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究極の「学生プロデュース」公演 [現代音楽]

聖金曜日にオルガンのコンサート、と聞けば、誰だってブクステフーデとかバッハとかのありがたぁい音楽が並ぶと思うでありましょうが、おっとどっこい、先程終わった東京藝術大学奏楽堂でのコンサートは、メインは真っ正面に据えられたでっかいオルガンなんだけど、演目はこんなん。

近藤岳 サルヴェ・レジーナによるパラフレーズ
新実徳英 風神・雷神~和太鼓とオルガンのための~
野村誠 オルガンスープ(抜粋)
権代敦彦 ヨコハマテスタメンツ
伊東光介 オルガンと尺八のための「Hi, No.◯」委嘱作品
武久源造 風の諸相 -息の共演 二台のオルガンと各種笛のために- 委嘱作品

なんとまぁ、どーどーたる「ゲンダイオンガク」公演でありまする。こういうもん。
http://ga.geidai.ac.jp/2018/02/08/sogakudo2018/
多分、公演が終わったからとさっさと消されてしまうことはないでしょうから、どんなもんかは上のURLのページにしっかり書いてあります。お暇ならご覧あれ。要は、「藝大が年に1回、学生から企画を公募し、選ばれた公演は100万円の予算と当日奏楽堂を自由に使う権利が与えられる」というもの。文字通りの「学生プロデュース」公演であります。

世に所謂「学生プロデュース」公演は数多有り、特に今世紀に入ってからはあちこちの主催者やホール、フェスティバルが目玉企画のひとつとして盛んに行ってるのは、当電子壁新聞でも晴海やら飯田やら、西新井やら門真やら、なんのかんのお伝えして参りました。

それらの「学生プロデュース」では、公募だったり担当者が声をかけたりといろいろながら、プロデュースを行うのは小学生から大学生まで、アマチュアの学生さんでした。西新井の場合は、後半になると東武線で数駅の北千住に居を構える藝大のアートマ系学生がご指導だかアドヴァイスだかお手伝いだかに関わるようになってきたものの、基本は「足立区の高校生」だった。

この公演はそれらとは一線を画し、プロデュースするのは藝大の学生とはいえ、GAという「藝術を創り出す環境について研究する」大学院の学生たち。つまり、これから芸術団体や音楽祭のキューレーターやらプロデューサー、ディレクターなんぞになっていってくれないと困る連中がプロデュースを行うわけです。予算も自分で使うわけだし、出演者も自分で決めるわけだし、今回など予算があることを良いことに2作も委嘱しちゃってるし。「学生プロデュース」とはいえ、完全にプロのお仕事なわけですわ。

ぶっちゃけ、見事優秀企画に選ばれたのがうちのお嫁ちゃまの学生達だったもんで、まあ聞きたくないような、聞かんでも良いようなバタバタっぷりはなんとなく耳に入り、あちゃーと思ったり、爆笑したり、イヤこれは笑い事じゃスマンだろーに、と頭抱えたり…お嫁ちゃんも現場は引退しあくまでも「ご指導」とうか、なんか言われたらアドヴァイスするという立場、プロがなんにもしてはいけないというのはどんなもんだか知らぬけど、ま、最終的には「客から金を取ってなんらかの対価を提供せねばならない興行」ではないわけだし(太っ腹なことに、無料コンサートでありまする)…

かくて当日朝となり、学生プロデューサーらの溜まり場たるお嫁ちゃん研究室の白板はこんなで
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正門の向こうの上野の杜は、そろそろ散り始めた桜の下で酔っ払い共が乱れ狂う年度末の金曜日となったのであーる。

無料コンサートといえ、ジュリアードなんぞの場合はほぼ必ず事前に無料チケットをゲットする必要があったりするんだけど、この演奏会は正真正銘の無料、暇だったら来て座ってちょ。チラシもそれなりに撒いたらしいし、数日前から慌ててSNSで情報拡散などしているものの、千数百席の会場でどれだけの席が埋まるか判りゃしない。んなわけで、やくぺん先生もペンギンのぬいぐるみが置いてあるよりよかんべーということで、しっかり動員されたわけでありましたとさ。

かくて上野の山に麦酒の香り漂い桜花乱れ飛ぶ夕刻となり、奏楽堂前に向かえば、おやまぁ、列が出来てるじゃないの。これなら動員なんていらなかったじゃん。後ろにズラリと現役作曲家並べた関係者指定席に座ってからも、次から次へと人がやってきて、ほぼ満席じゃあないかい。へえええ…

和太鼓のスターやら、学内では有名人の尺八ロシアンボーイなんぞも次々登場(なんせ、学生やファカリティはギャラがかからない!)、ある意味、まるっきりコストなんぞ考えずに好きなことがやれる「学生プロデュース」公演、美術系からの光のインスタレーションだけではなく、藝大という学校がその創設以来の宿命として決定的に弱い演劇系の奴も企画に関わっているからか、オルガンビルダーさんを役者にして転換の間に楽器を弄ったり部品を並べたりするさりげないパーフォーマンスもあったり、音楽の中身ばかりだけではなくあらゆる意味であれやこれやてんこ盛りの2時間と少し、桜散るちる春の宵は更けてゆく。

正直、こんな演出いらんわいって余計なもんも少なくなかったし、インスタレーションという名目で流される曲間のテープ音楽の音量はいくらなんでもでかすぎじゃないかいと思わされるところも散見されたとはいえ(にーちゃんねーちゃんたち、「藝大」なんてアカデミズムの看板背負ってモダンげーじゅつを学ぼうというのなら、せめてあんたらが「インスアレーション」なーんちゅって考えつくようなことはもう全部突っ込まれている《浜辺のアインシュタイン》くらいはちゃんと観てからにしなさいっ!)、音楽の中身だけをみれば極めて充実しており、「そういえば、俺は人生で邦人現代作品ばかりのオルガン演奏会なんて聴いたことなかったなぁ、ここまで教会臭くないオルガンの演奏会ってあり得るんだなぁ」と感心させていただきましたですわ。野村誠のガジェット楽器一切無しって作品、始めて聴いたかも。武久さんはやっぱり「音楽の中に生きている」人なんだなぁ、とあらためて思わされたり。はい拍手!
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てなわけで、一応は「流石は我がニッポン国トップのアート・ユニヴァーシティの明日を担う才能がプロデュースしただけのことはある」と言える、立派な晩でありました。これ、お世辞抜き。

ここで学んだあれやこれやが、後に出会うであろうもっと酷いことや、涙が出るほど馬鹿馬鹿しいことに役立つものだったかは…学生さんたち次第なんでしょうね。このステージに出てこなかった奴も含め。

おっとぉ、なかなか教育的な纏めじゃわい。なあ、婆さんや。

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マドリッドでオペラ関係者コンファランス [音楽業界]

このところ、やくぺん先生ったらすっかり爺になって、もう飛行機の貧乏人席に半日も座ってるのがしんどくなてきたからか、すっかり自分のための備忘録情報アップが近場ばかりになっておりますので、ちょっとは遠くの話。遙か政情不安な(うううん、バルセロナはすっかり話題にならなくなってしまったなぁ)西班牙国王都のイベント。先程、公報さんから送られてきたリリースです。

来る4月12日から15日、あたしゃ3年に一度の恒例の英都滞在真っ最中の頃、こんなイベントが開催されます。
http://www.teatro-real.com/en/season-17-18/other-activities/world-opera-forum

めんどーなんでまんまどういうもんか貼り付けると
Between April 12 and 15, the Teatro Real will become the world centre for opera as it hosts the first World Opera Forum, an international conference of opera experts which will bring together the associations of Opera Europa, Opera America and Ópera Latinoamérica (OLA), along with representatives from Africa, Asia and Oceania.

討論のテーマは、「世界遺産」「多様性」「新たなオペラ」「スポンサーシップ」の4つだそーな。まあ、極めて妥当なテーマ設定ですね。

寡聞にしてアジアの中に我らが初台の方とかがいらっしゃるのか、ぜーんぜん知りません。スポンサーにJapan Tabacco Internationalが入ってるので、JT関係からは誰かが行くのかしらねぇ(レセプション壁の華要員になりそーだなぁ…)。だけど、なんにせよ、今や国際共同制作が当たり前のオペラという金食い虫ですから、こういうところにちゃんとディレクター、プロデューサー級の方が顔を出しておかないとマズいだろーなぁ、とは思うんですよねぇ。二期会とか、びわ湖とかの方がいっちゃいそうな気もするけど。

なんであれ、こういうことが行われてる、ってこと。それにしても、今、イベント全てにアクセス出来る招待状、必要ですか、なんて行ってこられてもなぁ。わしゃ、14、15日は英都トンズラしてニュルンベルクで《兵士たち》見物することにしちゃったんで。一応、公報さんには「日本からの参加者、どんな顔ぶれか判りますかぁ?」という問い合わせだけは出しておくとしますか。ふううう…

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今年の韓国地方都市オーケストラフェスティバル参加団体は [音楽業界]

なんだかぼーっとしているうちにもう弥生もオシマイ。本格的な春ともなれば、上野の山では「のもり」祭りが始まってるし、海峡跨いだ統営でもイサン・ユン・フェスティバルが始まるし(今、ディレクターさんと詳細についてやり取りしているので、いずれ別項でご紹介予定)
https://www.aappac.com/en/event/18-q1-tch/
そして半島を北上すれば、あのソウル在住オーケストラ愛好家に春の訪れを告げる「韓国オーケストラ・フェスティバル」が始まりまする。ほれ。
- 2018 교향악축제 전야제 (3.31)
- 2018 교향악축제 KBS교향악단 (4.1)
- 2018 교향악축제 대구시립교향악단 (4.3)
- 2018 교향악축제 대전시립교향악단 (4.4)
- 2018 교향악축제 대만국가교향악단(NSO) (4.5)
- 2018 교향악축제 서울시립교향악단 (4.6)
- 2018 교향악축제 경기필하모닉 오케스트라 (4.7)
- 2018 교향악축제 춘천시립교향악단 (4.10)
- 2018 교향악축제 전주시립교향악단 (4.11)
- 2018 교향악축제 코리안심포니오케스트라 (4.12)
- 2018 교향악축제 부산시립교향악단 (4.13)
- 2018 교향악축제 광주시립교향악단 (4.14)
- 2018 교향악축제 원주시립교향악단 (4.15)
- 2018 교향악축제 군포 프라임필하모닉오케스트라 (4.17)
- 2018 교향악축제 과천시립교향악단 (4.18)
- 2018 교향악축제 강남심포니오케스트라 (4.19)
- 2018 교향악축제 제주특별자치도립 제주교향악단 (4.20)
- 2018 교향악축제 부천필하모닉오케스트라 (4.21)

英語版はこちら。ほれっ。
http://www.sacticket.co.kr/SacHome/direct/2018orchestrafestivalE

3月31日にコープランドの《市民のためのファンファーレ》(抗日戦国威発揚作品!)で始まるガラコンサートがあり、翌日のショスタコ10番をメインに据えたヨエル・レヴィ指揮KBS響以下、21日までほぼ連日総計19公演(だと思う)が繰り広げられる。なんと、ソウルフィルは女流指揮者ソン・シヨンを持ってきてますねぇ。演目としては、13日に釜山フィルがやるウンスク・チンの《アリス》のオケ抜粋とか、17日のウォルトンの第1交響曲、かな。最後の2日が済州と富川でマラ5連発、ってのはスゴいなぁ(ちなみに、この1週間後にはソウルフィルがかのシュタンツ御大でマラ5だから、ソウルのマーラー愛好家はもう気が狂わんばかりでありましょーぞ)。昨年は香港フィルが登場した海外招聘オケ枠は、4月5日のフィルハーモニア台湾(でいいんですよね)でんな。

毎年同じこと言うけど、音楽評論家目指している若い書き手さんは、ソウルに泊まり込んでこれ全部聴けば、「俺は韓国のオーケストラについてはちょっとはものが言えるぞ」って豪語できますよ。やくぺん先生が20年若かったら、絶対やるけどなぁ。誰かやらんかね、ホントに。ザルツブルクやヴィーン行くより、よっぽど意味がありますよ。

さあ、若者よ、半島を目指せっ!

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夏のハノイはユリシーズQ [弦楽四重奏]

アロドQの参加をお伝えした夏の終わりのハノイで開催される「Vietnam Connection Music Festival 2018」、もうひとつニューヨークから若い弦楽四重奏団が参加するという情報はお伝えしておりましたが
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-12-30
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2018-01-17
やっと、団体名が判明しまた。前回の大阪大会で2位となったユリシーズQです。以下、参加者詳細はこちあをご覧あれ。
http://vncmf.org/en/nghe-sy.html

ともかく、まだ日程とかははっきりわからないところもあるのですが、8月の後半にハノイでアロドQとかユリシーズQなんぞが出て来る若手弦楽四重奏のプチ揃い踏みがあることは確かなようです。指揮者の本名さんの名前も挙がっているので、オケ関連の演奏会もあるみたい。こちら。


また詳細が分かり次第続報します。とにもかくにも、来るのはユリシーズQらしい(…ってのもなあ)、ハノイでの日程は8月20日くらいから26日くらいみたい、という情報でありました。夏のフェステイバル、まだイースター前とはいえ、そろそろ決めたい方は、ヴェトナムもあるでよぉ、ってことで。ザルツブルクなんかに比べたら滞在費やアホみたいに安いし、飯は美味いですよぉ。

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おうちでチキンライス…なんだけどぉ [葛飾慕情]

チキンライスのお話。この話の補遺
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2018-03-13
というか、トーキョー編というか、オマケというか。

帝都に戻ってきて、やたらと寒かったり雪が降ったりしてる間にもダラダラと作文仕事をやらにゃならず、本日から月曜まで葛飾オフィスにプチお籠もりです。で、これくらいの半端な期間だと飯が面倒で、佃から賞味期限切れっぽい冷凍食品などいただいてきたわけだが、葛飾オフィスの厨房にひとつ気になってるもんがある。あれを喰ってしまわないとマズいだろうなぁ、今は勢いが付いてるから、そのまま一気に…

要は、これでありまする。
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そー、東は香港から西はアブダビまで、アジア圏のどこのスーパーマーケットにもしっかり売ってる、ご家庭で簡単に出来るチキンライスの素でありまする。底を眺めると、「此日期前最佳26/08/16」などと記してある。わぉおお、既に賞味期限切れて1年以上じゃあないかあああああ!これは早急になんとかせねばならんじゃろ。

かなりぶ厚いパッケージをあけると、中からこんなものが出て来る。
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説明書き(幸いにも英語がちゃんとある)を読んでみると、チキン1.5キロを煮込む際に入れるペースト、チキンの煮汁と米500グラム(タイ米が望ましい、などと気楽に書いてある)を炊き込む際に混ぜるペースト、煮込んだ後に取り出して冷やしたチキンにぶっかけるソース、それに小さいのはチキンライスお馴染みの生姜タレ、煮詰めた醤油っぽいタレ、それに辛い系タレ、以上でありまする。

さても、基本的に時間が経って風味が劣化するかもしれないけど、ホントの意味で悪くなりそうなもんはないじゃろ、と気楽に判断し、つくってみることにすべーか。

まずはチキンだが、亀有の肉のハナマサまで行けば丸ごとチキンひとつは買えるだろうけど、今、葛飾オフィスの自転車がパンク中(そのためにこのところ水元公園に小さな飛ぶ方々に遭いに行けませぬ…)。歩いて行くには遠いし、こんなことでバスに乗るのもイヤなんで、まあいいや、最寄り駅前のスーパーに行ってチキンの彼方此方の部位を1キロちょっとくらい買い込むべえか。問題はタイ米だなぁ…って、すっかり冒頭部分書いては消しの作業にイヤになったので、夕方から作務衣にコート羽織ってひょろっとサンダル履きで出かけるのであった。

まずは、なんとも川向こうなセンス漂う駅前のお米屋さんに向かい
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オジサン、タイ米、ある?と訊ねると、あっさり「ないない、9キロ買ってくれるなら取り寄せるけどねぇ」とのこと。なんで9キロなんじゃろか、ま、突っ込んでも仕方ないと、あっさり諦め、駅前スーパーに向かいます。

さてぇ、と米コーナーをキョロキョロするも、世界のどの都市のスーパーに行っても置いてある500グラムから1キロくらいの小ぶりなパックの長粒米は全く見当たらない。店員さんに尋ねると、「あったかなぁ…」と探してくれて、ここにないならないですねぇ、とのこと。

それならそれでしょーがないとさっさと戻り、もうあとは有りものの米といつもの炊飯器で調理することに決意した次第。

んで、レシピ通りに2.5リットルの水に煮込みペーストをぶち込んで30分程チキンを煮込みますぅ。ひきあげて、冷水で15分冷やし、その間に650ccの先程の煮込み汁を500グラム三合半弱の日本米にぶちまけ、かなりねっとりした、でもあのお馴染みのチキンライスの臭いが強烈にするペーストを混ぜ込み、添えられた調理の仕方は一切無視して、炊飯器の「炊き込みご飯」スイッチを入れ、あとはもう、知らんぷり。

かくて待つことしばし、当たり前に炊きあがったご飯は、強烈に油っぽくて、ペースト状のソースが混じりきってない。慌ててグチャグチャひっかきまわし、暫く蒸らし、その間にチキンを切って、醤油味のソースをブチかける。小皿を出して小さなソース3つを並べると、なんだかチキンライスっぽくなるぞ。コリアンダーとかワケギとか胡瓜とか、ホントは小物も必要なよーだが、ま、そんなんなくても結構じゃわい。

かくて、こんなもん、出来ましたぁ。
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まあ、見てくれは一応、格好はついていますな。んで、食してみると…うううん、チキンは「煮鶏」です。そうとしか言いようが無い。ま、お馴染みのソースがある、特に煮詰めた醤油系タレは賞味期限切れでも問題なく、しっかりもうチキンライスっぽい。生姜系と辛い系は、流石に賞味期限切れかなぁ、って感じ。

問題は炊き込みご飯でして…そーだなぁ、やっぱり日本米はタイ米に比べて水分の吸収がよろしいからか、正直、味が濃すぎる感じになってます。冷めればこれくらいでも良いのかしらね。付け合わせはスーパーの見切り青梗菜をラップに包んでチンしただけのもの。チキンライス用の煮込み醤油タレには、とぉっても合います。

なんのかんの、ともかく大量のチキンライスもどきが出来てしまったので、これから月曜までずーっとこれで生きていくやくぺん先生なのじゃ。

やっぱり、名店のぷるぷるした食感やら、シンガポールの当たり前の店の適度な歯ごたえと柔らかさなどは、簡単にご家庭で出来るもんじゃあないでんなぁ。ぶっちゃけ、チキンを細かく刻んで、炊き込みご飯にまぶし、おにぎりにすると滅茶苦茶美味しいんでないかい、と思わんでもないぞ。

以上、弥生のチキンライスづくし、これにてオシマイ。イースター明けの英都でまたチキンライス、なんて勿体ないことはいたしませんっ!

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ベートーヴェン後期弦楽四重奏を3回の演奏会でやるなら… [弦楽四重奏]

どーでもいい趣味的な話。

お彼岸の日に大雪が降る中、遙か三鷹駅から延々と歩き、武蔵野市民会館でのロータスQベートーヴェン後期弦楽四重奏曲全曲演奏会に馳せ参じて参りました。っても、スイマセン、最後のコマは、人に会うことになってしまって都心に戻らねばならず、主催者さんにチケットを供出させていただきましたけど。あのチケット、使われたなら良いんですけどねぇ、大雪が上がった中、当日券でやってきた方などいらしたのかしら。

このサイクル、マネージャーさんは一昨年くらいから「全曲演奏よりこっちがメイン」なんて本気か冗談か判らないようなことまで仰ってたくらいな大きなイベントだったわけで、これを3チクルスやるというたいへんなツアー、ご苦労様でした、ホント。

さてもさても、このベートーヴェンの後期弦楽四重奏を全曲演奏しようという企て、実際にやろうとすると、案外と難しいのが「コンサートとしてどういう並べ方をするか」でありまする。これはもう、室内楽ファン、ベートーヴェン愛好家の皆様なら、「俺ならこうする」と勝手なことを言い合って一晩明かすことも出来るんじゃないかと思える大ネタ。そもそも何回で演奏するか、《大フーガ》をどうするか、改訂版作品130終楽章をどう扱うのか、などなど。

んで、今回のロータスQの回答は…

第1回:べートーヴェン作品127、作品130(終楽章《大フーガ》)、アンコールとして作品130改訂終楽章
第2回:メンデルスゾーン作品13、ベートーヴェン作品132
第3回:ベートーヴェン作品131、作品135

というラインナップでありました。いやぁ、これ、なかなか味わい深いなぁ、こういう手があったか、というやり方ですね。なによりも驚かされるのは、第2回目にメンデルスゾーンの作品13を持ってきたこと。「え、どーして」と思うでしょ。だけど、お判りになる方は「はあああああ、なるほどぉ」と膝を叩くでしょうねぇ。小生は今回、演奏者の皆さんと直接話をしていないので、勝手な推察になるわけだが、ヘンレ版の作品135の序文をご存知の方は、お判りのことでしょう。そー、あの黄色とネイビーブルーの楽譜の最初のところに、「作品135は実はメンデスルゾーンが出版時の校訂をやってるのではないか」と仄めかす、なかなか微妙な物言いがしてあるのですわ。余りにさりげなく言ってるので、ええええ、と思うこともなく読み流しちゃいそうなんだけど、メンデルスゾーンが作品13を書くときにかなり深いところでベートーヴェンの後期のオリジナル譜面との付き合いがあったんじゃないか、ということであります。

当日プログラムにもそれらしいことは書いてないし、なんせ物証があるのやら、学問として証明出来るかどうか判らぬことですけど、納得はゆく話ではある。それを実際にこういう形で音にしてみた、という貴重な経験をさせてもらえて、大いに感謝する次第であります。

ここまで大胆なやり方はそうは出来ないとしても、やくぺん先生としてみれば(演奏する側の負担などをまるっきり考えずに)是非とも聴いてみたいベートーヴェン後期弦楽四重奏の全曲演奏のプログラミングは、以下のようなものであります。奏者の皆さんには全くの無茶を承知で、敢えて長い長い演奏会を2回、出来れば2日続けてやっていただく。演奏順は…

第1回:作品127、作品132、作品130(終楽章《大フーガ》)
第2回:作品131、作品135、作品130(改訂版終楽章)

という無茶苦茶なマンモス演奏会でんがな。

つまり、第1回でガリツィン弦楽四重奏を全部やり、この曲集の《ラズモフスキー》とのパラレル関係を示す(最後がラズモ3番のフーガと同じフーガで終わる)。作曲順に演奏することで、4楽章から5、6楽章とドンドン大きくなっていく様子も判る。第2回目は、ガリツィン弦楽四重奏で言い足りなかったことをまるで創作のレジュメみたいにして語る作品131という特殊な独立した作品をやり、本来は短い4楽章の弦楽四重奏3曲で作品135セットとなる構想だったけど唯一完成した、要は作品135-1をやる。そして、巨大なディヴェルティメントみたいな最終形態の作品130を、もう一度全部弾いてこの作曲家が最後の書いた弦楽四重奏文献を最後に弾いてオシマイ。

演奏するという視点からすれば滅茶苦茶この上ないでしょうけど、理屈からすればとっても綺麗なプログラムなんじゃないかしら。

誰か、やってちょ。どこでも行くからさ。ある意味、とっても理屈は通ってるプログラムなんで、やってる奴らはいるだろうなぁ、と思うんだけど。ま、「作品127&132」「作品130大フーガ付き&作品131」「作品135&作品130改定終楽章付き」という3回の演奏会にするなら現実的なんでしょうけど。

以上、桜も開花を躊躇しアホかと呆れる、寒い初春の夜の与太話でありました。

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不条理悲劇《ゴロー》… [音楽業界]

香港はランタオ島空港第1ターミナルの22番ゲートに、今、香辛料航空の到着を待ってます。これから午前3時前発の深夜便で東シナ海をひとっ飛び、朝の成田に戻ります。実質、2週間のアラビア半島、インドシナ半島、香港とまわるたびの空の最後のフライト。

今回、香港に立ち寄ったのは、春節の香港芸術祭恒例の外来オペラ、ウェーリッシュ・ナショナル・オペラの《ペレアスとメリザンド》、ハッキリ行っちゃえば、パウントニー演出の《ペレアスとメリザンド》を眺めるのが目的。
https://www.hk.artsfestival.org/en/programmes/debussy-pelleas-et-melisande/
公演は2回なんだけど、いろいろとオペラ・ワークショップやら、中日の昨日は子供のためのオペラ入門みたいな演奏会も用意されていて、妙に「英国お得意の教育プログラム輸出」って感じがするもんであります。ホントはそういう部分も眺めなければいけないんだけど、昨晩はシンガポールから到着し湾仔の宿で深夜過ぎまでまるで関係ない原稿をやっていて、今朝もそのやりとりをしていて、付帯イベントを眺める時間はまるでありませんでした。ま、東京から某ホールの若い現場の方が来ていて、そういうもんも一生懸命見物してましたから、そういうことは若い人にやってもらって、爺は勝手にやるのじゃ。うん。

さても、パウントニーという人は、あのとっても有名になったヴァインベルクの《旅行者》の舞台が世界彼方此方に持ち歩かれてるので知られている演出家さんで、今更やくぺん先生なんぞが偉そうにどんな人か説明する必要もないでありましょう。昨年秋の終わりのシカゴの《ヴァルキューレ》も、余りに疲労していて当電子壁新聞では感想文をパスってしまってますが、0年代から10年代に世界中で出されたいろんな実験的だったり、面白いやり方だったり、なるほどぉって視点だったり、そんなもんをあれやこれやいいとこ取りし、丁寧なキャラクターの動かし方で極めて水準が高く美しい舞台を作ってくれました。なんせ、トーキョー・リングの「ヴァルキューレが病院の患者運搬台車グルグルぶんまわし」まで出てきて、もう嬉しくなっちゃいましたし。

一見奇を衒っているようでも、実は真っ当なイギリス風の古典的に筋の通った舞台をちゃんと作る演出家さんで、ぶっちゃけ、読みようによっては不条理劇としか思えないこのメーテルリンクの戯曲をどう「まともに」処理してくれるかが見ものだったわけでありますな。

なんのかんのめんどーなんで、結論をいきなり言ってしまうと…うううん、「びみょー」(←一昔前の女子高生風に)ってかな。極めてまともな部分と、なんでこんな不必要なギミック突っ込むねん、と思わざるを得ない部分がはっきり共存している舞台でありました。

そもそもこのドビュッシーがリブレットにしたもの(ほぼメーテルリンク原作と同じ)って、まともに演劇として読み込んでいくと、ゴローだけが浮いてしまうようになってるのは誰にも否定し得ないでありましょう。この作品の中で、19世紀ロマン派オペラ的な「感情の強烈な動き」や「ハッキリした意図や意志」を有しているのは、ゴローしかいない。他にちゃんと行動を説明出来るのは、アルケルじいちゃん(それにお医者さん)くらいしかいない。イニョルドの説明がつかない行動は「子供である」ことが理由になるから、こちらに入るかな。

水をたたえたまあるい池の真ん中にでっかいニンゲンの骸骨があり、その中にパイプと螺旋階段で塔が組まれている。その池の中と周り、パイプ塔で舞台は展開します。これ、メリザンドの歌のシーン。
WNO-Pelleas-and-Melisande---Jurgita-Adamonyte-(Melisande)-and-Jacques-Imbrailo-(Pelleas).-Photo-credit---Clive-Barda-304_2400.jpg
ゴローとエルケルのみを眺めれば、とてもきちんと考えられ、演技が付けられ、それに歌手達もきっちり応えている立派なロマン派歌劇、はたまたヴァリズモ歌劇が展開している。流石、ちゃんとした演出家がちゃんとしたカンパニーにじっくり付き合えばこういうものが出来る、という「オペラティック」で「人間の血が通った」熱いステージが繰り広げられている。「理解出来ない妻の不倫を疑い、不倫相手の弟を殺し、妻とは最後まで理解が成されないままに取り残される不器用な男の悲劇」が展開する。正に、悲劇《ゴロー》ですわ。

ところが、この作品の困ったところは、題名となっている2人や背景として出て来る人間たちが、どいつもこいつも揃いも揃って訳が判らない、というところにある。やってることの意味も判らないし、言ってる事も意味不明。でも、いきなり「好きだ」とかロマンティックなことを言い出したり。なんなんねん、こいつら?要は象徴主義舞台の登場人物であって、19世紀的な理性や理屈はたまたそれを越える情熱、なんぞでは説明不能な人達。

そんな人としての在り方を示すため、往々にしてメリザンドはぼーっとして、受動的で、瞬発的に感情を爆発させるだけの存在として舞台にあげられます。ペレアスに至っては、もっと影が薄い。なにしろゴローに殺されちゃってもみんなそんなに気にしてないことを聴衆が気付きすらしない情けなさ(不倫現場押さえ殺人騒動のあと、延々と舞台は続くのに、誰ひとりとしてペレアスのことを語らないのは、なんとも不思議なんですけどねぇ)。洞窟にいる難民達も、羊飼いも、みんな良く判んない存在です。

ですから、多くの演出では、ボンヤリした影の薄い人物として描くわけだが、ところがどっこい、パウントニー御大ったら、少なくともメリザンドに関してはとてもしっかりした、少なくとも行動している瞬間はそれなりにちゃんときっちり意志を持った美女として描くわけですわ。歌手さんも、なんか「ロスト・イン・トランスレーション」のスカーレット・ヨハンソンみたいな感じで(遠くからの見てくれが、です)、それなりにちゃんとしたまともな女で…結果として、あんたはルルかぁ、象徴主義というよりも表現主義じゃんけぇ、って感じ。ペレアスは流石に、愛の場面などかなり積極的であっても、「なにかんがえてるかわかんないとっぽいおとうと」ではありましたですが。

面白いのはイニョルドが羊たちを眺めて喜んでいるところで、あの場面の「大きな重たい石」は寝ているメリザンドなんです。2人は義理の母と息子の感じギリギリの乳繰りあいみたいになる。それから、アルケルじいちゃんも、メリザンドと話をしていると、まるでうちの孫の嫁に迫られてるみたいに見える。結果としてメリザンドったら、なんだか「ファム・ファタール」の空気も醸し出しちゃったりして…

ううううん、この作品、「ロマン派オペラと象徴主義の舞台を強引にぶつけた破綻ギリギリさ加減」が演出家とすれば何とも言えない魅力なのだろうし、構造はそのままにロマン派舞台の演出法を徹底し、最初と最後に「袋に入れたメリザンドをミノタウロスが湖の畔に落としていく」という枠を作って象徴主義的な部分を一気にすくい上げようとするパウントニー御大の力業、気持ちは判るし、技術的には見事に成功しているとは思うんですが…どうなんだろーなー、個人的にはこの枠作りは意味を持ち得ていたかどうか、微妙だなぁ。

もうひとつ、ゴローとエルケルは水に入るとバシャバシャ音がするのに、メリザンドやペレアスは水の中を歩いても騒々しくない、ってとっても象徴的なことをやってるようにも思えたのだけど、果たして昨日の引っ越し舞台がそんな意図をちゃんと伝えているのか、たまたまそうなったのか、良く判りませんでした。もしも意図的だとすると、「水面にフワフワ浮いているような人達と、水に沈む人達」という極めて象徴的な分類になっていたんだけど。最後の愛の場面の歌詞にも対応しているしねぇ。これ、カーディフで観ないと判らないなぁ。

てなわけで、このパウントニー版ペレアス、徹底して「ゴローの悲劇」が描かれることは確か。ヴェルディなんぞのオペラがお好きな方にはもの凄く判りやすく、受け入れられやすいんじゃないでしょうかね。その意味で評価が高いのは納得は出来ます。こういうやり方は、モダン設定にしてゴローを世俗的に成功している会社の社長にして…なんてやり方では屡々見るけど(随分昔に、シュトゥットガルトでそういうのを眺めましたっけ)、あくまでもいつの時代とも判らないコスチュームで展開してくれたお陰で、かえってやりたいことは良く判ったのかもね。

どこかでご覧になる機会があれば、視て損はないと思います。香港に寄った価値はあった一晩でありましたとさ。

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シンガポールでバーンスタイン [現代音楽]

短い、ってか、いついたんだ、って感じのシンガポール滞在を終え、明日には香港に向かいます。上海Q、考えてみたらちゃんと聴いたのは上海シンフォニーホールのオープニングのとき以来じゃないか。「お前、ホントにニホンでは遭わないなぁ」とチェロのニコラスに呆れられてしまった。あの独特の和声感ってか、音色感ってか、格好が付いてきているなぁ。巨匠っぽくなってきたぞ。

さても、そんなシンガポールでありますが、数ヶ月後にまた来ることになってしまいました。なんとなんと、6月2日にエスプラネードでバーンスタインの《ミサ曲》が上演されますっ!
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それも、シンガポール響じゃなくて、この街の若い連中がやってるオーケストラ。一応、エスプラネードも共催に入ってます。
https://www.orchestra.sg/bernstein-mass/
へええええ、ですねぇ。アジア地区では昨年の大フィルとここだけじゃないかな。ちゃんと演出も入る、演奏会形式じゃない(ってか、あの曲はどうやろうが「演奏会形式」だけどさ)本格上演であります。

この公演の興味深いところは、ここが「シンガポール」であるということ。なんせ、この作品の背景にはフラワージェネレーションの一種の文化大革命の流れがあるわけで、そのお陰で今やトランプの牙城のワシントンDCなんぞでは、この世界中で盛り上がってるバーンスタイン騒動があろうと一切無視、上演されそうもない。NYCも同様、ボストンも同じ。クリントン政権だったらどうだったんでしょうねぇ。

だけど、この作品のリアリティがちょっと別なところにあるヨーロッパなんぞでは盛んに上演されていて、来週にはパリ管もフィルハーモニーの定期で上演します。バーンスタイン年のハイライトのひとつ。
http://www.orchestredeparis.com/fr/concerts/mass-de-leonard-bernstein_3026.html

話をシンガポールに戻せば、この作品が生まれた頃のシンガポールって、まだマレー連盟から独立して10年と少し。向こうのヴェトナムでは米軍が「ヴェトナム化」に向けた政治的駆け引きで北爆再開したり、どうやって負け戦から足を抜くかニクソン&キッシンジャーが必死になっていた頃。フラワージェネレーションの反戦運動が勝利し、その文化が世界中に広まり、なんと「白い社会主義」シンガポールでは長髪ロック禁止令が出ていた、なんて頃です。そして、そういう時代に、正に長髪にしてロックやりたがってたのが、例えばディック・リーであり、御本人はそんな不良だったかは知らないが、今のエスプラネードを創り上げた名ディレクターのベンソン氏だったりの世代。なんのことない、今のシンガポールの成功を担った世代なんでありますね。

蛇足ながら、そういう世代の空気を知りたいなら、こんな映画があります。バーンスタインの《ミサ曲》が初演された頃のシンガポールの音楽不良を描いた、ディック・リーの自伝映画。お涙頂戴だけど、この時代のこの街の文化に関心がある方は観て損はありません。っても、ニホンで観る方法はあるのかなぁ。
https://www.yesasia.com/global/wonder-boy-2017-dvd-malaysia-version/1064228977-0-0-0-en/info.html

もとい。そういう人達の根っこにあるものを知らない、知る必要もない、今や日本を抜いてアジアの経済トップの理想的な国家を作っている(←無論、皮肉です)シンガポールの中で育った若いアーティスト達が、無茶な企画と百も承知で(恐らく…)上演しようとしている。

これは眺めに来ないわけにいかないでしょーにっ!パリで眺めるより、ロンドンで眺めるより(やくぺん先生到着の前々日!)、シカゴで眺めるより、はたまたヴィーンで眺めるより、余程意味がある。…って、このブーシーのリストにこの上演が載ってないけど…大丈夫なんだろーなぁ。直前に出版社から横やりが入って中止、なんてイヤだぞぉ!
http://www.boosey.com/cr/calendar/perf_results?musicid=4084

さあ、バーンスタイン愛好家は、6月2日にシンガポールに向かうべしっ!

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