宿]
マンハッタンは、世界のどの街よりも音楽に溢れてる。正しくは、世界のどの街よりもライブの音楽に溢れてる。
どこでもでっかい音でBGMを流すのならば、サイゴンや上海に敵う場所はない。でも、それらは所詮は出来合のパッケージを再生しているだけ。ここ、マンハッタンでは、音楽家たちが街のあちこちで音楽してる。それも、電子音を使わない、ホントのアコースティックライブをやってる。
サイトウキネンの練習を途中で抜け出し、某在京オケ広報さんの命令でカーネギーの上の方の部屋でやってるミュージカル・アメリカ大賞授与パーティに潜り込み、今年の指揮者としてラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス御大が賞を受けるのに某オケ事務局からのお祝いを伝えたり写真撮ったりして、慌てて7時半からブロードウェイを上がった93丁目にある教会で行われる「月曜無料コンサート」(無論、ドーネーションをするんですよ、皆さん!)リゲティ室内楽選でジャスパーQが1番のクァルテットを弾くのに間に合わねばと赤い地下鉄のコロンバス・サークル駅まで急ぐ。
一気に氷点下まで冷え始め、チラリホラリと白いものが舞ってるみたいな外から地下に潜って、ああ暖かいと一息付くと、ホームにクリスマス・キャロルが響いてる。若い声楽家4人ほどが、ホームの上で歌ってます。帰宅を急ぐ人々は、取り巻くでもなく、真剣に聴くでもなく、次から次へと繰り出されるいろんなクリスマスの歌を耳に流してる。
地下鉄が轟音を立ててやってきて、キャロルをかき消しちゃう。でも、若い声楽家たちは、そんなもん気にもせずに歌い続けてる。アドヴェントのマンハッタンは、ロックフェラーセンターや五番街の地上の光の渦ばかりじゃなく、地下だってすっかりクリスマスさ。
地下鉄に揺られ、96丁目駅からブロードウェイに出たら
しっかりと雪の欠片が落ちてら。
今年のマンハッタンはホワイトクリスマスかしら。
どこでもでっかい音でBGMを流すのならば、サイゴンや上海に敵う場所はない。でも、それらは所詮は出来合のパッケージを再生しているだけ。ここ、マンハッタンでは、音楽家たちが街のあちこちで音楽してる。それも、電子音を使わない、ホントのアコースティックライブをやってる。
サイトウキネンの練習を途中で抜け出し、某在京オケ広報さんの命令でカーネギーの上の方の部屋でやってるミュージカル・アメリカ大賞授与パーティに潜り込み、今年の指揮者としてラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス御大が賞を受けるのに某オケ事務局からのお祝いを伝えたり写真撮ったりして、慌てて7時半からブロードウェイを上がった93丁目にある教会で行われる「月曜無料コンサート」(無論、ドーネーションをするんですよ、皆さん!)リゲティ室内楽選でジャスパーQが1番のクァルテットを弾くのに間に合わねばと赤い地下鉄のコロンバス・サークル駅まで急ぐ。
一気に氷点下まで冷え始め、チラリホラリと白いものが舞ってるみたいな外から地下に潜って、ああ暖かいと一息付くと、ホームにクリスマス・キャロルが響いてる。若い声楽家4人ほどが、ホームの上で歌ってます。帰宅を急ぐ人々は、取り巻くでもなく、真剣に聴くでもなく、次から次へと繰り出されるいろんなクリスマスの歌を耳に流してる。
地下鉄に揺られ、96丁目駅からブロードウェイに出たら
今年のマンハッタンはホワイトクリスマスかしら。
とりあえず初日は売り切れ [マンハッタン無宿]
温暖前線と寒冷前線が上空で力比べをしているマンハッタンは、冬の嵐です。それなりに偏西風に後押しされて12時間とちょっとで太平洋を渡りきったデルタのまだまだ働かされる予定らしいジャンボ嬢は(逐次内装リニューアルがされて、アジアや中東系の航空会社じゃ常識の貧乏席用個人モニターも配備されるそうな)、華氏55度の雨のJKFにぐらんぐらん揺れながらタッチダウン。全米で最初に大型機運用を止めたデルタ航空ですんで、デルタ溜まりのターミナルにデカイ体は肩身が狭そう。
911以降運行停止、787が導入されたら再開すると言われていたノースウェストの栄光のニューヨーク直行便NW18は、787完成が遅れに遅れるうちにNWそのものがデルタに吸収されてしまい、結局、DL172って馴染みのない便名になって、赤い尻尾から塗り替えられた昔ながらのジャンボ嬢の担当路線として復活した。座ったのがキャビンクルーとのお見合い席だったんでデルタには目立つスチュワードのオッサンとお喋りしたら、自分らはミネアポリスとかデトロイトじゃなくてNYベース、大西洋なんかもやってる、とのこと。へえ、もう完全にデルタのシフトになっちゃったんだなぁ。貧乏人席担当のスチュワーデスさんはおばーちゃんばっかりで、若い娘はビジネスクラスにしかいないのはNWと同じだけどさ(オバチャン軍団スチュワーデスのチーフさんっぽい方は、懐かしいNWの制服をまだお召しになってました)。
ま、ともかく、当初の予定に従って火曜日にマンハッタン厄偏庵に入るまでの仮の宿、カーネギーの向かいのスタインウェイホールの並び、カーネギーホールが学生セミナーやらを主催するときに子供らを泊めたりする程度の宿におります。
到着後、雨が切れたんで、スーパーでの買い出しもせねばならぬと、慌てて辺りをまわってきました。カーネギーホールは周囲にぐるっと足場を組まれて修理中。ポスターが綺麗に写真に撮れる場所がないのが困る。おお、正面に貼られたポスター、火曜日から始まるカーネギーホールも主催に名を連ねるJapanNYCフェスティバルの初日公演は、無事に売り切れたようです。我らが若きドラゴンも、しっかりポスターにお姿を晒してますね。
なんせ今回の取材のそもそもの発端は、年の初めに、長くアジア圏との文化交流を担当してきた当地在住の某老プロデューサーに「去年のチャイナ・フェスティバルは官民挙げてスゴイ盛り上がりだった。今年のジャパン・フェスティバルは大丈夫なのか、今の調子で?」と心配されたのが発端。なにをおっしゃる、じゃあ、あたしゃ全部カバーしましょ、と啖呵を切ってしまい、結果としてまるで元の取れそうもない赤字仕事となった。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-01-29-1
だってさ、今年の頭の時点では、このままじゃチャイナ・パワーに完敗必至、って雰囲気でしたからね。昨年の11月、たまたま北京の宿でNYチャイナ・フェスティバルのオープニングを一面トップで伝える報道を眺め、ああああこりゃヤバイよ、来年のジャパン・フェスティバルじゃ日本領事館も企業も絶対にここまで盛り上げようとしないよ、と真っ青になってたわけだし。中国文化祭りは大盛り上がりで日本は閑古鳥じゃあ、やっぱり日本国の文化関係者としては困るでしょ。おお、なんて素朴で心優しい愛国者なんだ、あたしゃ!
だから、正直、Ozawa氏が振ろうがどうが、そんなことはあたしにゃどーでも良い。NYTはこんな記事入れてますけど。日本と中国の西洋音楽導入の違いなど、ちゃんとそれなりに判った記事になってます。学生さんは英語のお勉強にじっくり読むに丁度良い記事でしょ。http://www.nytimes.com/2010/12/12/arts/music/12festival.html?ref=music
なんであれ、去年の中国祭の盛り上がりに追い付かないことは確実だが、せめてなんとかちゃんとカバーする努力をしていることくらいマンハッタンの関係者には見せつけないと、腐ってもかつての世界第2位の経済大国としては格好がつかんじゃろ、ってのが本音。ここに至るまでいろいろあったけど、ともかく、初日は売り切れになって一安心です。
ただ、メインエベントの土曜日の「戦争レクイエム」はまだ売り切れてないみたい。マンハッタン近郊にゴマンと住む日本国民よ、土曜日はカーネギーに結集せよ!だってさ、幸か不幸か、この音楽だけはチャイナ・フェステイバルやコリアン・フェスティバルじゃあやれないもん。この場所でこの作品を演奏する意味があるのは、日本かドイツの音楽家だけなんだからさ。
ま、ともかく、当初の予定に従って火曜日にマンハッタン厄偏庵に入るまでの仮の宿、カーネギーの向かいのスタインウェイホールの並び、カーネギーホールが学生セミナーやらを主催するときに子供らを泊めたりする程度の宿におります。
到着後、雨が切れたんで、スーパーでの買い出しもせねばならぬと、慌てて辺りをまわってきました。カーネギーホールは周囲にぐるっと足場を組まれて修理中。ポスターが綺麗に写真に撮れる場所がないのが困る。おお、正面に貼られたポスター、火曜日から始まるカーネギーホールも主催に名を連ねるJapanNYCフェスティバルの初日公演は、無事に売り切れたようです。我らが若きドラゴンも、しっかりポスターにお姿を晒してますね。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-01-29-1
だってさ、今年の頭の時点では、このままじゃチャイナ・パワーに完敗必至、って雰囲気でしたからね。昨年の11月、たまたま北京の宿でNYチャイナ・フェスティバルのオープニングを一面トップで伝える報道を眺め、ああああこりゃヤバイよ、来年のジャパン・フェスティバルじゃ日本領事館も企業も絶対にここまで盛り上げようとしないよ、と真っ青になってたわけだし。中国文化祭りは大盛り上がりで日本は閑古鳥じゃあ、やっぱり日本国の文化関係者としては困るでしょ。おお、なんて素朴で心優しい愛国者なんだ、あたしゃ!
だから、正直、Ozawa氏が振ろうがどうが、そんなことはあたしにゃどーでも良い。NYTはこんな記事入れてますけど。日本と中国の西洋音楽導入の違いなど、ちゃんとそれなりに判った記事になってます。学生さんは英語のお勉強にじっくり読むに丁度良い記事でしょ。http://www.nytimes.com/2010/12/12/arts/music/12festival.html?ref=music
なんであれ、去年の中国祭の盛り上がりに追い付かないことは確実だが、せめてなんとかちゃんとカバーする努力をしていることくらいマンハッタンの関係者には見せつけないと、腐ってもかつての世界第2位の経済大国としては格好がつかんじゃろ、ってのが本音。ここに至るまでいろいろあったけど、ともかく、初日は売り切れになって一安心です。
ただ、メインエベントの土曜日の「戦争レクイエム」はまだ売り切れてないみたい。マンハッタン近郊にゴマンと住む日本国民よ、土曜日はカーネギーに結集せよ!だってさ、幸か不幸か、この音楽だけはチャイナ・フェステイバルやコリアン・フェスティバルじゃあやれないもん。この場所でこの作品を演奏する意味があるのは、日本かドイツの音楽家だけなんだからさ。
裏方はどこでも裏方 [マンハッタン無宿]
雪ならぬ冷たい雨がマンハンタンの湾曲した舗装を激しく打つ連休中日の日曜午後、カーネギーホールで恒例のヴィーンフィルNY定期最終公演がありました。
今回、マンハッタン厄偏庵には、佃厄偏庵に寝間着一式を置きっぱなしにしてる半居候状態の某都内ホール在勤の裏方モグラ君が転がり込んでおります。いや、ちゃんと部屋代をシェアなさってるんで、立派なお客さんでありまする。ちなみに臨職さんにつっこまれる前に記しておきますと、その某ホールが金を出してくれた海外派遣ではなく、自腹切り、溜まりにたまった代休使って、CMAコンファランスに勉強に来てる。
この業界、裏方というのはどんなに組織に雇われていても最終的には「職能フリーランスが会社と個人契約している」という意識がある方も多い。ですから、こんな動きも不思議ではありません。若くて貧乏なのに偉いぞ、って褒めてあげたい。
さても、日本でのヴィーンフィルの受け入れ先でもある某ホールの裏方とあって、この秋の来日時に団員の誰それにお使いを申し使っており、その品物を渡す用事があるという。で、マチネー終演後、カーネギーの楽屋口にまわって相手を待ち受けるとするべーか。どっかで連絡して事前に渡しておけよ、と思うでしょうけど、なんせコンファランスが滅茶苦茶忙しく、そんなことやってられなかったみたい。ともかく、確実に会えるところで会ってしまえ、ってわけ。
終演後でごった返す57丁目側の正面を出て、7番街に曲がれば、おお、今日はマチネをやっていなかったザンケルホールのロビーには、溜池地下で見慣れたヴィーンフィルの楽器ケースが山積みになってら。
なんせ今回の渡米はこの3公演のみ。それも、初日のシェーンベルクのヴァリエーションと「田園」はヴィーンの定期でバレンボイムとやってきたそうだが、やくぺん先生が天井桟敷から見下ろした昨日と今日、シェーンベルク、ベルク、はたまたブーレーズの「ノタシオン」、なんてプログラムは、それぞれ1回のみの公演。いかな天下のヴィーンフィルといえ、どこで練習するのやら、って演目ばかり。実際、ブーレーズ指揮の昨日はそれなりにそれなりだったけど、本日のバレンボイムとのブーレーズ作品など…うううん、生涯トラウマになりかねんハラホロヒレハレでありました。
当電子壁新聞には、演奏の感想など書き綴る気などありません。中身についてはこれでオシマイ。悪しからず。それにしても、東京であれだったら、ネットの海にどんな発言が踊ることやら。ふううう。
で、不必要なまでに膨大な楽器を必要とするブーレーズ作品などのための楽器ケースを眺めつつ、グルリと56丁目の楽屋に行くと、楽器を抱え、荷物を引きずった楽人達が次々と出て来るぞ。おやおやこんなところで、と話しかけてくるのは、いつもヴィーンフィル演奏旅行に同行する専属お医者さん。裏方さんどおしのご挨拶。
で、やがて出て来た目的のチェロ君との用事も無事に済んだのだけど、なにやらチェロ君、「あ、用事があった、もってて」と言い残し、溜池の裏方もぐら君に楽器を預け、ホールに戻っちまったぞ。おいおいおい、預けるなら裏方が違うだろーにっ!
苦笑しつつも、演奏家に頼まれるとイヤでも騒いでしまう裏方の血。雨の中をしっかり楽器をガードいたします。ちなみに、ヴィーンフィル人事マニアの方なら知りたくてうずうずしちゃう類の事情があって、このチェロは幸いにもオーストリア政府所有の楽器ではありません。その分だけちょっと気が楽…でもなかろーがね。
かくて7番街に3台も無茶な駐車をしっぱなしだったバスに楽人らが次々と乗り込むと、終演後30分もしないうちにオケマンらはJFKへと出発。数時間後には大西洋を越え、明日の朝にはもう極寒の帝都でんがな。あうふぃう゛ぃーだぜーん、とバスから手を振る先にいるのが、何故かNYならぬ見慣れたTOKIOスタッフなのが滑稽だけど、誰もそんなこと不思議にゃ思ってない。
これが音楽家の生活。そして、そこが世界のどこであれ、マレビトからサヨナラの手を振られるのが裏方の生活さ。
まだまだお仕事中だったろうカーネギーの裏方さん、あの膨大な楽器の転換、お疲れ様でした。
今回、マンハッタン厄偏庵には、佃厄偏庵に寝間着一式を置きっぱなしにしてる半居候状態の某都内ホール在勤の裏方モグラ君が転がり込んでおります。いや、ちゃんと部屋代をシェアなさってるんで、立派なお客さんでありまする。ちなみに臨職さんにつっこまれる前に記しておきますと、その某ホールが金を出してくれた海外派遣ではなく、自腹切り、溜まりにたまった代休使って、CMAコンファランスに勉強に来てる。
この業界、裏方というのはどんなに組織に雇われていても最終的には「職能フリーランスが会社と個人契約している」という意識がある方も多い。ですから、こんな動きも不思議ではありません。若くて貧乏なのに偉いぞ、って褒めてあげたい。
さても、日本でのヴィーンフィルの受け入れ先でもある某ホールの裏方とあって、この秋の来日時に団員の誰それにお使いを申し使っており、その品物を渡す用事があるという。で、マチネー終演後、カーネギーの楽屋口にまわって相手を待ち受けるとするべーか。どっかで連絡して事前に渡しておけよ、と思うでしょうけど、なんせコンファランスが滅茶苦茶忙しく、そんなことやってられなかったみたい。ともかく、確実に会えるところで会ってしまえ、ってわけ。
終演後でごった返す57丁目側の正面を出て、7番街に曲がれば、おお、今日はマチネをやっていなかったザンケルホールのロビーには、溜池地下で見慣れたヴィーンフィルの楽器ケースが山積みになってら。
当電子壁新聞には、演奏の感想など書き綴る気などありません。中身についてはこれでオシマイ。悪しからず。それにしても、東京であれだったら、ネットの海にどんな発言が踊ることやら。ふううう。
で、不必要なまでに膨大な楽器を必要とするブーレーズ作品などのための楽器ケースを眺めつつ、グルリと56丁目の楽屋に行くと、楽器を抱え、荷物を引きずった楽人達が次々と出て来るぞ。おやおやこんなところで、と話しかけてくるのは、いつもヴィーンフィル演奏旅行に同行する専属お医者さん。裏方さんどおしのご挨拶。
かくて7番街に3台も無茶な駐車をしっぱなしだったバスに楽人らが次々と乗り込むと、終演後30分もしないうちにオケマンらはJFKへと出発。数時間後には大西洋を越え、明日の朝にはもう極寒の帝都でんがな。あうふぃう゛ぃーだぜーん、とバスから手を振る先にいるのが、何故かNYならぬ見慣れたTOKIOスタッフなのが滑稽だけど、誰もそんなこと不思議にゃ思ってない。
まだまだお仕事中だったろうカーネギーの裏方さん、あの膨大な楽器の転換、お疲れ様でした。
マンハッタンのブルーレイ価格は [マンハッタン無宿]
作文作業の合間、昼飯に出たついでに、手近なとこでマンハッタンのブルーレイ価格調査をして参りました。ブルーレイ価格関連、過去のエントリー一覧はこちら。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-05-27
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-10-28
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-11-26
場所は、ジュリアード音楽院向かい、というべきか、アムステルダム・アヴェニューとブロードウェイが交差する西66丁目角「バーンズ・アンド・ノーブル」地下の音楽映像ソフト売り場です。ガラス壁面建築が良く分かる夜景でお見せしましょ。この写真、ブロードウェイを挟んで右側に光ってるのが、新しくなったアリス・タリー・ホールの上層階。綺麗ですねぇ。
タワーレコードとかHMVとかヴァージンとかがあれば良いんですけど、マンハッタンにはそういう量販店タイプのCDやブルーレイ販売ストアがなくなっちゃったんで、電気屋さんや総合書店のソフト売り場が頑張らざるを得ない。半年ほど前のタイムズスクエアのヴァージン・メガストア閉店のときのNYタイムズの記事はこちら。
http://www.nytimes.com/2009/06/15/arts/music/15virgin.html
ちなみに、中古のゲームソフトやらDVDを扱う店舗はあるものの、店舗はどれも小規模。「ブックオフ」の映像音響コーナーみたいな規模の店はないみたい(ヴィレッジの方まで下りるとあるのかもしれんが、どうなんじゃろか)。DVDを投げ売りするそんな小規模店にはブルーレイを扱うところもあり、だいたいハリウッド映画で1枚15ドルくらいを相場に並んでます(オペラ全曲盤の中古などはまず皆無)。結局は、アマゾン・コムの中古値段と横並びという感じ。秋葉原の中古盤屋と状況は変わらんですな。
もとい。で、キラキラ光るガラス建築の向かいの「バーンズ&ノーブル」では、世界ブルーレイ価格調査の対象たるDVフィガロ、即ち、ザルツブルク音楽祭アルノンクール指揮の「フィガロの結婚」、お値段は32.99ドル也でありました。これにマンハッタンでは消費税が9パーセントくらいかかるから、現在の日本円では実質3200円くらい、ってこと。
とはいうもののお客さん、ここからが消費大国アメリカ合衆国の面目躍如でっせ。このお店、1月末まで、「ブルーレイでもDVDでもCDでも、なんでも3セット買うと定価が一番安いアイテムはタダにいたします」セールをやってるんでありますよ!
だから、40ドルの「ファウスト博士」、90ドルのワイマール歌劇場「リング」全曲(!!)、ついでにこの「フィガロ」も一緒にカウンターに持って行けば、なんと「フィガロ」はタダです!結果として、オペラ関係のブルーレイを総計6枚買って、税込みで日本円にして1万3千円くらい、ってこと。
これだったら、高い高いオペラのソフト価格とすれば、そーとーに安いと言えましょーぞ。ソウルの価格と良い勝負かしら。
ってなわけで、ブルーレイを買うならばスペシャルセールの時期を選んでマンハッタン、ってことになるんでしょーか。
ただ、在庫の豊かさを考えると、現在の地球上で最も楽しくブルーレイを店舗購入できるのは、香港島のHMVと断言できましょう。理由は簡単で、値段はそこそこお安いし、ハリウッド映画だけでなく中国やアジア圏のソフトも手広く並んでいるからであります。残念ながら、マンハッタンはやっぱりハリウッド系のソフトが圧倒的。それ以外はチョボチョボしか見あたりません。
ううううん、中途半端な結論だ。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-05-27
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-10-28
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-11-26
場所は、ジュリアード音楽院向かい、というべきか、アムステルダム・アヴェニューとブロードウェイが交差する西66丁目角「バーンズ・アンド・ノーブル」地下の音楽映像ソフト売り場です。ガラス壁面建築が良く分かる夜景でお見せしましょ。この写真、ブロードウェイを挟んで右側に光ってるのが、新しくなったアリス・タリー・ホールの上層階。綺麗ですねぇ。
http://www.nytimes.com/2009/06/15/arts/music/15virgin.html
ちなみに、中古のゲームソフトやらDVDを扱う店舗はあるものの、店舗はどれも小規模。「ブックオフ」の映像音響コーナーみたいな規模の店はないみたい(ヴィレッジの方まで下りるとあるのかもしれんが、どうなんじゃろか)。DVDを投げ売りするそんな小規模店にはブルーレイを扱うところもあり、だいたいハリウッド映画で1枚15ドルくらいを相場に並んでます(オペラ全曲盤の中古などはまず皆無)。結局は、アマゾン・コムの中古値段と横並びという感じ。秋葉原の中古盤屋と状況は変わらんですな。
もとい。で、キラキラ光るガラス建築の向かいの「バーンズ&ノーブル」では、世界ブルーレイ価格調査の対象たるDVフィガロ、即ち、ザルツブルク音楽祭アルノンクール指揮の「フィガロの結婚」、お値段は32.99ドル也でありました。これにマンハッタンでは消費税が9パーセントくらいかかるから、現在の日本円では実質3200円くらい、ってこと。
とはいうもののお客さん、ここからが消費大国アメリカ合衆国の面目躍如でっせ。このお店、1月末まで、「ブルーレイでもDVDでもCDでも、なんでも3セット買うと定価が一番安いアイテムはタダにいたします」セールをやってるんでありますよ!
これだったら、高い高いオペラのソフト価格とすれば、そーとーに安いと言えましょーぞ。ソウルの価格と良い勝負かしら。
ってなわけで、ブルーレイを買うならばスペシャルセールの時期を選んでマンハッタン、ってことになるんでしょーか。
ただ、在庫の豊かさを考えると、現在の地球上で最も楽しくブルーレイを店舗購入できるのは、香港島のHMVと断言できましょう。理由は簡単で、値段はそこそこお安いし、ハリウッド映画だけでなく中国やアジア圏のソフトも手広く並んでいるからであります。残念ながら、マンハッタンはやっぱりハリウッド系のソフトが圧倒的。それ以外はチョボチョボしか見あたりません。
ううううん、中途半端な結論だ。
一年と一月来ぬ間に [マンハッタン無宿]
マンハッタン厄偏庵に無事着いております。いつものアッパーウェストサイドの定宿に復帰です。どーしてそんなことになったのか、書けばこの1年のアメリカ合衆国経済とニューヨークのホテル業界の動向をウォッチングすることになるわけで、なかなか興味深いのですけど、今は眠いんで面倒なことは記しません。
とにもかくにも、慣れ親しんだ顔がまるで昨日出かけてまた戻ってきたように迎えてくれ、フロント前に立てば名前も尋ねられずに全部事が済んでしまう90年代からの定宿に戻ってきたのは、2008年の1月にカーター生誕百年記念年オープンを飾るパシフィカQのマンハッタンで2度目の弦楽四重奏全曲演奏会のとき以来。ここで今は絶版となったオンブックスのかなりの部分を書いたし、仲道本も殆どここでやっつけている庵。
この2年ほどは、ジョン・アダムスのインタビューに来たときは73丁目の安宿だし、サンクスギビングのボストンに入ってベルリンに抜けた際にはアッパーイーストのウィークリーアパート。それこそマンハッタン無宿していた。そもそも2009年にはオバマに沸くアメリカ合衆国そのものに一度も足を踏み入れていなかったんだし。
でも、今回はこれまでのマンハッタン往来とは違うことがひとつあるぞ。長くやくぺん先生んちが長距離空のバスとして愛用していた日本の評判は最悪のノースウェスト航空が、昨年暮れにデルタ航空に吸収され、実質上、なくなっちゃった。JAL以上に長い歴史を持つ太平洋線のパイオニア、真っ赤な尻尾の日本の翼が消滅し、なんだかやくぺん先生んちもひとつの時代が終わったような喪失感があり、この際だからいろいろ特典が利用できる旧日本ヘリコプター系列に乗り換えましょうか、ってことになった。で、生涯初めて日の丸が翼に映える飛行機で北太平洋を横断することと相成りました。日系航空会社って、目的地に到着してイミグレーションを受けるまで、日本社会の延長みたいな空気を運んでるんですねぇ。勉強になるなぁ。
ま、やくぺん先生の気持ちなんぞたかが三百数十分のひとつ。青尻尾に翼に赤い丸を貼りつけたトリプルセブンは、それほど酷く凍ってないハドソン川を跨ぎ(席が反対だったら、マンハッタン島を北から全て見通せてた筈)
ロングアイランド上空からグルリと大西洋上で旋回、曇り空のJFKに到着したわけであります。
空港内スカイトレインでA列車のハワードビーチ駅まで行き、真っ黒い貧乏人の街を抜け、911の爪痕未だ残る辺りでマンハッタン島の地下に滑り込み、怪獣クローバーがトランプ高級アパートぶっ倒したコロンバス・サークルで赤ラインに乗り換えて、数年前の駅改装でやっとエレベーターが付いた地下鉄を上がれば、そこにゃ懐かしい72丁目の冬が広がってる。
トスカニーニやホロヴィッツが住んだアパート(写真一番右端)は相変わらずマンハッタン・ゴシックの偉容を誇ってるけど、やくぺん先生がマンハッタン無宿をしてた頃に解体された72丁目駅南西、「ダイハードⅢ」でブルース・ウィルスが犯人からのクイズに答えようと必死に公衆電話にくらいついていたとこのアメリカン・アールデコビルが、世界のどこにでもあるガラス張り建築のつまらぬ総合ビルになってら(写真左端)。ううううん、この「マンハッタンの谷根千」とも言うべき地区の顔のひとつが、上海かハノイ目抜き通りの金に飽かせた新築キラキラビルになっちゃった。
カーネギーにちょっと用事でバスで出かけたついでに、ヴィーンフィルやシカゴ響を振りまくるブーレーズの顔がやたらと並ぶ7番街側を下り、楽屋口の方にまわってみましょ。おお、伝えられたとおり、通りを挟んで楽屋口真ん前の楽譜屋さんが閉店してる。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-04-16
救いといえば、この超高層ビルが建ち並ぶ中に唯一の異様を誇った低層ビルが、そのまま姿を留めていることだけどさぁ…

マンハッタンはホントに楽譜やCDが買えない街になってしまいました。以前なら、この街にいれば楽譜や音源なぞなんとでもなったんだけど、今やその類の商品はコストのかかる店舗販売ではなく、全てネットで購入するようになっちゃった。アマゾン・コムがこの街に仕掛けた破壊の大きさは、911の特攻ハイジャック機にも匹敵する。アマゾン・コムなんて大嫌いだぁ!
ぜーぜー…なにはともあれ、10日ほどの短い間ではありまするも、厄編庵はマンハッタンに結ばれております。お暇な方は、ブロードウェイに面したビーコン劇場横のビーコン・ワインで酒買っておいでなさいな。ちなみに韓国系の店主らしきオッサンは、今や少なくなった完璧に日本語を喋る旧植民地教育を受けた方です。店内で日本語で大声出してると全部筒抜けですよ。悪口厳禁!
とにもかくにも、慣れ親しんだ顔がまるで昨日出かけてまた戻ってきたように迎えてくれ、フロント前に立てば名前も尋ねられずに全部事が済んでしまう90年代からの定宿に戻ってきたのは、2008年の1月にカーター生誕百年記念年オープンを飾るパシフィカQのマンハッタンで2度目の弦楽四重奏全曲演奏会のとき以来。ここで今は絶版となったオンブックスのかなりの部分を書いたし、仲道本も殆どここでやっつけている庵。
この2年ほどは、ジョン・アダムスのインタビューに来たときは73丁目の安宿だし、サンクスギビングのボストンに入ってベルリンに抜けた際にはアッパーイーストのウィークリーアパート。それこそマンハッタン無宿していた。そもそも2009年にはオバマに沸くアメリカ合衆国そのものに一度も足を踏み入れていなかったんだし。
でも、今回はこれまでのマンハッタン往来とは違うことがひとつあるぞ。長くやくぺん先生んちが長距離空のバスとして愛用していた日本の評判は最悪のノースウェスト航空が、昨年暮れにデルタ航空に吸収され、実質上、なくなっちゃった。JAL以上に長い歴史を持つ太平洋線のパイオニア、真っ赤な尻尾の日本の翼が消滅し、なんだかやくぺん先生んちもひとつの時代が終わったような喪失感があり、この際だからいろいろ特典が利用できる旧日本ヘリコプター系列に乗り換えましょうか、ってことになった。で、生涯初めて日の丸が翼に映える飛行機で北太平洋を横断することと相成りました。日系航空会社って、目的地に到着してイミグレーションを受けるまで、日本社会の延長みたいな空気を運んでるんですねぇ。勉強になるなぁ。
ま、やくぺん先生の気持ちなんぞたかが三百数十分のひとつ。青尻尾に翼に赤い丸を貼りつけたトリプルセブンは、それほど酷く凍ってないハドソン川を跨ぎ(席が反対だったら、マンハッタン島を北から全て見通せてた筈)

空港内スカイトレインでA列車のハワードビーチ駅まで行き、真っ黒い貧乏人の街を抜け、911の爪痕未だ残る辺りでマンハッタン島の地下に滑り込み、怪獣クローバーがトランプ高級アパートぶっ倒したコロンバス・サークルで赤ラインに乗り換えて、数年前の駅改装でやっとエレベーターが付いた地下鉄を上がれば、そこにゃ懐かしい72丁目の冬が広がってる。

カーネギーにちょっと用事でバスで出かけたついでに、ヴィーンフィルやシカゴ響を振りまくるブーレーズの顔がやたらと並ぶ7番街側を下り、楽屋口の方にまわってみましょ。おお、伝えられたとおり、通りを挟んで楽屋口真ん前の楽譜屋さんが閉店してる。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2009-04-16
救いといえば、この超高層ビルが建ち並ぶ中に唯一の異様を誇った低層ビルが、そのまま姿を留めていることだけどさぁ…
マンハッタンはホントに楽譜やCDが買えない街になってしまいました。以前なら、この街にいれば楽譜や音源なぞなんとでもなったんだけど、今やその類の商品はコストのかかる店舗販売ではなく、全てネットで購入するようになっちゃった。アマゾン・コムがこの街に仕掛けた破壊の大きさは、911の特攻ハイジャック機にも匹敵する。アマゾン・コムなんて大嫌いだぁ!
ぜーぜー…なにはともあれ、10日ほどの短い間ではありまするも、厄編庵はマンハッタンに結ばれております。お暇な方は、ブロードウェイに面したビーコン劇場横のビーコン・ワインで酒買っておいでなさいな。ちなみに韓国系の店主らしきオッサンは、今や少なくなった完璧に日本語を喋る旧植民地教育を受けた方です。店内で日本語で大声出してると全部筒抜けですよ。悪口厳禁!
さらばカーネギー楽屋口前書店のおばば [マンハッタン無宿]
いよいよ新厄偏庵の鍵を渡され(今度は鍵がある!って、じゃあ前はどうだったのかというと…)、本日から当電子壁新聞は「お引っ越しボランティア様のための掲示板」になる予定だったのだけど、それどころじゃない大ニュースが飛び込んだ。これ。
http://www.nytimes.com/2009/04/13/arts/music/13pate.html?_r=1&emc=eta1
おおお、あのカーネギーホール楽屋口真ん前の楽譜屋、これから引っ越しせねばならぬ厄偏庵及び佃オフィスに山積みになる楽譜や書籍の出所として神保町の古賀書店と双璧の、世界の音楽愛好家の心の故郷が、とうとう閉店になるとのこと。
いやぁ、去年の暮れにマンハッタン新厄偏庵にいたとき、いつものように眺めに行って、あまりの閑散振り、というか、もう手を入れていません、って感じに、嫁さんと「こりゃあもしかしてもしかするかもねぇ」って話をしていた。そしたら、やっぱりもしかしたわけです。悪い予感と共に、嫁さん立てて撮影した記念写真。やっぱり、別れの1枚となったか。

このお店、入りっぱたの「持ってけ泥棒本日の投げ売りコーナー」の充実ぶりは言うまでもなく、あちこちに張られたメイジャーではない小さな演奏会の案内だとか、音楽家や学生の間での情報交換のタッグを眺めているだけで、ああ俺は今、カーネギーホールの真ん前にいるんだよなぁ、と思える場所だった。なによりも嬉しいのは、立ち読みしながら楽屋口を張っていられたこと。ここで投げ売り本をぱらぱら捲りながら、ガラス窓の向こうに視線をチラチラさせ、演奏家が練習を終えて出てくるのを待ったり、事務所が泊まってるホテルを教えてくれない指揮者の入りを見張っていたりしたものです。どれだけの時間を過ごしたことか。
最後に買ったのは、投げ売り楽譜で出ていたシュトックハウゼンの「コントラプンクテ」のミニチュアスコアでした。佃オフィスに戻ってきて棚を眺めたら、同じ楽譜が、やっぱり同じ店のタッグが付いてちょこんと鎮座しておりました。アホか、わしゃ。
グリニッジのアカデミー・レコードも惨憺たる有様だし、ジュリアード裏のタワーレコードどころか42丁目のヴァージンまでなくなったというマンハッタン、これからは何を楽しみにあの街を彷徨ったら良いのやら。カザルスホールが取り壊されるなんて話の23乗くらいは悲しいぞ。冗談じゃなく、家族が死ぬくらい寂しい。幸か不幸か、マンハッタンは東京湾岸と違ってやくぺん先生の街じゃあないんだから、思いっきり残念がっていいのじゃ。
Amazon.comなんて大嫌いだ!
http://www.nytimes.com/2009/04/13/arts/music/13pate.html?_r=1&emc=eta1
おおお、あのカーネギーホール楽屋口真ん前の楽譜屋、これから引っ越しせねばならぬ厄偏庵及び佃オフィスに山積みになる楽譜や書籍の出所として神保町の古賀書店と双璧の、世界の音楽愛好家の心の故郷が、とうとう閉店になるとのこと。
いやぁ、去年の暮れにマンハッタン新厄偏庵にいたとき、いつものように眺めに行って、あまりの閑散振り、というか、もう手を入れていません、って感じに、嫁さんと「こりゃあもしかしてもしかするかもねぇ」って話をしていた。そしたら、やっぱりもしかしたわけです。悪い予感と共に、嫁さん立てて撮影した記念写真。やっぱり、別れの1枚となったか。

このお店、入りっぱたの「持ってけ泥棒本日の投げ売りコーナー」の充実ぶりは言うまでもなく、あちこちに張られたメイジャーではない小さな演奏会の案内だとか、音楽家や学生の間での情報交換のタッグを眺めているだけで、ああ俺は今、カーネギーホールの真ん前にいるんだよなぁ、と思える場所だった。なによりも嬉しいのは、立ち読みしながら楽屋口を張っていられたこと。ここで投げ売り本をぱらぱら捲りながら、ガラス窓の向こうに視線をチラチラさせ、演奏家が練習を終えて出てくるのを待ったり、事務所が泊まってるホテルを教えてくれない指揮者の入りを見張っていたりしたものです。どれだけの時間を過ごしたことか。
最後に買ったのは、投げ売り楽譜で出ていたシュトックハウゼンの「コントラプンクテ」のミニチュアスコアでした。佃オフィスに戻ってきて棚を眺めたら、同じ楽譜が、やっぱり同じ店のタッグが付いてちょこんと鎮座しておりました。アホか、わしゃ。
グリニッジのアカデミー・レコードも惨憺たる有様だし、ジュリアード裏のタワーレコードどころか42丁目のヴァージンまでなくなったというマンハッタン、これからは何を楽しみにあの街を彷徨ったら良いのやら。カザルスホールが取り壊されるなんて話の23乗くらいは悲しいぞ。冗談じゃなく、家族が死ぬくらい寂しい。幸か不幸か、マンハッタンは東京湾岸と違ってやくぺん先生の街じゃあないんだから、思いっきり残念がっていいのじゃ。
Amazon.comなんて大嫌いだ!




