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歌詞対訳のあり方 [売文稼業]

先週末から錦糸町のトリフォニー隣に滞在し、1ヶ月に渡る大イベントに備えていらっしゃったブリュッヘン翁、いよいよ今晩の「天地創造」でハイドン祭りを開幕します。さあ、みんな、川向こうに押しかけましょう。チケットにはまだ余裕があるとのことであります。

さて、今日明日明後日の「天地創造」ですが、何の因果か、小生が歌詞対訳までやっております。どうしてそういうことになったかと言えば、はっきりいえば、今回の使用に適当な既存の対訳が見つからなかったからであります。

世の中には素晴らしいハイドン研究者もいれば、聖書学者もいれば、ミルトン専門家もいる。それなのにあたくしめがやるのは、そういう方々の素晴らしい訳は、素晴らしく正確な訳であればあるほど、演奏会の会場での使用が難しくなる、というジレンマがあるからであります。

演奏会の会場で使われる対訳の目的は、ひとつしかありません。「聴衆に、今、その瞬間に起きていることを理解して貰う」に尽きます。なにしろ今回の「天地創造」、今やすっかり聴衆の皆さんにはお馴染みになった字幕テロップがありません。ですから、本当に対訳がないと困るんですわ。終演後の電車で読んで理解を深めるのでもなければ、取っておいて記念品にするためにあるのでもない。もっと言っちゃえば、開演前に読んで理解するためでもない。実際にその音が鳴っている瞬間に理解して貰うのが目的であります。ですから、本当は終演後は全部回収し、翌日の公演に使い回しをしたいくらい。

さて、恐らく、本日以降の公演会場で当日プログラムと対訳を手にした方は、「この対訳はもの凄く読みにくいし、判りにくいなぁ」と思うことでしょう。なにしろ、出来るだけ「逐語訳」に近い形になっておりますから。

意図的にそうしてあります。理由は以下。

まず、「天地創造の物語は、大人でも子供でも、誰でも知っている」という前提。申し訳ないけど、「俺はそんな話は知らんぞ、説明しないのは不親切だ」と仰る方は、自分を恥ずかしいと思って下さい。天地創造譚を知らないのは、教養以前の問題です。無論、当日プログラムには「天地創造譚はなぜ宗教的なのか」の説明をしてありますので、まずそっちを見て下さい。

つまり、音楽の大きなストーリーは知っているから、大まかに何をやってるかは判らない筈はない。ここで、この音楽の特徴が問題になってきます。「このハイドン作品の最大のウリは、テキスト内容の音楽による描写にある。だから、語順のひっくり返った訳だと、言葉を音楽が描写している瞬間が判らなくなって、興味が半減してしまう」ということ。
もうちょっと具体的に説明しましょうか。例えば、「みよ、地面から虫がウジャウジャ湧いてきた」と天使が語っているところがあるとします。英語からドイツ語に訳されたテキストですから、逐語訳だと「みよ、虫が湧いてきた、ウジャウジャと、地面から」になっているでしょうね。と、ハイドンは、言葉が発せられるであろう真ん中より前くらいで、音による虫誕生の描写をするわけです。ところが、まともな日本語の訳をみていたら、その部分に相当する日本語は最後に来てしまう。「ああ、さっきの低弦の16分音符のドロドロうごうごした動きが、虫が生まれたところだったのか」と、後になって理解することになる。これじゃあ困るんですわ。(←あくまでも例で、具体的な箇所じゃありません。)

ってな面倒くさいことやってたから、こんな誰でも知ってる内容のテキストの翻訳に、NY厄偏庵で1週間まるまるもかかったわけです。NAXOS Music Libraryでいろんな種類の演奏がレファランス出来たので、非常に有り難かったです。特に古楽系の方は、「みたか、無知蒙昧なカラヤンよ、これぞ正にバロック時代の因習的な演奏方法だぞ」とばかりに、派手ハデに音描写をやらかす傾向にありますからねぇ。

そのような極めてバロック的な音楽の有り様に対し、ハイドン自身はいまひとつ納得いっていなかったそうな。とはいえ、この作品を実質上委嘱した上演のプロデューサーで、台本のドイツ語翻訳者でもあるヴィーン帝立図書館長を勤める超インテリでディレッタントだった貴族さんが、台本に「ここでああしろ、そこではどうしろ」と細かく指示してきていた。えらく古くさい音楽観だけどしょーがないわなぁ、と思いながらハイドンは付き合っていたとのこと。「天地創造」のドイツ語訳に対しては、特にミルトンの本国のイギリスからは、初演当時からずーっと批判があり、今でも格好の学位論文くらいのネタになってるようですね。

そんなこんなで、本日明日すみだトリフォニーで、日曜日にパルテノン多摩で配られる対訳が読みにくいのは、音楽の流れと言葉の流れをできるだけシンクロさせる翻訳を意図的に行っているからなのであります。無論、そうすると余りにも日本語として意味が判らなくなる場合は、涙をのんで、日本語を優先させております。

ま、なんであれ、ホントは対訳なんて眺めずに、ブリュッヘン御大とNJPの音楽にしっかり耳を傾けて頂きたいのでありますけどね。では、皆々様、錦糸町にGO!

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コメント 5

北十字

昨日 天地創造に行ってきました。
私は一目見て素晴らしい対訳と驚きました。あれなら聴いている音楽と語っている言葉の関係が その場でわかるものだ と。

貴重な保存版になりました。
by 北十字 (2009-02-07 11:30) 

Yakupen

北十字様、御意見ありがとうございます。印刷された紙面の大きさとか、字の大きさとか、ホチキスで止めない方が良かったのではないかとか、様々な御意見をいただいているようです。NJP事務局としても、今後もいろいろ反省は反省していくとのことです。まあ、ホントは、テロップを入れてくれれば良かったのですが、なにせ予算が。

今後も御意見いただければ有り難く存じます。
by Yakupen (2009-02-07 20:56) 

ポールスミス

2/7のコンサートに参加したものです。

なんで、逐語訳にしたんだろう。。。と思っていたんですが、納得
しました。「天地創造」という音楽を理解する上では、大変便利な
ツールだったと思います。音楽より訳に集中してしまう瞬間はあり
ましたが、、、

ただ、やはり紙をめくる音は気になりました。
まあ、訳があれば、めくっちゃいますよね。
(僕もめくったので偉そうなことを言う資格なしです。)
なんとか上手いやり方を考えてほしいものです。

7月の定期「七つの封印を有する書」も、今回と同じくテロップなし
日本語訳配布という形になるのでしょうか?
ご存知でしたら、教えて頂きたく思います。
by ポールスミス (2009-02-12 16:19) 

Yakupen

ポールスミスさま、御意見、有り難う御座います。

あの歌詞対訳のあり方にはいろいろな意見が寄せられております。御意見、担当者に伝えておきます。

めくりの騒音ですが、物理的な音の問題もあるでしょうけど、ブリュッヘン氏の音楽が想像以上に弱音にも注意を向けさせるものだった、演奏の性質もあるんでしょう。真面目な話、朝比奈さんやらやまかずさんだったら、案外、あの音も気にならなかったかも。

現時点では、紙質を音がしにくい、もっと柔らかいものにする、という手もあると言われています。ただ、B5以下のフォーマットなら良いものの、ある程度以上大きくすると、ふにゃふにゃで扱いに難くなるという欠点もある。どちらも一長一短、ということでしょう。NJP事務局担当者さんに拠れば、「対訳の紙質は試行錯誤で、実は毎回違えてるんです」とのことでした。

7月定期に関しましては、現時点で小生には連絡はありません。対訳にするのか、それとも相当な出費をいとわずにテロップにするか、まだ判らないと関係者は数日前に申しておりました。NJP事務局、ブリュッヘンさんが無事にご帰国になられるまで上を下へで、先のことは考えられないでしょう。

小生の個人的な意見を言わせていただければ、「天地創造」は内容は誰でも知ってる話であり、言葉と音の対応が第2部を中心に極めて密接なので、あのようなやりかたをしましたけれど、「ヨハネの黙示録」は台本としての性格が違います。つまり、対訳の目的がまずは「物語の粗筋を理解して貰う」ことになる可能性が高い。それに、音楽と言葉のリンクの仕方も、後期ロマン派風でバロック風なそれとは違います(まだ、ユニヴェルサールの分厚いスコアをちゃんと眺めてないんで断定的なことは言えませんけど、スイマセン)。ですから、ちょっと違った風になる可能性はあると思います。

by Yakupen (2009-02-12 17:58) 

ポールスミス

丁寧なご回答、ありがとうございました。
対訳はなかなか難しい問題なんですね。

7月定期については、天地創造のプログラムを読んで興味を持ちました。
なかなか、マーラー・ブルックナー以後の作品はなじみがないのですが、今回のように関連付けてもらえると、興味を持つとっかかりとしてはありがたいです。

拙文で失礼致しました。
by ポールスミス (2009-02-13 12:13) 

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