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被災地アウトリーチをやるなら [演奏家]

昨日の夕刻から、被災地に入る取材の打診があり、いよいよ来たかとアドレナリンじゃぶじゃぶ状態にしながら状況などを調べていたら、やっぱり数日前の余震以降交通網の復旧が予定通りに行っていないのでもうちょっと落ち着いてから、という冷静な連絡が入り、どっと疲れてしまった。アホじゃ。

あたしがどーであろーが、いわきにだってしっかり桜が咲いたようだ。ほら。
http://blog.goo.ne.jp/shink_2006?fm=rss

んで、そんな中でめっけた興味深いサイトがありましたので、紹介しておきます。音楽関係ではありません。ある意味、メディア論の現場研究ですね。
http://www.kotono8.com/2011/04/08dema.html
311以降、ウェブ上でどんなデマが飛びまくったのかを分析したものです。どうもウェブ、それにつぃったーという未だに小生は触れられないでいるツールは、口コミの電子化みたいなものらしい。口コミは消えてなくなるけど、電子の海にはその断片がゴミとなって漂っていて、このような口コミゴミの収集と傾向分析も後になって出来るようになった。これはスゴイことだ。更に細かい分析やデータの収集がなされ、きちんとした研究になって欲しいですね。

んで、本論。

フェイスブックなどを眺めていますと、そろそろ実際に被災地に入ってなにかをやらかそうと思っている音楽業界関係者やアーティストなどが出始めたようです(自衛隊軍楽隊が既に入ってる、という話もあるようだが、これもデマかもしれないなぁ)。ま、小生なんぞに現場に行って取材してこい、なんてことを編集者さんがちょっとでも考えるようになるってこと自体が、誰でも被災地に入れるようになった証拠なんでしょう。

幸か不幸かクラシック音楽というのは究極のアコースティックで、電気も音響スタッフもいらない。その気さえあれば、羽田から仙台空港までヒョイっと飛んで、被災地そのものの空港ターミナルの前まで歩き、片付けられてない瓦礫の前でバッハの無伴奏パルティータを弾く、なんて簡単に出来る。車を動かす気になれば、譜面台と椅子を積んでって、ぶっ壊れた学校の校庭に乗り付け、譜面台立てて、木管五重奏だって弦楽四重奏だって、金管アンサンブルだって、直ぐに出来る。今、この瞬間、被災地に音楽を届けようと考えれば、所謂クラシック系が最も簡単で機動力があるわけですわ。戦場と刑務所と被災地は、究極のアウトリーチ先です。

そんな気持ちを抑えられない方に、敢えてひとつだけお節介な忠告。311以降の世界のあちこちで出会った音楽家と話をしていて、これは大事だな、と思った言葉を記しておきます(本来は商売向けの内容なんだけど、今はみんなその瞬間に大事なことを算盤勘定抜きでせにゃならん非常時だから、許されるでしょ)。まかり間違って「さああああ、被災地アウトリーチをやるぞぉ!」なんて盛り上がってる奴がこの電子壁新聞を眺めていたなら、動き出す前に絶対に知っておいて欲しい、世界各地でのアウトリーチ経験豊富な先輩の言葉。シュトゥットガルトのチャリティ終了後の深夜、あと数時間で日本に向けた飛行機に乗らねばならない指揮者の大植英次氏が漏らしたことです。テープを回していたわけでなく、あくまでも記憶から書いてるので、一語一句の信憑性はありません。引用などしないように。

「僕はね、ともかく、被災者の方に会いたいんです。会って、音楽を聴いて貰いたいんじゃないの。会って、被災者の方達の話をききたい。半世紀も一緒に生活してきた人をなくしちゃった人とかって、なによりも、自分の気持ちを誰かに話したいんですよ。誰かに自分の話をきいて欲しい。他人がなにかを言うのをきくんじゃなくて、自分の気持ちを誰かにきいて欲しい。僕がしたいのはね、それなの。その人の話を一生懸命きいて、それではじめて、じゃあ僕が貴方に出来ることはね、って、音楽なら音楽をやっとできる。(大植英次)」
233.JPG

被災地に行こうとする音楽家の皆さん、そこにいる人々が今、貴方のところに寄ってきたのは、貴方のすることを聴くためじゃないかもしれない。逆に、貴方になにかをきいて貰いたいからなのかもしれない。

だから、ことによると、貴方のすべきことは、バッハのガヴォットを弾いて人々が集まってきたら、集まった人のうしろの方で立ってるおじーちゃんに声をかけて、この30日をどう過ごしてきたか話をして貰うことなのかもしれない。

今、人々は貴方の表現、貴方の言いたいことをききたいのではない。自分のことを喋りたい、自分の話をきいて欲しいのです。被災地の人々を前に自分を表現しに行こうというのならば、それは迷惑な行為です。
自分が最も弾きたい瞬間に、敢えて楽器を脇に置く自信がある人でなければ、被災地に行ってはなりません。

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Eno

実に適切な助言だと思います。今一番大切な心構えと、肝に銘じます。
by Eno (2011-04-15 16:09) 

NS

昨日はメールへのご助言ありがとうございました。またその件はメールさせていただきます。

被災地でのアウトリーチの件、まさにその通りだと思います。先日たまたま見たテレビでもあるロックシンガーか誰かが、石巻にギター持っていったそうで、行く前はギターで避難所の人を励まそうと思ったそうですが、今はそういう段階じゃないって実感したと言ってました。物事には段階があるって。その時はその通りだなって思ってみてましたが、私の住む近所にも一時避難所になってた某アリーナがあるんですけど、被災者の前で歌ったりバイオリンか何か演奏してるの人がいるのをTVでみて、善意でも何かすごく違和感ありました。この時期、この東京とかでコンサートに行って音楽聴いて元気になる人は多いと思うし、もちろん音楽は生きる力になると思うけれど、被災地という現場では、まずその方たちの気持ちに寄り添ってからですよね。

by NS (2011-04-15 19:51) 

かめ

音楽ができることってあるんだろうか?アウトリーチってやるほうの自己満足かもしれない、なにをすべき、なにができるのか・ぼんやりと答えのない自己問答。
おかげさまで考え方を整理することができました。見る前に飛べなどというのはこの場合には暴挙にしか過ぎないことも。
by かめ (2011-04-16 04:41) 

Yakupen

皆々様

商売上は掲載誌が世に出ていないどころか、まだ原稿すら書いていない中身に触れることをこんな場所に出してしまうなんてプロの売文業者としてはタブー中のタブーで、仕事なくなっても文句言えない振る舞いなんですけど(尤も、自腹取材だから文句は言わせぬ、と言い張ることは出来るものの…)、大植氏の言葉が少しでも今の瞬間にお役に立てたなら良かったです。だって、来月に出てもう半分は意味がないもんね。

大植英次氏は、スリーマイル島事故のときには北米にいて追悼をやり、チェルノブイリのときにも追悼をやり、911でも追悼をやり、このような状況で人々が音楽に何を求めるのかを何度も危機的な状況で経験してきた方です。一見したところ「アホやってるあんちゃん」だけど、あれも判った上での振る舞いです。この会話の中では、被災者の方々や追悼をしたくて集まった人々の前でどうやって敢えて明るく振る舞うかのさじ加減、みたいな話もありました。

長い目で見れば、今、もしも被災地に入って、結局そこで音楽が出来ずに瓦礫撤去の肉体労働のお手伝いをして帰ってくることになっても、本当にものを感じることが出来る音楽家ならば、そこで一緒に仕事をしたボランティアの人の在り方とか、被災者の人々の在り方とかから、絶対に何かを体験できるでしょう。それが直接その人の音楽に反映するかどうかは…ま、判らないけど。

今、音楽家が被災地に入って何かをしようとするときには、「自分の音楽を表現に行く」のではなく、「自分が音楽を伝える相手である人間ってのはどんなものなのかを勉強させてもらいに行く」と思うべきなんでしょうね。それは音楽家だけじゃなくて、被災地に入ってるジャーナリストやらでも同じだと思います。

by Yakupen (2011-04-16 10:31) 

皇帝きむち

 ご無沙汰しています。
 大植さんのコメント、掲載ありがとうございます。
確かにそうですよね。他で引用はしませんが、しっかり心に刻みます。
関西でもバリバリチャリティー開催していますね。関西全オケで・・・という動きもあるようですが、進んでいるのかな。
by 皇帝きむち (2011-04-16 17:18) 

Yakupen

皇帝きむちさま

ご無沙汰です。ぶっちゃけ、来週頭に出る「O楽のT」誌には、大植氏の記事は間に合いませんでした。ってか、シュトゥットガルトの写真などが思った以上にあって、勿体ないから無理して突っ込むより翌月にしよう、という判断になったようです。で、インタビュー記事としてはタイミングを逸してしまうことになる。かくて、その辺りの使えなくなっちゃいそうな部分をこの電子壁新聞にあげちゃったわけであります。

まー様にもお伝えせねばならないことですけど、結果として、大植英次記事は5月売りの同誌掲載で、広島から来週の静岡までを総まとめにして出す事になってます。25日は静岡に行き、その晩中に原稿作らないと、連休進行のグラビアに間に合わないというオソロシー状況です。

てなわけで、結果として、25日から28日まで、また追っかけをやります。大阪に滞在しますので、お暇なら「アウトリーチの巨匠」の芸を見物にいらしてくださいな。なお、5月になると、コンクールで中旬から下旬にかけて大阪ベッタリです。ま、東京にいても取材対象がないという恐怖の現実もあるんですけど。

by Yakupen (2011-04-16 17:34) 

北

すみませんです。情緒的に。

昔ありました有楽町富士フォトサロンにペンギン写真家の個展を見に行きました。本人とちょっと話ができまして、なりゆきで「行けない理由」を並べた私に対し一言「行ってしまえばいいんですよ」

「迷ったから行かない」「迷ったけど行く」
行ってうちのめされて帰ってくる。それは表面的には敗北で、借りを背負って逃げてくる。

でもそれは実は借りではない。「託された」「預けられた」んです。

託された、替えの効かない預かりものをどうするか。
全く別の場面で、全く別の人に、全く別の形で、できれば自分の中で蓄積したものをつけくわえて、渡せばいいんです。


だからこの局面では「迷ったなら行きなさい」
迷ったということはすなわち、トラブルも非難も引き受ける準備が(少しだけ)できている、ということです。

という考え方もあることを、ちょっと入れさせていただきたく思いました。現実は受け入れ先とのチームプレーですからしっかり話をしないとよろしくないでしょうけど、個人のふるまいとしてはこういう考えもアリかな、と。
by 北 (2011-04-16 21:48) 

Yakupen

北様

勿論、仰るような意見こそを前提に、この記事を書いたわけです。それはそれでひとつの意見だし、実際、きちんとデータとして列挙するつもりはありませんけど、被災地現場にはそういう方々がたくさん入っていらっしゃるとの情報は、小生の所にも届いております。

だからなんだ、って言われても困るんだけど。小生の立場から言えば、「被災地でのメディア取材が最も地元に迷惑になってる」という誠に尤もな批判は常に意識せねばならぬ、ってことでありますな。

by Yakupen (2011-04-17 01:53) 

北

ありがとうございます。

学生時代、所属サークルへの取材でY新聞仙台支局の記者には非常に不愉快な思いをさせられましたし、TVクルーの振舞いがどういうものかも少しだけ知っています。
一方、取材する側とコミュニケーションを密にとり、取材される側の意図を記事へ的確に反映させることに心を砕く人も見てきました。

今回の件に限ると「だれかに伝える」と「だれかを引き受ける」は、たぶんどこかで完全に分岐せざるを得ないんでしょうね。

後者の範囲を超えまい、と意識する人ならオッケーという気もします。楽天的に過ぎるのかもしれませんが、東北の人間は関東人とはまったく気質が違うので大丈夫かな、と。



~~~~~~
只、前者の立場からの冒涜は決して忘れません。関東人とは違います。
都知事の「天罰」発言に対する河北新報の冷たい怒りとか
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110315_30.htm
古くはサントリー社長の「熊襲」発言とか
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%8C%97%E7%86%8A%E8%A5%B2%E7%99%BA%E8%A8%80

ということなので、「知る権利」…伝える義務というより権利なんでしょうね…を標榜するかたがたは心のままに取材していただいてよろしいかと思います。そんなメディアは東北では排斥されるので結果オーライっす。(イジワルな書き方ですみません)。

…ということはTV放送いらないじゃん?NHK9時の大越キャスターは好きですけどそれは別。
無駄話、失礼しました。
by 北 (2011-04-17 23:29) 

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