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寒の戻りの新暦弥生晦日 [新佃嶋界隈]

久しぶりに大川端佃厄天庵勉強部屋から、曇り空の帝都を眺めておりまする。

なんせ来週はトリッキーな移動が続く地獄のツアー週間、こうやってボーッと座って細かい作文仕事や自分の為の秘書仕事をしながら春の帝都を眺められるなんて、この午後しかない。ホントはうらうら、大川端ノマド場で桜に驚喜乱舞する帝都の善男善女ならぬ佃の性格の良いひよちゃんずやら、冬場にはやくぺん先生が座ると「わぁい、神様が来たぁ」とブンチョウ君らの食い残しを求めて寄ってきた雀たちの姿を眺めていたかったのだが、とてもそんなこと出来そーもない冬の戻り。

別に何か記すことがあるわけでもなく、このところすっかりご無沙汰となってしまった「新佃島界隈」カテゴリーをひとつ埋めるとするか、と大量の校正バックの合間に綴っているだけのこと。「世は全て事も無し」と記せば、その瞬間にどんな作文だろうが終わりに出来る類いのもんでありまする。

昨日の妙な暖かさの中、佃大橋近くのまだ二分咲きにも満たずだーれもいない桜の枝の下で無情な場所取り指令に応えている人の姿も…
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今日は一転、寒い寒い。佃の北の隅っこ、桜木はこんな状況なんだけど
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眺めようとする人も無し。

とはいえ、大川を上り下りする船人は呆れる程多く、騒々しく往来する観光船はガッツリ着込んだ人で溢れてら。
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てなわけで、新暦3月もオシマイ。あとはまぁ、この絵ずらを眺めながら、初夏の大川の歌人、木下杢太郞でも紐解いてさ…
http://www.aozora.gr.jp/cards/000120/files/1394_20691.html

「同年四月十日。深川永代橋畔永代亭でパンの大会を開く。此日には上田敏氏も上京中で出席せられ、皆で酒を強ひ是非巴里の歌を聴かせて下さいと云ひ、上田氏も余儀なく立つて何か短い仏蘭西語の歌一曲を歌はれた。また演説もされた。予は氏の口から南蛮寺に対する言葉を聞いて大に感激した。
 永井氏の「フランス物語」の話、湯浅氏の模写のベラスケスなどについてみんなが話しあつたと記録せられてゐる。
 この時のパンの有様は今もよく記憶に残つてゐるが、詳しく書くのはめんどくさい。なんでも予は女の首を三つ大きく描いたアフイシユを用意して行つて、入口のつき当りの衝立に貼つた。出口清三郎氏といふ画家が当日出席せられたやうに覚えてゐるが、今はどうしてゐられるか。
 この日パンの会を社会主義の会と誤認して刑事が二人来たといふ噂も立つて、今でも皆本当だと考へてゐる。たしかにそんな人二人がゐて隣の日本室で酒を飲んでゐたが、果して噂の通りであつたかどうかは疑はしい。
 このかへりに、酒に酔つた山本鼎と倉田白羊とが永代橋の欄干からアアチのてつぺんへ攀ぢ登りそこから河へ小便をしたりして皆をはらはらさせた。」
(木下杢太郞『パンの会の回想』より)

春が来て、杢太郞の生きたような時代がまた来る…のか。

世は全て事も無し…

東京都がTANに賞をくれた [新佃嶋界隈]

昨日、NPO法人トリトン・アーツ・ネットワークのサイトで、このようなアナウンスがありました。
http://www.triton-arts.net/ja/news/2017/01/13/2340/
うううん、素直に「良かったですねぇ」と言えばそれまでなんでしょうが、いろいろ考えさせられることもある話であります。

非常に率直に言えば、「賞というのは、貰う側がいろんな事情でホントに評価して欲しいときにはなかなか貰えないものなんだよねぇ」という当たり前のことですな。NPO法人としてコンサートホールを運営するという考えが出て、それを実践に移すために運営母体となる企業の関係者やディレクター、はたまた東京都との折衝にあたった法律家の皆様など、世紀が代わる頃の努力やら無茶やらは、今や遙かな昔話。あるのが当たり前になり、晴海月島佃地区に音楽家がアウトリーチをして歩くのはもうなんの不思議もなくなった。そんな立ち上げを知る人も誰ひとり居なくなり、ミネソタ管でボランティア・サポーターの動き方を良く知っている大植英次がやってきて「サポーター活動によって支えられるホールの在り方」なんかの話をし、感動して、賛同して、加わっていった方々ももう殆どいなくなっている。

そういう人達が去った後、まるであるのが当たり前のようになった頃、ある意味で最初は宿敵だった(とまでいうと言い過ぎと叱られるだろうが)東京都が表彰してくれる。

ま、そういうものなんでしょう。東京都の側にだって、もうNPO法人認可前の経緯を知ってる人なんて、誰もいないんでしょうし。

もの凄くポジティヴに言えば、そういう立ち上げの苦労話なんぞを知らない方々がきっちり後を継ぎ、続け、その結果が表彰されるというのは、もの凄く意味があることです。だってさ、日本の多くの文化組織って、起ち上げた連中がずーっとそのまま延々と続け、歳を取り、後続者が育たないまま消えていってしまう、というのが哀しい現実だった。きっちり次の世代に渡せた組織って、案外、少ないんじゃないかしらね。

ま、なにはともあれ、あたくしめは「御目出度う御座います」という立場にもないので、ただひたすら、「こんな賞貰っちゃったんだからもう後戻りは出来ない、頑張って下さいな」と発破をかけるに止めさせていただきまする。

東京23区の中で数少ない「文化振興財団」のない僻地中央区、今や人口10万を突破し、子供も若い家族も増え…大川端新興住宅地に、1月の雪が舞う。

大川端早春賦 [新佃嶋界隈]

昨日、10日間の関西山陽ツアーを終えて、慌てて帝都に戻って参りました。

カナダ在住の評論家氏に、「この日に東京にいるなら、今、日本列島在住で最も力が充実した指揮者が昼間っから振るんで絶対に聴かなきゃダメ」と強く推薦してしまった手前、なんとか金曜昼間2時開演という演奏会に間に合うべく遙々奈良は山辺近辺を早朝に出立、幸いにもイースター休暇(じゃなくて、春休み、か)で高校生がいない朝の通勤列車で平安の都へと戻り、3分に1本という畏るべきフリクエンシーの高速鉄道に飛び込み、相模川を越えるやあらまぁ、休みもどこへやら、世界でいちばん騒々しいヤンキー超蜂共が爆音を振りまき頭の上をかすめるのを眺めては「ああ、軍都トウキョウに戻って来たなぁ」と頭を抱えると、程なくミカドのお宮を高い所から見下ろす不敬千万なスリーダイヤモンドビル林立する帝都中央駅に到着。おお、春爛漫…じゃあ全然ない、妙に肌寒い帝都じゃわい。

大川端厄天庵に荷物放り込み、ちゃりんちゃりんと大川遡れども、ああ遡れど、すっかり彼岸桜が散り果てた永代橋近辺にも、妙に緑は濃い清澄庭園にも、突拍子もない建物であることが判明しつつある墨田区の新北斎美術館隣の児童公園にも、桜花あるとはいえまだチョロチョロ。春は名のみの風の寒さっぷりは、前日の天理の山の中と良い勝負でありまする。

音の中では熱い初夏が来てしまったような秀美さん&NJPの若きベートーヴェンのハ長調音階上昇を聴きこっちも気分は早春くらいには暖かくなって、ちゃりんちゃりんと夕方前の大川端を下ってくれば、ブラウン管内(あ、死語だ)では東京で最も危険な街たる大川端近辺、永代橋西詰め下ったとこで、聖金曜日というのに、あんたはユダでもなかろーに、犯人が人として生きることの辛さを顔に浮かべつつ大告白の真っ最中。
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ああ、今日は誰がどこで殺し、殺されたのやら。ちなみにこの場所、戦隊の皆さんが怪人と頻繁に戦闘を重ねる場所でもありまする。


かくて一夜明け、またも花曇りの早い春の朝。大川端を今度は河口へと下り、地下鉄駅へと向かいましょ。実は帝都の桜の名所のひとつなんだけど、何故か絶対にテレビやらでは報道されない我が大川端ノマドの本拠地なれど、それでもやっぱり咲いちゃいない桜の木の下にこんなことをしてる輩もおるわいな。
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20世紀の終わり頃、根津駅から藝大に向けダラダラと三段坂を登る入りっ端のアパートに住まっていた頃は、この季節になると動物園の向こうの上野の杜からビールの香りが漂ってきたものだったっけ。ここ大川端は、ああいう無礼講OKな場所ではない空気はあったんだけど…昨今はそうでもなくなってきているのかしら。
桜木の下は冬の終わりに公園管理のオジサンたちに藪が刈られてしまい、ウグイスどころか雀さんたちだって隠れる場所がなくなってしまった。我がノマドの小さき友らにしてみれば、しばし人の喧噪から逃れてなきゃならん。いやはや。

桜はまだでも、イエスのいない土曜日の大川端は、すっかりプチ観光地。佃煮の臭いが漂う前では、善男善女が満開の桜の代わりにここでピース、いぇぃ!やくぺん先生は、隣のT屋さんのがお気に入りですけどね。
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冬場にはジョウビタキさんもちっち鳴いてる向かいの木立にも、梅や桜は人以上に大好きなめじろんすらおらんですわい。嗚呼人ばかり、ひとばかり。

かくて地下のチューブに揺られ、本日の目的地たる小石川の中央大学別館に辿り着くには些か早過ぎ、ちょっとは漏れてきた日の光の中、これまた人ばかりああひとばかりの群れに流されるように後楽の園へと足踏み込めば、枝垂れ桜にまたまた人が群がり、ちょろりちょろりの桜の蕾の周りでシャッター音響く。その向こうには、あらら、奥様ぁ、まだシベリアにはお帰りにならんですかいね。
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これが、この冬の最後のご対面、かな。

しろはらも つぐみんも去り 春なのみ

新春TOKYO上空観光 [新佃嶋界隈]

タイトル詐欺の内容です。「たびの空」じゃなくて、「新佃嶋界隈」カテゴリーなのでネタバレかな。

流石にお正月もオシマイで、今日くらいからは佃の北の先っぽで大川がふたつの別れるところでずっとやられてる中央大橋補強工事も再開。上り下りの船々も年末年始観光客満載の観光船だけじゃなくて、小型タンカーやら艀やら、はたまた大量の鴎引っ張る釣り船やらも一気に増えて、大川はいつもの騒々しさを取り戻しておりまする。

大川端の佃公園は年末にバッサリと藪が刈られてしまったようで、藪の中に住んでた雀さんたちが行き場を失い、どうやら住吉さん裏の佃船だまり近辺の藪へとお引っ越ししちゃったみたい。この辺りを縄張りにしてたジョウビタキさんも見ないし、なんだかひよちゃんたちが妙に人なつっこく寄ってくる。
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可愛いでしょ、ってポーズ取られても、あんたらにあげるご飯はないんだけどねぇ。

帝都上空は抜けるばかりの晴天ってのじゃあないけれど、日本列島は本州島中央、関東平野の冬らしいどこまでも澄み切った大気が覆っていて、湿度が低く大気中の水蒸気が少ないので、視界はもの凄く良い。筑波や榛名山どころか、関東平野の北の端たる白川の関の山々まで見えるじゃあないの。いやぁ、これは観光飛行日和だなぁ、と思ってたら、ああら、いらっしゃいました。この方。
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日本国帝都上空900メートル程をノンビリ舞うセスナ…なんだけど、よーくご覧あれ。Nナンバーです。そー、アメリカ合衆国のセスナ、でっせ。これ。
http://flyteam.jp/photo/486644/L

まさかこのちっちゃな飛行機でジャンボやら777と一緒に遙々太平洋を越えてきた筈もありません。日本、ってか、東京在住のNナンバーです。この派手派手なお姿、そー、知る人ぞ知る、アメリカ合衆国横田基地の航空クラブ所属のセスナでありんすよ。

ご存知の方はご存知のように、アメリカ合衆国連邦航空局は、この類いのちっちゃい飛行機にも全て空中衝突予防装置を義務化してます。ま、そりゃそーでしょーねぇ、あのアメリカでの滅茶苦茶な飛び方見てれば、そりゃ当然だわさ。んで、この機体も所有者がヤンキー兵隊さんとはいえ民間機、搭載してます。で、結果として、しっかりとフライトレーダーに機影が反映されます。

ヘッドフォン被って楽譜見ながらメンデルスゾーンの交響曲流してたんで目の前を横切ったのをまるで気付きませんでしたけど、フライトレーダーの記録に拠れば、昼過ぎにこんな風に飛んだみたい。
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横田基地を北に向けて離陸し、直ぐに右に旋回してまーっすぐ中央線に沿って都心に向かって、上野の上辺りを抜けて米軍さん大好きな観光名所スカイツリーへと一直線。で、ぐるりと周回し、大川上空を南下、日本橋上空辺りでやくぺん先生がお仕事している横をかすめて銀座、六本木を見物。そのまま六鄕川渡り、横浜みなとみらい地区を見物し、座間キャンプ上空を抜け、厚木基地の北辺りから真っ直ぐに北上してYOKOTAベースに戻る、って見事な帝都上空観光飛行でありますわ。

こいつは1回じゃ済むまい、またやるな、と思ってお仕事作文しながらもちょっと意識的に空を眺めてると、おお、来た来た、一度着陸し半時間ほどしたらまた離陸、もう一回ほぼ同じルートをぐるりと周遊してくれましたとさ。上の写真は、2度目の周回のときのもの。

だからなんだ、とお思いかもしれませんけど、調布から上がってこういう観光をやろうとしても、なかなか難しいんですよねぇ。こんなことが出来るのは、治外法権の米軍関係者さんがやってることだからです。そして、何を隠そうこのコースの天樹から大川上空、六鄕川までのルートは、絶対にフライトレーダーには引っかかってこない米軍の艦載ヘリや座間基地のヘリが日によっては何度も行き来している定番の観光飛行ルートなんですわ。無論、軍用ヘリの場合は、高度は300メートルから400メートルぐらいとグッと低くなりますけど。

本日は幸いにもレーガンのヘリは跋扈してなかったけど(軍隊の出初め式練習らしく、新宿の向こうから朝霞に向けて我が陸軍のイロコイ4機編隊が壮大に渡って行ったくらい)、これが日本国首都の上空でありまする。事実は事実、それだけのこと。

セスナ舞い 海鷹眠れ 春の空

[追記]

1月10日日曜日、本日は賑々しくも習志野空挺部隊新年出初め式で、東京東や千葉の善男善女はこぞって習志野駐屯地に出向き、我が軍の荒鷲がひらりひらり空から舞い降りインドネシアの油田占拠…ってな不穏なことは誰も考えてない目出度い正月の地域イベントでありまして、朝っぱらから遙か東京湾岸厄天庵からも防衛省にVIPヘリやら陸自のチヌークやらが何度も着陸し制服や軍事関連議員や大臣なんぞを乗せてぐるり北周りで天樹向こう、葛飾厄偏舎上空周りで習志野へと向かう。朝霞からもイロコイやらチヌークやらも足立区葛飾区上空を堂々の編隊飛行を繰り広げてます。昼前で降下イベントは終わったようで、先程、遙か埼玉県境の辺りをC-1編隊とC-130が入間へと戻って行きました。

そんな平和な(?)ウラウラした空を、おお、今日も飛んでる米軍観光セスナ。本日のルートは以下です。
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なんと、本日は天樹→日本橋・銀座→新宿高層ビル群→横浜みなとみらい、って黄金ルート!佃の縦長屋近くをかすめたときは、数日前よりも低かったけど、ええんかいな、あれで新宿突っ込んでいって。

てなわけで、北朝鮮が何やってるか知らぬが、我が軍も米軍も今日も平和なウラウラした日曜日でありましたとさ。「軍隊」ってのは…こういうもんなんですなぁ。

JTアートホールに行くのじゃ [新佃嶋界隈]

昨晩、ヴァイオリニストの大森潤子さんのリサイタルを聴くべく、JTアートホールに詣でさせていただきました。中身に関しては、オケの第2ヴァイオリンあたまという定職を持つ多忙な方とは思えない、などと記すと皮肉に聞こえたら困るからなんといったものか、ともかくまあ、なんとも充実した内容で、ものすごく褒めて言えば「こういう音楽家としての生き方は、ことによるとひとつの理想なのかなぁ」などと、御本人にはとても言えないようなこと(絶対に皮肉としか受け取って貰えないだろうからねぇ、日頃の行いからして)を記さざるを得ない。うん。時代のタイミングさえ良ければ、普通の意味で「ソリスト」として人気者になっていたことは確実な才能が、こういう風に着実に伸びていける状況があった(本人ばかりでなく、周囲も作ることが出来た)ことを、いろんな意味で良かった思うべきなのでありましょう。

うううん、本気で考えると、なかなか重要なテーマだなぁ。才能があるからって、別にソリストになる必要はないわけで、そんな人は実はいっぱいいて、マネージャーなんかがどっかでたまたま出会っちゃってビックリして「隠れた天才」なんていきなりメディアに持ち上げることもあったるするわけだが、ま、そういうのとも違うわけだしね。

ま、それはそれ。機会があったらどっかでまともに議論せにゃならんことでありましょう。さても、今、ちょこっと記しておくべえってのは、そんな本質的に重要な話じゃなくて、どーでも良いこと。「マッカーサー道路開通以降、JTアートホールのアクセスはどうなったか」という問題であります。

皆々様はよーくご存知のことと思いますけど、JTアートホールという虎ノ門丸の内近辺サラリーマンさん音楽愛好家御用達の小規模ホールがあります。なんせお金持ちの日本専売公社、ってかJTさん、がやってたわけで、タバコの宣伝を派手に出来なくなった頃から使い切れない広報費用があるからか(別に調べたわけじゃないし、調べたってホントの事は教えてくれないでしょうから、ゲスの勘ぐりですう)、200席クラスの小規模ホールが全盛を極める21世紀に入る前から、250席という極めて小さな空間で3000円でシュタルケル聴かせちゃうなんてぶっとんだ自主公演を続けてきた。正直、あのやり方は永遠に続けられると思えなかったわけだが、案の定というか、まあ当然というか、数年前に自主公演を止めて、貸ホールになったわけですな。

そのこと事態は端から批判する筋合いではない。よくまあ、そこまで続けてくれました、とひたすら感謝するだけでありまする。はい。そこでやってたような仕事は、サントリーの小ホールやら、白寿やら、はたまた名古屋の宗次やら、最も直接的には新しくなったヤマハホールやらが引き継いでいるわけで、この業界それなりに強かですからご安心あれ…って、言い切れんがなぁ。

そんなこんなのJTアートホール、自主公演がなくなってからとんと足を運ばなくなってしまったわけでありますが、その間に周囲の環境に大きな変化がありました。そー、虎ノ門側の通りが、東京環状2号線、通称マッカーサー通りとなってしまったのでありまする。

特許庁と日本財団の横から、かつてのJTアートホールや虎の門病院の横を通っている横道があった。それが今や、マッカーサー通りの赤坂側からの入り口になってもーた。虎ノ門ヒルズなる森ビル第何号やらの下を潜り、愛宕山や東京タワーを右に眺め、ごちゃごちゃした汐留の方、ひと頃「イタリア風な街並みを作る」なんて再開発があったけど、結局は中央競馬会のアホみたいなビルが建ったくらいだった辺りに向けて抜け、最終的には築地の市場ぶち抜いて大川河口を渡り、豊海から晴海、果ては豊洲へと向かう東京最後のメインストリート整備計画ですね。

これまでは佃厄天庵や佃オフィスからJTアートホールに向かうには、チャリンチャリンと新橋抜けて、超高層の曙霞が関ビルの道挟んだ向かいの三角地に収まる三井系のビルの虎ノ門病院側、なんとなく半端な空間で、だあああっっとバイクや自転車が駐めてあったところに素知らぬ顔で駐め、エイヤっと道を渡ってホールに向かっていた。ホール完成直後は、ホールの客なんですが、というとJTビルの地下駐車場の隅っこに自転車置かせてくれる頃もあったんだけど、まあ場所柄、日本で最もテロをやらかしたいであろう場所のひとつですから、そんなノンビリしたことも許してくれないようになり、路駐するしかなくなっていた。

東京の顔、それも2020年にやるなんて(やくぺん先生は中止だろうと踏んでますが)夢みたいな事を国民に吹き込んでるオリンピックのメインストリートになるべく誕生したマッカーサー通りです、なにやらやたらとカッコ良くしようとしているようで、虎ノ門ヒルズに向けて汐留側からは「東京のシャンゼリゼ」を目指すべく、車道歩道をしっかり整備し、なんと都心で唯一の自転車専用道まで作られた。こんなん。
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へええ、と感動するべきなのだろーけど、これがまあなんとも半端な代物で、自転車は走れるけど、じゃあ走ってきた自転車を会社や店舗、ビルなどはどうするのよ、ってことはなーんにも考えてません。はい、皆目、考えてない。そんなことは道を整備する側の責任じゃない、ってことなんでしょーね。

さあ、走れ、自転車、でも、この辺りには駐めるなよぉ!

んで、かつてJTアートホールに自転車でやって来た人々が勝手に自転車を駐めていた場所は、綺麗に整備された自転車道、その向こうの歩道の完成により、跡形もなくなってしまいましたです。これ、数ヶ月前になんだったかの理由で撮った、JTアートホール向かいのかつての自転車駐められ場から虎ノ門病院と六本木ヒルズを眺めた、ちょー立派なマッカーサー道路入りっ端。
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てなわけで、昨日はやくぺん先生、いろいろ熟慮した挙げ句、自転車で行くことを諦めましたです。往路は佃嶋の北の外れから延々と40分ほど歩き、京橋から銀座線に乗ること10分程。で、虎ノ門駅からまた歩くこと5分程で、ホールに辿り着いた訳であります。復路は、虎ノ門駅前から、文化庁、財務省、警視庁前という物騒なんだか安全なんだか判らぬ寂しい場所を15分程歩き、桜田門駅から有楽町線に乗って月島駅に戻ってきた次第。

JTアートホール、遠いですぅ。

それにしてもこのマッカーサー通りの自転車道、どう活用することを前提に作られているのやら。アホなあたしには理解出来ぬでありまする。いや、ホント。

豊洲の新ホールで労音のコンサートを聴こう! [新佃嶋界隈]

敢えて「新佃嶋界隈」カテゴリーです。

この秋のお彼岸連休の最終日頃、佃厄天庵から更に東の湾岸、銀座東京駅から最も近い郊外たる豊洲再開発地区に、区民ホール「豊洲シビックセンター」が再オープンしました。場所は豊洲駅の直ぐ横で、昔からちっちゃな場末っぽい寂しいホールがあったところ。やくぺん先生とすれば、オウムのサリン事件の直後にヘンシェルQをタクシーに乗せて、騒然とする霞ヶ関近辺を通り抜けて向かったことが印象深い場所でありまする。

その後も、何故か旧ゼフィルスQの山口さんがさくらQというのを結成し、数年にかけてやったベートーヴェン全曲演奏の前半だかをこの豊洲でやっていた。後半は確か、ティアラこうとうに移ったような気もするのだが、なんか記憶があやふやだなぁ。

とにもかくにも晴海にトリトンが出来るまで、東京湾岸地区、なんて大層な呼び方も無かった石川島播磨が日本海軍の駆逐艦の修理やったりタンカー作ったりしてた(誰も「東京のブルックリン」と呼んでくれなかった…)この場所にあった唯一の文化施設だったわけですわ。

豊洲が今や大人気のファミリー地区になり、小学校が増設され、乳母車押した若いお母さんがそぞろ歩き、なんかお洒落な場所と誤解した観光客まで繰り出す大ショッピングモールができ…またまた晴海は落ちこぼれたわけですが、そんな流れの中で、江東区が文化施設をリニューアル、その中にホールを作って、今や日の出の勢いの新興ピアノメーカーの楽器を入れた、ってのは当電子壁新聞でもお伝えした通り。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2015-05-06

それがオープンし、明日、土曜日に実質上のピアノお披露目として、こんな演奏会がありまする。
https://ssl.alpha-prm.jp/ro-on.jp/service/app/event/detail/250/

へえ、この方が来るのね…って思うだけでしょうけど、よーくご覧あれ、このサイト、「労音」の公式サイトなんですよ。江東区の文化振興財団などのページではない。でも、こんなページもちゃんとある。
https://ssl.alpha-prm.jp/ro-on.jp/service/app/event/detail/250/
へえええええ、でしょ。区の主催事業に絡むみたいな形で例会を突っ込んでくるなんて、どうなってるんじゃ、東京労音?

そもそも、この金子さんという人気若手実力派(妙な言い方だけど)ピアニストさん、今や数少ない「労音アーティスト」とも言うべき存在で、なぜか中国地方では強い労音の各地の例会に盛んに顔を出したりしてます。敢えて、「最後の労音アーティスト」と呼ぶべきであろーか。

最新のピアノを入れ、ステージの裏が開いて晴海大橋から豊洲大橋、そして虹橋まで一望に出来るお洒落な300席の新ホールのオープニングで、「労音」のコンサートであります…なんか、頭がクラクラして来そうなこの違和感。

ホントはいかにゃいけんのだがなぁ、明日のこの時間、ハーゲンQなんだよねぇ。誰か、行ってくれんかね。

三丁目の長屋が消える [新佃嶋界隈]

久しぶりの佃ご当地ネタ。

来週までの実質的な葛飾お籠もり真っ最中を抜け出し、佃に戻ってきました。理由は、歯医者さんに行くため。

んで、やくぺん先生行きつけの歯医者さん、ちょっと前までは月島1丁目にあったんだけど、アベノミクス(おおお、今や懐かしき死語!)の特定地域不動産バブルで佃月島にまたまたニョキニョキとハイライズが建ち始め、入っていた小さなビルから追い出され、なんと佃三丁目の大川眺める辺りに移転し、かつて文人らがお籠もりした海水館跡の隣なぁんて風流な場所に移った。歯医者さんの診察台に座ると、目の前に大川通う船舶が眺められ、その彼方には商船大学の帆船姿も見えるなんて、こりゃなんとも素敵な歯医者さん。

そんな歯医者さんが並ぶのは、清澄通りを挟んで反対の二丁目側になると佃大通りと名を変える通り。今は信越本線ばりに寂れた大通りだけど、一応は例大祭の八角神輿も通る合同町会地元のメインストリートで、南側のブロックのひとつには、三丁目の表に残された最後の四軒長屋が並んでる。
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その向かい、今や長屋の4分の3が建て替えられて、唯一ケーキの一人前みたいに残ってたお宅があるんだけど、本日、歯医者さんに向かうべく前を通れば
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その表にこんな張り紙が。
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おやまぁ、とうとうここも取り壊しでんねん。これで通りの北側は壊滅といいうわけでありまする。

21世紀になって、イラクに英米軍が侵攻してフセイン像をひっくり返している頃に、目白の徳永さんちの近くにしてタモリ倶楽部の「日本踏切大賞」にもノミネートされた三叉路踏切横のでっかい嫁さん達の会社兼用だった目白厄偏庵から佃に引っ越してきて暦も一巡りとちょっと、その間、土地の話になると億単位が常識の町会の方々に呆れながらも周囲を眺めていると、あちらで欠け、こちらで欠け、当無責任電子壁新聞「新佃嶋界隈」カテゴリーでも「あの家が、あの店がなくなりました」という話はいくつもやっている。葛飾区民に戻って、いまやインチキ中央区在住者としましては、あまり失礼な話題をするわけにもいかず、このところは控えてきたのだけど…やっぱり最後の砦たる三丁目の状況は、知らんぷりは出来んです。

だからって、残念だとかは、敢えて言いません。こうなるには理由があるんだろうし、維持出来ないのは出来ない我々が悪いんだから、文句を言う筋合いじゃあない。うん。

ああ、そういえば二丁目の佃大通り、町会長さんのやってた薬屋さんも廃業になってしまった。
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並びの副会長さんの牛乳屋さんは、まだなんとかやってるみたいだけど。

佃大通りが一丁目の御神域に入って突き当たったところ、元佃の町会案内を眺めると、こんな張り紙がありました。
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へえええ、いよいよ、この明治期からぐちゃぐちゃした辺りを、せめて状況の把握くらいしましょう、ってことなんでしょうかね。

過去が幾重にも重なり、なにが懐かしい昔で、何が歴史で、何が神話かすら判らなくなる場所…

久しぶりに戻った縦長屋で飛びまわってる文鳥たちの攻撃を逃れ、33階の勉強部屋で夏の終わりの帝都を眺めてると、猛烈な驟雨。そして、西の空から刺す強烈な夕方前の光に、大川から門仲へとぐるりと厄天庵が投げるブロッケンの虹の輪が浮かぶ。
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地べた長屋では絶対に見えない、佃新名物縦長屋の独占物さ。

虹の輪を 鴎横切り 夏はゆく

なんと東京湾大華火大会あります! [新佃嶋界隈]

なんと、地元では「オリンピック選手村工事のために昨年でオシマイ」という噂が流れていた中央区主宰東京湾大華火大会、今年も開催されるそうでんがなぁ!
http://www.city.chuo.lg.jp/bunka/event/toukyouwanndaihanabisaimeinn.html

いやぁ、恥ずかしながら、今日の今日まで知らなかったです。なんせ町内は今、明日からの例大祭が既に始まってる空気になってて、華火なんて告知の1枚も出てませんから。これが数日前に1丁目の東側に建った鳥居。
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月島側の南にも建ち、厄天庵の真ん前には幟も勿論はためいていて
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すっかり旧佃島地域は住吉さんの境内になっちゃってます。

ま、なんにせよ、あたしゃ、町神輿の勢揃いがある頃には既に朝鮮半島上空、佃帰宅は華火の翌日夜ですから、新佃嶋界隈夏の風物詩には一切参加しないインチキ中央区民でありまする。

お暇な方は、明日からの例大祭、見物においでなさいな。ただし、川向こうのお祭りとは違って水掛祭りじゃないですから、町神輿や山車に水をぶっかけないでね。修理、お金かかるんだから。

地べた人の祭りの季節 [新佃嶋界隈]

バタバタしているうちに、銀座東京駅から最も近い田舎町佃は祭りの季節。

数週間前には、住吉さんの鳥居の向こうにこんなものが出現し
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もうちょっとすれば町内全部が御神域に変貌する1丁目の軒先には、なにやら随分奮発しちゃった立派なポスターが張り出されてら。
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3年に一度、佃堀から掘り出される幟柱を支える土台も数日前にしっかり設置され
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厄天庵と高さを競ってる(わけじゃあないけどさ、ま、気持ちとしては)。

勿論、お金集めも始まってて
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新佃の方にも早速告知板が出てる。おお、著名お肉屋さん、太っ腹でんなぁ。これだけじゃなくて、子供神輿がまわってくりゃ、名物コロッケをふるまってくれるしさ。
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向かいには御仮屋も建てられ
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さああいつでも来い、ってね。

この献金告知板に、もうやくぺん先生は名前を掲げることはない。地べた民の祭りを、遙か数十メートル、はたまた百数十メートル上空から眺める(ホントは神様の乗り物を上から眺めちゃいけんのだろーけど…)天上人らに混じってしまい、佃、って場所は名前ばかり。晴海だろうが豊洲だろうが、はたまたお台場だろうがどこでもかまわない、東京湾岸のフワフワした場所の、フワフワした根無しの民。

とはいえ、そんな奴にも、夏は来ちゃう。これじゃあんまり地べたの皆様に失礼だと、町神輿が動き出すその夕方、本神輿が練り歩く姿を眺めずに某所にトンズラする予定。アベノミクスバブルでニョキニョキ建ったハイライズのお陰で、今年は華火も見えないしさ…おっと、世界大運動会騒動で華火はなくなっちゃったんだっけ。

ところで、今年の例大祭、どうして7月31日からになっちゃったのかしら?日取りが固定されたお祭りだと思ってたんだけど…

季節など どこ吹く風ぞ 天上人

Podiceps ruficollis Royal [新佃嶋界隈]

「新佃島界隈」ジャンルにはちょっと遠いんだけど、「たびの空」ではないし、ずっと構想としてはある「東京日和下駄」というジャンルを作っちゃうと、当電子壁新聞、そればっかりになっちゃう可能性があるのでやってない。んで、チャリで行ける範囲ということで、「新佃島界隈」にしておくべーか。

さても、「新佃島界隈」最遠隔地のひとつ、六本木の坂をてくてく登る手前の溜池で、紫陽花の季節恒例となりつつある室内楽お庭が開催中でありまする。この期間、溜池近辺に世界中からいろんな人がジャブジャブ押し寄せることになり、結果的に一種のホスト状態になってしまうやくぺん先生周辺は、まあ、文字通りのお祭りの日々。飯を喰いにいこうぜ、ちょっと話があるから茶に付き合ってくれ、その間にも、メモリーがなくなったけどアキハバラってどーいくんだ、日本の音楽雑誌の編集者になんとか会えないだろうか、某A新聞のY記者とオオサカであって名刺をもらったんだが連絡がつかない、等々、まあああああたしゃ区役所の直ぐやる科のオッサンか、と言いたくなる状況。いやはや…

ま、これも「地元でお祭りをやる」からには仕方あるまい。なんせ、向こうに行ったときにはいろいろお世話になってるわけだもんなぁ。

流石にユンケルがぶ飲み状態、これはマズいと、本日は誰も追いかけてこない川向こうは新開地葛飾までトンズラして、締め切り間際でやらにゃならない作業など淡々とやってるわけでありまする。そんなわけで、「書いてあることは嘘ばかり、信じるなぁ」を標榜する当電子壁新聞も実質お休み。どーでも良い与太話。

さても皆の衆、この写真、場所はどこだと思いますか?
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麗しき清流にもう随分と大きくなったけどまだしっかり子供なカイツブリの子らが遊び、水面下には絶滅危惧種のツツイトモが優雅に水をかき混ぜ、清流を創り出しておりまする。おおお、なんと美しきかな初夏の自然よ!

って、ここ、何を隠そう、日本国は東京都、皇居のお堀なんでありまする。桜田濠が桜田門から二重橋濠に入っていくところ、要するに、皇居前広場の桜田門側出口の横の内堀です。石垣の上には二重橋へと至る皇居正門の鬱蒼たる緑が控えている辺り。

そんな場所に、カイツブリさんたちが住んでて、それどころかしっかり子育てをしているんですね。この季節になると、冬にはいっぱいいらっしゃる水元公園のかいつさんたちがいなくなっちゃって、水元は鳰の浮巣が作りにくい場所なのか、どこで子育てなさってるのかと思いきや、なんとなんと、こんなとんでもないところにいらっしゃったわけであります。ほーれ、ご飯だよ、こどもたちい。おかずはでっかいお魚ですよぉ!
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一昔前は、皇居外堀の四谷防衛庁の辺りからブリティッシュ・カウンセル、東京理科大、神楽坂下辺りは、この季節になるとコアジサシさんたちがぽちゃんぽちゃん飛び込み、水面上ではかいつたちがぽこすこ浮いたり沈んだりしてて、あああ夏がやって来るなぁ、と思わせてくれた。やくぺん先生んちが多摩県からお江戸東京に戻って来た90年代半ばくらいから、そんな外堀の初夏風景はすっかりなくなって、コアジサシは絶滅危惧種だかだし、かいつらも見つかると嬉しくなってお嫁さんに報告するような状況だった。無論、内堀なんて言わずもがなです。いつマンモスフラワーが生えてもおかしくないような、おぞましい水たまりだった。

皇居のお堀に水を引き込んで浄化するとか、東京駅に向かう八重洲通りに東京湾の浜風を入れて空気が循環するようにするとか、いろんな話があったけれど、皆様ご存知のようにいつの間にやら東京駅周辺はバカくさい高層ビルが跋扈する場所になり、東京湾からの風を皇居に入れるなんてプロジェクトはどこにいったやら。…なーんて思ってたら、一方でこんな話も数年前から出ていたわけです。
http://www.web.env.gse.saitama-u.ac.jp/modules/pico/gp-detail-24/pdf/06.pdf
昭和天皇が海洋生物学者だったことが思い出される、大真面目な報告書でありますな。ぶっちゃけ、このツツイトモという水生植物が桜田堀なんぞに生えてしまったお陰で、水質が良くなって、結果としてかいつの皆さんが子育てを出来るような場所になっちゃったわけでありますよ。素人目に眺める限り、ここまで水が澄んでいて、なによりも二重橋の横で釣り人なんかは絶対に糸を垂れられない場所なんだから、上手い具合に止まり木さえあれば、カワセミだって縄張りに出来そうだなぁ。…なんて思ったら、宮内庁さんが「無論、居るでござるぞ」と仰ってましたぁ。
http://www.kunaicho.go.jp/event/yacho/kawasemi.html

以上、「ああそうですか」といえばそれまでの話なんだけど、人間様が一生懸命金と手間と暇かけて皇居周辺の環境浄化なんて頑張っても出来ないことを、なんの因果か植物さん達はあっさりやってしまうことよなぁ、と今更ながらに思うわけでありまする。

ちなみに、このお堀端でかいつの親子のご飯騒動を爆笑しながら眺めている向こうの立ち入り禁止の森では、チリチリチリ、という声が盛んにしています。この辺り、なによりも烏の天下で、そこに土鳩が混じり、さらには今の季節は雀の子供達が大騒ぎしてる、ってくらい。高い所でシジュウカラが奥さんだかを呼んでることも屡々だけど、他は、まあオナガのガーガー声、無論、夕方になればムクドリ軍団が日比谷公園に戻る騒々しいギャアギャア。そんななかに、ちちちちち、という高い澄んだ声はなんじゃろか。エナガはもっとちっちっち、だし…と思いつつ桜田門を抜け、東京都の警察総元締めの方に道を渡ろうとすると、正門の森から声の主がやってきて、この季節なのに葉っぱがまるでない枝にとまります。
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これまたなんとも妙にジャパネスクな風景だなぁ。なーるほど、カワラヒワさんだったんね。冬場に膨大な数の群れになってるところばかりを思い浮かべちゃう人達だけど、この季節は単独行動が基本なんですな。そういえば、ハノイでも単独行動してて、やけに目立ってたっけ。

皇居周辺、意外にも、ってか、当然ながらというべきか、「自然」に溢れてます。お暇なら、是非ともご散策あれ。残念ながら道の向こうの日比谷公園は鷺さんが絵になる姿で立っててくれるくらいで、そんなに面白くないんだなぁ。カワセミが出る、なんて話もあるようだが、珍しいから話題になるんだろうし。

あ、そうそう、ここ皇居前広場は、我らが神聖なる帝都上空を好き勝手に跋扈する無礼者占領軍の機械鳥なんぞを見物するにも格好の場所なんだけど、それはまた別の話。昨日もアメリカ海軍太平洋艦隊司令官の帝都訪問のためか、陸軍の黒鷹2羽と、海軍の海鷹2羽が、帝都上空を我が物顔にしてましたっけ。ホントになぁ、人間は困ったもんじゃ。

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