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新生ソレイユ沖縄の夕日に輝け [弦楽四重奏]

新生Qソレイユの演奏会を聴くべく、遙々沖縄は浦添市てだこホールまで来ましたです。
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なんでまた、と訝しげな顔をするなかれ。若い、ってか、中堅でも長老でもそうだけど、弦楽四重奏が自分らでコンサートを作っていく際の基本、「メンバーの地元で自主公演をつくる」というやり方をしっかり実践なさっているから。

新生ソレイユ、「定期」と名打った演奏会を去る4月1日に長野県上田で開催、横浜みなとみらいでも来る木曜日13日に開催いたしまする。
http://www2.hp-ez.com/hp/quartette-soleil/page1
両方とも「第1回定期」としてるところに、なみなみならぬ意欲を感じさせられますねぇ。って、ホントは「なんで上田の演奏会の前に中学ブラスバンドの演奏会が付いているのだろーか?」というところが気になって仕方ないけどさ。

で、その間に、定期、とは言わないけれど、沖縄は浦添市てだこホールでの公演がありました。このコンサートはゲストに沖縄のスター、フルートの渡久地さんを迎えての開催だったので、「定期」にはしなかったのかしら。いずれにせよ、3箇所ともメンバーの出身地とのことであります。沖縄での主催は「ソレイユコンサート企画」という自主団体だけど、後援にしっかりと「エフエム沖縄、沖縄タイムス社、琉球新報社」と入ってるのは立派なもの。地方公演の王道ですな。

とういわけで、丘の向こうには今話題のオスプレイの基地が広がる浦添市のもの凄く立派な文化スポーツ施設、恐らくはこんなものがここにあるのもミサゴ君の巣のお陰なのでありましょうが、ま、今はそこには敢えて触れません。どんな理由であれ、立派な施設があるならば使わなきゃ。ちなみに隣の別棟となっている大ホールでは、翌日の地元特別オケ演奏会に向けてマエストロ広上のリハーサルが行われておりました。沖縄、なかなかスゴいじゃないかい。

で、新生ソレイユでありまするが…以下は御本人らには終演後に立ち話で話したことなので隠すようなもんではない、良し悪しということではなく、初代ソレイユをご存知の当電子壁新聞立ち読み中の皆様に率直にお伝えするわけでありまして…ぶっちゃけ、まるで別物と思うべきでありましょう。
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初代ソレイユは、それこそ善くも悪くも、極めてスタンダードの高いところできちんと音楽を作ってきていた。なすべきことをきちんとし、まずは基本を固めて、そこにいろいろ入れ込めるようにしていこう、という圧倒的にまともなやり方。そりゃ、大学で始め、サントリーの室内楽アカデミーできっちり学んできて、ボルドーやら大阪やらメイジャー・コンクールのテープ審査を突破し、前者では1次予選も突破したわけだから、そうなって当然でありますな。

ファーストに沖縄のホープ、ヴィオラにどっしり構えたファーストの盟友を迎え、それなりに場数を踏んだお姉様たちが真ん中に控えるフォーメーションとなった新生ソレイユ、少なくとも今回の演奏を聴く限り、「ファーストのキャラクターを他のメンバーが信じ、きっちり支える」タイプであります。
それこそパガニーニが頭に座って弾いていた弦楽四重奏団に始まり、ヨアヒムQ、クリングラーQと続いた「第1ヴァイオリンのための弦楽四重奏団」というものが歴史上存在しており、まさか我々はそういう団体の姿を知るわけではないけれど、強いて言えばノーバート・ブレイニン御大の天才を3人が支えたアマデウスQとまで言うと滅茶苦茶褒めすぎだろうが…そーねぇ、ご記憶の方がどれくらいいらっしゃるか、最後の民音コンクールなどにも出て来ていた奇才斎藤氏が頭に座るキサQとかの感じかな。

ちょっと癖はあって、聴く人に好き嫌いというか、マルバツがハッキリ出そうなファーストくんの才能が爆発するところを、みんながしっかり見守っていく。そういうタイプの団体。正直言えば、今時流行の「偉い先生たちが講師に並ぶ室内楽セミナー」みたいなところでは、出て来難いタイプの団体であることは確かです。

スゴい失礼なことを言ってるのは百も承知なんだけど、とにもかくにも、現時点でキャラクターを訊ねられればこういう団体と説明します、ということ。実際、上田公演では最後のメンデルスゾーンでキレキレの瞬間がやってきたそうな。沖縄では、地元プレッシャーがちょっとたいへんだったかな、という感じだけど、作品80の2楽章などはしっかり「たかみやぎくんオンステージ」でありました。曲も曲だしねぇ。

無論、数を重ねることによって状況はかわってくるだろうし、プロとしてやっていくための安定感は絶対に必要なわけだし、そんなことはやくぺん先生なんぞが言わなくたってみんな判ってる。だけど、「新生ソレイユ」がこういう団体でしかない、と言えるような可能性があるとすれば、やっぱりこの沖縄の太陽くんであることは否定のしようがないでありましょう。

それをどこまで信じていけるか。ちょっと話した限り、ヴィオラ君が「僕がいれば…」という頼もしさを醸し出していたので、おねーさんたちもぐぁんばれるでありましょうし。

新生ソレイユ、キャラのある団体として育っていけますことを。まずは、お暇なら木曜日の横浜へどうぞ。

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半島いったりきたり:復路編 [たびの空]

というわけで、午後5時前から10時半過ぎまで、わずか5時間半の間にシンポジウムとオペラとコンサートという呆れる程充実した統営コンサート・ホールでの時間を過ごし、天気の良い昼間ならさぞかし美しい場所であろーなーと岬の先に輝くホールを眺めつつ桜満開の港沿いに10分も歩き
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途中のコンビニでおにぎりとビールなど購入し宿に戻り、明日は朝の6時半に晋州・泗川空港まで運んでくれるメルセデスが来るので最悪6時には起きねば…携帯が6時にじじじじと騒ぐようにセットし、倒れるように床に就いたのは深夜過ぎのことであった。


んで、じじじじじ、と携帯が鳴ったら、あらまぁ、まだ5時じゃないの。アラームじゃないとなれば、メールか電話着信かいな、日本国との時差がない場所、なんでこんな時間に連絡してくるんじゃい…ったら、見知らぬ番号からのC-メールでありまする。あれぇ、監督さんが車の手配が変更になったとかいう連絡かな、と思ってあけると、「[大韓航空]04月07日KE1632便が悪天候で欠航になりました。」という素っ気ないメッセージが現れたのであったぁ。

いやはや…もう、なにをか言わんや。そんなにやくぺん先生を韓国国内線に乗らせたくないのか、こんな奴を空港に近付けようものなら何をしでかすか判らぬと内閣調査室からKCIAに緊急連絡が行ったのか、いやはやいやは…

ともかく、4時間程度の睡眠とはいえそれなりに寝たわけだから、いきなり前頭葉フル稼働状態にしてこの状況に対応せねばならぬぞよ。ともかくKALのサイトに行き、運行状況を調べると、おやまぁ、金浦空港からの朝夕1便づつしかない晋州・泗川空港だけではなく、釜山空港もクローズ。どうやら成田から来るJAL朝一の便なんぞもアウトになってるようじゃ。外を眺めれば、夜が明けつつあるイースター前の海の上は一面に白み、入り江の向こうのホールも朝霧の彼方。
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ともかくディレクター氏に連絡、6時半の車を馬山駅に向けて貰えないかと頼む。やがて電話があって、送迎も大混乱なので馬山駅よりも近い統営バスターミナルに送るので、同じ時間に宿の前で待っていてくれ、とのこと。

おお、バスかバスか、とうとう半島縦断(って、半分だけどさ)高速バスのたびと相成ってもーたかぁ。調べると、なんのことはない、4時間くらいなもんじゃないの。東京駅から浜松までJRバスで行くくらいでんがな。

霧の中の高速をぶっ飛ばすとなると、流石にもうちょっと時間はかかるだろうけど、今から動けば昼過ぎにはソウルには到着しそう。やくぺん先生本日の使命は、午後3時過ぎに金浦空港国内線ロビーでフランクフルトから仁川空港に到着し、空港間移動してくる某弦楽四重奏団を捕まえることにある。その使命を全うすべく、起きていることは全て受け入れ、まずは粛々と風呂に入り、淡々と荷物を詰め、6時半前に誰も居ないカウンターに部屋の鍵を置き、荷物引っ張って宿の前に待っているのであった……のだが、待てど暮らせどお車様は来ないぞぉ。なにやら夜が明けるに従い霧も晴れ、青い空も見えるようになる。なぜか知らぬが、同じ上っ張りを着たおばちゃん達が次々と宿の前に現れ、オッサンひとりが指導者みたいにしていて、なんか朝の体操に集まるみたいに集まっている。雀、明らかにひよちゃんに混じって、やっぱり昨日からいるような感じがしていた、ヤマガラさんがいらっしゃるし。
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それにしても車がやって来ないぞ。ディレクターさんに連絡。え、来ないの、あれぇ、ともかくそこで待ってて…結局、7時過ぎくらいにようよう重厚なメルセデスがやってくるのであった。

桜のトンネルの中を潜り、谷と入り江とトンネルを潜り、山を越えると、さっきまで晴れていたのに一転霧の中。先週待つが桜祭りだったそうな。で、霧に煙る統営市役所の近くの長距離バスターミナルに到着。
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市内とはいえ、かなりの距離がありましたです。

運転手さんにお手伝いいただきソウルまでのバスを購入
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ソウルまで直行の特急は₩32400也。ちなみに、エアプサンの釜山金浦安売りの半額くらい、KTX一等の4割くらいでありまする。7時50分発、3番ホームで席番号12。数社が運航していて、急行各停取り混ぜ30分に1本あるそうな。

御世話になった運転手さんとバイバイし、まだ20分弱あるので、ターミナル内セブンイレブンでサンドイッチとパイナップルジュースで4000₩くらい現金払い。店内で喰らい、5分前くらいに慌ててバスに向かうのであった。バスは2+1席で、まあ立派なヒュンダイ車。そこそこ混んでいます。
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だけど、おおおおお、電源は付いていません。ガラスも古い布のカーテンだわい。昨日から空港にも駅にも、移動する若い兵隊が多く、後ろの席は兵隊君。どんな突発事態があっても、こいつの後ろに隠れればいいわけだ。ぐぁんばってくれ、兵隊君!

バスは霞むターミナルを定刻に出発。
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直ぐに高速に入り、100キロ越で延々とハイウェイを北に向かってぶっ飛ばす。眠くて周囲はよーわからんが、基本は桜が山に満開という状況は変わらない。ひたすら半島を北上、次第に霧霞も晴れ、春のうらうらした光が車窓に輝く。

9時48分にどこだから判らんサービスエリアでトイレ休憩。こんなものが売ってるけど、流石に買う勇気はないなぁ。朝鮮人参のフライ…かいな。
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半時間休憩というけど、みんな乗ってくると10時過ぎくらいにさっさと出発してしまう。上空には猛烈なエンジン音がしていて、明らかに戦闘機系の基地がある場所みたいです。

半端な春の視界の悪さだけどしっかり天気が良いハイウェイをバスはぶっ飛ばす。11時くらいからソウル近郊の空気が醸し出され
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車は増えるも、なんせ片側4車線以上なので止まることはなく、それどころかバスは一般車両よりも遙かに高速で飛ばしている。春霞っぽい晴の中、11時50分過ぎに高速バスターミナル駅に到着。ここもまた、桜、さくら、サクラ。
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ここもまた、サクラ、さくら、桜…

残念ながら、アーツセンター最寄り駅の南部バスターミナルじゃなく、高速バスターミナルでありました。
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さて、下に9号線が出来たので、金浦空港まで地下鉄1本。半島半分往復、恙なく春のうらうら眠さの中に無事終了。

朝鮮半島って、なんか、でっかい伊豆半島みたいに思えてきたぞ。

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半島いったりきたり:往路編 [たびの空]

金浦空港ラウンジに座って、日が暮れていくソウル郊外を眺めています。日本国の報道だけに接していると、国が崩壊するんじゃないか、ミサイルが飛んでくるんじゃないか、みんな怒りまくって街を練り歩いているんじゃないかと思っちゃうかもしれませんが、街は居たって普通でいつものとおり。違うとすれば、半島の南から桜前線が北上して来ていて、ソウル近郊はコブシと桜が一緒に咲いてる気持ちの良い春霞、ってくらいかしら。滅茶苦茶寒いか、無性に暑いというイメージしかない街なんで、こういう時期はいいなぁ。

さても、木曜日の朝から金曜日の今まで、ソウルから統営まで往復してました。当電子壁新聞としましては、昨日の往路と本日の復路の二部作でアホな道中を淡々と語ることにいたしましょうぞ。で、日付は2日間に分けて上下編にいたしますです。だから、日付と内容が合ってないかもしれんけど、そんなこと知るかぁ。どーせ「書いてあることはみんな嘘、信じるなぁ」をモットーとする無責任私設電子壁新聞なんですから。


「第2回ながらの春室内楽の和音楽祭」初日を終え、羽田発ソウル金浦行き最終便に飛び乗って、半島の真ん中辺りの大都市に到着したのは夜の10時半過ぎ。冷たい雨の中を「エアポートホテル」なる名前だけは体操な安宿までなんとか辿り着き、ぶっ倒れるように寝ること数時間、明けた空は深い深い霧に包まれていたのであった。

朝の6時半に宿から空港連絡無料バンに詰め込まれ、金浦空港国内線ターミナルへ。なんせこのお国、遠いといっても済州島、せいぜいが500キロくらいまでの客しかいないところ。流れる空気は完全に長距離バスターミナルと同じでありまする。一応、英語表記はあるけど、国際線には溢れている日本語表記はほぼ皆無でありまする。さても、エアブサンはどこだとボードを眺めると、なんと8時半の釜山行きが欠航になっているではないかっ!慌ててカウンターで訊ねると、空港が閉鎖になっていていつオープンするか判らない。払い戻しするしかなく、エアプサンの次の予定は昼過ぎとのこと。みんなKTXに乗り換えているという。

ここで悩んでいても時間の無駄。幸い、今日は最悪、午後7時半に統営コンサートホールに座っていれば良いといえばそれまで。で、悩むも何もなく払い戻し書類にサインし、空港特急駅に急ぐのであった。ソウル駅への途中、地下から出て地上で渡る漢江は、しっかり霧に煙っている。金浦が飛んでることが不思議なくらい。

ソウル駅に7時50分過ぎに到着。空港鉄道の深い深ぁああい駅から延々と地上2階まで到着すると、KTXの券売所には長蛇の列。
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これがいつものことなのか、半島南東端空港全て閉鎖の影響なのか知らぬが、やっとまわってきた順番にひとりで(!)対応するおねーさん、事情は分かっているようでありました。とにもかくにも、次の席のある釜山行きは9時50分だというので、一等の切符を買います。流石に立ち席はしんどいし、なにより、一等にしておけば訳の判らぬことが起きた際に対応が少しは良いであろうという判断。日本円にして7000円くらいでありまする。半端に時間があるので、駅3階部分のフードコートっぽいところに座り込み、統営音楽祭ディレクターさんと連絡。どうやら他にも同じ目に遇ってる奴がいるらしく、そいつと一緒に処理するからコンタクトを取れるようにしておいてくれ、とのご指示であります。へぃ、ボス、って待つことしばし、なんのかんのやり取りを経て、最終的に10時5分のKTXで馬山駅まで来い、パリから到着して路頭に迷っているドイツ人評論家がいるので、なんとか一緒に動けるようにしている、との連絡がある。

ま、こっちに出来ることは指定された列車に乗ること。で、慌てて3階のチケットデスクに吹っ飛んで行き(ここ、列がありません、ソウル駅の穴場です!)、チケットを交換。数百円高くなりました。へええ。
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ソウル駅は今や実質的にKTX専用の先頭式ホーム駅に近いことになっていて、待つほどもなく9時50分くらいに4番線に行けという表示が出る。ホーム上跨線橋に並ぶ弁当屋のひとつでクンパ弁当3000₩、飲み物を1500₩で購入
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5号車2Bという席に入るのであった。
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見てくれはTGVと同じKTX車両、流石に一等車となれば、TGV二等車のせまあああい感じはなく、1+2の一列3席仕様であります。どうやらKTXとはいえローカル線に相当するこの列車、いちばん年期が入ったタイプが投入されているようじゃ。ひとりがけではなく2人がけ、隣のオバチャンは言葉が出来ない奴がのってきて、楽しい会話の時間がなくなったと露骨につまらなそうな顔をなさっております。スイマセン。ほぼ満席で、隣のオバチャンの他は見渡す限りビジネスマン、さもなければ外国人であります。

定刻にベルがならずに出発、ダラダラと市内から漢江を越え、二駅雌くらいから本気で走り出すぞ。曇り空の下、KTXは半島の南半分を延々と南下する。車窓風景は…半分寝てて、良く判らない。ゴメン。

東大邱駅を過ぎると客席は半分ほどになったかな。空いたひとりがけ席に移り、車窓の山々の淡い緑に春の上記のような雲がかかったジャポネスク(じゃないのは百も承知だが、まるっきりジャポネスクに見えてしまう)な世界、そこに桜花チラホラ。まるで九州を走ってるみたい。さても、お弁当でありまする。
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キンパの弁当に付いている調味料が、醤油系かと思ったらひたすら辛いので、ここはお隣の半島だと思い出す。

釜山に近付くと、道路沿いに桜のトンネルが盛んにつくられてます。
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隣のおばちゃん、ひとつまえの駅で降り
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ガラガラになって、定刻の1時6分から数分遅れて馬山駅に到着したのでありました。

駅のホームにはやくぺん先生のネームプレートを持ったボランティアの女の子が待っていて
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駅の前に待っているのは、統営国際音楽祭が誇る偉大なスポンサー提供のメルセデス!車内では、50時間の長旅で疲労し切ってるミュンヘンの評論家氏が乗っている。為す術もなく金浦空港で座っていたら何だか知らぬが空港が再開になって、先程、釜山空港に到着したとのこと。周囲には、天気さえ良ければ西伊豆と瀬戸内を合わせたような豪快にして繊細な朝鮮半島南端の海の風景が広がるのだけど、今日は雲の中に沈み、先週が桜祭りだったという統営市内は未だ桜の海の中。

かくて朝鮮半島南下のたびは、お前ら昼から酔っぱらってるのか、とボランティアのお嬢さんが呆れ顔で覗き込むような空元気のハイテンションなおバカ会話の中に、半分の道程を終えたのであったとさ。そして、統営コンサートホールから臨む、若きイサン・ユンが眺め育った海。
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無論、そのときには、翌朝に何が起きるかなど知る術もないのじゃ。

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ながらの春室内楽の和音楽祭スタート! [ながらの春音楽祭]

新しいカテゴリー作り、新しい音楽祭のスタートです。こちらが公式Weblog。
http://ameblo.jp/nagaranoharu/

っても、実は昨年からやっていたことになってるわけでして、その辺りを巡って、本日、今年度の初日冒頭に音楽監督大友肇氏からのコメントがありました。御本人の了解を取って、まんまここに貼り付けます。手持ちでゆれてるし、声も小さいですので、本気で聞きたい方はヘッドフォンでお聞きあれ。

この音楽祭、大友監督は「昨年から急に始めた」と苦笑しながら仰ってますが、実は、構想は既に10年ほど前からありました。弦楽四重奏が常設としてやっていこうとするとき、「自分らが自由にやれる時前のフェスティバルを持つ」のはとても大事なことなのでありまする。エクとしましても、大友氏が多摩の西の隅っこから帝都吹っ飛ばして反対側の千葉の山の中に引っ越し、そこで子育てを始め、奥様が音楽教室を始め、こつこつと地域に関わりを持つようになっていった。そんな中で、冗談のように「収穫祭のような音楽祭がやれたらねぇ、でも、収穫の頃は忙しくて出来ないわ」なんてずーっと言ってた。

この長柄の町には、大友家が移ってくる前から、日比野和子先生というヴァイオリンの先生がいらっしゃいました。合唱などを指導し、この地域で熱心に音楽活動をなさっていらした。エクのこの音楽祭は、日比野先生がそろそろ活動がたいへんになって来たところを、そのトーチを継ぐように地域の音楽文化を少しでも活性化することが目的でもある。先達がいらしたからこそ出来るお祭り。先達に心からの、感謝。

これからどうなるか判らないけど、既に今日もいろいろな展開が会ったという話しも漏れ聞こえてきます。金曜、日曜にも演奏会がありますし、なによりも終演後にはステキな空間で美味しい御菓子が提供され
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その場所でもアンコールがある、なんて噂も。

新しい音楽祭、宜しくお願いしますです。なお、音楽祭の名称はやくぺん先生の世を忍ぶ仮の姿の名称とは一切関係ありませんっ!あくまでも偶然ですう!

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上野の杜のフェスティバルはホントに桜の頃が良いのか? [音楽業界]

以下、恐らく、非難囂々、現実が見えていない、お前はアホか、と叱られること必至のことを記しますです。

ええ、今、上野は東京文化会館を眺める上野駅公園口と入谷口の上に被さる巨大横断橋というか、駅上広場というか、の隅っこに座り込んでます。
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上野の杜の方がどんなことになってるか、言うまでもないでありましょう。さっきから上空にNNN報道ヘリがグルングルン舞ってます。周囲から漏れ聞こえる言語も、一体、どれだけの数あるやら。

「東京・春・音楽祭」という奴が始まって、最初の頃は神保町の向こうに事務所があって、ホーレンダーやら動かしていたようだけど途中から誰がディレクターか誰なのやら判らぬ状況になり、世界中の売り込みたい弦楽四重奏団やらピアノ三重奏団から「あの音楽祭、誰がディレクターなんだ、教えてくれ」というメールが年柄年中舞い込む有様。そんなこんな、いつの間にか某インターネット系技術会社の会長さんが顔になってるみたいな今日この頃。なんだか「忖度」や「斟酌」をしたくてもなにがなんだかわからん、とっても春の上野の山らしいアモフルっぷりであるなぁ、と思わないでもない。うん。←この発言だけで充分に叱られそうだわぃ…

とにもかくにも、過去に何度も試みられた「東京音楽祭」みたいなやり方、ある程度以上「ああ、ヴェスティバルやってるんだな」ととりわけこのジャンルに関心があるわけでもない人に感じ出せるまでに育ち、1ヶ月という長い時間になんのかんのやってそれなりに格好が付くようになったのは、喜ぶべきことであると言えましょうぞ。

この音楽祭、中身はまた別の話として、最大の売りは「春の桜の時期に上野公園を中心に様々な場所で開催される」ということにあるのでしょう。多くの人々が勝手にそれぞれのことをやってる大都市で開催される「音楽祭」とすれば、これだけのトポロジカルな広がりをどうにか纏めているイベントは、他にない。夏の松本とか札幌とか、都市型音楽祭の成功例は日本でもなくはないが、やっぱりこの上野ほど「特定の場所でやってる」感が際立っている例はないんじゃないかしら。

そこまで全部判って言うのだけど、やっぱり、桜の頃は勘弁して欲しいなぁ…

なんてそんなアホなことを言うか、この音楽祭の存続する根っこを否定するような暴言を吐くかといえば、もう話は簡単。

今日、開演前に、普通に飯食って、普通に座ってるところが、ない!

3時から5時間を越える演奏会形式オペラに座るため、こちとらとすればそれなりに体調を整え、精神も整えておきたい。だけど、いつものように上野西郷さん下の妙にモダンなビルになったとこの地下に入った銀座ライオンにフラフラ向かい、いつものようにランチとランチビール頼み、食い終わってもビール追加したり、ソーセージやら甘いもの頼んだりしてダラダラ2時間くらい時間を過ごし、気分良く出来上がった感じになって、さあああノルン共、束になってやってこい、お前らがグダグダ半時間もなんか叫んでよーが俺はへーきだぞ、って坂を登っていこうにも…そんなこと出来んねん。

なんせ、銀座ライオンさん、今日、ランチやってません。ホリデーメニューになってます。で、向こうにはおじいちゃんおばーちゃんが疲れた顔で順番を待っていて、もう飽きてしまったおこちゃま達が騒いでいらっしゃる。やくぺん先生の如き小心者は、そんな人々のお姿を視野に入れつつノンビリとビール煽ってるなんてことできんわいっ。

んで、こんなところに座り、桜はどっちだと訊ねてくる世界の国からこんにちはの皆様のお尋ねに応え、残してしまった連絡仕事などしているわけであります。ふううう…

一年でもこの上野の杜がいちばん賑わう、ってか「賑わう」という言葉を遙かに超える状況になるときに、敢えてフェスティバルを開催する。そりゃ、人はいっぱいいるでしょ。でも、桜を愛でに来る人々と、ヴァーグナー聴きに来る人は、ホントは全然別の客。ちょっとついでにヴァーグナー聴いてくか、ってもんじゃないし。御山の奥の某大学は入学オリエンテーションの真っ最中で、大学を巻き込んだイベントは出来ない。野外イベントをやろうにも、場所を確保するだけでたいへんだろう。

そう考えると、このフェスティバル、ホントに今の時期にやる必要があるんかいね、と思わざるをえないのでありますよ。

ま、いつものようにビールかっくらってヴァーグナーに備えようと思ったらそうはいかなかった、というだけのことなんだけどさ。

さても、そろそろ動くとしましょうか。本日は終演後に千葉の山の中に移動。明日から新しいフェスティバル。お前、言ってることが滅茶苦茶矛盾してるぞ、と言われること必至也。いぇい!

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祝亜細亜的朋友訪都 [売文稼業]

昨晩は、月曜朝の生ゴミ出しとハードディスク内のデータを引っ張り出す必要から、遙々多摩川臨む(のかな)谷保から神田川上流を下り、大川越え、更に荒川放水路跨いで新開地葛飾まで至ったのであった。いやぁ、これくらいの距離を普通に通勤している人がいっぱいいるなんて、ホントに頭が下がることでありまする。あたしゃ、三日ともたないわい。

んで、ウラリウラリとした春の空、葛飾オフィスのご近所に迷惑この上ない巨大柿の木からも緑の芽がチラチラふき出し、冬の後半にすっかり住人となってしまった性悪ひよちゃんも近くの公団住宅の桜で独り占め大作戦を始めたか、朝から姿を見せず…と思ったら、物干し台の下の日だまりに朝からお猫様が陣取ってら。
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ちいさな飛ぶ方々は自分らの身は自分らで守れるじゃろ、残っても仕方ないので、これが最後の蜜柑だよ、って出してやると、暫くしたらやっぱり、ひよちゃんがぎゃーぎゃー叫びながらやって来た。猫さんがいるのでいらっしゃらないかと思われたほーほーさんもやって来て、ほーほー仰ってるし。

みんな、もう春なんだから、自分でご飯を食べなきゃダメですぅ。んで、えいっとばかりにシジュウカラ・レストランを撤収。柿の実収穫が終わるまで、長いお休み期間でありまする。さあ、どこでも好きに行ってしまえぇ!

かくて、実質明日から始まり日曜朝まで続くことになってしまった「長柄→ソウル→統営→ソウル→那覇」という無茶苦茶なツアーの細かい連絡、はたまた流石にそろそろ最終校正が出て来る共著本の連絡、さらにはツアー前に終えちゃわなきゃならない細かい校正作業やら…こういう「自分の為の秘書仕事」というのはホントに面倒で、一銭にもならず、たまったもんじゃないわいなぁ、つくづく貧乏はイヤだ、と嘆きつつメールやフィスブックでのやり取り(最近は後者でしか連絡が付かない相手も少なくない)をしていると、おやまぁ、別の連絡が飛び込んで来たぞ。

相手は、上海の若い同業者くん。明日の《神々の黄昏》に行くので、飯でも食えないか、とのこと。なんせこちとら、終演後に「ながらの春室内楽音楽祭」協賛するNPOエクプロジェクトの理事長が出られない(この時期、学校関係者は身体を出せる筈もない)ので、雑用顧問として座ってるくらいのことはせにゃならん。で、面倒だから現地に前日入りすることになり、午後3時から始まる世界一長いオペラのひとつが終わるや、千葉の山奥に吹っ飛んでいかねばならぬ。とはいえ、彼のような同業者を東京の同業者やら関係者に紹介するとても良いチャンスだから、幕間にどっかで会おうじゃないか、って話になった。…ってことは、明日は絶対にいかにゃならん、ってことだわなぁ。ふうううう…しんどいなぁ、あの曲聴くの…

ま、それはそれとして、今更ながら、時代は変わったものであ、と思う次第でありまする。

なんせ、中国という社会、西洋音楽家は日本と同じ頃からいるわけだが、音楽系のジャーナリズムとか批評とかは、まぁあーーーーーーったく存在していなかった。所謂「音楽評論家」とか「クラシック音楽ジャーナリスト」という商売(になってるのか、よーわからん)が出現したのは、実質今世紀に入ってから。だから、良きにしろ悪しきにしろ、「長老」や「巨匠」がいません。北京の、やっと30代になったかな、というくらいの評論家君は、「俺たちが第一世代さ」と仰ってます。ま、そーなんでしょう。

どういうわけか日本と違って男ばかりで(女性はみたことないなぁ、そういえば)、みんな所謂「一人っ子世代」です。だから、肥ってます!ポテチしながらクラシックばっかり聴いてたんだろー、お前ら、って感じの若い連中。だけど行動力はあって、ザルツブルクやらルツェルンやら、散々、聴きに出ているみたい。そういう感覚で動けるならば、上海から東京までちょっとヴァーグナー聴きに来る、なんてのも不思議はない。入国書類も今は短期ならパスポートだけで良いんだろうし(所得制限とかなんとか、他所の国のことはよーわからんわい)、泊まるところさえ確保出来ればLCCで成田まで2時間だもんねぇ。

正直、やくぺん先生みたいな老いさらばえてあとは死に絶えるばかりの爺じゃなく、これからの日本、ってか、亜細亜地区、ってか、世界の業界を一緒になって背負って立つ若い世代の人達と知り合いになり、いろいろ話したり、喧嘩したり、酒飲んでべろべろになったりして貰いたいものじゃ。うん。

春が来て、桜が咲いて、上野の御山にいろんな人が来る。いろんな人が出会うのは、「フェスティバル」の本来の目的だしさ。

山の下の地下鉄車庫隣で起きてることを、みてみぬ振りも出来ぬけど…

魔都よりの 朋も酔え酔え 花見歌

[追記]

上海ベースのフリーランス音楽評論家ルドルフ・タンくん、無事に東京到着。茨城便は安いんだけど取れなかった、とのこと。よくご存知で。来る日曜日まで滞在しますので、連絡なさりたい方はやくぺん先生の世を忍ぶ仮の姿の方に直接コンタクトとっていただければ、繋ぎます。基本、コンタクトは英語です(無論、北京語OKでしょうが)。中国語音楽メディアにアクセス出来る、貴重な人材です!よろしくう。

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アルディッティのラヴェル! [弦楽四重奏]

桜なんぞ欠片もなく、シジュウカラがつぴつぴ鳴き、セキレイさんが跳んだり跳ねたりしてる都下某所の人気の無い公園でノマド作業、一応、やらにゃならんこをはひとまず終えて送り、返事待ちの状態。さても、加藤くにちゃんさんの太鼓を聴きに、腰を上げましょうか。

んで、その仕事のなかで今更ながらながらに吃驚したこと。この演奏会でありまする。
http://www.t-bunka.jp/sponsership/spo_170624.html
なんとまぁ、「現代音楽の深海から浮上」して今や四半世紀を越え、大気圏を突きつけて宇宙にすっ飛ぶ勢いのアルディッティQが、アッと吃驚東京文化会館の主催公演で文化小ホールに登場する。んで、なにをやるのかと思えば貴方、ラヴェルでっせ、らべるぅ!

これ、ほんとかいなぁ!?

90年代の初め、まだ来日も数回くらいだった頃、まだ右も左も判らず、何がコワい物かもとんと知らなかった頃の可愛らしいやくぺん先生、アーヴィンに向かって「どうしてショスタコーヴィチはやらないんですか?」と質問したことがありました。記事に使えなかったけど、今でもよく覚えている。アーヴィン御大、眼光鋭く応えて曰く、「でも、こないだ、チャイコフスキーみたいの、やったろ」。

最初、何を仰られていたか判らなかったんだけど、どうやらそのときの来日でヤナーチェクをお弾きになられてた。1番だったか2番だったかはまるで記憶にないのだが、とにかく、確かにお弾きになられておりました。なるほど、アーヴィン御大には、チャイコフスキーもヤナーチェクもショスタコーヴィチも同じなのかぁ、なるほどねぇええ。

無論、ディスクでは《大フーガ》を入れているし、ライブではベートーヴェンの作品132を弾くという告知を見たことはある。だけど、へええ、ラヴェルとはねぇ。ワクワクして出かけたら、デュティーユにかわっていた、なんてことになりそうな気がするなぁ。まあ、アーヴィン御大に言わせれば、「同じだろ」って仰りそうだけどさ。

ラヴェルとバルトーク6番が6月のアルディッティQ来日公演最大の目玉だ、なんてデカイ声で言ったら、各方面から叱られそうだなぁ。ちなみに来週松のトンヨン国際音楽祭では、メインはイサン・ユンの4番と5番でありまする。ま、これは当然でしょ。

[追記]

何故ラヴェルを弾くのか、マネージャーさんから経緯を説明していただきました。「書いてあることはみんな嘘、信じるなぁ!」をモットーとする当無責任電子壁新聞とはいえ、流石にたらたら書いちゃうわけにもいかないですけど、「行ったらデュティーユ」ということはなさそうです。良かった、と思うか、残念、と思うかは、貴方次第。

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寒の戻りの新暦弥生晦日 [新佃嶋界隈]

久しぶりに大川端佃厄天庵勉強部屋から、曇り空の帝都を眺めておりまする。

なんせ来週はトリッキーな移動が続く地獄のツアー週間、こうやってボーッと座って細かい作文仕事や自分の為の秘書仕事をしながら春の帝都を眺められるなんて、この午後しかない。ホントはうらうら、大川端ノマド場で桜に驚喜乱舞する帝都の善男善女ならぬ佃の性格の良いひよちゃんずやら、冬場にはやくぺん先生が座ると「わぁい、神様が来たぁ」とブンチョウ君らの食い残しを求めて寄ってきた雀たちの姿を眺めていたかったのだが、とてもそんなこと出来そーもない冬の戻り。

別に何か記すことがあるわけでもなく、このところすっかりご無沙汰となってしまった「新佃島界隈」カテゴリーをひとつ埋めるとするか、と大量の校正バックの合間に綴っているだけのこと。「世は全て事も無し」と記せば、その瞬間にどんな作文だろうが終わりに出来る類いのもんでありまする。

昨日の妙な暖かさの中、佃大橋近くのまだ二分咲きにも満たずだーれもいない桜の枝の下で無情な場所取り指令に応えている人の姿も…
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今日は一転、寒い寒い。佃の北の隅っこ、桜木はこんな状況なんだけど
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眺めようとする人も無し。

とはいえ、大川を上り下りする船人は呆れる程多く、騒々しく往来する観光船はガッツリ着込んだ人で溢れてら。
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てなわけで、新暦3月もオシマイ。あとはまぁ、この絵ずらを眺めながら、初夏の大川の歌人、木下杢太郞でも紐解いてさ…
http://www.aozora.gr.jp/cards/000120/files/1394_20691.html

「同年四月十日。深川永代橋畔永代亭でパンの大会を開く。此日には上田敏氏も上京中で出席せられ、皆で酒を強ひ是非巴里の歌を聴かせて下さいと云ひ、上田氏も余儀なく立つて何か短い仏蘭西語の歌一曲を歌はれた。また演説もされた。予は氏の口から南蛮寺に対する言葉を聞いて大に感激した。
 永井氏の「フランス物語」の話、湯浅氏の模写のベラスケスなどについてみんなが話しあつたと記録せられてゐる。
 この時のパンの有様は今もよく記憶に残つてゐるが、詳しく書くのはめんどくさい。なんでも予は女の首を三つ大きく描いたアフイシユを用意して行つて、入口のつき当りの衝立に貼つた。出口清三郎氏といふ画家が当日出席せられたやうに覚えてゐるが、今はどうしてゐられるか。
 この日パンの会を社会主義の会と誤認して刑事が二人来たといふ噂も立つて、今でも皆本当だと考へてゐる。たしかにそんな人二人がゐて隣の日本室で酒を飲んでゐたが、果して噂の通りであつたかどうかは疑はしい。
 このかへりに、酒に酔つた山本鼎と倉田白羊とが永代橋の欄干からアアチのてつぺんへ攀ぢ登りそこから河へ小便をしたりして皆をはらはらさせた。」
(木下杢太郞『パンの会の回想』より)

春が来て、杢太郞の生きたような時代がまた来る…のか。

世は全て事も無し…

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