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セシリアQファイナルシーズン [弦楽四重奏]

弦楽四重奏絡みの些か難しい原稿(ぶっちゃけ、データ量に対して字数が少なすぎる、というだけのことなんだけど)の締め切りが明日金曜日で、あれやこれやと情報収集をしていたら、ある関係者の方からこんなトンでもない事実があると教えていただきました。ほれ。
http://ceciliastringquartet.com/the-csq-announces-final-season/
なんとまぁ、日本の愛好家諸氏とすればドーリックQが勝った2008年の大阪大会で第2位になった「立って弾くカナダの女の子たち」
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2008-05-26
ワールドワイドには2010年のバンフで最終決戦で「さらばあたしらの青春」の万感を込めた涙なみだのドヴォルザーク作品106で奇跡の大逆転優勝を成し遂げてしまったセシリアQ
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2010-09-06
来シーズンをもって活動を休止するとのこと。

うううん、まあ、カナダの団体としてはセント・ローレンスQ以来という大きな期待(と、プレッシャー)を背負い活動する中で、あれやこれやとメンバー交代も多く、個人的にもご夫婦がバラバラに活動せねばならない方もいらっしゃったりして、いろいろ大変そうだなぁ、という感じはあった。昨年1月のパリのビエンナーレのショーケースに出て来て、挨拶をするタイミングもなく直ぐにいなくなっちゃって、今度はどこで会えるかなぁ、と思ってたんですけど…

ま、なんであれ、ダラダラと続けるのではなく、こうやってキッパリと「活動を休止します」と宣言してくれるのは有り難いといえばありがたい。北米の団体は、きちんと「解散宣言」出してくれるのは、見上げたもんだなぁ、と思いますです。はい。

みんな、まだまだ数十年は弦楽器奏者としてやっていく人達でしょう。どこで遭うかもわからないけど、あのバンフでの作品106は忘れない。

ありがとう御座いました、もう1シーズン、頑張ってね。

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台北のペトレンコ [演奏家]

急ぎの情報です。

ええ、台北在住の方からの連絡で、明日25日、こんなチケットが発売になるとのこと。
http://www.mna.com.tw/eventsDetail.aspx?serialNo=24
隠すようなことではない、今、恐らくは日本の音楽ファンが最も関心が高いであろう指揮者のキリル・ペトレンコが、手兵のバイエルン国立歌劇場管と台北でベートーヴェンのハ短調のピアノ後奏曲と第7交響曲を振りますです。

この組み合わせ、ご存知のようにこの演奏会のあとに日本にオペラの引っ越しで来るわけだが,その前に台北では素オケの演奏会で,日本では披露しないベートーヴェンをやるぞ、ということでありまする。

さあああ、ご関心の向きは、なんとかぐぁんばって争奪戦に参加されたし。ちなみに、その前の日には東京でも披露するマーラーの5番があるようです。

台北の演奏会、他にもいろいろあるのだが、ま、とにもかくにも、本日はこれまで。実は凄い大物があるんだけど…ま、ご関心の向きは上述のホームページから探してご覧なさいな。

なんか、思い出すなと言われても、爺には「カルロス・クライバー」という名前が浮かんでくる組み合わせですねぇ。

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「日本青年館」というヴェニュ [音楽業界]

せっかく「隠居宣言」をしたというのに、いつもの夏はこんなだったろうかと不思議に思う程、何だか知らぬが「お盆休み前迄に」とか「今月末締め切り」という作文が積み上がっていて、もうこの歳では強引にパワーで押し切ることもままならず、そもそも「隠居宣言」後は来る仕事が面倒臭いものばかりになってしまっている今日この頃、とてもじゃないがこんな無責任電子壁新聞までやってる暇がない。てなわけで、今日も明後日までに2本の締め切り、ものを考えようとすると頭が痛くなり涙が出て来る状況なれど、命削ってお仕事しましょ…んだから、自分のメモの為の時事ネタひとつ。

いつの間にやら,日本青年館が三度目のオープンをしていたようでありまする。どうやら本日、クローズの再オープン記念演奏会があるみたい。ほれ。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1159397334204339&set=pcb.1159397397537666&type=3&theater

実際にコンサートに乗ってる演奏家さんからの生情報しかない、ってのはなんとも不思議極まりないわけだが、まあ、このヴェニュの生い立ちというか、在り方というかを考えれば、まあそういうもんなんかなぁ、と思わないでもないわけでありますな。だって、公式ホームページがこんなもんですからねぇ。
http://www.nippon-seinenkan.or.jp/seinenkan/
なんか、とても「貸会場」とか「ホテル」とかのページとは思えない、すごおおく「官報」っぽいテイストのページでんなぁ。

なんせ、日本の音楽史を紐解くに…とまで言わなくても、80年代バブルよりも前から東京の彼方此方で音楽を聴いていた年寄りの音楽ファンなら、日本青年館というヴェニュに多少なりの想い出はおありでありましょうぞ。まさかもう、「近衛文麿先生の鶴の一声で明治神宮の植林をやり、その勢いで日本青年館建設にも協力した」なんて青年はこの世にはいらっしゃらないでありましょうし、「この会場で近衛秀麿先生の指揮するオーケストラを何度も聴いた」なんて方ももう皆無でありましょう。

とはいえ、まだまだ爺としてはひよっこのやくぺん先生にしたところで、「ああ、そういえば最後からひとつまえの民音室内楽コンクール会場が日本青年館で、あのイグレッグQとレニングラードQの歴史に残る戦いが繰り広げられた古戦場であったっけ。その前のハレーQとブロドスキーQの輪をかけて壮絶な戦いもここが舞台であった」などと感慨に浸ったりするわけであーる。

つい最近も、大阪の大会でクァルテット部門審査員を務めるイネコさんに、「みんなもう覚えていないかもしれないけど、日本を拠点とする団体が日本で開催された国際レベルの室内楽コンクールで優勝を飾ったのは、あのイグレッグが最後で、それ以降、ひとつとしてないのですからねぇ」などと立ち話をして、ああああそーなんだぁ、だからあたしがここにいるのか、なんて苦笑されたりしてさ。

蛇足ながら、最終回となるその次の民音コンクールは、何故か芝の郵便貯金ホールが会場でした。二代目日本青年館は当然まだあった筈なのに、どうしてそうなったんでしょうかねぇ。日本青年館は信濃町から直ぐなのだから、実質上の民音会館として便利だった筈なのになぁ。

もとい、で、そんな昔話はともかく、日比谷公会堂が竣工するまで日本国帝都で唯一の音楽会場だった初代、なんのかんの案外と便利に使われていた二代目に続き、三代目日本青年館がオープンしたことは事実のようであります。場所からして、この数年は「東京オリンピック準備委員会&本部事務所」って性格がイヤでも表に出て来るでありましょうが、世界大運動会など一過性の騒動に過ぎないわけで、その先もヴェニュとしては機能せねばならぬ。どんなことになるのか、1300席の一昔前の市民会館型多目的ホールなんてものを今更ながらに新築したのですから、なんとか性格に合わせた使い方が出来ると良いのですけどねぇ。

っても、いつ眺めに行くことがあるか、このサイトじゃ見当もつけられんなぁ。うううん…

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誰かゲルギエフの《オランダ人》に行く方はおりませんか? [音楽業界]

いくらなんでももうちょっと話題になってええんでないかい、と思わざるを得ないウラジオストックの「マリンスキー国際音楽祭」、今更ながらに、こんなラインナップで現在開催中なわけですが…
http://www.55world.com/page/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E5%8A%87%E5%A0%B4%E3%80%802016%E3%80%80%EF%BC%88%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF%EF%BC%89
来週水曜日のゲルギエフ指揮《オランダ人》なんぞ、俺の周辺には見物にいくという剛の者がおるぞぉ、という方がいらっしゃいましたら、お教え下さいませんでしょうか。勿論、「俺はシチェドリンを眺めてきたぞ」という方でも結構です。

自分で行けよ、と言われればそれまでなんだけど、なんせロシアは面倒だし、高いしねぇ。それに、なんかしらないが、今、ともかく作文山積みで…いやはや。

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「バーンスタイン100年」はなぜ動きが早いのか? [音楽業界]

日本の音楽ファンとすれば、去る週末に大阪で問題作《ミサ曲》全曲が舞台上演(なんせ、出版社の分類カタログでは「オペラ」扱いですから、上演、なんでしょうねぇ)され、「バーンスタイン100年」が盛りあがってる、というか、最大の目玉が終わってしまったような感すら漂っていて、ものすごい誤解をなさっているような方もいらっしゃるようなんだが…

レナード・バーンスタインのお誕生日は、1918年8月25日でありまするっ!来月のお誕生日が来ても、まだ「生誕99年」でありますっ!そこんとこ、誤解なきよーにっ!

なんでこんなことを言ってるかといえば、今やってる原稿でバーンスタイン作品の上演についていろいろ調べねばならぬことがあり、昨日来あれこれやってるんだけど、いろいろと不思議なことが起きてきている。例えば、《ミサ曲》フル編成版全曲演奏のこの先の上演日程、出版社公式ページの情報は、こうです。
http://www.boosey.com/pages/cr/calendar/perf_results
どれも来年になってから。

ま、そりゃそうでしょうねぇ。不思議なのは、いかにもやりそうなワシントンDCやニューヨーク、そして生誕地にして若き日の活動の中心だったボストンやタングルウッドのバークシャー音楽センターでの上演がないこと。それどころか、その辺りではバーンスタインの大規模舞台作品の上演は、大人気の《ウェストサイド物語》や《キャンディード》を含め、殆どみられない。

なんだかヘンだなぁ、と感じざるを得ないのでありまするよ。

なんてことをFacebookに記したら、流石に今は反応はWeblogよりもFacebookの方が圧倒的に早く、日本でバーンスタイン100年の旗振りをかって出てらっしゃる同業者某氏から「来年の7月にラヴィニアでシカゴ響初演があります」という情報をいただきました。ありがとうございますです。っても、おいおい、まさか出版社が把握していない筈はなかろーに、なんなんねん。

常識的に考えれば、いろんな事情で来年の1月後半以降に行われるオケやオペラ団体の2018-19年シーズンのラインナップ発表まで公表できない、ということもあるんだろーなー。そんな大人の事情で、出版社も情報コントロールに気を使ってるのかしら…なんて思っちゃう。なんせNYPなんて、この秋にバーンスタインの交響曲3曲を違う指揮者で1ヶ月くらいの間に全部やるので、もう読むのも億劫なデッカいリリースをドカンと送り付けてくる始末ですから、やる気満々、って感じなんだけどさぁ。

ま、要は、この「バーンスタイン100年」の仕掛けが、業界の常識から考えればちょっと早すぎる、ということなんだけど。音楽ファンの皆々様が「生誕●●年記念」という騒ぎを目にするのは、基本的には「切符を売るタイミング」でなんです。つまり、演奏団体や主催者の広報レベルでの話。だけど、今回はちょっと様子が違う。要は、仕掛けているのが出版社だ、ということ。この生誕100年騒ぎ、最大の仕掛け人は主催団体や音楽家ではなくて、ブーシー&ホークス社という出版社である、って特殊性の結果なんじゃないかしらね。

出版社の仕掛けは、演奏団体がシーズンプログラムを決定する前に始まるわけですから、当然、3年くらい早いところから始まっている。実際、やくぺん先生の手元にB&H社から「Lenard Bernstein at 100」というサンプルCD付きのスゴく立派な非売品冊子が送りつけられてきたのは、もう1年くらい前のような気がするぞ。これ。
001.jpg
それくらいから動かないと、舞台作品などはとてもじゃないと決められませんからねぇ。

てなわけで、「バーンスタインはまだ生誕99年なんだぞ、聖路加の日野原先生より6歳も若いんだぞ」ってお話でした。

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『クラシックコンサートをつくる。続ける。』8月1日発売 [売文稼業]

ともかくやらなきゃならぬ作文が山積みで、こちらにまで手が回りません。で、関係者様へのご連絡のみでお許しを。Facebookにも同じ内容をアップしております。

先程、共著者の平井先生から連絡がありました。で、出版社社長に拠れば、『クラシックコンサートをつくる。つづける。 ~地域主催者はかく語りき 』(水曜社)が書店流通に出回るのは、8月1日とのことでありまする。

なお,取材先の皆様におきましては、原則、こちらから1冊は献本させていただきます。出版社からになるか、小生からになるか、まだ話をしてません。ゴメン。

なお、「うちの書評で取り上げたいからくれ」という新聞出版関係者の方は当電子壁新聞コメント欄、Facebook、はたまた小生の個人メールアドレスに直接ご連絡下さい。

ちなみにページ数はAmazonのデータよりも全然多く、奥付まで入れると238ページでありまする。なんでこんな古いデータが挙がってるんねん?また、現在、Amazonの解説にある目次には、ちょっと変更がありました。ま、中身が変わったわけではありませんので。

以上、ともかく、現状報告でありました。

[追記:7月21日朝]

Amazonに発売日とされている日が過ぎて、「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」と出ています。無論、なんのことない、まだ在庫が来ていない、ということです。なお、本日くらいに見本本が挙がってくるとの連絡は来ていますが…。なんであれ、もうちょっとお待ちを。

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大阪で《フランケンシュタイン!!》を演奏する必要があるのか? [現代音楽]

昨日、大阪いずみホールで、いずみシンフォニエッタがいろんなタイプの作曲家の「協奏曲」を4つ並べる、という意欲的な演奏会がありましたです。暑い夏の午後、ましてや裏番組にはフェスティバルホールのバーンスタイン《ミサ曲》とか、兵庫での《フィガロの結婚》とか、はたまたシンフォニーホールではレーピン独奏のN響とか、演奏会てんこ盛りの中、それなりの数の聴衆が席を埋めていたのはスゴいことであります。ホント、関係者の皆様の努力に頭が下がるであります。

大阪湾岸のプリンス古部様が独奏を勤めたジョン・ウィリアムスの、まるでイギリス20世紀前半作品かと思っちゃうようなオーボエ協奏曲とか、イサン・ユンのこんな小さな編成なのにとっても濃厚な響きのクラリネット協奏曲とか、いろいろと面白かったんですが、やっぱり最後に演奏されたハインツ・カール・グルーバーの知る人ぞ知る、ってか、20世紀後半のハチャメチャ系を代表する超有名曲《フランケンシュタイン!!》の室内オケ版、というのが興味深かったでありまする。興味深い、というか、面白い、というか、面白くない、というか…まあ、ともかく、なんじゃろねぇ、と今更ながらに考え込みそうになった。

というのも、その前の晩にフェスティバルホールでかのバーンスタィンの《ミサ曲》を見物しているわけでして、バーンスタインがこの曲創作の最中にグルーバーにアドヴァイスしたという逸話はそれなりに有名で、こうやってほぼ同じ頃に書かれたタイプこそ違えどハチャメチャという意味で音楽史上に名を遺す作品を続けて聞かされると、「なるほどねぇ…」としか言いようがない部分もあるわけでして…

この《フランケンシュタイン!!》という作品、要は、今世紀半ば以降くらいのオーケストレーション技法を次々と繰り出し、そこに面白系の玩具楽器なんぞもじゃんじゃん突っ込み、マイクを用いた声楽家が通常のオペラ発声法とは異なる歌唱法でいろんな声を出して歌う(というか、朗読するというか)歌曲集、であります。テキストは、アメリカンコミックやらを中心に当時のガジェット文化のパロディネタばかりです。オリジナルはドイツ語なのかな、それとも英語なのか、よく知らんです、スイマセン。調べれば直ぐに判るでしょ,今時は。映像はいくらでもあります。これ、とか。って、この映像、何語なの?
https://www.youtube.com/watch?v=iPTJ9mRI4w0

日本では数年前に下野氏が読響でやったのが初演だったというのは驚きだけど、今回も下野氏で、室内オケ版の日本初演だったのでしょうねぇ、恐らく。(追記:これ、間違いでした。事実関係の指摘を川島さんからいただきました。下のコメント欄ご参照あれ。)

この作品のような「いろんな楽器が出て来て楽しく面白可笑しくオーケストラを鳴らしたり、奏者が半分芝居をしたりする」という作品は、ポストモダンのゲンダイオンガクの中ではひとつのジャンルを確立していると言ってもいいくらいで、こういうのが得意な現代作曲家さんもいらっしゃいます。去年の香港の《松風》初演のとき、地元若手作曲家さんにセミナーするために暫く細川氏が香港に滞在しレクチャーやセミナーを行い、その結果発表会みたいな演奏会を見物したんだけど、そこでもこのようなタイプの日本の作曲家さんの作品が紹介され、細川氏とは際立って作風が違い、質疑応答でそこにいた指揮者のイップさんが手を挙げて「どうしてこの作品を選んだんですか」みたいな質問をして、細川さんが「選んだのは僕じゃなくて、国際なんとかかんとかという組織なんですけど…」と苦笑しながらいろいろ解説をなさってました。その場で、細川氏がお使いになっていた「マンガ系作曲家」という言い方が印象深かった。そう、このグローバー作品こそ、正に「マンガ系」の開祖のひとつでんがなぁ。

で、昨日の演奏、このようなマンガ系の常として、何が起きるかワクワク眺めているうちに30分くらいはあっと言う間に過ぎちゃう、という「何をやってるか訳が判らぬゲンダイオンガク」とは真逆の世界が展開し、聴衆もそれなりに楽しんだり笑ったりしてたわけなんだけど…正直、ううううん、と思わざるを得ないこともあった。

というのも、お客さんがいちばん素直に笑っていたのが、唯一日本語で、それも関西弁で語られた部分だった、という事実をどう考えるべきか…ということ。

前の晩のバーンスタインもそうなんだけど、こういうハチャメチャ系作品というのは、時代や文化の背景、コンテクストにもの凄く大きく寄りかかっています。ってか、ベッタリ張り付いている、と言っても過言ではない。1971年のアメリカ合衆国社会という背景を引き離したところで《ミサ曲》受容が成り立つのか、という議論と同じように、1970年代頃のアメリカン・コミックやガジェット文化の背景をなくしては《フランケンシュタイン!!》という作品は笑いたくても笑えない。無論、スーパーマンやらフランケンシュタインやらバットマンやら、ハリウッド映画の大事なドル箱で何度もリメイクされてますから、2017年の大阪文化圏に生きている人々はそれなりに知ってはいるでしょうけど(なんせ大阪はUSJの本拠地ですしねぇ)、英語の歌詞でそれをやられて、どこまで反応出来るものか。かといって、こういう作品は先にプレトークやら曲解やらでネタバレをしちゃうと、「さっき言ってたことはどこで起こるのかな」という関心が先に立ってしまって、ホントに面白い部分から関心がズレてしまったりもする。うううん、難しいなぁ。

てなわけで、いずみホールから伊丹空港まで吹っ飛んで行く忙しない道中、隣の席に座ってたうちのお嫁ちゃんとあれやこれや話した不届き極まりない結論は…

「今日の演奏で《フランケンシュタイン!!》は判った。これはこれでご苦労様、楽しかったです、と感謝するわけだが、次にいずみホール&いずみシンフォニエッタがやるべきは、この趣旨の、若しくはこの趣旨を越えるベッタリ大阪版の作品を委嘱し、会場を爆笑の渦に巻き込むことではあるまいか。流石に西村先生というわけにはいかないだろうけど、例えば川島さんに頼んで、独唱・独奏を吉本新喜劇のトロンボーン吹く女優さんかなんかに頼んで、ベタベタ浪花なギャグ満載の30分くらいのマンガ系室内オケ曲を作り、呆れられるほど繰り返し演奏し、世間に広めて欲しいものであーる!」

以上、いずみホールの方に言ったら呆れられそうな話でありましたとさ。ちゃんちゃん。

さてと、今まで、ミューザ川崎の下の喫茶店に陣取ってたのですけど、そろそろ細川氏の近作を聴きに参ります。正反対の、ちょーシリアス系ゲンダイオンガクじゃのう。世界は広いわい、ばーさんや。

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バーンスタイン《ミサ曲》は聴きにいく価値があるか [現代音楽]

昨晩、大阪の新装成ったフェスティバルホールで、レナード・バーンスタインの《ミサ曲》が上演されました。
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なかなかの賑わいで、やたらと知った顔も見かける状況で、一安心というか、ちょっとビックリというか。

ええ、世の中には、「異端のミサ」と呼ぶべき作品群があります。どれが最初かと言い出せばいろいろなんだろうが、歴史の中で生き残っている一番古い大物は、なんといってもベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》でんがな。20世紀に入ると,理由はどうあれ、次々と出て来るのだが、まあ作品の在り方がイロモノなだけに、繰り返し演奏されて生き残っている作品は殆どない。強いて言えばディーリアスの《人生のミサ》(ミサでもなんでもなく、ニーチェの「ツァラトゥストラ」断片を並べたもんだけど)とか…くらいかしら。そのような異端のミサ作品の例外的な頂点として、ブリテンの《戦争レクイエム》があるわけで、ぶっちゃけ、こういう作品は世紀にひとつくらい滅茶苦茶スゴい傑作が生まれるくらいなもんなんだろーなー、と思うわけでありまする。

んで、この、バーンスタインの《ミサ曲》でありまする。指揮者として引退し、これからは作曲家として生きていくと宣言しちゃったバーンスタインが、ワシントンDCのケネディ・センターこけら落としのために委嘱され作曲した、まあ、絵に描いたような「異端のミサ」でありまする。

なにせヴェトナム戦争も出口を探している末期、ポトマック河の向こうはペンタゴンで、ホワイトハウスに陣取っているのはニクソンという時代。「ミサ」という宗教行事のパーフォーマンスを軸に、その時代にその場所で鳴っていた様々な音楽の有り様をおもちゃ箱のように突っ込み、ミサテキストに突っ込みを入れ、ミサを司る司祭を主人公に「神を信じるって、じゃあ、神様は俺たちを信じてくれるのか」というヨブ的な叫びを上げちゃうトンデモ作品。ある意味、究極の機会音楽でありますな。

当然、繰り返し上演されるもんではなく、今回は井上みっちー氏の情熱に周囲を巻き込み、バーンスタィン生誕100年というタイミングに乗っけてやっちゃった。

さても、あと数時間で2度目の公演が始まるわけですけど、この瞬間に「いこーかなー、どーしよーかなぁ」とお考えの貴方に、やくぺん先生が無責任な断言をしてあげましょー。

この作品、作品としては誰がどう見ても失敗作です。なにより、バーンスタインがいかに大きな才能でも、ひとりでひとつの時代の音楽を全部描き切るなんぞ、それこそ神様でもなければ到底不可能。だから、あらゆる部分が中途半端です。どうしてそうなっちゃったかを議論し始めるとそれはそれで面白いんだけど、ま、事実として、完成度は低い。これはもう、どーしよーもない。

当然、「作品として与えられる感動」とは違う、強いて言えば、当惑とか、なんじゃこりゃ感とか、そっちばかりが残る。

でも、世の中には、「失敗作であることが意義がある」という作品もある。その意味では、この作品は正に「失敗していることを眺め,体験することが作品」というもんです。

だから、バーンスタインという個性に関心があり、共感する人は、必見です。でも、作品としての完成度や、最近乱売気味の「感動」をお金で買いたい人は、行く必要はありません。

以上、「書いてあることは嘘ばかり、信じるな」をモットーとする当電子壁新聞の断言でありましたぁ。

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