So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

懐かしのオーチャード・ロード [たびの空]

深夜前に成田第3ターミナルから香辛料航空さんタダ券でまずは香港に向かい、午前1時過ぎ入国。24時間空港とはいえ深夜2時を過ぎると空港特急もオシマイで、到着階で開いているのはラーメン屋ひとつとMac、それにセブンイレブンだけ。出発階はどこも店は開いておらず、しょーがないのでシンガポール航空のカウンター横のベンチに陣取り、フィリピン人お手伝いさんたちが早朝便で故郷に帰るためにやってきて延々とタガログ語でお喋りしているなんとも騒々しい場所に辟易としつつ、お陰で寝込んでしまわなくて良かったと納得し、夜明けまでロビーで事務仕事や自分への秘書仕事などをやっていると夜も明けて、朝の6時前にはカウンターもオープンし無事にチェックイン。さっさと出国してラウンジでシャワーを浴び朝飯を喰らい、完全徹夜のフラフラ頭をひっぱって天下のシンガポール航空栄光の001便に搭乗。このところの「判りやすい《ヴァルキューレ》四連発」の最初にあったザルツ復活祭音楽祭のカラヤン演出リメイクのヴィデオを眺めつつ爆睡
IMG_1394.JPG
2幕までしか終わってないのにもうシンガポールに到着してしまい、フラフラな糠味噌前頭葉ではとても地下鉄乗ったり乗り換えたりは無理と、手持ちの米ドルをシンガポールドルに替えてタクシーに倒れ込み、先週末からお嫁ちゃまが泊まり込んでいるオーチャード通り裏のウィークリー・アパートになんとか到着。連絡がしてあってフロントで鍵を貰い、ぶっ倒れていると、シンガポール響プログラム・ディレクターさんと昼飯食いながらのオバチャン話をしに行ってたお嫁ちゃんがいつの間にか戻っていて…

てなわけで、シンガポールに来ています。
IMG_1401.JPG

やくぺん先生っちたら、ハレーQ東南アジアツアーに同行して初めて到着した90年代始め頃から、なぜかずーっと中華街の宿に泊まるのが慣例だった。お嫁ちゃんが某ホールのディレクターをしていてエスプラネードとのホール通しの関係が始まり共同制作などをしたこともあり、10年代に入るとエスプラネード周辺の港の辺りの立派な宿やら、あまり立派じゃない宿やら泊まるようになった。

この頃になると、観光地シンガポールの中心はエスプラネードの向こうの湾に浮かぶ巨大リゾートホテルやらになってきて、20世紀末までこの街の銀座通りだったオーチャード通りはなんだか随分と地盤沈下してしまったような感があり、数年前に東フィル世界ツアーでシンガポールに来たときにオケがオーチャード通りの突き当たりのかつての高級ホテルに泊まったので、そこまで何日か中華街から通うことになり、ああああホントにこっちには来ないなぁ、などと思ったものだっけ。

今回はお嫁ちゃんが現場を引退し学校の先生になり、シンガポールを研究対象としてやるようになって長逗留が必要になったため、ホテルじゃなくてウィークリー・マンションにしたわけだが、その場所がなんとまぁ、オーチャード通りの中心から一歩入った辺り。そう、東京なら銀座1丁目の入船寄り、って感じかしら。

久しぶりのオーチャード通りは、なんだろうなぁ、まあ、相変わらずなんだろうけど、日系資本のでっかいデパートもまだあるし、仕事が終わった人々がその辺で喰って帰ろうぜ、というこの街の夕方の空気に満ちていて…

だから、あたしらも喰らいますぅ。
IMG_1406.JPG
部屋の横の庶民飯屋街は、ニンゲンだけじゃなく、この街の主のこんな連中が横断歩道を歩いて飯を拾いにやってくる。それなりに清んだ綺麗な声なんだけど、やってることはムクよりもオバチャンっぽいなぁ、はっかはっか!
007.JPG
メインストリートには世界ブランドばかりか、ローカルブランドも次々と店を出し、おおおお、日本では禁断のこのブランドがデカイ店を出し、今やユニクロに取って代わる勢い。これで5000円くらい、インド製の立派なTシャツ。「日本製」って…どういうブランドイメージあんだろうか?
IMG_1408.JPG

白い社会主義の、夏としか思えぬ春の宵が、平和にノンビリ過ぎていく。野党が存在しない県議会くらいの規模のシンガポール国会は、政府の消費税アップ案に組合系選出議員が抵抗しているというけど。

金子光晴が彷徨ったカトンの夕暮れ、今、何処…

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。